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日常3
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イトムシの数は少ない。
昔は大勢のイトムシが国へと仕えていたが、ある頃から数を減らし、いまでは楽園への送りが出来るのは、長でありキイトの曽祖父の、小石丸。
そしてキイトの母であり、小石丸の孫、ヒノデ。
その二体きりとなった。
キイトはまだ幼く、追放者と対峙したことがない。しかしイトムシとして生まれた時点で、将来は決まっていた。いつかは追放者を送るだろう。
人間の生活を守るため、国の平和を維持するため。楽園の恩恵を守るため。
キイトは自分の価値を知っている。人間に必要とされていることを知っている。しかしいまは、ただ一人の友人に頼りにされたことが嬉しく、糸を紡ぐことだけに集中した。
キイトは椅子の上に片足を上げ、一呼吸した。
風が緑を揺らし、髪を優しく撫でる。自分の心臓の音を聞くように耳を澄ませ、そっと息を吐いた。
トクン、とくん、しゃく。糸が紡がれる。
喉を上がる糸を、もう一度飲み、今度は夏の風を意識した。
(風は木々を抜ける時、葉に触れる、葉の一枚一枚の匂いを伝えられる風、その中の一枚には、葉裏へと姿を隠す、小さく、透き通った緑虫がいる、そいつのため息を伝えるぐらい、澄んだ細い糸を――)
口を開け糸を吐いた。しかし、出来上がった糸はキイトの想像とは違い、髪の毛ほどの太さを持つ糸だった。
唇に指をかけ糸を引くと、真白い糸が伸びた。それを糸切り歯でぷつりと切り、眺めてみる。
ナナフシが褒めるように口笛を吹くが、キイトは、風になびかず真っ直ぐに下へと垂れる糸を見て、首を捻った。
「なんだか思っていたのと違うや、どうだろう。使えそう? ナナフシ」
ナナフシは手を伸ばし糸を掴むと、日に透かしながら、何事か紙へと書き込んでいく。
「改良は難しいからな、最初から成功するとは思ってねぇよ。ま、気長にやろうってことさ」
ナナフシはそう言うと、糸を指へと巻き引っ張っていく。
糸を調べるナナフシの指は真っ直ぐに伸び、節の所が桜の枝のようで、意志が強そうだ。キイトは自分の、人間より少し長い指と見比べた。
糸紡ぎの練習中に出来た糸傷が残っている。その指は、糸を操るには適しているが、大人の懐から財布を取り出すことは出来ない。
(僕が糸の練習をするように、ナナフシも盗みの練習をしているのかな。じゃあ、ナナフシは泥棒になるのか? 違う、盗賊だ。盗賊のほうがかっこいい)
キイトは本で読んだ盗賊を想像した。
(ナナフシは盗賊の中でも、一番強くて偉い、頭領だ)
目の前で糸をぐいぐいと引っ張る友人。その友人を頭の中で、荒縄を使い、敵を引っ張り上げる盗賊の頭領にする。刺青を顔へ入れると、表情に凄みがおびる。くしゃくしゃの髪には、金属飾りや色石を絡ませる。
(うん、盗賊っぽい)
ぼんやりと眺めていると、ナナフシが不意に糸をプツンと引き千切り、キイトは思わず眉をひそめた。
「おっと、すまん。嫌だったのか? キイト」
「いいや、別に。ただ、紡いだ糸が切れるところを見ると、なんだかぞっとする」
ナナフシは糸とキイトを交互に見た。
「やっぱし、体の中から出ているからか?」
「さぁ。なんか爪を切られたみたいな感じ。突然、知らない人に」
「よし! それなら糸伝話の次はそれだ。うん、いいぞ。まず、キイトが糸を紡ぐだろう? それをお前が見ていない所で切る、その時、お前が爪を切られたようにぞっとすれば、成功だ」
「……成功?」
キイトは、ナナフシが半ば自身へと、嬉々として語ることが理解できず、大人を真似て神妙に頷いておいた。
彼は機嫌よく紙へと書き込んでいく。
「糸はもっともっと弱くしてだな、蜘蛛の糸ぐらいか? 足や体で糸を切ったことを、敵が気づかないぐらいじゃなきゃ、意味がない。だろ?」
これでキイトにも意図が読めた。
糸で侵入者を知る術を彼は考えていたのだ。友人が注文することはいつも、母の教育の何飛びも先を行く。
キイトの瞳が輝いた。
「面白そう! 糸伝話も、罠も、両方やってみたい!」
「よしよし、まずは糸伝話だ。頼むぜキイト」
二人は夢中で作業に取り掛かった。
昔は大勢のイトムシが国へと仕えていたが、ある頃から数を減らし、いまでは楽園への送りが出来るのは、長でありキイトの曽祖父の、小石丸。
そしてキイトの母であり、小石丸の孫、ヒノデ。
その二体きりとなった。
キイトはまだ幼く、追放者と対峙したことがない。しかしイトムシとして生まれた時点で、将来は決まっていた。いつかは追放者を送るだろう。
人間の生活を守るため、国の平和を維持するため。楽園の恩恵を守るため。
キイトは自分の価値を知っている。人間に必要とされていることを知っている。しかしいまは、ただ一人の友人に頼りにされたことが嬉しく、糸を紡ぐことだけに集中した。
キイトは椅子の上に片足を上げ、一呼吸した。
風が緑を揺らし、髪を優しく撫でる。自分の心臓の音を聞くように耳を澄ませ、そっと息を吐いた。
トクン、とくん、しゃく。糸が紡がれる。
喉を上がる糸を、もう一度飲み、今度は夏の風を意識した。
(風は木々を抜ける時、葉に触れる、葉の一枚一枚の匂いを伝えられる風、その中の一枚には、葉裏へと姿を隠す、小さく、透き通った緑虫がいる、そいつのため息を伝えるぐらい、澄んだ細い糸を――)
口を開け糸を吐いた。しかし、出来上がった糸はキイトの想像とは違い、髪の毛ほどの太さを持つ糸だった。
唇に指をかけ糸を引くと、真白い糸が伸びた。それを糸切り歯でぷつりと切り、眺めてみる。
ナナフシが褒めるように口笛を吹くが、キイトは、風になびかず真っ直ぐに下へと垂れる糸を見て、首を捻った。
「なんだか思っていたのと違うや、どうだろう。使えそう? ナナフシ」
ナナフシは手を伸ばし糸を掴むと、日に透かしながら、何事か紙へと書き込んでいく。
「改良は難しいからな、最初から成功するとは思ってねぇよ。ま、気長にやろうってことさ」
ナナフシはそう言うと、糸を指へと巻き引っ張っていく。
糸を調べるナナフシの指は真っ直ぐに伸び、節の所が桜の枝のようで、意志が強そうだ。キイトは自分の、人間より少し長い指と見比べた。
糸紡ぎの練習中に出来た糸傷が残っている。その指は、糸を操るには適しているが、大人の懐から財布を取り出すことは出来ない。
(僕が糸の練習をするように、ナナフシも盗みの練習をしているのかな。じゃあ、ナナフシは泥棒になるのか? 違う、盗賊だ。盗賊のほうがかっこいい)
キイトは本で読んだ盗賊を想像した。
(ナナフシは盗賊の中でも、一番強くて偉い、頭領だ)
目の前で糸をぐいぐいと引っ張る友人。その友人を頭の中で、荒縄を使い、敵を引っ張り上げる盗賊の頭領にする。刺青を顔へ入れると、表情に凄みがおびる。くしゃくしゃの髪には、金属飾りや色石を絡ませる。
(うん、盗賊っぽい)
ぼんやりと眺めていると、ナナフシが不意に糸をプツンと引き千切り、キイトは思わず眉をひそめた。
「おっと、すまん。嫌だったのか? キイト」
「いいや、別に。ただ、紡いだ糸が切れるところを見ると、なんだかぞっとする」
ナナフシは糸とキイトを交互に見た。
「やっぱし、体の中から出ているからか?」
「さぁ。なんか爪を切られたみたいな感じ。突然、知らない人に」
「よし! それなら糸伝話の次はそれだ。うん、いいぞ。まず、キイトが糸を紡ぐだろう? それをお前が見ていない所で切る、その時、お前が爪を切られたようにぞっとすれば、成功だ」
「……成功?」
キイトは、ナナフシが半ば自身へと、嬉々として語ることが理解できず、大人を真似て神妙に頷いておいた。
彼は機嫌よく紙へと書き込んでいく。
「糸はもっともっと弱くしてだな、蜘蛛の糸ぐらいか? 足や体で糸を切ったことを、敵が気づかないぐらいじゃなきゃ、意味がない。だろ?」
これでキイトにも意図が読めた。
糸で侵入者を知る術を彼は考えていたのだ。友人が注文することはいつも、母の教育の何飛びも先を行く。
キイトの瞳が輝いた。
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