わんもあ!

駿心

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第2部

TAKE34 過去編①〜紙飛行機の出会い〜

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小夜がお風呂に入っている間、亜門はコンビニへ逃げた。

一人でその状況の家にいるのは、再び理性が揺れかねないという亜門の判断だ。

30分後…ー


「へ?…コンビニ行ってたの?なんで?」

「……まぁ色々あんだよ。」


コップに注いだ麦茶を風呂上がりの小夜に渡し、ソファーに座った。


「亜門。」

「あ?」

「さっき…言ってたこと。」

「さっき?」

「斗真のこと。」


小夜の真剣な顔つきを亜門は見た。


「私…斗真の声とか思い出したりする。記憶に時々過る。それに…」


綺麗な髪の後ろ姿の女の子。

三冬。

少しでも斗真の話を聞いて思い出したいと小夜は拳を握った。


「…亜門のことも知りたい!!」


亜門は小夜の言葉に頷いた。


「…あぁ。始めから順番に話していきたい。聞き苦しいところもあると思うし、かなり…長いけど、いいか?」


小夜も頷く。

ずっと亜門のこと全てを知りたいと思っていたから。

それを見た亜門は小夜から視線を反らし、どこか遠くを見るようにして話し始めた。


◇◇◇◇


『このぐらいの問題、満点を取らなくてどうする!?』


95点のテストを机の上に置いた。

小学生の頃から、亜門の父・秀明《ひであき》は学業にとても厳しい人だった。


『高田、亜門の勉強時間の調節…考え直しとけ。』


秀明は内線を使って子機の向こうにいる亜門の目付け役の高田にそう伝える。

電話を切ったときに亜門は小声で言った。


『だったら一度…お父さんに勉強を見てもらいたい…です。』


秀明は亜門を一瞥した。


『…亜門、何か言ったか?』


小学生の亜門は何も言わず机の上のテストを取り、頭を下げて静かに父の書斎を出た。

自分の部屋まで歩く間、大きな溜め息を吐く。

すると小さな体が亜門に飛んでくっついてきた。


『…右京。』

『兄ちゃん!!どうだった?お父さん何て言ってた?今回のテスト、クラスで一番だったんだろ?褒められた!?』


右京がキラキラとした目で亜門を見た。

一つ年下の弟だが、3月の早生まれで同じ学年の中でも右京は一際幼く見えた。

そんな弟が亜門には可愛かった。

亜門は顔を弛ませた。


『あぁ、褒められたよ。』

『ねぇねぇ!!道場行こうよ!!俺が投げるの、兄ちゃんが受けて!!』

『うん、行こうか。暑くなるから帽子忘れるなよ?』

『はーい!!』


勉強して、合気道を習い、勉強して、弟の面倒をたまに見て、勉強する。

友達と遊んだことなんて…

友達なんていなかった。


それでも父の満足いく成績にはならなかった。


父は医学関係の教授。

母方の親族も介護関係の職に就く人が多かった。


ゆくゆくは亜門を医者として育てようと考えていたらしい。


(でも俺…勉強の才能ねぇのにな。……勉強、嫌いだ。)


そう思って、息苦しさを感じたのは小学4年生の秋だった。


いつも迎えに来る車よりもたまたま早く学校が終わった。

亜門は車が来るよりも先に学校を出て、自分の足で歩いた。

さっきからひっきりなしに携帯電話が光っている。

なかなか校門に出てこない亜門を高田が電話で呼んでいるのだ。

でも亜門はもう見慣れない土手を一人で歩いていた。

傾く夕日で川はキラキラ光っている。


帰るのが億劫だ。

今日、返ってきたペーパーテストも満点を取れなかった。

背負っていた通学カバンを降ろして、92点の紙切れを出す。


(たまに満点取れても他にも取ってる奴が多いテストだし…お父さんが褒めてくれる100点なんて…俺は取れない…)


いつも汚ないからやめろと言われていた地面に座り込み、紙飛行機をその場で作る。

川に向かって腕をゆっくり突き出して、紙飛行機を放った。

真っ直ぐに進んで川を越えていくテスト。


(俺は…下らない人間…)


それをぼんやりと眺めていた時、ヒュウッと口笛が鳴った。


『かっっけぇ!!漫画のワンシーンみてぇだ!!』


弾む高らかな声に亜門は振り返った。


『それかあれだな!!歌の歌詞とかにもありそう!!』


クシャッと笑う顔が夕日でキラキラ光る川と似ていて、眩しい。

ランドセルを背負った男の子が亜門に近づいてくる。


(誰だ?)


『河原に紙飛行機投げるとかお前イカしてんなぁ!!』


そう言ってニコニコ笑う少年に亜門は首を傾げる。


『…紙飛行機って、やったことないの?』

『いや、あるけど!!でもなんか違うんだよな~。』


何やら考えながら唸っている少年はパッと顔を明るくした。


『お前は多分、俺らと同じことしてもなんか輝いて見える"かりすま"ってのを持ってんだな、うん。』


亜門はいよいよ少年を怪しんだ。


(何を言ってんだ?というより、この人は"カリスマ"の意味をちゃんとわかって使っているんだろうか?)


亜門は帰ろうとズボンの砂を払ってカバンを持った。

それとは反対に少年は座り込んで、ランドセルを開いた。


『俺も持って帰ったら怒られそうなテスト、紙飛行機にしちゃえ!!』


亜門は少年の言葉に帰ろうとしたが、体はピタッと止まった。


『…君も、テストの点数悪いと親に怒られるの?』

『え?俺んとこっつーか、大体の家はそうじゃね?』

『…』


亜門は学校に友達がいないから、他がどうとかを知らない。


『でも父ちゃんが言ってた。お前に怒るのはまだ出来ると期待して信じてるからだぞ!!って…』

『…期待。』

『そんで将来、"バカ"になんないようにっていう親の優しさなんだぞ!!って。』

『…』


期待、優しさ。

子供だってわかっている。

そして父親に一度でも頭を撫でてほしい。

褒めてほしい。

だから頑張る。

亜門は溜め息を吐く。


(だから俺は…こうした小さな反抗したところで、やっぱり明日から勉強に励むんだろうな…)


わかりきった明日に亜門は顔を曇らせた。


ビリビリ、ビリリリッ


紙が裂ける音に亜門は我に返る。


『な…に、してんの?』

『へ?ちぎった方がたくさん紙飛行機作れんじゃん?』



無様な四角が並んでいく。


『俺、今日30点とっちゃったんだよね~』

『さッッー!?』


それは低すぎる!!と思ったが言葉にはしなかった。

何より30点の持ち主自身が気にしない素振りでノホホンとしていた。


『でもな、俺は別にとりたくてとったんじゃなくて…どの問題も全部読んだし、思い付く限りの答えを全部埋めたんだよ…』


小さな紙を折りながら『俺、バカなんだ!!』と笑った。


『でも…えーっと、怒られてる内が…まだ花なんだってうちのバアちゃんも言うけど、たまには逃げてぇよな?』


完成した小さな紙飛行機をさっそく投げた。


『頑張ろうとした努力も頑張った点数も両方、褒めてもらいてぇもん!!』

『……そうだな。』


たまには結果ではなく、勉強に向かった姿勢も…見てほしい。

それが例え、結果を出せないものの甘えた考えなのだとしても。


たくさん飛んでいく30点の欠片達。

眺めていた亜門はもう一度しゃがみこみ、カバンを開いた。

中から80点、90点のテストも出す。

それらも亜門は少年にならって、ちぎった。


『へ?それ…90点なのに紙飛行機にしちゃうの?』

『あぁ、これも…親に見せたって意味ないから。』

『へー…贅沢な使い方だな。もしかしてお前、アイスクリームのふたは舐めない派?』


二人はそうやって笑いながら、テストを舞わせた。


『じゃあ日が暮れっから…またな!!』


ランドセルを背負い直して、少年は去っていった。


『…"また"なんて、あるのか?』


亜門は走っていく背中を見て、名前を聞くのを忘れたのに気付いた。


そしてずっと鳴っていたケータイに出ると、凄まじい勢いで高田に叱られた。

でも亜門はそれをどこか滑稽に感じて、いつもと違って少し笑うことが出来た。


それ以来、亜門は人の目を盗んで家から抜け出すことがあった。

親や勉強が嫌だからというより、赤い夕日の少年にもう一度会ってみたいと思ったのだ。



しかし河原に行っても、あの日から少年を見かけることはなかった。


季節も秋からだんだん冬へと近付き、河原付近にいると息が凍えるように白かった。


(…もうこんな季節じゃあ誰も来ないよな…)


亜門はまた勉強に勤しむ日々に戻っていこうとした。

しかし春になろうとする3月に"またな"がやってきた。


春休み

家庭教師を増やされて、亜門は再び家を抜け出した。


少年とは関係なく、逃げたい時は河原へ向かうのが当たり前となった。

あの場所は落ち着くのだ。


秀明の指示で家の警備が日に日にきつくなっていくが、お手伝いさんが使っている裏口が甘いのを亜門は知っている。

南京錠も安全ピンで開けてしまった。


『はー…暖かくなってきたな。』


川を眺めて亜門は伸びをしていると、


『返してよ!!』


子供の声が響いた。

声がした方を見ると、少し遠くに子供の集団がいた。

分厚い漫画雑誌を手にした体の大きい男の子達がゲラゲラ笑いながら、『返して!!』を繰り返す小さな男の子を見下ろす。


『別にいいだろ。ちょっと借りるだけ!!』

『そうそう!!すぐ返すって!!』


おそらく亜門より少し年上の男の子三人は笑って立ち去ろうとする。

でもこちらもおそらく亜門より年下の男の子は譲らないように三人にくっつく。


『違うよ!!だって僕が買ったん…』

『うっせーよ!!後で返すっつってんだろ!?』


亜門はそのやり取りを少し遠目で眺めていた。


(くだらないな。貸す方も借りる方も別にどうでもいいじゃん。)


『だって…こないだもそう言って…返ってこなくて!!その前はすごい破れてたり…』

『しつけーんだよ、てめぇは!!!!』


漫画雑誌を借りると言い張る年上の男子はついに苛立ち、手を上げた。

突き飛ばす


…と思う前に年上の男子の方が『ぐぇっ!?』と叫んだ。

突き飛ばそうとした男子が先に突き飛ばされたのだ。


『だいちゃん!?』

『だいちゃん!!』


だいちゃんと呼ばれた男の子の後ろにいた少年を亜門は見た。

それに思わず呟いた。


『…いた。』


そこには夕日の少年がいたのだ。


『んなこと言ってないで返してやれよ。』


だいちゃんは起き上がった。


『なんだ、てめぇは。』

『だいちゃん、こいつ最近よく調子のってる奴じゃねぇ?』

『あ!!こないだ佐々木を倒したってのもコイツだぞ!!え~っと…たしか…』


言いかける前に少年は男の子をまた突き飛ばした。


『ってぇ~。何すんだ!!』

『いいからそんなガキみたいなことしないで返してやれって!!』


だいちゃんは少年を後ろから羽交い締めにした。

残りの二人はそのとたんにニヤついた。


『なめてんじゃねぇぞ!!!!』


少年は抵抗するものの逃げられない。

だから亜門は走った。

男子達に向かって。

少年を助けようと思って。


…ー



『ありがとう!!』


漫画雑誌を抱えた小さな男の子は亜門達に頭を下げて帰っていった。


亜門は河原に伸びてる男子三人を一瞥した。


(合気……道場以外で初めて使ったな。)


でも今日の相手は習った通りの動きをしないから、多少の無茶をして少しばかり亜門も怪我をした。


『お前、強いな!!助かったよ!!』


頬にかすり傷を作りながら夕日の少年があの時と同じ笑顔で笑った。

しかしその笑顔は一瞬消えて、まじまじと亜門の顔を覗きこんだ。


『あれ?お前、どっかで会ったことある?』


その言葉に亜門は多少なりともショックを受けた。

自分はずっと探していたのだから。


『秋の時、紙飛行機。』


亜門はぶっきらぼうにそれだけ言うと少年はもう一度顔を輝かせた。


『おー!!!!あん時の!!!!』


亜門はその笑顔を見て、脱力した。

結局、自分は彼を見つけ出して何がしたかったのだろうと目を細めた。


(なんか…その"せい"か"おかげ"か…しなくていい揉め事に首突っ込んじゃったし…)


『俺、また会えっかな~って思ってたまに河原に来てたんだぜ!!』


その言葉に亜門は自分と同じだったのかとハッとなったが、すぐに"なら何故、俺の顔を忘れてた?"と呆れた。


『お前はやっぱなんか他と違うのな!!喧嘩してる時、そう思ったよ!!』

『喧嘩?これが?』

『え?喧嘩したことない?』

『…』


確かに道場で行うものとは違う生々しさを感じて、いつもより疲れた気がする。


『なぁ、名前は?』

『…俺?…波古山亜門。』

『あもん?なんか名前もかっけぇな!!』


首を傾げる亜門に少年は頬をポリポリと掻いて笑った。


『そんじゃ行くか!!あもん!!』

『は?ど…どこに?』

『俺ん家!!こっから近いからその怪我、手当てしてやっから!!』

『え…いや…そんな急に家に行ったらご迷惑じゃ、』

『気にすんな!!友達だろ?』

『…えぇ!?』

『え?』

『い…いつから、友達に?』

『…』


瞬きをした少年はしばらくしてニシシと笑った。


『わかんねぇ!!』


唖然とする亜門に斗真は手を引いた。


『行くぞ!!あもん!!』

『お…おい!?』

『そんでたくさん喋ろうぜ!!お前学校どこ?』

『ちょっと…待っ…えっと、君は…』

『あ!!忘れてた!!俺は斗真!!よろしく!!』


ここから亜門と斗真のヤンチャな日々が始まる。
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