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日常4
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○○○○
宮の門を守る兵、宮守へと挨拶をし、律儀に毎回尋ねてくる護衛を断り、イトムシ・ヒノデは自館へと向った。
帰る先イトムシ館は、彼女と息子のキイト、そして宮から遣わされた使用人夫婦のシロとクロが生活をしている。
館につくと、玄関を通り過ぎ、引き込み水路脇の小道から中庭へと入る。
明るい陽射しが溢れるそこでは、真剣に話し込んでいる、息子と友人がいた。
ここ最近、七つになるキイトは、ナナフシと出会い大人びた口調をするようになった。つまりは生意気になったのだ。
左隣の婦人からは、『ナナフシには気をつけなさい』と言われている。何をどう気をつけるべきか、婦人が言わんとすることは、浮世離れしているイトムシのヒノデでも、何となく察せられた。
しかしヒノデにとっては、ナナフシも自分の息子のように大切な、加護の対象だった。
教育館に住むナナフシ少年は、その預かる所を示す上着を常に着ていた。
上着には、青い四本筋が入っており、それは首元を周り、伸びた手首で小さな白い花を咲かせている。
青は水路を、四本筋は、国を支える四つの機関、宮、守護館、水館、商い館の加護を示していた。
上着は当人に似合わない上品さがあったので、それを反抗的な彼がいつもきちんと着ているのが、なんだか可笑しかった。
息子がその教育館の上着をねだった時、何とか手に入れようとは試みたが、宮の役人、宮使いたちに猛反対を受け、結局、着せてやることは叶わなかった。
一人でいることが多い息子にとって、教育館の少年は友達と言うより、兄のように憧れる存在なのだろう。
そんな中庭の二人を微笑ましく眺めていると、キイトがこちらに気づき、目だけでなく笑顔を浮かべた。ナナフシは背を向けたまま、こちらを向かずに座っている。
片手を上げ答える前に、息子が笑顔を引っ込め、眉を寄せた少し迷惑そうな表情をみせてきた。彼なりに、親のいないナナフシに気を使っているのだろうか。それとも、友人の前で甘えた素振りを見せたのが、恥ずかしかったのだろうか。
ヒノデが笑顔のまま二人へ近寄ると、背を見せていたナナフシが立ち上った。
「お邪魔しています。お帰りなさい、ヒノデ様」
ようやく振り返ったナナフシ少年の顔には、この庭の主人のような余裕がみえた。
次いでキイトが、テーブルの上の紙やら糸を手で隠しながら言った。
「お帰りなさい、いま取り込み中なんだ」
「ただいま、キイト、ナナフシ。キイト、使わなかった糸は必ず糸輪に織り込むのよ」
ヒノデに言われ、キイトは分かっているよ、と拗ねた口調で返事をした。
ヒノデは、最初にナナフシが立ち上がることで背に隠したテーブルの上を見ようと、体を右へと動かしてみた。するとナナフシも右へと寄り、ヒノデを遮る。どうやら、大人には秘密の会議だったようだ。
澄まし顔のナナフシを見て、ヒノデは口元を上げた。
「また、キイトを使って悪戯をするつもりね」
「まぁ、そんなところです。でもご心配なく。バレずにやりますんで」
「そうだといいわね」
ヒノデは手を伸ばし、ナナフシの目にかかった癖のある髪を、一束、耳の方へと戻してやる。そして、何気なしに話を続けた。
「昨日、二つ向こうの館の使い、コウズミさんのポケットが町を歩いている最中に裏返ってしまったの。可哀想に。小銭と飴玉と、秘かに恋をしていた、お嬢様のスプーンを持っていたことを、通りの真ん中で皆に知られてしまったのよ」
ヒノデが、夜のように美しい、黒い目を瞬かせ二人を見た。
その出来事に心当たりのあるキイトは、首を縮め、視線を下げる。しかしナナフシは、心底同情をするようにゆっくりと頷いた。
「それはお可哀想に。コウズミさんは、教育館のチビどもの、手伝い駄賃をケチる癖がありましたからね……楽園のバチが当たったのでしょう」
被害者のポケットには、猫の爪ほどの鈎針が通され、それはキイトの糸につながっていた。
キイトが糸をすれ違いざまに仕掛け、十分な距離を開けたのちに、ナナフシの手下の子供が思い切り引っ張ったのだ。
キイトも深く関わった教育館の悪戯。
ヒノデは屈み、ナナフシの目を覗いた。
人が、心も体も休める、優しい夜の眼差しが注がれ、さすがのナナフシもバツが悪そうに目を逸らす。
「誰が悪いとは言わないわ」
ナナフシは逸らした目をちらりと戻した。ヒノデの目には、理解の色が浮かんでいた。正当な対価を支払わなかった大人と、他者を巻き込んでの公開処刑。どちらかを非難する色はなく、ただ、静かにナナフシの目を覗いている。
「ほどほどにね、ナナフシ。キイト、御加水をちゃんと飲むのよ。糸も忘れずに糸輪へ戻すこと。じゃあ、二人ともがんばってね」
ヒノデは二人に笑顔を向けると、中庭に開かれた掃き出しの大窓へと向った。
宮の門を守る兵、宮守へと挨拶をし、律儀に毎回尋ねてくる護衛を断り、イトムシ・ヒノデは自館へと向った。
帰る先イトムシ館は、彼女と息子のキイト、そして宮から遣わされた使用人夫婦のシロとクロが生活をしている。
館につくと、玄関を通り過ぎ、引き込み水路脇の小道から中庭へと入る。
明るい陽射しが溢れるそこでは、真剣に話し込んでいる、息子と友人がいた。
ここ最近、七つになるキイトは、ナナフシと出会い大人びた口調をするようになった。つまりは生意気になったのだ。
左隣の婦人からは、『ナナフシには気をつけなさい』と言われている。何をどう気をつけるべきか、婦人が言わんとすることは、浮世離れしているイトムシのヒノデでも、何となく察せられた。
しかしヒノデにとっては、ナナフシも自分の息子のように大切な、加護の対象だった。
教育館に住むナナフシ少年は、その預かる所を示す上着を常に着ていた。
上着には、青い四本筋が入っており、それは首元を周り、伸びた手首で小さな白い花を咲かせている。
青は水路を、四本筋は、国を支える四つの機関、宮、守護館、水館、商い館の加護を示していた。
上着は当人に似合わない上品さがあったので、それを反抗的な彼がいつもきちんと着ているのが、なんだか可笑しかった。
息子がその教育館の上着をねだった時、何とか手に入れようとは試みたが、宮の役人、宮使いたちに猛反対を受け、結局、着せてやることは叶わなかった。
一人でいることが多い息子にとって、教育館の少年は友達と言うより、兄のように憧れる存在なのだろう。
そんな中庭の二人を微笑ましく眺めていると、キイトがこちらに気づき、目だけでなく笑顔を浮かべた。ナナフシは背を向けたまま、こちらを向かずに座っている。
片手を上げ答える前に、息子が笑顔を引っ込め、眉を寄せた少し迷惑そうな表情をみせてきた。彼なりに、親のいないナナフシに気を使っているのだろうか。それとも、友人の前で甘えた素振りを見せたのが、恥ずかしかったのだろうか。
ヒノデが笑顔のまま二人へ近寄ると、背を見せていたナナフシが立ち上った。
「お邪魔しています。お帰りなさい、ヒノデ様」
ようやく振り返ったナナフシ少年の顔には、この庭の主人のような余裕がみえた。
次いでキイトが、テーブルの上の紙やら糸を手で隠しながら言った。
「お帰りなさい、いま取り込み中なんだ」
「ただいま、キイト、ナナフシ。キイト、使わなかった糸は必ず糸輪に織り込むのよ」
ヒノデに言われ、キイトは分かっているよ、と拗ねた口調で返事をした。
ヒノデは、最初にナナフシが立ち上がることで背に隠したテーブルの上を見ようと、体を右へと動かしてみた。するとナナフシも右へと寄り、ヒノデを遮る。どうやら、大人には秘密の会議だったようだ。
澄まし顔のナナフシを見て、ヒノデは口元を上げた。
「また、キイトを使って悪戯をするつもりね」
「まぁ、そんなところです。でもご心配なく。バレずにやりますんで」
「そうだといいわね」
ヒノデは手を伸ばし、ナナフシの目にかかった癖のある髪を、一束、耳の方へと戻してやる。そして、何気なしに話を続けた。
「昨日、二つ向こうの館の使い、コウズミさんのポケットが町を歩いている最中に裏返ってしまったの。可哀想に。小銭と飴玉と、秘かに恋をしていた、お嬢様のスプーンを持っていたことを、通りの真ん中で皆に知られてしまったのよ」
ヒノデが、夜のように美しい、黒い目を瞬かせ二人を見た。
その出来事に心当たりのあるキイトは、首を縮め、視線を下げる。しかしナナフシは、心底同情をするようにゆっくりと頷いた。
「それはお可哀想に。コウズミさんは、教育館のチビどもの、手伝い駄賃をケチる癖がありましたからね……楽園のバチが当たったのでしょう」
被害者のポケットには、猫の爪ほどの鈎針が通され、それはキイトの糸につながっていた。
キイトが糸をすれ違いざまに仕掛け、十分な距離を開けたのちに、ナナフシの手下の子供が思い切り引っ張ったのだ。
キイトも深く関わった教育館の悪戯。
ヒノデは屈み、ナナフシの目を覗いた。
人が、心も体も休める、優しい夜の眼差しが注がれ、さすがのナナフシもバツが悪そうに目を逸らす。
「誰が悪いとは言わないわ」
ナナフシは逸らした目をちらりと戻した。ヒノデの目には、理解の色が浮かんでいた。正当な対価を支払わなかった大人と、他者を巻き込んでの公開処刑。どちらかを非難する色はなく、ただ、静かにナナフシの目を覗いている。
「ほどほどにね、ナナフシ。キイト、御加水をちゃんと飲むのよ。糸も忘れずに糸輪へ戻すこと。じゃあ、二人ともがんばってね」
ヒノデは二人に笑顔を向けると、中庭に開かれた掃き出しの大窓へと向った。
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