婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ

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 セリナは壇上近くの席に腰掛け、すでに手元に渡った王都市庁長官の書簡を手にしている。その書簡には、これまでの辺境での改革に対する高い評価と同時に、王都貴族院内からの警戒が鮮やかに記されていた。

『リーヴェル領地代理セリナ・リーヴェル殿、アレイスター・クロフォード領地伯殿に、王都市庁長官からの一時停止命令』

 書簡故の淡々とした文字。彼女は静かに息を漏らし、続きを見るために銀色の封螺を割り、便箋を開いた。

『貴殿方が率いる領地改革は高く評価する。しかし、ロスウェイ侯爵家およびサンヴィル伯爵家から、既得権益を脅かされるとの異議申し立てが続いている。真摯な協議を経ずしての事業推進は政治的混乱を招く恐れがあるため、一時的に全工事を停止し、該当貴族家との協議を行ったうえで再開を認可する』

 隣で書簡を見ていたアレイスターは淡い眉を寄せ、セリナへ視線を送った。

「反発がここまで強いとはな……しかし、声を上げるのも彼らの務めだ。まずはこの通りに従って対話で解決しよう」

 セリナは静かに頷く。彼女の目には、既得権益派が示す影を恐れず、むしろ改革をより強固にするための試練であると捉える確信が宿っていた。

「ええ。ロスウェイ侯爵家とサンヴィル伯爵家、それぞれの代表を招き、非公式協議を実施しましょう。リーナ侯爵令嬢にも同行をお願いし、王都への橋渡し役となっていただければ幸いです」


ーーー

 邸内に設けられた小会議室には、非公式協議のために選ばれたロスウェイ侯爵家代表ガブリエル卿、サンヴィル伯爵家調整官エドワード、それにリーナ・エヴェレット侯爵令嬢が揃った。リーナは席に着くや否や、セリナの隣に腰掛け、ゆったりと微笑を浮かべた。

 「セリナ――ありがとう。今回の協議では、私が王都の方々のご紹介を引き受けます。貴領地の努力は間違いなく評価されるはずですわ」

 リーナの言葉には、かつて見せた冷淡さとは違う、実務的かつ計算高い決意が含まれていた。セリナはその真意を見抜きつつも、必要な協力者として全幅の信頼を寄せている自分を認めた。
 ガブリエル卿が厳しい表情で切り出す。

「ロスウェイ侯爵家としては、貴殿方の小水路計画が我が家の伝統的取水権を脅かすと考えている。測量値の再確認を要請する」

 エドワード調整官も書簡を示しながら言う。

「商人連合からは新ルート開設による通行料収入の減少を懸念する声が上がっています。新規路線の影響調査が必須です」

 アレイスターは穏やかに声を返した。

「共同測量による再データ取得と、透明性を担保する公表体制は必要不可欠のため、調査を必ずや実施します」

 ガブリエル卿は資料を読み込みながら沈黙し、やがて視線をリーナに移した。リーナは即座に立ち上がり、堂々と声をあげた。

「私からも王都重鎮のダリエ伯爵およびルノー侯爵に保証を取り付けます。彼らの協力があれば、両侯爵家の懸念も解消されるはずですわ」

 彼女の発言にガブリエルとエドワードは互いに顔を見合わせ、やがて頷きを合わせた。リーナの人脈が、抗議の影を一気に薄める形となった。
 協議終了後、三人は迎賓館の回廊を歩いた。雨上がりの石畳に庭園の緑が映え、初夏の香りが静かに漂っている。セリナはリーナに微笑みかけた。

「あなたのおかげで、交渉が円滑に進みました。心より感謝いたします」

 リーナは優雅に会釈しながら答えた。

「私も……失った信頼を取り戻せそうで、ほっとしております」

 その言葉には、自身の社交界復権への焦りと、セリナへの“演出”を超えた共感の芽生えが混じっている。セリナはそっと微笑み、リーナの肩を軽く叩いた。

「これからも支え合えればと思います」

 リーナの瞳が一瞬だけ柔らかく揺れ、そのまま深く頷いた。

ーーー

 夜風が肌を撫でる中、馬車は帰路についた。セリナは窓の外に俯きかけた星々を見上げ、静かに誓いを新たにする。

(政治的な影は常にあるだろう……。だけれど私は実績を積み重ねるのみ)

 アレイスターは隣で微笑み、優しく手を差し伸べた。セリナはその手を握り、深い絆を胸に秘めた。
 馬車の車輪が夜の石畳を刻むたび、辺境の未来もまた、明確な一歩を踏みしめていることを示していた。
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