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第3話『牙と爪と、なめて治す初仕事』
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黒い耳の騎士が、鋭い目つきで僕を睨んでいた。
――豹耳。たぶんそんな感じ。
丸くて黒い耳が、ピクリと動いてる。
……いやいや、耳の形に注目してる場合じゃない。
目の前には、僕を殺しかねない勢いで剣を構えた男がいるんだ。
「女神だと? そんな戯言が信じられると思うのか」
低い声で吐き捨てるように言う彼は、完全に戦闘態勢。
完全に殺る気満々じゃないですか。
その後ろにいたもう一人の騎士――銀色の耳をした、たぶん狼耳の男が、一歩前に出た。片腕を押さえていて、そこから血がぽたぽた落ちている。
「こいつが嘘を言っているとしても……まずはこの場を安全にするべきだろう。俺たちの状況を忘れたか?」
狼耳の人がそう言った声には、明らかな理性があった。
だけど、その腕、めっちゃ血まみれですけど!?
……こっちがヤバくない?
「……だが!」
豹耳がなおも反論しようとする。
「いやいやいや! だからまず話を聞いてくださいって!」
僕は慌てて二人の間に手を挙げて割り込んだ。
ここで黙ってたら、確実に刺される未来が見える。
「女神様に間違って落とされただけで、怪しいことをするつもりはないです!むしろそっちの人、腕! 治さないとマズいでしょ!」
狼耳の人を指さして訴えると、彼は目を細めて僕を見つめた。
「お前が、どうやって治すつもりだ?」
低く冷たい声。
その金色の瞳が、じっと僕の嘘を見抜こうとしているのがわかる。
背筋がぞくりとした。
「えっと……女神様から、変な能力をもらったみたいで。怪我を治せる……らしいんです。試してみてもいいですか?」
必死に声を絞り出す。自分でも説明が雑だと思う。
でも、正直どう言えばいいかわからない。ここで信じてもらえなければ、即ゲームオーバーだ。
狼耳の人は、押さえていた腕を少しだけ動かして、傷をチラリと確認する。
……見るまでもなく、酷い傷だ。
そしてまた、じっと僕を見た。
沈黙。
長い、息を呑むような時間が流れる。
「……いいだろう」
彼が頷いた瞬間、空気が変わった。
「だが、妙な真似をすれば……ただでは済まないと思え」
その威圧感に、思わず喉が鳴る。
こ、こわ。
「了解です。じゃあ、失礼しますね……」
ほんとに大丈夫かなこれ?
死なない? また死なない?
今度は生き返らせてくれるか分からないのだが⁈
震える手を伸ばし、彼の腕に指先でそっと触れる。
触れた瞬間、彼がごくわずかに体を引いたのがわかった。
狼の耳が、ぴくりと反応する。
警戒してるのがありありと伝わる。……まあ、そりゃそうだよね。
空から降ってきた知らんやつが、傷を治すとか言って舐めてこようとしてるんだもの。
「大丈夫ですよ……!」
自分に言い聞かせるように呟きながら、僕は顔を近づけた。
血の匂いが鼻を突く。傷口は思ったよりも深くて、なんというか……野生動物に噛まれたみたいな感じ。
「……変な能力、か」
小さくつぶやいたのは彼か、それとも僕か。
それ以上確認する余裕もないまま、僕は傷口に舌を当てた。
……鉄の味。血の生臭さ。
思わず目を閉じた。
うわ……やっぱ最悪。
これ、ほんとに女神のギフトなのか?どう考えても罰ゲームだろ。
そもそも感染症とか大丈夫なのか、これ。
舐めたところに反応があるのかどうかもわからないまま、慎重に、丁寧に、傷をなぞるように舌を滑らせる。
その時だった。
……何かが変わった。
音はないのに、それが“わかる”。
血が止まり、裂けた肉が閉じ、皮膚が再生していく。
「……なっ……!」
狼耳の人が、息を呑んだ。
「……本当に……治っている……」
低く呟いた声に、明らかな困惑と驚きがにじんでいた。
彼は腕を軽く動かして確認する。
もう血は流れておらず、傷口もどこにも見当たらない。
まるで最初から、何もなかったみたいに。
豹耳の騎士も、僕と狼耳を交互に見ながら眉をひそめている。
……まだ警戒はしてるけど、明らかにトーンは変わった。
「だから、怪しいことはしてませんってば……!」
僕は苦笑いしながら立ち上がった。
……たぶん、初仕事完了?
狼耳の人は少しのあいだ僕を見ていたが、やがて低く言った。
「砦に来い。ここで放置するわけにはいかない」
「え、砦って……」
「何も聞くな。黙ってついて来い」
豹耳の人がそう言い放ち、ぴたりと後ろにつく。
……たぶん、監視役。
逃げたら確実に背中を刺されるやつだ。
「……わかりましたよ」
深いため息をつきながら、僕は二人についていくことにした。
いや、半ば強制連行だな、これは。
しかし、異世界生活、第一歩が“なめて治療”って……。
なんかもう、先が思いやられるんですけど。
———————
投稿は毎日8時・21時の2回です。
リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪
-——————
――豹耳。たぶんそんな感じ。
丸くて黒い耳が、ピクリと動いてる。
……いやいや、耳の形に注目してる場合じゃない。
目の前には、僕を殺しかねない勢いで剣を構えた男がいるんだ。
「女神だと? そんな戯言が信じられると思うのか」
低い声で吐き捨てるように言う彼は、完全に戦闘態勢。
完全に殺る気満々じゃないですか。
その後ろにいたもう一人の騎士――銀色の耳をした、たぶん狼耳の男が、一歩前に出た。片腕を押さえていて、そこから血がぽたぽた落ちている。
「こいつが嘘を言っているとしても……まずはこの場を安全にするべきだろう。俺たちの状況を忘れたか?」
狼耳の人がそう言った声には、明らかな理性があった。
だけど、その腕、めっちゃ血まみれですけど!?
……こっちがヤバくない?
「……だが!」
豹耳がなおも反論しようとする。
「いやいやいや! だからまず話を聞いてくださいって!」
僕は慌てて二人の間に手を挙げて割り込んだ。
ここで黙ってたら、確実に刺される未来が見える。
「女神様に間違って落とされただけで、怪しいことをするつもりはないです!むしろそっちの人、腕! 治さないとマズいでしょ!」
狼耳の人を指さして訴えると、彼は目を細めて僕を見つめた。
「お前が、どうやって治すつもりだ?」
低く冷たい声。
その金色の瞳が、じっと僕の嘘を見抜こうとしているのがわかる。
背筋がぞくりとした。
「えっと……女神様から、変な能力をもらったみたいで。怪我を治せる……らしいんです。試してみてもいいですか?」
必死に声を絞り出す。自分でも説明が雑だと思う。
でも、正直どう言えばいいかわからない。ここで信じてもらえなければ、即ゲームオーバーだ。
狼耳の人は、押さえていた腕を少しだけ動かして、傷をチラリと確認する。
……見るまでもなく、酷い傷だ。
そしてまた、じっと僕を見た。
沈黙。
長い、息を呑むような時間が流れる。
「……いいだろう」
彼が頷いた瞬間、空気が変わった。
「だが、妙な真似をすれば……ただでは済まないと思え」
その威圧感に、思わず喉が鳴る。
こ、こわ。
「了解です。じゃあ、失礼しますね……」
ほんとに大丈夫かなこれ?
死なない? また死なない?
今度は生き返らせてくれるか分からないのだが⁈
震える手を伸ばし、彼の腕に指先でそっと触れる。
触れた瞬間、彼がごくわずかに体を引いたのがわかった。
狼の耳が、ぴくりと反応する。
警戒してるのがありありと伝わる。……まあ、そりゃそうだよね。
空から降ってきた知らんやつが、傷を治すとか言って舐めてこようとしてるんだもの。
「大丈夫ですよ……!」
自分に言い聞かせるように呟きながら、僕は顔を近づけた。
血の匂いが鼻を突く。傷口は思ったよりも深くて、なんというか……野生動物に噛まれたみたいな感じ。
「……変な能力、か」
小さくつぶやいたのは彼か、それとも僕か。
それ以上確認する余裕もないまま、僕は傷口に舌を当てた。
……鉄の味。血の生臭さ。
思わず目を閉じた。
うわ……やっぱ最悪。
これ、ほんとに女神のギフトなのか?どう考えても罰ゲームだろ。
そもそも感染症とか大丈夫なのか、これ。
舐めたところに反応があるのかどうかもわからないまま、慎重に、丁寧に、傷をなぞるように舌を滑らせる。
その時だった。
……何かが変わった。
音はないのに、それが“わかる”。
血が止まり、裂けた肉が閉じ、皮膚が再生していく。
「……なっ……!」
狼耳の人が、息を呑んだ。
「……本当に……治っている……」
低く呟いた声に、明らかな困惑と驚きがにじんでいた。
彼は腕を軽く動かして確認する。
もう血は流れておらず、傷口もどこにも見当たらない。
まるで最初から、何もなかったみたいに。
豹耳の騎士も、僕と狼耳を交互に見ながら眉をひそめている。
……まだ警戒はしてるけど、明らかにトーンは変わった。
「だから、怪しいことはしてませんってば……!」
僕は苦笑いしながら立ち上がった。
……たぶん、初仕事完了?
狼耳の人は少しのあいだ僕を見ていたが、やがて低く言った。
「砦に来い。ここで放置するわけにはいかない」
「え、砦って……」
「何も聞くな。黙ってついて来い」
豹耳の人がそう言い放ち、ぴたりと後ろにつく。
……たぶん、監視役。
逃げたら確実に背中を刺されるやつだ。
「……わかりましたよ」
深いため息をつきながら、僕は二人についていくことにした。
いや、半ば強制連行だな、これは。
しかし、異世界生活、第一歩が“なめて治療”って……。
なんかもう、先が思いやられるんですけど。
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