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45、銃声と閃光
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——パァンッ!!
鋭い銃声が、森の静寂を切り裂いた。
(……!)
エリオットの身体が反射的に動いた。
瞬間、頬の横を何かが駆け抜ける。
(銃……?)
耳元で風を切る音がし、次いで熱い痛みが走った。
「っ……!」
とっさに木の陰へと身を隠す。
鼓動が早鐘のように鳴り、手のひらにじんわりと汗が滲む。
右の耳を触ると、ぬるりとした感触があった。
(……血)
かすり傷ではあるが、耳の上部が裂けたらしい。
指に滲んだ赤を見つめる暇もなく、再び銃声が響いた。
——パァンッ!
今度は木の幹に当たり、鋭い破片が飛び散る。
(これは……僕が狙われているのか……!)
森の中に紛れ、狙撃手の姿は見えない。
しかし、明確にこちらを狙っていることは分かった。
(どうして……こんなところで?)
——この場所に来たのは、「アドリアンに呼ばれたから」だ。
(……まさか)
いや、アドリアンが自分を狙うのはないだろう。
それならむしろ違う方法で来る気がする。
これは罠か?
だとしたら、一体誰が……?
この場所に、どうやって?
様々な考えがエリオットの頭の中に浮かんでは消える。
「公爵夫人、そこにいるのは分かっている」
不意に、低くしわがれた男の声が響く。
息を殺し、じっと耳を澄ます。
「いい子だ、ここに出てこい。そうすれば楽に済む」
(楽に……?)
何を言っている?
ここで出たら「楽」どころか、確実に撃たれる。
一発で終わらせるという「楽」だろうか。随分とふざけた話だ。
殺される——。
全身が総毛立つ。
(逃げるしかない)
だが、どこへ?
「今なら、傷一つつけずに済ませてやる」
「……何を信じろと?」
思わず、口を開いてしまった。
声が震えるのを抑えながら、ゆっくりと身を低くする。
「おや、公爵夫人は頭が回る方だな」
男の声が、にやりとした響きを帯びる。
(馬鹿にして……)
唇を噛みしめたその時——
——ガサッ!!
「——!」
別の方向から、何かが大きく動く気配がした。
(もう一人……!?)
挟み撃ちにされる。
まずい。
このままでは、逃げ場がない——。
そう思った次の瞬間——
——ドゴォッ!!
銃声とは違う、鈍い音が響いた。
「……がっ……!?」
誰かが呻き声を上げ、何かが地面に倒れ込む音がする。
(……え?)
状況が掴めず、エリオットは身を縮めたまま、そっと視線を巡らせる。
「……人如きが……」
低く鋭い声。
(……この声……!)
「公爵夫人、大丈夫か?」
エリオットは息を呑んだ。
「——陛下……?」
信じられない、という思いが、思わず口から漏れた。
シグルドは金色の瞳を細めながら、倒れた男を見下ろしていた。
手には、まだ敵を打ち伏せた余韻の残る猟銃を持ち、獣を狩る狩人のような殺気を纏っている。
「大丈夫か?」
低く落ち着いた声だった。
(なぜ……ここに?)
エリオットは問いかけようとしたが、それよりも先に、背後で気配が動いた。
「……ちぃっ!」
隠れていたもう一人の男が、シグルドに向かって銃を構える。
その動きを、シグルドは一瞬で察知した。
「……遅い」
——パァンッ!!
鋭い銃声が轟いた。
しかし、それは襲撃者のものではなかった。
「がっ……!」
銃弾を撃ち込まれた男が、その場に膝をつく。
シグルドは撃ったばかりの猟銃を冷静に構え直しながら、静かに言った。
「……素人か」
銃を持つ動きも甘い。
今の一撃で戦闘不能になったわけではないが、致命傷にはなっているはずだ。
「おとなしくするなら、見逃してやる」
シグルドの声は低く冷え切っていた。
まるで「ここで殺すことなど、何でもない」と言わんばかりに。
男は血を吐きながら、それでも銃を手放さなかった。
(殺す気で……?)
エリオットは息を呑む。
その時——
「陛下~そろそろ手加減してあげたらどうです?」
呑気な声が、木々の間から響いた。
「……レオン」
「いやあ、さすが陛下。人を狩るのもお得意で。竜帝にかかればなんでも赤子ですね~」
木の影から現れたのは、レオン・ファルク。
彼は苦笑しながら、短剣を弄ぶようにしながら歩いてきた。
「こいつら、猟師の振りをして潜り込んでましたよ。王家の手配した連中じゃないですね」
「やはり……」
シグルドが小さく息を吐く。
「おそらく、公爵夫人を狙ったものだろう」
(——僕を?)
エリオットは、耳の傷から伝う血を指先で拭いながら、言葉を失っていた。
(なぜ……?……いや、ヴェロニク……か?)
その疑問に答えるように、シグルドがエリオットへと視線を向ける。
「……一度、安全な場所へ移動しよう」
シグルドの声は静かだったが、その瞳は強い怒りを湛えていた。
それが誰に向けられたものか、エリオットにはすぐに理解できた。
「……これは、偶然ではない」
低く、深く、猛獣のような声が、森に響いた。
エリオットは、自分の手が震えていることに気づいた。
それが恐怖によるものなのか、それとも——違う感情によるものなのかは、まだわからなかった。
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次の更新→2/25 PM0:30頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
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鋭い銃声が、森の静寂を切り裂いた。
(……!)
エリオットの身体が反射的に動いた。
瞬間、頬の横を何かが駆け抜ける。
(銃……?)
耳元で風を切る音がし、次いで熱い痛みが走った。
「っ……!」
とっさに木の陰へと身を隠す。
鼓動が早鐘のように鳴り、手のひらにじんわりと汗が滲む。
右の耳を触ると、ぬるりとした感触があった。
(……血)
かすり傷ではあるが、耳の上部が裂けたらしい。
指に滲んだ赤を見つめる暇もなく、再び銃声が響いた。
——パァンッ!
今度は木の幹に当たり、鋭い破片が飛び散る。
(これは……僕が狙われているのか……!)
森の中に紛れ、狙撃手の姿は見えない。
しかし、明確にこちらを狙っていることは分かった。
(どうして……こんなところで?)
——この場所に来たのは、「アドリアンに呼ばれたから」だ。
(……まさか)
いや、アドリアンが自分を狙うのはないだろう。
それならむしろ違う方法で来る気がする。
これは罠か?
だとしたら、一体誰が……?
この場所に、どうやって?
様々な考えがエリオットの頭の中に浮かんでは消える。
「公爵夫人、そこにいるのは分かっている」
不意に、低くしわがれた男の声が響く。
息を殺し、じっと耳を澄ます。
「いい子だ、ここに出てこい。そうすれば楽に済む」
(楽に……?)
何を言っている?
ここで出たら「楽」どころか、確実に撃たれる。
一発で終わらせるという「楽」だろうか。随分とふざけた話だ。
殺される——。
全身が総毛立つ。
(逃げるしかない)
だが、どこへ?
「今なら、傷一つつけずに済ませてやる」
「……何を信じろと?」
思わず、口を開いてしまった。
声が震えるのを抑えながら、ゆっくりと身を低くする。
「おや、公爵夫人は頭が回る方だな」
男の声が、にやりとした響きを帯びる。
(馬鹿にして……)
唇を噛みしめたその時——
——ガサッ!!
「——!」
別の方向から、何かが大きく動く気配がした。
(もう一人……!?)
挟み撃ちにされる。
まずい。
このままでは、逃げ場がない——。
そう思った次の瞬間——
——ドゴォッ!!
銃声とは違う、鈍い音が響いた。
「……がっ……!?」
誰かが呻き声を上げ、何かが地面に倒れ込む音がする。
(……え?)
状況が掴めず、エリオットは身を縮めたまま、そっと視線を巡らせる。
「……人如きが……」
低く鋭い声。
(……この声……!)
「公爵夫人、大丈夫か?」
エリオットは息を呑んだ。
「——陛下……?」
信じられない、という思いが、思わず口から漏れた。
シグルドは金色の瞳を細めながら、倒れた男を見下ろしていた。
手には、まだ敵を打ち伏せた余韻の残る猟銃を持ち、獣を狩る狩人のような殺気を纏っている。
「大丈夫か?」
低く落ち着いた声だった。
(なぜ……ここに?)
エリオットは問いかけようとしたが、それよりも先に、背後で気配が動いた。
「……ちぃっ!」
隠れていたもう一人の男が、シグルドに向かって銃を構える。
その動きを、シグルドは一瞬で察知した。
「……遅い」
——パァンッ!!
鋭い銃声が轟いた。
しかし、それは襲撃者のものではなかった。
「がっ……!」
銃弾を撃ち込まれた男が、その場に膝をつく。
シグルドは撃ったばかりの猟銃を冷静に構え直しながら、静かに言った。
「……素人か」
銃を持つ動きも甘い。
今の一撃で戦闘不能になったわけではないが、致命傷にはなっているはずだ。
「おとなしくするなら、見逃してやる」
シグルドの声は低く冷え切っていた。
まるで「ここで殺すことなど、何でもない」と言わんばかりに。
男は血を吐きながら、それでも銃を手放さなかった。
(殺す気で……?)
エリオットは息を呑む。
その時——
「陛下~そろそろ手加減してあげたらどうです?」
呑気な声が、木々の間から響いた。
「……レオン」
「いやあ、さすが陛下。人を狩るのもお得意で。竜帝にかかればなんでも赤子ですね~」
木の影から現れたのは、レオン・ファルク。
彼は苦笑しながら、短剣を弄ぶようにしながら歩いてきた。
「こいつら、猟師の振りをして潜り込んでましたよ。王家の手配した連中じゃないですね」
「やはり……」
シグルドが小さく息を吐く。
「おそらく、公爵夫人を狙ったものだろう」
(——僕を?)
エリオットは、耳の傷から伝う血を指先で拭いながら、言葉を失っていた。
(なぜ……?……いや、ヴェロニク……か?)
その疑問に答えるように、シグルドがエリオットへと視線を向ける。
「……一度、安全な場所へ移動しよう」
シグルドの声は静かだったが、その瞳は強い怒りを湛えていた。
それが誰に向けられたものか、エリオットにはすぐに理解できた。
「……これは、偶然ではない」
低く、深く、猛獣のような声が、森に響いた。
エリオットは、自分の手が震えていることに気づいた。
それが恐怖によるものなのか、それとも——違う感情によるものなのかは、まだわからなかった。
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