娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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65、対価と拒絶

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エリオットは、アドリアンの反応を冷静に見極めながら口を開いた。

「公爵閣下。まず、お聞きしたいことがあります」

アドリアンはワイングラスを傾け、ゆっくりと飲み干す。
先ほどまでの余裕ある態度とは違い、その表情にはどこか険しさが滲んでいた。

「……何だ」

エリオットは、はっきりと言葉を選びながら問いかける。

「ヴェロニクのことを、どこまで知っていますか?」

アドリアンの動きが、一瞬止まる。

「何を今さら」
「公爵閣下が、彼の出自について知っているのは当然でしょう」
「当然だ。彼の家は政変で没落した。父親は失脚し、家の資産も大半が没収された。当時、クレイヴン家と懇意にしていた商家が哀れに思い育てたと……」
「……それだけですか?」

アドリアンは眉をひそめる。

「どういう意味だ」

エリオットは静かに続けた。

「あなたは、ヴェロニクの野心をどこまで理解していますか?」
「……野心?」
「ええ。彼は単なる『愛人』ではないはずです。彼の目的は、あなたの庇護を受けることだけではない」

アドリアンの指が、テーブルの上でわずかに動く。

(……やはり、何か知っている?)

エリオットは冷静に言葉を重ねた。

「公爵閣下。あなたは彼を、どこまで信用しているのですか?」

アドリアンは沈黙したまま、じっとエリオットを見つめる。
その表情には苛立ちと、何かを計算するような色が混じっていた。

「ヴェロニクは、私にとって特別な存在だ」

ようやく口を開いたアドリアンの声は、低く、硬いものだった。

「彼は私を裏切らない。……少なくとも、君よりはな」
「なるほど。では、彼の背後に誰がいるかについても把握しているということですか?」

アドリアンの表情が、わずかに変わる。

「……何が言いたい」
「ヴェロニクは、単独でここまでの立場を築けるような人間ではありません。商家で育ったとしたら貴族と知り合う事もできたでしょう。しかし、それだけではないはずです」
「……」
「彼をここまで支え、権力を持たせている存在が──そう、あなただけ、ではない」

アドリアンの指がテーブルを軽く叩く。

「証拠はあるのか?」
「まるでないとでも?」

エリオットは、まるで当然のことのように言った。

「ヴェロニクは、単なる愛人として公爵家にいるのではありません。彼の本当の狙いは、公爵家の影響力そのもの。で、あれば僕は邪魔でしょうね」

アドリアンは目を細める。

「お前を排除して……私の立場を利用しようとしていると?」
「ええ。そして、公爵家を完全に掌握するつもりでしょう」
「……くだらん」

アドリアンは短く吐き捨てた。

(よく言う……内情など放置だったくせに……)

「ヴェロニクは、そんなことをするような人間ではない」
「本当に、そう思いますか?」

エリオットの声は冷ややかだった。

「あなたは、ヴェロニクをどれほど知っているのです?僕のこともご存じなかった、あなたが」
「……」
「彼の過去を知り、彼の本当の望みを知り、それでもまだ彼が『そんなことをするはずがない』と言えますか?」

アドリアンは言葉を詰まらせる。
エリオットは、そっとソファの肘掛けに手を添え、静かに息を吐いた。

「あなたが彼をどう思おうと、それは自由です。しかし、公爵家に関わる問題として、ヴェロニクの存在は無視できません。僕の命も狙われていそうですしね」

アドリアンは、ワイングラスを強く握りしめる。

「……」
「公爵閣下」

エリオットは、ゆっくりとアドリアンを見据えた。

「あなたが彼に与えた権力が、どれほどのものか、考えたことはありますか?」

アドリアンの目が鋭くなる。

「それは……」
「あなたの甘さが、公爵家を危うくしている可能性があるとしたら?」

アドリアンは短く息を吐き、ソファの背もたれにもたれかかった。

「……君は、私が彼をどうにかすべきだと言いたいのか?」

エリオットは静かに微笑む。

「いいえ。あなた自身が、どうすべきかを決めるべきだと言っているのです」

沈黙が落ちる。
アドリアンは、再びワイングラスを手に取り、ゆっくりと回した。

「……ヴェロニクのことは、私が考える」
「それがよろしいでしょう」

エリオットはわずかに頷いた。

(さて、彼はどこまで分かっているのか……)

「……だが、君も気をつけろ」

アドリアンが、ぼそりと呟くように言う。
エリオットは目を細める。

「それは、どういう意味ですか?」

アドリアンは、ワインを飲み干しながら静かに言った。

「君が考えている以上に、ヴェロニクは手を広げているかもしれない」

エリオットは、その言葉の裏にある意味を考えながら、そっと指を組んだ。

(ああ、この人は……やはり、何か知っている。深く関与していなければいいが……)

「公爵閣下。その話、もう少し詳しく聞かせていただけますか?」

アドリアンはわずかに口角を上げた。

「それは、君次第だ」

その笑みの奥に、どこか含みのあるものが見え隠れしていた。
その声音には、どこか愉悦さえ滲んでいた。
エリオットは眉をひそめる。

「つまり、条件次第では話してもいいと……?」
「その通りだ」

アドリアンはグラスをテーブルに置き、身を乗り出した。

「君がどこまでの情報を求めるかによるが……対価次第では、私もそれに応じる」

「……対価?」

エリオットの声が冷たくなる。

「ああ。君は情報を欲しがっている。私は……そうだな、君自身が欲しい」

エリオットの手が、膝の上でわずかに硬直する。

「……どういう意味ですか?」

アドリアンは、ゆっくりとソファに背を預ける。

「そのままの意味だ」

金色の瞳が鋭く細められる。

「君が公爵夫人として、ここに戻ってくるというのなら、私の知る限りの情報を提供しよう」

エリオットは、しばし言葉を失った。

「形式上の妻として、ですか?」
「いや?」

アドリアンは静かに笑う。

「本当の妻としてだ。その項を私に差し出すというならば……だ」
「……冗談でしょう?」
「冗談だと思うか?」

アドリアンは即答した。

「君は、私の元から離れた。だが、それは一時的なものだと私は思っていたよ」

エリオットは、彼の言葉をじっと聞きながら、心の奥で苦笑する。

(……やはり、この人は)

「公爵閣下」

エリオットは静かに目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。

「……あなたは、何も変わらないのですね」
「何?」
「僕は、あなたの所有物ではありません」

エリオットの声が低く、はっきりとした響きを持つ。

「取引の材料にするものでもありません」

アドリアンの指が、一瞬だけぴくりと動いた。

「君は、私のものだ」
「違います」

即座に返す。

「あなたが、僕をどう思おうと構いません。でも、僕があなたをどう思うかもまた、僕の自由です」

エリオットはゆっくりとソファから立ち上がる。

「あなたは、僕があなたの番になると言えば情報を提供すると……」
「……ああ」
「では、もし僕が嫌だと言ったら?」

アドリアンは、じっとエリオットを見つめる。
その目の奥にあるのは、苛立ちか、執着か。

「……ならば、君は手ぶらで帰ることになる」
「そうですか」

エリオットは小さく微笑んだ。

「それなら、それで構いません」
「……何?」

アドリアンの表情がわずかに変わる。

「僕はあなたの所有物ではないし、僕自身を差し出すつもりもない。あなたがどれほど情報を握っていようと、僕にはそれを奪い取る手段がある」
「……随分と強気だな」
「ええ、強気ですよ」

エリオットは真っ直ぐにアドリアンを見据えた。

「僕はもう、あなたにすがるつもりはない」
「……」
「僕は僕のやり方で、必要なものを手に入れます。元々、ここに来たのも現状をお聞きするためと少しの雑用です」

アドリアンの拳が、ぎゅっと握られるのが見えた。

「……そうか」

低く、搾り出すような声。

エリオットは、そのまま背を向けた。

「今日はもう、失礼します」
「……エリオット」

アドリアンの声が呼び止める。
だが、エリオットはもう振り返らない。

(……あとは、僕がどう動くか……そしてヴァルフォード伯爵の動き)

静かに部屋を出る。
アドリアンは、一人残された室内で、強く拳を握りしめた。

「……くそっ」

ワイングラスを、テーブルに叩きつける。
薄いガラスがその衝撃で割れて、テーブルの上に散った。
エリオットはもう、以前のエリオットではない。
だが——

(私のものだ……あれは……)

アドリアンは、静かに目を閉じた。

(必ず……)

彼の中で、これまでとは違う 「執着の芽」 が、確かに芽生えていた。



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