娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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36、抗えぬ熱と側近の奔走

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「……夫人」

シグルドが静かに言う。

「このままだと本当にまずい。私はあなたを傷付けたくはない」
「……っ」

そうだ。
オメガのヒートは 理性を壊す。
シグルドがここにいる以上、最悪の事態もあり得る。

(……でも、抑制剤なんて……)

誰に頼んでいいかもわからない王宮の中だ。
せめてカートが居れば良かったが、今日は連れてきていない。

「……持ってこさせる」
「……!」

シグルドがそう言った瞬間、エリオットは 本能的に 彼の腕を掴んでいた。

「……いや、嫌だ……っ」
「……?」
「誰にも……こんな姿を……見られたく、ない……」

必死に息を整えようとしても、震えが止まらない。
シグルドは一瞬、言葉を失った。
しかしすぐに、静かに微笑む。

「大丈夫だ。私以外には見せない」
「……?」

シグルドは、懐から小さな短剣を取り出した。
それを、床に突き立てる。カン、と小さな音が鳴った。

「レオン」

扉の外へ 静かに声をかける。

——カタン。

すぐに、扉の向こうから小さく声がした。

「……はいはい、はいはい」

扉が開き、軽い口調で入ってきたのは、一人の男だった。
エリオットを隠すようにしながら、シグルドが振り返った。

「あー……なるほど。わかりました。そこの方への薬ですかね?」

男は 艶のある栗色の髪を無造作にかき上げながら、苦笑する。
その男にはシグルドが何も言わずとも、顛末が分かったらしい。

「いや~……まあ、いいですけどね」
「お喋りはいいから。すぐに持ってこい」
「……はいはい。仰せのままにご主人様Yes, Your Majesty

男——レオン・ファルクは、ため息をつきながら シグルドの目を見た。
そう言い残し、レオンはすぐに部屋を出て行った。

(……今の人……?)

エリオットは、熱に浮かされながらも レオンの態度が妙に気になった。

(陛下に、あんな話し方をする人……?)

不思議な関係だった。

けれど、それよりも シグルドが、あの男を心から信頼している ことが、何よりも分かった。

(……安心して、いい……?)

震える手を、シグルドの服の裾にそっと添える。

「もう少し……待てるか?」

シグルドが、ゆっくりと問いかける。
エリオットは わずかに頷いた。

——しばらくして。

「はいはい、お待たせしました」

レオンが、何事もなかったかのように 小さな瓶を投げ渡した。
中では液体が揺らめく。
シグルドは 片手でそれを受け取り、即座に蓋を開ける。

「夫人」
「……」
「飲めるか?」

エリオットは震える手で、それを掴んだ。

(……抑えないと)

ゆっくりと、喉を傾ける。
だが、手が震えて 上手く飲めない。

「……っ」

(駄目だ……)

次の瞬間——

「私がしよう」

シグルドの手が、エリオットの手を包み、直接、瓶の口を傾けた。

「っ……」

シグルドの指が、そっと顎を支える。

(……!)

喉が熱い。
でも、それ以上に——

(……安心する)

エリオットは その感覚に戸惑いながらも、ゆっくりと抑制剤を飲み干した。
——数分。
体の奥から 熱が引いていく感覚がした。

「……大丈夫ですか?」
「……はい」

少しだけ、息が整った。
シグルドがそっと エリオットの髪を撫でる。

「これで、落ち着く」

エリオットは ふと、気づく。
——シグルドの指が、微かに震えていた。

(……堪えて、いた?)

さっきまでの シグルドの荒い息 を思い出す。
そして、先ほど 扉の前で控えていたレオンが何も言わずに出て行ったこと。

(僕を……守るために……?)

「……」

エリオットは、言葉を失った。

「……少し、休むと良い。暫くしたら御夫君に伝えさせよう。体調が悪く、倒れた……と。このことは、言わない」

シグルドはそう言って、そっと エリオットの肩を抱いた。
その体温が、じんわりと伝わる。

(……この人は……分かってくれているのだ……)

アドリアンが自分の番でなく、夫婦ではないと。
そして、この状態をエリオットがアドリアンに知られたくないと。
静かに、まぶたが落ちる。
エリオットは 抵抗せずに、シグルドの腕の中で身を委ねた。




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