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その頃、セリナはちょうど朝の政務を終えて書斎を出るところだった。廊下は淡い光に満ち、家令や文官たちが書類を抱えて行き交う。そんな中、ふと入口の大扉が乱暴に開き、息を切らした伝令使が駆け込んで彼女の方へと向かってきた。
「領主代理セリナ・リーヴェル様!王都ヴァレントより、緊急の書面が届けられております!」
声には険しさがあり、同時に重大さを帯びていることが分かった。セリナは眉を寄せ、受け取った文書を広げる。銀の封螺には王家の紋章。書簡の表題は――
「王都評議会御報告 セリナ・リーヴェル領地改革の功績について」
タイトルだけで心が高鳴る。封を切らぬまま、アレイスターが書斎へと現れた。
「何だ?」
彼は静かな声で問い、セリナは書簡を差し出す。アレイスターは頷くと、肩越しに封を裂いた。
「王都の重鎮たちが、君の領地改革を絶賛している。諸侯評議会で提言した水利案どころか、その後の復興の計画まで、手厚く評価されているそうだ」
書簡には大仰な文章で、辺境の領地における「灌漑改善」「税率見直し」「村落再建」「水路二次工事」の成果が列挙されていた。その後に続くのは、王太子レオニスをはじめ王都高官から寄
アレイスターはふっと笑った。
「随分と大げさだな。王都中が僕たちを見ているというのか」
セリナは新緑の光を浴びるように頷いた。
「ええ。少し恥ずかしい気もしますが」
その言葉に、アレイスターは軽く笑みを浮かべる。
「次の軍村整備計画にも、君の知恵を借りられるな」
セリナの胸に、新たな期待が膨らむ。王都で語られるのは嬉しいが、まずは辺境の現場をさらに整備し、過去の評価を現実の成果に変えていくことが重要だ。
ーーー
数日後、王都ヴァレント。大理石の柱が林立する貴族院の一室では、レオニス王太子とリーナ・エヴェレットが対話を交わしていた。
「セリナ・リーヴェルの名が評議会で飛び交っているそうね。まさか、あの辺境令嬢がそんなに注目されるなんて」
リーナは小さく笑いながら、宮山水晶のワイングラスを傾けた。
「君もそう思うか? あの地味な令嬢が、王族並みの評価を受けるとはな」
王太子レオニスは眉を寄せ、テーブルに置かれた写しを指さした。
「でも確かに、彼女の功績は素晴らしい。数字が示す成果は疑いようがない」
リーナは肩を竦める。
「しかし、今さら彼女を持ち上げてどうするの? 私たちには、私たちの役割があるわ」
レオニスは冷たい笑みを浮かべた。
「役割? そうだな……だが、政治は結果がすべてだ。君の笑顔もいいが、領地を立て直す力を持つ相手を無視できるかは別だろう?」
リーナの表情が一瞬硬くなる。しかし、すぐにワインをひと口含むと、涼やかな嘲笑を浮かべた。
「まあ、策士はあなただけで結構よ。次の評議会で、私の意見をもっと政治的に組み込んであげるわ」
レオニスは目を細めたが、その策動には焦りも見え隠れしていた。セリナの評判が政治的にも影響力を持ち始めているのは確かだ。
ーーー
ロストリル村では、新たな住居の基礎工事が進んでいた。木立の合間に建つ簡素な家屋は、やがて温かな家庭を育む場所となるだろう。セリナは作業着に着替え、現場を視察して回っている。そこへ、アレイスターが馬車で到着した。
「君の領地、ますます華やかになってきたな」
彼は手綱を解き、すぐにセリナの横に寄り添った。
「ありがとうございます。ロストリルの家屋再建は、新たに百戸を目標にしています」
セリナは現場の図面を見せ、木材と石材の搬入スケジュールを解説した。アレイスターは真剣に耳を傾ける。
「君の企画書は整然としていてわかりやすい。王都の評議会でも、君の資料は模範として配布されたそうだ」
セリナの頬に淡い紅潮が広がる。評価される嬉しさとともに、責任がずっしりと重くのしかかる。
「次は、南部渓谷の耕作支援が課題です。現地の地元民と私たちが協力して、灌漑のための小水路を整備し、畑ごとに小さな貯水槽を設置する予定です」
アレイスターはうなずき、ふと笑みを深くした。
「君は、辺境を農産地から工業地帯へと変えることも見越しているだろう? それが現実になれば、この領地は王都に匹敵する経済力を持つ」
セリナは視線を遠くの山並みに向けた。
「まずは農の復興。その後に工や商を導入する。ステップを踏むことで、住民たちの生活も安定します」
アレイスターは木材置き場へと歩を進め、木箱に記された「農機具」「窯業材料」などの文字を示した。
「先日頼んでおいた農機具と窯業用の粘土、届いている。君の計画どおり、使い道を指示してくれ」
荷物を前に、セリナは深呼吸し、手元のメモ帳を開く。そこには細かな指示がびっしりと書き込まれている。
「まずは農機具をロストリルへ。レグナ村の窯場に粘土を運びます。その後、南部の渓谷集落へ橋梁を架ける工事を進めれば…」
彼女の説明は流れるように続く。アレイスターは感嘆の眼差しで見守りながら、ふと呟いた。
「君はまるで、この領地の生きた地図のようだ」
地図は情報の羅列ではなく、そこに暮らす人々の希望を紡ぎ出すもの。自分をそう評価されることの重みと誇りが、胸を満たしていく。
夕刻、政庁の大食堂では村人たちが集い、再建の進捗を祝う夕食会が開かれていた。テーブルには豊かな魚介や畑の新鮮な野菜が並び、焼きたてのパンが湯気を立てている。
「令嬢様、乾杯を」
エリアス騎士長が木製の杯を掲げ、村人たちも一斉に杯を上げた。
「セリナ様の健康と、リーヴェル領の繁栄に!」
その場に鎮座するセリナは、小さく頭を下げて杯を口元へ運んだ。穏やかな笑顔の中に、辺境の未来への真剣な意志が揺れている。
アレイスターは隣で杯をかざし、ひそりと囁いた。
「この調子なら、君の名前は伝説になるだろう」
セリナは杯を置き、アレイスターの目を見る。
「日々の暮らしを支えたいだけです。風に乗った噂だけではなく、温かな家庭や笑い声を増やすために」
その言葉に、村人たちから拍手が湧き起こった。乾杯の余韻をたたえ、辺境の夜は再び静かに幕を閉じていく。
月明かりの下、二人は書斎の小窓から祭りの灯りを見下ろしていた。遠くで子供たちの笑い声がこだまし、家々の窓から漏れる灯りが暖かく揺れている。
「風に乗った噂はありがたいですが、本当に大切なのは、ここに生きる人々の声です」
セリナは静かに言い、アレイスターはうなずいた。
「その声を、僕と共に守り抜こう」
二人の誓いは、春風に乗って辺境の空へと広がっていく。過去の名だけではなく、これから築くリアルな信頼と幸福が、この地に確かな未来をもたらす。
「領主代理セリナ・リーヴェル様!王都ヴァレントより、緊急の書面が届けられております!」
声には険しさがあり、同時に重大さを帯びていることが分かった。セリナは眉を寄せ、受け取った文書を広げる。銀の封螺には王家の紋章。書簡の表題は――
「王都評議会御報告 セリナ・リーヴェル領地改革の功績について」
タイトルだけで心が高鳴る。封を切らぬまま、アレイスターが書斎へと現れた。
「何だ?」
彼は静かな声で問い、セリナは書簡を差し出す。アレイスターは頷くと、肩越しに封を裂いた。
「王都の重鎮たちが、君の領地改革を絶賛している。諸侯評議会で提言した水利案どころか、その後の復興の計画まで、手厚く評価されているそうだ」
書簡には大仰な文章で、辺境の領地における「灌漑改善」「税率見直し」「村落再建」「水路二次工事」の成果が列挙されていた。その後に続くのは、王太子レオニスをはじめ王都高官から寄
アレイスターはふっと笑った。
「随分と大げさだな。王都中が僕たちを見ているというのか」
セリナは新緑の光を浴びるように頷いた。
「ええ。少し恥ずかしい気もしますが」
その言葉に、アレイスターは軽く笑みを浮かべる。
「次の軍村整備計画にも、君の知恵を借りられるな」
セリナの胸に、新たな期待が膨らむ。王都で語られるのは嬉しいが、まずは辺境の現場をさらに整備し、過去の評価を現実の成果に変えていくことが重要だ。
ーーー
数日後、王都ヴァレント。大理石の柱が林立する貴族院の一室では、レオニス王太子とリーナ・エヴェレットが対話を交わしていた。
「セリナ・リーヴェルの名が評議会で飛び交っているそうね。まさか、あの辺境令嬢がそんなに注目されるなんて」
リーナは小さく笑いながら、宮山水晶のワイングラスを傾けた。
「君もそう思うか? あの地味な令嬢が、王族並みの評価を受けるとはな」
王太子レオニスは眉を寄せ、テーブルに置かれた写しを指さした。
「でも確かに、彼女の功績は素晴らしい。数字が示す成果は疑いようがない」
リーナは肩を竦める。
「しかし、今さら彼女を持ち上げてどうするの? 私たちには、私たちの役割があるわ」
レオニスは冷たい笑みを浮かべた。
「役割? そうだな……だが、政治は結果がすべてだ。君の笑顔もいいが、領地を立て直す力を持つ相手を無視できるかは別だろう?」
リーナの表情が一瞬硬くなる。しかし、すぐにワインをひと口含むと、涼やかな嘲笑を浮かべた。
「まあ、策士はあなただけで結構よ。次の評議会で、私の意見をもっと政治的に組み込んであげるわ」
レオニスは目を細めたが、その策動には焦りも見え隠れしていた。セリナの評判が政治的にも影響力を持ち始めているのは確かだ。
ーーー
ロストリル村では、新たな住居の基礎工事が進んでいた。木立の合間に建つ簡素な家屋は、やがて温かな家庭を育む場所となるだろう。セリナは作業着に着替え、現場を視察して回っている。そこへ、アレイスターが馬車で到着した。
「君の領地、ますます華やかになってきたな」
彼は手綱を解き、すぐにセリナの横に寄り添った。
「ありがとうございます。ロストリルの家屋再建は、新たに百戸を目標にしています」
セリナは現場の図面を見せ、木材と石材の搬入スケジュールを解説した。アレイスターは真剣に耳を傾ける。
「君の企画書は整然としていてわかりやすい。王都の評議会でも、君の資料は模範として配布されたそうだ」
セリナの頬に淡い紅潮が広がる。評価される嬉しさとともに、責任がずっしりと重くのしかかる。
「次は、南部渓谷の耕作支援が課題です。現地の地元民と私たちが協力して、灌漑のための小水路を整備し、畑ごとに小さな貯水槽を設置する予定です」
アレイスターはうなずき、ふと笑みを深くした。
「君は、辺境を農産地から工業地帯へと変えることも見越しているだろう? それが現実になれば、この領地は王都に匹敵する経済力を持つ」
セリナは視線を遠くの山並みに向けた。
「まずは農の復興。その後に工や商を導入する。ステップを踏むことで、住民たちの生活も安定します」
アレイスターは木材置き場へと歩を進め、木箱に記された「農機具」「窯業材料」などの文字を示した。
「先日頼んでおいた農機具と窯業用の粘土、届いている。君の計画どおり、使い道を指示してくれ」
荷物を前に、セリナは深呼吸し、手元のメモ帳を開く。そこには細かな指示がびっしりと書き込まれている。
「まずは農機具をロストリルへ。レグナ村の窯場に粘土を運びます。その後、南部の渓谷集落へ橋梁を架ける工事を進めれば…」
彼女の説明は流れるように続く。アレイスターは感嘆の眼差しで見守りながら、ふと呟いた。
「君はまるで、この領地の生きた地図のようだ」
地図は情報の羅列ではなく、そこに暮らす人々の希望を紡ぎ出すもの。自分をそう評価されることの重みと誇りが、胸を満たしていく。
夕刻、政庁の大食堂では村人たちが集い、再建の進捗を祝う夕食会が開かれていた。テーブルには豊かな魚介や畑の新鮮な野菜が並び、焼きたてのパンが湯気を立てている。
「令嬢様、乾杯を」
エリアス騎士長が木製の杯を掲げ、村人たちも一斉に杯を上げた。
「セリナ様の健康と、リーヴェル領の繁栄に!」
その場に鎮座するセリナは、小さく頭を下げて杯を口元へ運んだ。穏やかな笑顔の中に、辺境の未来への真剣な意志が揺れている。
アレイスターは隣で杯をかざし、ひそりと囁いた。
「この調子なら、君の名前は伝説になるだろう」
セリナは杯を置き、アレイスターの目を見る。
「日々の暮らしを支えたいだけです。風に乗った噂だけではなく、温かな家庭や笑い声を増やすために」
その言葉に、村人たちから拍手が湧き起こった。乾杯の余韻をたたえ、辺境の夜は再び静かに幕を閉じていく。
月明かりの下、二人は書斎の小窓から祭りの灯りを見下ろしていた。遠くで子供たちの笑い声がこだまし、家々の窓から漏れる灯りが暖かく揺れている。
「風に乗った噂はありがたいですが、本当に大切なのは、ここに生きる人々の声です」
セリナは静かに言い、アレイスターはうなずいた。
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