恋した君は、嘘のキミ──それでも、好きにならずにいられなかった──

めがねあざらし

文字の大きさ
36 / 40

第36話:交差する想い

しおりを挟む
待ち合わせの時間まで、あと五分。
駅前のロータリーは、夕方のラッシュが落ち着いた後の静けさに包まれていた。
車のライトが遠ざかるたび、舗道のタイルに映る光がさざめく。
風が吹き抜けると、近くのカフェの看板の鎖が小さく鳴った。

俺は、その音に合わせるみたいに何度もスマホを点けては消していた。
届いたメッセージはたった一行。

――「今夜、店じゃなくて外で会おう」

それだけで、胸の奥が焼けつくみたいに熱くなっている。

「……落ち着け」

声に出したが、全然落ち着けなかった。
ポケットの中の手のひらがじっとり汗をかいて、スマホが滑りそうになる。
落ち着けと言い聞かせるたび、逆に心臓の音が大きくなる。
周りの雑踏の音が遠のき、身体の内側だけがうるさく響いているようだった。

人の波の中、視線が勝手に探してしまう。
背の高さ。歩幅。あの眼鏡。
見つかるはずがないのに、見つけたい気持ちが暴れて、目が泳ぐ。
人の顔を一人ひとり確認する自分に気づいて、歯を噛んだ。

……そして――

「陸」

振り返った瞬間、心臓が大きく鳴った。
そこにいたのは、いつもの白シャツに眼鏡姿の桐嶋奏真。
ホストの「レオン」ではなく、俺が大学で見慣れた顔だった。
照明の白に照らされた横顔は、日常の一部のようで、でも俺には非日常にしか見えなかった。

「……来たんだな」

思わず、当たり前すぎる言葉が口から漏れる。
奏真は小さく笑って、「お前もな」と返した。

その笑みはほんの一瞬で、すぐに消えた。
真顔に戻った彼の横顔に、俺は視線を奪われる。

並んで歩き出す。
駅前の通りはもう人通りがまばらで、開いたままのカフェからはコーヒーの匂いが漂ってくる。
靴音が二つ、アスファルトの上で交互に重なる。
どちらも無言で歩いているのに、互いの存在がやけに大きい。

ぎこちない沈黙が、二人の間に張りついていた。
言葉を探そうとすると、すぐに喉が乾いて声が詰まる。
沈黙が痛いはずなのに、なぜか破るのも怖かった。

「……昨日のこと、返事できなくて」

俺が切り出すと、彼は立ち止まり、正面から俺を見た。
眼鏡の奥の視線は、逃げ場を与えてくれない。
街の灯りに縁どられたその目が、真剣であるほど、俺は後ろに下がりたくなる。

「陸」

名前を呼ぶ声が、街のざわめきの中で妙に鮮明だった。
風が吹いて、看板が再び揺れる音も、すれ違う自転車のベルの音も、全部遠ざかる。
残ったのは、彼の声だけ。

「俺はずっと、お前が好きだった」

短い。けれど、その言葉は真っ直ぐで重くて、胸を撃ち抜くみたいだった。
その場で心臓が一瞬止まったかと思うくらい、全身が熱を持つ。
逃げ場を探して視線を逸らそうとしても、どうしても戻ってしまう。
その瞳には、冗談も虚勢もなく、本気しか映っていなかった。

「からかってたんじゃない。本気だ」

俺の中で、何かが崩れる音がした。
これまで何度も「違う」「ありえない」と言い張ってきた言葉が、全部脆くて頼りない。
その上に積み重なった言い訳は、いま彼の一言で粉々にされていく。

鼓動が耳を突き抜ける。
胸の奥からせり上がってくるのは、否定でも怒りでもなく――
昨日、布団の中で零してしまった言葉。

(……会いたい)

視線がぶつかったまま、逃げられない。
夜風が吹いて髪を揺らす。
街路灯の下で、彼の瞳は一瞬たりとも揺らがなかった。

その静けさに、俺の心臓だけが暴れ続ける。
彼の呼吸のリズムが、やけに鮮明に聞こえる。
視線が絡んだまま、ほんの数秒が永遠に引き伸ばされていく。

喉までせり上がった言葉は、最後の一音にならないまま震えて――
俺はただ、その視線に貫かれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です ーーーやってしまった。 『もういい。お前の顔は見たくない』 旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。 前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める 頑張って運命を回避しようとする話です

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...