恋した君は、嘘のキミ──それでも、好きにならずにいられなかった──

めがねあざらし

文字の大きさ
29 / 40

第29話:無視

しおりを挟む
翌朝。
目覚ましのベルが鳴っても、布団から出る気力はなかなか湧かなかった。
頭の奥に残っているのは、昨夜の余韻――いや、残滓と言うべきか。

「……っ」

耳の奥に、まだあの熱が残っている。
指先で触れてみても、感触なんてあるはずないのに、そこだけが異様に敏感で、思い出すだけで胸がざわめいた。

(……全部、夢ならよかったのに)

そう思って顔を洗っても、冷水では熱を消せなかった。
鏡の前で見た自分の顔は、寝不足でひどく冴えない。
それでも大学には行かなくてはならない。
いつもと同じように、リュックを抱えて電車に乗り、校舎へ足を運ぶ。

――そして。

廊下の向こうに、見慣れた背の高さが見えた瞬間。
心臓が跳ねた。

(……奏真……)

いや、「レオン」なのか。どっちだ。
違う。どちらもあいつで……とにかく――昨夜の相手。
すぐに呼吸が乱れた。

「……っ」

反射的に視線を逸らす。
そのまま、何も見なかったふりをして通り過ぎた。

目が合ったかどうかも、確かめられなかった。
確かめたら最後、また心臓が暴れ出すのが目に見えていたから。


その日から、俺は桐嶋奏真を「無視する」と決めた。

決めた――はずだった。

廊下ですれ違えば、無意識に視線が吸い寄せられる。
ゼミの教室では、同じ空間にいるだけで背中が熱くなる。
ノートを取ろうと顔を上げたとき、ふと目が合ってしまった瞬間、慌てて逸らした。

……それが余計に、意識している証拠みたいで。
自分で自分に腹が立った。

(なんで……なんで俺が避けなきゃいけないんだよ……)

心の中で毒づく。

(いや、俺が避けるって決めた)

でも、言葉とは裏腹に、胸は落ち着かない。
昼休み、ゼミ仲間と学食で並んでいたときのこと。

「なあ、お前ら最近、なんかあった?」

不意にそう言われて、箸を持つ手が止まった。

「……は?」
「お前と桐嶋。ゼミのとき、目も合わせてないだろ。前は割と話してたのに」

軽い調子でからかわれただけ。
けれど心臓が跳ね上がる音は、他人に聞こえるんじゃないかと思うほど大きかった。

「別に……なにも、ない」
「ふーん? まあ、そう見えただけならいいけど」

友人はそれ以上追及せず、笑って唐揚げを口に運んだ。
俺は笑い返すこともできず、水を無理に流し込んだ。
喉が渇いているわけでもないのに。

(……まずい。気づかれたら……)

そう思うと余計に、胸の奥が落ち着かなくなる。
誰かに勘づかれるのが怖い。
でもそれ以上に、気づいてほしい自分がいることにも気づいてしまう。

講義後、教室を出ようとしたとき。
背中に視線を感じた。

振り返らなくてもわかる。
あいつだ。

気づけば足が速まる。
逃げるみたいに廊下を抜け、階段を下りた。

(……なんなんだよ、俺は)

無視しているはずなのに、気になる。
気にしないようにすればするほど、気になって仕方ない。
昨夜の感触が消えないから、どこまでも意識してしまう。

――耳に残る、熱。
――「俺には、ありえる」という声。

その記憶が、否定を押し潰していく。

校門を出たとき、胸を押さえた。
押さえたところで鼓動は収まらない。
むしろ、余計に暴れ出す。

「……なんで、無視してんのに……気になるんだよ」

吐き出した声は、夕暮れに紛れて自分にさえ届かなかった。
それでも心臓だけは、容赦なく答えを迫っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です ーーーやってしまった。 『もういい。お前の顔は見たくない』 旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。 前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める 頑張って運命を回避しようとする話です

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...