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第34話:届いたメッセージ
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夜になっても、雨の匂いはまだ街に残っていた。
昼間の土砂降りはもう止んでいるのに、濡れたアスファルトがじっとりと湿り気を放っていて、風が吹くたびにその匂いが部屋の隅々にまで入り込んでくる。窓を少し開けたら、カーテンが湿った風に煽られて、あのときの傘の内側の匂いまで蘇りそうで――慌てて閉めた。
机に向かう。レポートのワードを開いても、白紙の画面がただ眩しいだけだった。キーを叩く気配は一向に訪れず、代わりに浮かぶのは帰り道の残像だ。
紺の傘。濡れた前髪。肩が触れそうな距離。
そして、ふいに思ってしまった一言。
(……かっこいい、なんて)
舌打ちをして、椅子から立ち上がる。人気のないリビングに出て冷蔵庫を開けて、冷たい水をコップに注ぐ。
一口飲んでも、喉の渇きは癒えなかった。
むしろ胃の奥が熱くなって、余計に落ち着かない。
(……違う。俺は違うんだ)
鏡の前に立ってみても、返ってくるのは寝不足で冴えない顔。
こんなやつを「好きだ」なんて、ありえるわけがない。そう自分に言い聞かせても、昼間の「覚えてる?」の声が蘇る。思い出すたびに胸の奥で何かがざわついた。
ベッドに腰を下ろし、無理やり参考書を開いて数行読んだところで、枕元に置いていたスマホが小さく震えた。
「……っ」
心臓が跳ねる。
画面に映った文字を見た瞬間、全身の血が逆流するみたいに熱を持った。
――奏真。
送信者の名前の下に、たった一文。
《話がしたい》
短い。あまりにも短すぎる。
たった五文字なのに、意味は無限に膨らんでいく。
“どんな話を?”
“今すぐに?”
“俺に対して、本気で?”
考え始めた途端、思考は収拾がつかなくなった。
(……返すか? いや、返せない。いや、返さないと……でも――)
親指が勝手に画面を押していた。
青いチェックが現れて、“既読”の二文字が残る。
「……あ」
声にならない声が漏れる。
やってしまった。取り消しなんてできない。
見てしまったという事実だけが、彼に届いてしまった。
それ以上、言葉を打つことができなかった。
「なんの話だ」と返すことも、「今は無理だ」と断ることも。
文字を打ち込もうとすれば指が止まり、消しては画面を閉じ、また開いては消す。
白い吹き出しだけがいくつも並び、空白の会話が自分を嘲笑っているみたいだった。
時計の秒針がやけに遅く見える。
部屋の中の空気が凝固して、音が全部遠くに追いやられた気がした。
窓の外で車が通る音さえ、やけに鈍く聞こえる。
「……くそ」
ベッドに倒れ込み、スマホを胸に押し当てる。
光の熱が皮膚を通して心臓にまで沁み込んでいくみたいだった。
画面を閉じても、瞼の裏にはしっかりと浮かんでいる。
――《話がしたい》
その一文。
それだけのはずなのに、意味を勝手に拡張して、俺を揺さぶってくる。
返事は書けない。
でも返さないままでは落ち着かない。
堂々巡りの中で、心臓は壊れそうな速さで暴れ続ける。
暗い部屋。
静寂の中に、光るスマホの画面だけが残る。
青白い明かりが天井を照らし、荒い呼吸と鼓動の速さを際立たせる。
目を閉じても、その光と文字は消えなかった。
いや、むしろ瞼の裏でより鮮明になって、声と一緒に迫ってきた。
《話がしたい》
――その短さが、呪いみたいに胸を支配していた。
昼間の土砂降りはもう止んでいるのに、濡れたアスファルトがじっとりと湿り気を放っていて、風が吹くたびにその匂いが部屋の隅々にまで入り込んでくる。窓を少し開けたら、カーテンが湿った風に煽られて、あのときの傘の内側の匂いまで蘇りそうで――慌てて閉めた。
机に向かう。レポートのワードを開いても、白紙の画面がただ眩しいだけだった。キーを叩く気配は一向に訪れず、代わりに浮かぶのは帰り道の残像だ。
紺の傘。濡れた前髪。肩が触れそうな距離。
そして、ふいに思ってしまった一言。
(……かっこいい、なんて)
舌打ちをして、椅子から立ち上がる。人気のないリビングに出て冷蔵庫を開けて、冷たい水をコップに注ぐ。
一口飲んでも、喉の渇きは癒えなかった。
むしろ胃の奥が熱くなって、余計に落ち着かない。
(……違う。俺は違うんだ)
鏡の前に立ってみても、返ってくるのは寝不足で冴えない顔。
こんなやつを「好きだ」なんて、ありえるわけがない。そう自分に言い聞かせても、昼間の「覚えてる?」の声が蘇る。思い出すたびに胸の奥で何かがざわついた。
ベッドに腰を下ろし、無理やり参考書を開いて数行読んだところで、枕元に置いていたスマホが小さく震えた。
「……っ」
心臓が跳ねる。
画面に映った文字を見た瞬間、全身の血が逆流するみたいに熱を持った。
――奏真。
送信者の名前の下に、たった一文。
《話がしたい》
短い。あまりにも短すぎる。
たった五文字なのに、意味は無限に膨らんでいく。
“どんな話を?”
“今すぐに?”
“俺に対して、本気で?”
考え始めた途端、思考は収拾がつかなくなった。
(……返すか? いや、返せない。いや、返さないと……でも――)
親指が勝手に画面を押していた。
青いチェックが現れて、“既読”の二文字が残る。
「……あ」
声にならない声が漏れる。
やってしまった。取り消しなんてできない。
見てしまったという事実だけが、彼に届いてしまった。
それ以上、言葉を打つことができなかった。
「なんの話だ」と返すことも、「今は無理だ」と断ることも。
文字を打ち込もうとすれば指が止まり、消しては画面を閉じ、また開いては消す。
白い吹き出しだけがいくつも並び、空白の会話が自分を嘲笑っているみたいだった。
時計の秒針がやけに遅く見える。
部屋の中の空気が凝固して、音が全部遠くに追いやられた気がした。
窓の外で車が通る音さえ、やけに鈍く聞こえる。
「……くそ」
ベッドに倒れ込み、スマホを胸に押し当てる。
光の熱が皮膚を通して心臓にまで沁み込んでいくみたいだった。
画面を閉じても、瞼の裏にはしっかりと浮かんでいる。
――《話がしたい》
その一文。
それだけのはずなのに、意味を勝手に拡張して、俺を揺さぶってくる。
返事は書けない。
でも返さないままでは落ち着かない。
堂々巡りの中で、心臓は壊れそうな速さで暴れ続ける。
暗い部屋。
静寂の中に、光るスマホの画面だけが残る。
青白い明かりが天井を照らし、荒い呼吸と鼓動の速さを際立たせる。
目を閉じても、その光と文字は消えなかった。
いや、むしろ瞼の裏でより鮮明になって、声と一緒に迫ってきた。
《話がしたい》
――その短さが、呪いみたいに胸を支配していた。
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