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12.独言
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僕が侯爵家に引き取られたのは13歳になった頃だ。
子爵家で生を得た僕は、随分と魔力を持って生まれ、それが切欠となり、まだ一人しか子供のいない侯爵家に養子として入った。
既に跡取りとなる子供がいるし、その時の侯爵夫妻はまだ年齢的にも次子だって望める。どうしてだろうか、と思いはしたが、その子を見たときに侯爵の──義父の野望が手に取るように分かった。
その子は幼いながらに随分と愛らしい姿で、恐らく義父は王族かもしくはそれに連なる高位の家へとこの子を差し出す気でいるのだろう。
生家も同じで、僕をこちらの家に差し出すことでそれなりに利益を得ているので、結局は家格が上であってもどこも一緒だな、と思った。
そして次子を望むには、あまりにも侯爵夫妻は余所余所しかった。ありていに言えば夫婦仲がすでに冷めきっていたのだ。
いや、もしかするとこの夫妻にははじめから熱などなかったのかもしれない。なので、実子を望むよりは僕という存在を夫婦で選択したのだろう。
そんな侯爵夫妻ではあっても、義母は侯爵夫人として邸内の管理は確りとしており、養子とは言え僕を次期当主候補であるという扱いをした。
はたから見れば実子と同様に僕を扱う賢母に映っただろうが、義母はそもそも義父との間に生まれた実子にも興味がなかっただけだ。
その子にも僕にも等しく教育を与えはしたし、尊重はしていたのだと思う。
でもそれだけで、小さな子を抱こうともしなかった。
嫌悪というほどでもないが、その子が母を求めて走ってきてもただただ困った顔をして後は侍女に任せて去っていく。接し方が不器用だった。
僕よりも幼い子は何よりも母の愛が欲しかったのだろう。
けれどそれは得られるものではなく……その反動か、その子は知識やマナーは年齢以上に備わっていたが、高慢で我儘だった。
しかし僕は僕で、その子を構うことはしなかった。
冷たいかもしれないが、興味を持つことができなかったからで、付きまとわれれば鬱陶しいとさえ思っていたのだ。
過ぎていく日々の中で、侯爵夫妻の関係がかわることもなく、義理の弟は益々に癇癪を酷くしていった。
そうしたある年の冬、随分と厳しく冷え込みが続く冬は人々の間に、質の悪い熱病を流行らせた。弟はその流行り病に罹ってしまったのだ。
成人であれば大したことのないものではあるが、子供が罹患すると死に至ることもある。
運が悪いことに弟は回復するどころか悪化していき、死の足音が彼に忍び寄っていた。
さすがに侯爵夫妻もこれには血相を変えた。
義母も手ずから弟の看病をし、義父もその場に姿をよく見せていたし、方々の地域から薬を取り寄せたり医師や薬師を呼んできて、治療も様々に試したようだ。
けれど、どれもいまいち効き目がなく、弟は弱っていく。
その時になってようやく僕も小さく愛らしい弟が哀れだと感じて、側にいるようになった。
「……あなたにうつっては大変だから、長くそばにいては駄目よ……」
弟の命の灯が揺らぐ中で、涙ながらに義母はそう言った。
ここにきてようやく僕が弟に関心を抱けたように、義母も母としての愛を心の中に宿したのだろう。それが養子である僕にも正しく向けられ、なんとも言えない気持ちで、僕は、大丈夫ですよ、とだけ告げたのを覚えている。
今夜が峠だと医師から告げられたとき、義母は泣き伏し、その細い肩を義父が支えた。
義父もここにきて、父としての夫としての意識が目覚めたのかもしれない。
僕を含めた家族と呼べる全員がそんな風に遅く意識を取り戻し、けれどそれは弟の遠くない死の上に成り立っていることへの残酷さと自分達の馬鹿さ加減に反吐が出そうだった。
だが、奇跡が起こった。
峠だと告げられた夜を越した、冬の清々しい朝に──弟は髪色と同じく淡い碧眼で、死ではなく、家族である僕らを映した。
熱はすっかりと下がっており、大きな瞳が何度も瞬く。義父を見て、義母を見て、僕を見た時──僕は一瞬で魅了されてしまった。
その日を皮切りに、侯爵家の中はどんどんと変わっていった。
まず病から回復した弟がつきものが落ちたがごとく、素直になった。
元々そういう素質は備わっていたのだろう。ただ寂しさが彼を変質させただけで。
病でこけていた頬がふっくらとなる頃には、使用人たちを困らせていた弟は消え失せ、ただただ姿かたちのままに天使のような子になっていた。
侯爵夫妻もすっかりと変わった。
実子の臨終間際という危機が二人に父と母という本能を目覚めさせ、弟がその仲をうまく取り持つことにより、不器用だった夫妻はお互いの中に絆と愛を見つけ、かけがえのない存在だと意識したらしい。弟が目覚めて1年も経った頃には、大恋愛を経て一緒になったような鴛鴦夫婦へと変貌していた。
変わったのは僕もまた一緒で、懐いてくる弟を疎ましく思うことはまるでなく、ただただ可愛らしく愛おしさしか感じなくなっていた。
使える者たちも主人が変われば打って変る。元々管理がされていた使用人たちがおかしことすることはなかったが、温かさが宿った。
こうして僕らは、侯爵家は──最も倖せな家族へとなったのである。
※
「僕の可愛い子はどうしてこうも不用心なんだろうね……」
僕の目の前ではすうすうと規則正しい寝息をたてる弟がいる。
光を抑えたランプが照らす寝顔は美しく、昔からの愛らしさも残したままだ。
16歳になった弟は僕に勤める学園に入学した。いや、もとより僕は弟と長い時間を過ごすためだけに空いた教師の枠を手に入れた。
僕の愛情は家族のそれをとっくの昔に──超えていた。
彼の耳元に唇を寄せて、そこで眠りが深くなる呪いを小さく唱える。
そうした後で、その耳朶に口付けるとひくりと弟の身体が揺れた。
ああ、本当に可愛い……。
その場所から顔を上げて、指先で薄らとあいた唇を撫でる。その場所を一通り撫でてから、そのまま指先を咥内へと滑り込ませ、抵抗のない歯列を潜り柔らかな舌を撫でる。
「ん、ぅ……」
すると、鼻にかかったような声音が漏れた。
僕はその声を聞き、指を引き抜いてから、吸い寄せられるように弟の唇へとかぶりつく。
開いたままの唇の間から舌を潜り込ませて、好きなように咥内を舌先で撫でまわした。
「ん、……ふ……」
回数を重ねたそこは易く快感を生むようになっているようで、甘い声が響く。
たとえ誰かに触れられたとしても、こうして上塗りして消毒すればいいだけの話だ。
とはいえ……誰かが触るのは気分が良いものじゃない。それが誰だとしても排除が必要だ。
「……君は僕のものなんだから……」
※
「あらあら、リアム様。首元に……嫌ですわ、羽虫かしら」
着替えを手伝ってくれているアンが、俺の首元を指さし眉をしかめた。
さすがに自分の首元が見えるほど俺の目はばけものじゃないので、鏡の中で確かめる。
なるほど、確かに首筋に一つ、赤い痕がある。
「うーん?別にかゆくないけどね……」
そこをつついても特に痒みは感じない。けれど、アンはいそいそとメイド服のポケットから軟膏らしきものを取り出した。
「駄目ですよ、触っては。ほら、お薬を塗りましょうね」
俺の指を優しく払い除けて、アンはそこへと薬を塗った。
いや、本当にな……ここの家って、全員がリアムに甘いというか過保護というか。
その薬をいつでも常備しているアンもだいぶんな気がするよ。
とはいえ、好意には違いないので、ありがとう、とお礼を言うとアンは満足そうに微笑んだ。
その時、ノック音とともに扉が開く。
「用意はどうかな、リアム。そろそろ出ようか?」
「兄様!あ、はい。出れます」
上着を整えて、俺はキースのもとに歩いた。
前で立ち止まり、頭を下げて見上げると、キースがおや、と声を上げる。
「刺されたのかい?」
先ほどアンが薬を塗ってくれた場所と同じところを、触れるか触れないかの距離でキースの指先が撫でた。くすぐったくて、俺は肩を竦める。
「大丈夫ですよ」
そう答えると、キースはにっこりとなら良かったといわんばかりに微笑んだ。
子爵家で生を得た僕は、随分と魔力を持って生まれ、それが切欠となり、まだ一人しか子供のいない侯爵家に養子として入った。
既に跡取りとなる子供がいるし、その時の侯爵夫妻はまだ年齢的にも次子だって望める。どうしてだろうか、と思いはしたが、その子を見たときに侯爵の──義父の野望が手に取るように分かった。
その子は幼いながらに随分と愛らしい姿で、恐らく義父は王族かもしくはそれに連なる高位の家へとこの子を差し出す気でいるのだろう。
生家も同じで、僕をこちらの家に差し出すことでそれなりに利益を得ているので、結局は家格が上であってもどこも一緒だな、と思った。
そして次子を望むには、あまりにも侯爵夫妻は余所余所しかった。ありていに言えば夫婦仲がすでに冷めきっていたのだ。
いや、もしかするとこの夫妻にははじめから熱などなかったのかもしれない。なので、実子を望むよりは僕という存在を夫婦で選択したのだろう。
そんな侯爵夫妻ではあっても、義母は侯爵夫人として邸内の管理は確りとしており、養子とは言え僕を次期当主候補であるという扱いをした。
はたから見れば実子と同様に僕を扱う賢母に映っただろうが、義母はそもそも義父との間に生まれた実子にも興味がなかっただけだ。
その子にも僕にも等しく教育を与えはしたし、尊重はしていたのだと思う。
でもそれだけで、小さな子を抱こうともしなかった。
嫌悪というほどでもないが、その子が母を求めて走ってきてもただただ困った顔をして後は侍女に任せて去っていく。接し方が不器用だった。
僕よりも幼い子は何よりも母の愛が欲しかったのだろう。
けれどそれは得られるものではなく……その反動か、その子は知識やマナーは年齢以上に備わっていたが、高慢で我儘だった。
しかし僕は僕で、その子を構うことはしなかった。
冷たいかもしれないが、興味を持つことができなかったからで、付きまとわれれば鬱陶しいとさえ思っていたのだ。
過ぎていく日々の中で、侯爵夫妻の関係がかわることもなく、義理の弟は益々に癇癪を酷くしていった。
そうしたある年の冬、随分と厳しく冷え込みが続く冬は人々の間に、質の悪い熱病を流行らせた。弟はその流行り病に罹ってしまったのだ。
成人であれば大したことのないものではあるが、子供が罹患すると死に至ることもある。
運が悪いことに弟は回復するどころか悪化していき、死の足音が彼に忍び寄っていた。
さすがに侯爵夫妻もこれには血相を変えた。
義母も手ずから弟の看病をし、義父もその場に姿をよく見せていたし、方々の地域から薬を取り寄せたり医師や薬師を呼んできて、治療も様々に試したようだ。
けれど、どれもいまいち効き目がなく、弟は弱っていく。
その時になってようやく僕も小さく愛らしい弟が哀れだと感じて、側にいるようになった。
「……あなたにうつっては大変だから、長くそばにいては駄目よ……」
弟の命の灯が揺らぐ中で、涙ながらに義母はそう言った。
ここにきてようやく僕が弟に関心を抱けたように、義母も母としての愛を心の中に宿したのだろう。それが養子である僕にも正しく向けられ、なんとも言えない気持ちで、僕は、大丈夫ですよ、とだけ告げたのを覚えている。
今夜が峠だと医師から告げられたとき、義母は泣き伏し、その細い肩を義父が支えた。
義父もここにきて、父としての夫としての意識が目覚めたのかもしれない。
僕を含めた家族と呼べる全員がそんな風に遅く意識を取り戻し、けれどそれは弟の遠くない死の上に成り立っていることへの残酷さと自分達の馬鹿さ加減に反吐が出そうだった。
だが、奇跡が起こった。
峠だと告げられた夜を越した、冬の清々しい朝に──弟は髪色と同じく淡い碧眼で、死ではなく、家族である僕らを映した。
熱はすっかりと下がっており、大きな瞳が何度も瞬く。義父を見て、義母を見て、僕を見た時──僕は一瞬で魅了されてしまった。
その日を皮切りに、侯爵家の中はどんどんと変わっていった。
まず病から回復した弟がつきものが落ちたがごとく、素直になった。
元々そういう素質は備わっていたのだろう。ただ寂しさが彼を変質させただけで。
病でこけていた頬がふっくらとなる頃には、使用人たちを困らせていた弟は消え失せ、ただただ姿かたちのままに天使のような子になっていた。
侯爵夫妻もすっかりと変わった。
実子の臨終間際という危機が二人に父と母という本能を目覚めさせ、弟がその仲をうまく取り持つことにより、不器用だった夫妻はお互いの中に絆と愛を見つけ、かけがえのない存在だと意識したらしい。弟が目覚めて1年も経った頃には、大恋愛を経て一緒になったような鴛鴦夫婦へと変貌していた。
変わったのは僕もまた一緒で、懐いてくる弟を疎ましく思うことはまるでなく、ただただ可愛らしく愛おしさしか感じなくなっていた。
使える者たちも主人が変われば打って変る。元々管理がされていた使用人たちがおかしことすることはなかったが、温かさが宿った。
こうして僕らは、侯爵家は──最も倖せな家族へとなったのである。
※
「僕の可愛い子はどうしてこうも不用心なんだろうね……」
僕の目の前ではすうすうと規則正しい寝息をたてる弟がいる。
光を抑えたランプが照らす寝顔は美しく、昔からの愛らしさも残したままだ。
16歳になった弟は僕に勤める学園に入学した。いや、もとより僕は弟と長い時間を過ごすためだけに空いた教師の枠を手に入れた。
僕の愛情は家族のそれをとっくの昔に──超えていた。
彼の耳元に唇を寄せて、そこで眠りが深くなる呪いを小さく唱える。
そうした後で、その耳朶に口付けるとひくりと弟の身体が揺れた。
ああ、本当に可愛い……。
その場所から顔を上げて、指先で薄らとあいた唇を撫でる。その場所を一通り撫でてから、そのまま指先を咥内へと滑り込ませ、抵抗のない歯列を潜り柔らかな舌を撫でる。
「ん、ぅ……」
すると、鼻にかかったような声音が漏れた。
僕はその声を聞き、指を引き抜いてから、吸い寄せられるように弟の唇へとかぶりつく。
開いたままの唇の間から舌を潜り込ませて、好きなように咥内を舌先で撫でまわした。
「ん、……ふ……」
回数を重ねたそこは易く快感を生むようになっているようで、甘い声が響く。
たとえ誰かに触れられたとしても、こうして上塗りして消毒すればいいだけの話だ。
とはいえ……誰かが触るのは気分が良いものじゃない。それが誰だとしても排除が必要だ。
「……君は僕のものなんだから……」
※
「あらあら、リアム様。首元に……嫌ですわ、羽虫かしら」
着替えを手伝ってくれているアンが、俺の首元を指さし眉をしかめた。
さすがに自分の首元が見えるほど俺の目はばけものじゃないので、鏡の中で確かめる。
なるほど、確かに首筋に一つ、赤い痕がある。
「うーん?別にかゆくないけどね……」
そこをつついても特に痒みは感じない。けれど、アンはいそいそとメイド服のポケットから軟膏らしきものを取り出した。
「駄目ですよ、触っては。ほら、お薬を塗りましょうね」
俺の指を優しく払い除けて、アンはそこへと薬を塗った。
いや、本当にな……ここの家って、全員がリアムに甘いというか過保護というか。
その薬をいつでも常備しているアンもだいぶんな気がするよ。
とはいえ、好意には違いないので、ありがとう、とお礼を言うとアンは満足そうに微笑んだ。
その時、ノック音とともに扉が開く。
「用意はどうかな、リアム。そろそろ出ようか?」
「兄様!あ、はい。出れます」
上着を整えて、俺はキースのもとに歩いた。
前で立ち止まり、頭を下げて見上げると、キースがおや、と声を上げる。
「刺されたのかい?」
先ほどアンが薬を塗ってくれた場所と同じところを、触れるか触れないかの距離でキースの指先が撫でた。くすぐったくて、俺は肩を竦める。
「大丈夫ですよ」
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