零式艦上マルチロール機

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緒戦

零式多用途攻撃機三一型

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南雲機動部隊はまんまと真珠湾作戦に成功し、加えてエンタープライズを撃沈した頃、南方においても動きがあった。
12月10日に九九式双発多攻60機がマレー沖にてイギリス東洋艦隊の戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスを見事撃沈したのである。
サイゴンから出撃した攻撃隊は2隻の戦艦を雷撃や水平爆撃を加え、攻撃を終えた機体はそのまま機銃掃射を行った。
2隻の戦艦の艦上はもはや戦闘行動を行えるものではなく、2艦は沈んだ。
これで南方作戦を阻害する敵艦隊戦力は壊滅したと言ってよく、マレー、フィリピン攻略戦の歯車は勢いよく周り始めたのである。


マレー、フィリピンへは次々と航空隊が進出。
どちらでも航空戦が生起した。
マレー半島ではイギリス軍のハリケーン戦闘機と零式多攻が、フィリピンではアメリカ軍のP40戦闘機と零式多攻が戦闘を開始した。
だが、数や航空機の質がまるで違い1941年中にどちらも制空権を掌握。
その後は銀輪部隊や戦車を用いた機動戦を展開し、1942年2月にはマニラとシンガポールに日章旗が翻ることになる。


1942年2月。
各戦線で日本軍航空隊が圧倒的な優勢を確保していた頃、内地では新型機の開発が急がれていた。
試製2000馬力エンジンはすでに惑星エンジンとして制式採用されており、新型機の配備は待ったなしの状況だった。
だが、零式多攻自体がかなり完成された機体であり新型機の開発は遅々として進まなかった。
これに業を煮やした統合航空本部長の井上は零式多攻にこの惑星エンジンを装備させた機体を採用することとした。
ただ、そのままだと航続距離が600海里を切るため機体の改修を指示。
変更されたのは主翼であり、翼内燃料タンクを拡大。
これに伴い、形状も変更され翼端は丸みを帯びた形状から角ばった形に変更された。
初飛行は2月12日に行われ、問題なくその試験を終えた。
速度性能はさらに磨きがかかり、時速644㎞を発揮。
また、翼端を切り詰めたことにより機動性も向上した。
航続距離も800㎏魚雷を抱いて640海里を確保。
その場で本機は零式多用途攻撃機三一型として制式採用されることになる。
だが、そもそも惑星エンジンはやっと量産を開始したばかりであり絶対数が足らなかった。
そのため、三一型の量産開始は4月にずれこむことになる。
それでも2000馬力級エンジンを搭載した戦闘機を、1942年中に実戦配備できることには確かに大きな意義があった。
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