娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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55、書庫にて

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王宮の奥深く、貴族や王族しか立ち入ることが許されない書庫。
広大な空間には、歴代の記録や秘密裏に保管されている文書が整然と並べられていた。

エリオットはレオンの案内で、その書庫へと足を踏み入れた。
静寂の中、ランプの灯りがゆらゆらと本棚を照らし、影を落とす。

「ここに、ヴェロニクの家系に関する記録があるはずです」

レオンはそう言うと、手際よくいくつかの書物を引き出した。
エリオットも手伝いながら、一冊ずつ調べていく。

(ヴェロニクの家系……何か、手がかりがあるはずだ)

長い沈黙が続く中——。

「見つけたぞ」

シグルドの低い声が響く。
彼が手に取ったのは、一冊の古い記録だった。

「これは……?」

エリオットが覗き込む。
シグルドは文書を開き、目を走らせた後、エリオットに渡した。

「ヴェロニク・クレイヴンの家系に関する記録だ」

エリオットは慎重にページをめくる。
そこには、かつてヴェロニクの家が名門貴族だったこと、そしてある政変を境に没落したことが記されていた。

「……なるほど」

エリオットは小さく息を吐いた。

「元は名門貴族……彼の家が落ちぶれたのは、この政変が原因だったんですね」
「だが、それだけじゃない」

シグルドが新たな文書を広げる。
そこには、政変で失脚した貴族と共に動いていた者たちの記録があった。
そして、その中には——逃げ切った貴族の名前 も記されていた。

「これ……」

エリオットが顔を上げると、シグルドの表情は険しかった。

「政変の中で処刑された者もいるが、一部はうまく立ち回り、生き延びた。そして——その子孫が、今もこの王宮にいる」

ヴェロニクの家系、そして過去の政変。
今もなお残る政変の因子。
過去の自分を公爵家から追い出す必要性。

「僕が邪魔だったのは、公爵家の乗っ取り……それは今までの彼の言動からでも窺えます。ただ僕は公爵夫人というところに拘っているのかと思っていました。アドリアンの番であるという自負も彼にはあった。……でもそれは個人だけの問題ではない……?」

シグルドが静かに頷く。

「ヴェロニクにとって、公爵家を掌握することが目的だったのなら……君はその障害だっただろう。だから、消す必要があった。嫉妬もあったとは思うがね」
「……」

エリオットは文書を見つめながら、考え込んだ。

(僕が娼館に売られた時……家族はなぜ助けに来なかったんだろう?)

過去の自分は、ずっと疑問に思っていた。
侯爵家は名門貴族であり、自分は決して勘当された身ではなかった。
それなのに、娼館へ売られたとき、誰も迎えに来なかった。

(僕は、家族に捨てられたのだと、そう思っていた……でも)

過去の自分も今と同様に侯爵家とは交流があった。
なのに、公爵家の人間だった自分が、いとも簡単に娼館へ送られた。
そして、侯爵家はそれを知らされることなく、長い間沈黙を貫いていた。

(誰かが意図的に情報を操作し、僕の存在を消そうとした……?公爵家の力も働いてはいただろうけど……)

「……ヴェロニクは、その生き延びた貴族派閥と繋がっている可能性がある?」

ゆっくりと呟いたエリオットの言葉に、シグルドが静かに頷いた。

「可能性は高いな。政変で失脚したヴェロニクの家……だが、公爵家を乗っ取る計画を立てられるほどの力を持っているとは思えない」
「だとすると……背後に、別の貴族派閥がいる、ということでしょうか……?」
「そういうことでしょうね」

レオンが口を挟む。
彼のいつもの飄々とした表情は消え、真剣な眼差しになっていた。

「公爵家の乗っ取りを画策していたのは、単なる個人的な野心ではなく、もっと大きな背景があるとすれば……?」

エリオットは無意識に拳を握った。

(ここで証拠が揃えばいいけれど……決定的なものがない)

「やはり……公爵家に戻るべきですね」

「戻る、だと?」

シグルドが目を細めた。

「まだ危険があるというのに?」
「でも、証拠が揃わなければ何もできません」

エリオットはシグルドを見つめ、はっきりと告げた。

「僕が戻れば、ヴェロニクは必ず動きます。そこで何かしらの証拠を掴めるかもしれません」
「……」

シグルドはしばらくエリオットを見つめた後、ふっと息を吐いた。

「……君は本当に、無謀なことを考えるな」

それでも、エリオットの意志は揺らがなかった。

「けれど、今は……もう少しここにいる必要があります」
「なぜだ?」
「この資料をもっと調べれば、新たな手がかりが見つかるかもしれません。それに……まだ、準備が必要です。この機会を最後にしたい」

シグルドは沈黙した後、短く頷いた。

「……いいだろう。だが、君が公爵家に戻るなら、私の護衛を──レオンをつける」
「……はい」

エリオットは静かに頷いた。

(もう少しだけ、ここで確かめるべきことがある)

そう思いながら、エリオットは再び記録へと目を落とした。



翌朝、エリオットはダイニングホールへ向かった。
昨夜の書庫での出来事がまだ頭を離れない。
しかし、朝食の席に着いた瞬間——妙な違和感 を覚えた。

「……?」

目の前に出された紅茶のカップ。
そこには既にミルクが注がれていた

(あれ……?)

ひと口飲む。
——甘い。
エリオットは驚いてカップを見つめた。
エリオットが好むのは甘めのミルクティーだ。
それを知っているのは自分の好みを知っている人間だけのはず。

「……これは、誰が?」

思わず呟くと、向かいに座るシグルドが静かに言った。

「君はいつも、砂糖を三つ入れるだろう?そして必ずミルクをいれる」
「……!」

エリオットは息を呑んだ。

「なぜ……知っているんですか?」
「よく見ていれば、わかる」

さらりと言い放つシグルド。
その横ではライナスが苦笑していた。

「いやぁ、シグルド、さりげなくやるねぇ」
「……」

エリオットは、じっとシグルドを見つめた。

(そんな、まるで……昔から知っているかのような)

しかし、そんなはずはない。
この国で皇帝と接点を持つことなど、なかったはずなのに。

(それにしても……)

エリオットは視線を落とし、朝食のテーブルに並べられたものを見た。
どれも、エリオットの好みを知り尽くしたかのような料理ばかりだった。

(偶然……? いや、それにしては……)

「公爵夫人?」

ライナスが不思議そうにエリオットを見た。

「あ、いえ……」

エリオットは慌てて紅茶を飲み干した。

(まさか、ね)

しかし、その胸の奥に小さな疑念が生まれる。
この皇帝は、自分のことをどこまで知っているのか。
シグルドの金色の瞳が、ふと微かに細められた。

「……」

彼は、何も言わなかった。
ただ、静かに紅茶を口に運んだだけだった。
——その仕草が、まるで「何も言うつもりはない」とでも言うように見えて。
エリオットの胸のざわつきは、収まらないままだった——。



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