社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし

文字の大きさ
4 / 57

4

しおりを挟む
「入るぞ」

低く落ち着いた声が響く。
推しだ――いや、レイだ!

「え、あ、どうぞ!」

慌てて姿勢を正す俺を無視して、レイは扉を開けて入ってきた。リリウムも俺の膝からおりて、レイの方に歩いていく。
レイは手に書類のようなものを持ち、視線がこちらに向けられる。

「……体調はどうだ?」
「えっと……大丈夫です!元気です!」

すっごい体調を気にするな。事故、の後だからか。俺は努めて何も問題ないように振る舞うつもりだったが、レイは俺の返事に少し眉をひそめた。

「やはり顔色が悪いな。無理をしていないか?」
「い、いえ、本当に元気ですから!」

俺の必死のフォローに、レイは深くため息をついた。そして、書類をテーブルの上に置くと、俺の隣に腰を下ろす。

「ならいいが……」

近い。近すぎる。推しが隣に座るなんて、こんなの心臓が持たない。ほんっと、心臓がまずいって……。
俺は冷静さを保とうと必死で目を逸らすが、逆にその存在感が全身に突き刺さる。

「……お前はいつも謙虚すぎる……もう少し甘えてもいいんだ」

顔が近づき、声が耳元に響く。俺の思考は一瞬で停止する。
待て待て待て、距離が近い。顔が近い!
こんなの推しが攻めモードに入ってるみたいじゃないか!?あ、まって、妻って……!そうだよ、妻だもんな⁈

「え、えっと、それはその……」

必死に言葉を紡ごうとするが、目の前のレイの表情が普段の冷徹なものとは違い、柔らかな温かみを持っているのに気づき、余計に混乱する。
そして、次の瞬間――

「心配なんだ」

そう囁くように言った彼の顔が、さらに近づいてきた。俺は反射的に後ずさろうとしたが、ベッドの端に座っているせいで逃げ場がない。そして、気づけばレイの手が俺の顎に触れていた。

「な、なななな何して――」

言葉を遮るように、レイの唇が俺の額に触れる。
……え?ちょっと待って?何今の?今、俺、キスされた……?
いやいやいや、額だけど!ええええええええええええ⁈

「お前が無理をしないように、俺が気をつけなければならないな」

額に触れていた感触がまだ残っているうちに、レイはまるで何事もなかったかのように体を引いた。そしてそのまま俺の頭に手を置き、ふわりと髪を撫でる。

「え、えっと、その……なんで、キス……?」

俺が慌てふためいていると、レイはくすりと笑い、俺の後ろ頭にそっと手を回した。
額にまたキスをされる。そして、それが鼻先に落ちた。
ちょ、あ?!これこのまま……マウストゥマウス?!なんて思ったが、降りてはこなかった。

「……あ……これで終わり?」

思わず、呟いてほっとしたのも束の間、レイが真剣な目で俺をじっと見つめる。

「お前が望んだのは、こちらか」

その瞬間、何の前触れもなく、レイの唇が俺の唇に触れる。
それはほんの一瞬だが、時間が止まる音がした。

「?!?!?!?!?!?!?!」

あばばばばばばばばば‼
お、ま、えええええええ‼
キス!された!さっきもだけど!唇にいいいいい!!
ま、お、まっ……!
触れた感覚がまだ唇に残っている。これ、現実?夢?……いや、推しがキスしてきた時点で夢以上の現実だろ!
俺の頭の中はもう右往左往と小さな俺が慌てふためいていた。駄目だ、ショートしそうだ。

「ああああああ、ありがとうございます!お気遣い感謝します!」

わけのわからないテンションで声を上げた俺に、レイは少しだけ口元を緩めた。
そして立ち上がり、テーブルに置いた書類を手に取ると、何事もなかったかのように扉の方へ向かう。

「何かあれば呼べ。お前が倒れるのは困る」

そう言って部屋を出ようとしたとき、扉の前で立ち止まり、レイが少し振り返る。

「次は……もっと長くするからな」

と言って部屋を出ていく。
は?え?
…………。
無理無理無理無理無理‼‼

「……無理……推しにこんなことされるとか、心臓が持たない……」

顔を手で押さえながら、俺はベッドに倒れこんだ。推しが近いどころか、触れてきて、キスまでされるとか、こんなの現実であっていいのか!?
……いや、現実じゃないか。ここは異世界だ。いや、現実……?わ、わからん!
てか、男同士でもまっずいくらいに土器がムネムネする……。
あ、これ、俺……ボーイズなラブ世界での受け……?キャパ無理ぃ……。

「まてよ、長くって……まさか毎日とかじゃ……」

まだドキドキが収まらないまま、俺は混乱の中で独り言を呟くと、リリウムが「にゃあ」とひとつ鳴いた。

「休めって言われたけど……逆に頭が回りすぎて休めない……!」

額に手を当てながらベッドに沈み込む。
推し――いや、レイ=エヴァンスに唇まで触れられるなんて、こんな状況、心臓が持たない。
さっきのキスの感触がまだ残っている気がして、落ち着こうにも心拍数が異常値だ。
この様子だと、だいぶん……レイとカイルは愛し合っている気がする。まあ、結婚してるよね!妻だもの!主人公ってどうなったんだろうか……。
そのとき、再び扉がノックされた。

「奥様、失礼いたします」

先ほど下がったエミリーの声だ。何とか平静を装いながら「どうぞ」と返事をする。
エミリーはお盆に乗せたティーカップと小さな菓子皿を持って入ってきた。柔らかな笑顔を浮かべながら、彼女はベッドサイドにあるテーブルにそれを置くと、俺の方を向いた。

「奥様、旦那様からお体を温めるようにと指示を受けましたので、特製のハーブティーをご用意いたしました」
「ハーブティー……?」

香り豊かな蒸気がカップから立ち上っている。見るからに高級そうなハーブが入っているのが分かる。さすが貴族、俺の知ってる安物ティーバッグとはレベルが違う。

「お飲みになってみてくださいませ。リラックス効果もございますので」

勧められるままにカップを手に取る。香りだけで体がほぐれるような感覚に包まれながら、一口すすった。

「……美味しい……」

程よい甘さと爽やかな後味が口に広がる。俺が知っているハーブと同じかどうかは分からないが、優しい味がした。

「旦那様は、奥様がご無理をされないかと大変ご心配なさっております。お体が回復されるまで、どうかご自愛くださいませ」

エミリーの柔らかな声が耳に心地よく響く。
推しがそんなに俺を気遣ってくれてるなんて……いやいや、これは異世界の『妻』としての俺だからこそ、なんだろう。

「……わかった。ありがとう、エミリー」

そう返すと、エミリーは満足げに微笑んで退出した。部屋には再び静寂が訪れた。
若干の疲れが溜まっていて、俺はベッドに横になる。ゲームの中で異世界で、推しの妻で……なんだ、これ。
情報が追いつかない……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

俺の異世界先は激重魔導騎士の懐の中

油淋丼
BL
少女漫画のような人生を送っていたクラスメイトがある日突然命を落とした。 背景の一部のようなモブは、卒業式の前日に事故に遭った。 魔王候補の一人として無能力のまま召喚され、魔物達に混じりこっそりと元の世界に戻る方法を探す。 魔物の脅威である魔導騎士は、不思議と初対面のようには感じなかった。 少女漫画のようなヒーローが本当に好きだったのは、モブ君だった。 異世界に転生したヒーローは、前世も含めて長年片思いをして愛が激重に変化した。 今度こそ必ず捕らえて囲って愛す事を誓います。 激重愛魔導最強転生騎士×魔王候補無能力転移モブ

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

処理中です...