娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

４０、ヴェロニクの焦燥

ヴェロニク・クレイヴンは、苛立ちを抑えきれなかった。

（なぜ、こんなことに……）

指先でワイングラスの縁をなぞりながら、彼は奥歯を噛み締める。
アドリアンは、エリオットをただの「公爵夫人」として迎えたはずだった。
形式上の夫婦であり、政治的な駒。
それなのに、今やエリオットは内外的にも完璧な公爵夫人として公爵家に君臨していた。

（——違う。違うんだ）

ヴェロニクにとって、エリオットは取るに足らない存在にすぎなかったはずだ
侯爵家生まれの何も知らないお坊ちゃん。
どこをどう調べてもそんなイメージしかなかった。
結婚式のときに見た姿だってそうだ。
アドリアンがヴェロニクを紹介したときの絶望的な眼差しが愉快で仕方なかった。
そしてアドリアンが本当に求めるのは、自分だったはず。

なのに——今やおかしなことになっている。

あの大人しそうで気弱そうなエリオットは一日にして変わり果てていた。
自分がエリオットに警告しに行ったときだって、おかしなくらいに堂々としていた。

（そしてあの男が現れてから、更におかしくなった）

ぎり、とヴェロニクは爪を噛む。
シグルド・アルヴァン。
隣国の皇帝であり、今やエリオットと最も近しい関係を築きつつある男。

（なんであんなのが関わってくる……？）

疎ましさに利用してやろうとしたら、事態は急展開だ。
本来なら、エリオットが公爵夫人の立場を失えば済む話だった。
しかし、そうもいかなくなった。

エリオットの立場が強まってしまったのだ。

社交界の夫人たちは、エリオットを支持し始めている。
王宮でも、公爵夫人としての振る舞いに「完璧」という評価がつき始めている。
アドリアンですら、エリオットを無視できなくなっている。

（こんなはずじゃなかった）

ヴェロニクは「エリオットが公爵夫人としてふさわしくない」という噂を広めようとした。
しかし、失敗に終わった。
噂はむしろ「皇帝陛下に見初められた公爵夫人」という羨望へと変わり、エリオットの評価を押し上げる結果になった。

（このままじゃ……私の居場所が……）

アドリアンは、すでに以前のようにヴェロニクを求めなくなっていた。
それどころか、最近はエリオットばかりを気にしているように見える。
エリオットの容姿を見れば、悪くないことは自分にだってわかる。
けれど、自分の方が上だとも思う。

ヴェロニクは危機感を覚えていた。

（──エリオットがいなくなればいい）

そうすれば、全て元に戻る。
アドリアンの隣にいるのは私であるべきなのだから。

「……なら、方法は一つしかない」

ヴェロニクは、ワイングラスを置くと、静かに立ち上がった。

（——エリオットを消す）

御誂え向けに、今は社交シーズンで、大きなイベントが目前にはあった。
そこに仕掛ける準備をしなければならない。

（私の手を汚す必要はない。誰かを使えばいい）

ヴェロニクの唇に、僅かに冷たい笑みが浮かんだ——。



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