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第2部
TAKE36 過去編③前編〜叔父〜
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◇◇◇◇
『泰成さん!!朝!!』
『あぁ~?んー…何時?』
亜門の叔父、泰成・28歳。
ヘビースモーカーで腕にドクロのタトゥーを入れて、どこぞのヤクザかと思いきや、自営業で所有のビルの1階で整体師としてちゃんと働いている。
亜門はそのビルの上の階に住んでいる。
『8時前!!悪いけど、俺もう行くから!!』
『んー…あれ?』
『いってきます!!』
『亜門…学ラン?』
部屋を出て、ビルの階段を降りる。
今日は入学式で今日から中学生。
少し行ったところの公園で斗真と待ち合わせをしていた。
『亜門おは…おぉー!!!!学ラン!!』
『…お前もだろ?行くぞ。』
『わかってるけど、人が着てるの見て実感するんだよ!!やべー!!俺ら中学生だよ!!』
『わかったって。』
『中学なったら可愛い子とかいんのかな?』
『ーかッッ!?』
斗真の口から女の子の話が出るとは思わなくて声を詰まらせた。
歩きながら亜門はまじまじと斗真を見た。
斗真は元々、同い年の中でも体が大きな方だ。
太っているわけではないが、がっちりしている。
この春になってまた背が伸びたようにも思う。
(今まで同じ学校じゃなかったからわかんねぇけど、もしかしてこいつ…モテる?)
しかし当時の中1の気持ちとしては彼女なんてまだまだ現実味がなかったので、亜門はそれ以上の考えには至らなかった。
『そういや斗真はおばさんと一緒じゃねぇの?入学式に来ないのか?』
『いや…来るけど一緒じゃない。あ...でも写真撮りたいからって、あとで合流するかも!!』
『そっか。』
『亜門は?泰成さん来ないの?』
『来ない…つーか今日が入学式って言ってない。』
『はあ?なんで!?』
『だって多分仕事だろうし…それに会って2週間ぐらいしか知らない甥っ子の入学式に来る義理もねぇだろ?』
波古山家を離れるために住まわせてもらってる、食べさせてもらってる。
これ以上、迷惑は掛けられないと思った。
そうして亜門と斗真は浅葱中学の門を通った。
三校ぐらいの小学校の生徒が集まるので、斗真にとっても見たことない顔がたくさん並んでいた。
亜門にいたっては知る顔なんて皆無だった。
斗真は顔をキラキラとさせる。
『やべぇな…ここから俺の青春が始まるぜー!!』
斗真の大きな声に周りの生徒も保護者もクスクス笑っている。
『ちょ…斗真…落ち着、』
『お前も一緒に青春だー!!』
『黙れって!!』
亜門は斗真を落ち着かそうとしながら、笑われている。
その中に悪意のある視線も紛れていることに気付いた。
『…』
『亜門!!クラス発表、見に行こうぜ!!』
『…あぁ。』
クラスが貼り出されている掲示板の周りは人混みで溢れていた。
でも自分の名前をなんとか見つけた。
『あー、なんだよ!!亜門とクラス別じゃん!!』
『だな。』
『お前…一人で大丈夫か?』
『や…子供じゃねぇんだから…』
『お父さんは心配だよー』
『お前は一体何を目指してんだよ。』
このあと、体育館での式を行う前に各クラスの教室に集まることになっている。
『んじゃあまたあとでな~!!』
斗真の気の抜けるような声に亜門は片手を挙げて『あぁ。』と答えた。
亜門の返事を確認した斗真は校舎に向かって歩きだした。
斗真のその後ろからゆっくりと着いていこうとする影があった。
『あいつがキハラトーマって奴か?中1のわりにデケェな…』
『そうです!!まさか浅葱にくるとは…』
『小学生の時から生意気に喧嘩売ってくるような奴です!!たぶん今後、調子乗りますよ!!』
『そういう奴は最初に潰して"中学校"ってのがどんなところか…わからす必要があるな…』
上級生だと思われる男子生徒の会話が聞こえてきた亜門は大きく息吐いた。
そして亜門はその先輩達の肩を叩いた。
『あぁ?誰だ、てめぇ!?』
亜門はニッコリと笑った。
『ちょっとお話があるんで…そこの校舎裏までいいですか?』
◇◇◇◇
教室で自己紹介を終えた担任が教卓で話をする。
『このあとすぐ、体育館に行って入学式をするわけだが…出席番号順、一列で廊下に出て…』
話の途中で扉が開く。
皆の注意がそっちにいった。
『…遅れました。』
亜門が遠慮がちな足取りでひとつ余っていた席に着いた。
担任は慌てて亜門と名簿を見比べる。
『お前!?…怪我!?え~っと…あ、波古山だな?どうした、その怪我!?』
『道に迷って転びました。』
『転んだって…お前…』
どう見ても殴られた後だが、亜門は転んだとしか主張しなかった。
瞬く間にクラスがざわめく。
『誰だ、あいつ?』
『誰か同じ小学校だった奴いねぇの?』
『喧嘩?』
『入学早々?』
入学式が終わり最後に各クラスで諸連絡を済ませたあとには、校舎裏の茂みで数名の上級生が倒れていたという話も広がった。
それは亜門がやったという噂も。
…―――
『うわっ!?亜門のそれどうした!?』
斗真の教室まで迎えに行ったら、真っ先にそう言われた。
『……転んだ。』
ムスッとした表情で亜門はそれだけ答えた。
二人の横を『鬼原くんバイバイ!!』と斗真のクラスメイトが過ぎていく。
『帰るぞ、斗真。』
『あ…おぉ。…でさ、』
『ん?』
『勝ったのか?』
斗真がニヤリと笑うから亜門もニヤリと笑った。
『当たり前。』
『でも亜門が珍しいよな。俺と一緒じゃなきゃ、めんどくさがって適当に逃げるのによ。』
『……ムカつく奴だったから。』
『へぇー?』
下駄箱で靴に履き替え、校門に向かうと、また人混みで溢れた。
生徒も保護者も写真を撮り合っている。
(…家族との写真なんて何年前が最後だろうか…)
亜門がその光景をボンヤリと見ていたら、後ろから頭にゲンコツがおりてきた。
『痛ッッ!!誰ッッ…』
驚いて振り返るとスーツを着た叔父が目を細めて亜門を見下ろしていた。
何やら怒っているらしい。
『泰成さん!?なんでここに…え…仕事…』
泰成が腕を組んで溜め息をつく。
『朝、斗真から連絡もらった。仕事は夕方に代わってもらった。~ったく、今日が入学式なら前もって言えっての!!』
気が付くと斗真はいつの間にか近くにいなかった。
泰成が頭を掻く。
『…で、なんで言わなかったわけ?』
『…仕事あるだろうし…迷惑だと思って…』
『迷惑だあ?言われない方が急に職場にシフト変更とか頼まなきゃなんねぇから、余計迷惑だよ!!前もって言ってたら、職場にも迷惑かけなかったよ!!困るっつの!!』
『そ…それに、』
『あん?』
『会ったこともなかったような甥だし、急にお世話をお願いして…これ以上頼むのも変だろ?』
『……』
『そんな無理に義理を感じなくていいよ。俺も一人で大丈夫だし。』
大きな手が伸びてきた。
また殴られると思って目を瞑る。
しかしそれは優しく頭の上に置かれた。
亜門はビックリして泰成を見る。
泰成は荒々しくも亜門の頭を何度も撫でてやった。
『お前はなんでそんな大人びてんの?』
『え?』
『いや…大人びたとか良いもんじゃねぇな。なんでそんなヒネクレてる訳?』
『ひっ、ひねく…』
『中坊がそんなん考えなくていいんだよ。お前がしたいようにやれ。迷惑かは俺が決める。そんで全部俺が責任とってやる!!』
『何言って…だから迷惑はかけらんないって!!』
『そんなこと出来る人間いるわけないだろ?大人でも無理だから。その迷惑かけてしまった"貸し"はお前が責任とれるような大人になった時、"誰か"に返してやれ。』
最後にポンポンと軽く頭を撫でて、手を離した。
『そんで一応俺ら血の繋がった身内なんだから気ぃ遣わなくていいぞ。』
泰成はネクタイを弛めて『煙草吸いてぇ…』と呟いた。
亜門はポカーンとしていた。
亜門が今までしてきた家族の距離感と違っていて戸惑った。
(この人が…俺の叔父さん。)
そして今になって泰成が亜門を見て、顔をしかめた。
『あれ…亜門、怪我してんのか?口元。……喧嘩か?』
『…や、これは…』
泰成は亜門に軽い脳天チョップをした。
『バーカ。入学早々何してんだ。』
泰成はそう言って笑った。
亜門は頭を押さえた。
(迷惑のはずの入学式のこと言わなかったら怒るけど、悪いはずの喧嘩は笑うんだ。変な人。)
殴られて、撫でられて、チョップされて…
(よく頭を触る人だな…親父と違って。)
亜門は自分で頭を触っている手からジワッと流れて、心が温まるのを感じた。
しばらくして斗真が母親を連れて、亜門達のところに戻ってきた。
『悪りぃ悪りぃ!!母ちゃん探してた!!さっ、写真撮ろう!!』
『写真?』
校舎を背にして亜門と斗真は斗真の母に写真を撮ってもらった。
『焼き増ししますんで、よかったらお二人でお写りになってください。』
斗真の母の提案で亜門と泰成も並んだ。
すると斗真が二人を見て唸った。
『う~ん…せっかくの記念撮影だから、ここはひとつ二人で肩車を』
『『やんねぇよ。』』
亜門と泰成の笑った顔が撮れた。
亜門は一日一日、体が軽くなっていくような、それでいて心が満ち足りていくようなものを感じていった。
入学初日から喧嘩をしてしまって、亜門はクラスに馴染めずにいたが、斗真もいたので学校が楽しかった。
たまに上級生に狙われて斗真と共に喧嘩をするのも茶飯事だった。
学校にバレては泰成も呼び出されたが変な話、亜門の心は満たされた。
泰成とは当番制で家事を協力して、たくさんの話をした。
だから喧嘩の注意をされても思い切り本音を言えた。
斗真と遊び、泰成と生活をして、亜門は笑う日々を過ごした。
斗真と泰成も仲が良かった。
たまに泰成の友達らしき人もビルに遊びに来た。
みんなで盛り上がりながらビルで泰成がふるまった晩ご飯を一緒に食べたりもした。
『でもまさかタイセーに子供が出来たとはな~。』
『だから違うっての!!』
そんなじゃれあいをしながらお酒を飲む二人を亜門と斗真はご飯を食べながら見ていた。
斗真がゆっくりと缶ビールに手を伸ばそうとする。
『こら、未成年!!まだ早ぇっての!!』
注意された斗真はちょっと舌を出して笑った。
それに泰成の友人がまた笑う。
『うわ…タイセーが注意してる。説得力ねぇ!!』
『てめぇも黙ってろ!!』
ビールを取りに行くのに背中を向ける泰成に友人の松山がクスクス笑う。
亜門は松山に耳打ちした。
『…まっさん。説得力ないって?』
『ん?あぁ。アイツも昔は暴れ放題の時期があったってこと。』
『え?泰成さんが?』
『色々あって、周りから浮いてたからね。まぁだからか…』
松山は亜門と斗真を見てニヤリと笑った。
『てめぇらみたいなんが気になんじゃねぇの?』
『『…』』
両手にビール缶を持つ泰成が松山を睨んだ。
『…カズ。いらんこと言ってねぇだろうな?』
『俺は事実しか言ってねぇから安心しろ!!』
亜門も斗真も泰成に隠れて顔を見合わせては笑った。
◇◇◇◇
ある日、亜門が熱を出した時には泰成が看病してくれた。
『ごめん…迷惑かけて…』
『はは、熱が出て弱気になってんのか?気にすんなよ。それに…迷惑かけてしまった"貸し"はお前が責任とれるような大人になった時、"誰か"に返してやれ…いつも言ってんだろ?』
熱を測るように泰成の大きな手が亜門の額を撫でる。
そこから微かに泰成の腕にあるタトゥーが見える。
『お前は優しいし、喧嘩も強ぇし、物事もよく考えられる。いつか誰かを守ってやれるよ。』
『…なんか泰成さん、語れば語るほどおっさんっぽいね。』
『…お前はマジひねくれてんな。ホントめんどくせぇ。』
そう言って泰成が笑う。
(笑ったところが少し母さんに似てる…)
亜門は目を閉じる。
(家を出て…もうすぐ一年。右京とかも…元気かな…)
『…泰成さん。』
『なんだ?』
『なんで……俺を預かる…気に……なっ…て…』
亜門はゆっくりと意識を手放した。
時々ふと、波古山家を思い出した。
母親から手紙を送られることがあった。
元気にやっているのか
正月は帰ってこいとか
今年、右京は世華に合格したとか
返事が欲しいとか
似たような内容だが、返事をしない亜門によくマメに母は手紙をくれた。
(たまには手紙書いてやるかな…)
そんな風に考えられるほど、亜門の心は落ち着いていた。
何度思い返しても、怒って泣いて笑って…どれも全力で"今"を生きてきた。
変わる日々が楽しかった。
終わる今日より始まる明日が楽しみだった。
しかし中学2年生が始まって、明日が来ることを信じられずに絶望した。
泰成が急死したのだ。
『泰成さん!!朝!!』
『あぁ~?んー…何時?』
亜門の叔父、泰成・28歳。
ヘビースモーカーで腕にドクロのタトゥーを入れて、どこぞのヤクザかと思いきや、自営業で所有のビルの1階で整体師としてちゃんと働いている。
亜門はそのビルの上の階に住んでいる。
『8時前!!悪いけど、俺もう行くから!!』
『んー…あれ?』
『いってきます!!』
『亜門…学ラン?』
部屋を出て、ビルの階段を降りる。
今日は入学式で今日から中学生。
少し行ったところの公園で斗真と待ち合わせをしていた。
『亜門おは…おぉー!!!!学ラン!!』
『…お前もだろ?行くぞ。』
『わかってるけど、人が着てるの見て実感するんだよ!!やべー!!俺ら中学生だよ!!』
『わかったって。』
『中学なったら可愛い子とかいんのかな?』
『ーかッッ!?』
斗真の口から女の子の話が出るとは思わなくて声を詰まらせた。
歩きながら亜門はまじまじと斗真を見た。
斗真は元々、同い年の中でも体が大きな方だ。
太っているわけではないが、がっちりしている。
この春になってまた背が伸びたようにも思う。
(今まで同じ学校じゃなかったからわかんねぇけど、もしかしてこいつ…モテる?)
しかし当時の中1の気持ちとしては彼女なんてまだまだ現実味がなかったので、亜門はそれ以上の考えには至らなかった。
『そういや斗真はおばさんと一緒じゃねぇの?入学式に来ないのか?』
『いや…来るけど一緒じゃない。あ...でも写真撮りたいからって、あとで合流するかも!!』
『そっか。』
『亜門は?泰成さん来ないの?』
『来ない…つーか今日が入学式って言ってない。』
『はあ?なんで!?』
『だって多分仕事だろうし…それに会って2週間ぐらいしか知らない甥っ子の入学式に来る義理もねぇだろ?』
波古山家を離れるために住まわせてもらってる、食べさせてもらってる。
これ以上、迷惑は掛けられないと思った。
そうして亜門と斗真は浅葱中学の門を通った。
三校ぐらいの小学校の生徒が集まるので、斗真にとっても見たことない顔がたくさん並んでいた。
亜門にいたっては知る顔なんて皆無だった。
斗真は顔をキラキラとさせる。
『やべぇな…ここから俺の青春が始まるぜー!!』
斗真の大きな声に周りの生徒も保護者もクスクス笑っている。
『ちょ…斗真…落ち着、』
『お前も一緒に青春だー!!』
『黙れって!!』
亜門は斗真を落ち着かそうとしながら、笑われている。
その中に悪意のある視線も紛れていることに気付いた。
『…』
『亜門!!クラス発表、見に行こうぜ!!』
『…あぁ。』
クラスが貼り出されている掲示板の周りは人混みで溢れていた。
でも自分の名前をなんとか見つけた。
『あー、なんだよ!!亜門とクラス別じゃん!!』
『だな。』
『お前…一人で大丈夫か?』
『や…子供じゃねぇんだから…』
『お父さんは心配だよー』
『お前は一体何を目指してんだよ。』
このあと、体育館での式を行う前に各クラスの教室に集まることになっている。
『んじゃあまたあとでな~!!』
斗真の気の抜けるような声に亜門は片手を挙げて『あぁ。』と答えた。
亜門の返事を確認した斗真は校舎に向かって歩きだした。
斗真のその後ろからゆっくりと着いていこうとする影があった。
『あいつがキハラトーマって奴か?中1のわりにデケェな…』
『そうです!!まさか浅葱にくるとは…』
『小学生の時から生意気に喧嘩売ってくるような奴です!!たぶん今後、調子乗りますよ!!』
『そういう奴は最初に潰して"中学校"ってのがどんなところか…わからす必要があるな…』
上級生だと思われる男子生徒の会話が聞こえてきた亜門は大きく息吐いた。
そして亜門はその先輩達の肩を叩いた。
『あぁ?誰だ、てめぇ!?』
亜門はニッコリと笑った。
『ちょっとお話があるんで…そこの校舎裏までいいですか?』
◇◇◇◇
教室で自己紹介を終えた担任が教卓で話をする。
『このあとすぐ、体育館に行って入学式をするわけだが…出席番号順、一列で廊下に出て…』
話の途中で扉が開く。
皆の注意がそっちにいった。
『…遅れました。』
亜門が遠慮がちな足取りでひとつ余っていた席に着いた。
担任は慌てて亜門と名簿を見比べる。
『お前!?…怪我!?え~っと…あ、波古山だな?どうした、その怪我!?』
『道に迷って転びました。』
『転んだって…お前…』
どう見ても殴られた後だが、亜門は転んだとしか主張しなかった。
瞬く間にクラスがざわめく。
『誰だ、あいつ?』
『誰か同じ小学校だった奴いねぇの?』
『喧嘩?』
『入学早々?』
入学式が終わり最後に各クラスで諸連絡を済ませたあとには、校舎裏の茂みで数名の上級生が倒れていたという話も広がった。
それは亜門がやったという噂も。
…―――
『うわっ!?亜門のそれどうした!?』
斗真の教室まで迎えに行ったら、真っ先にそう言われた。
『……転んだ。』
ムスッとした表情で亜門はそれだけ答えた。
二人の横を『鬼原くんバイバイ!!』と斗真のクラスメイトが過ぎていく。
『帰るぞ、斗真。』
『あ…おぉ。…でさ、』
『ん?』
『勝ったのか?』
斗真がニヤリと笑うから亜門もニヤリと笑った。
『当たり前。』
『でも亜門が珍しいよな。俺と一緒じゃなきゃ、めんどくさがって適当に逃げるのによ。』
『……ムカつく奴だったから。』
『へぇー?』
下駄箱で靴に履き替え、校門に向かうと、また人混みで溢れた。
生徒も保護者も写真を撮り合っている。
(…家族との写真なんて何年前が最後だろうか…)
亜門がその光景をボンヤリと見ていたら、後ろから頭にゲンコツがおりてきた。
『痛ッッ!!誰ッッ…』
驚いて振り返るとスーツを着た叔父が目を細めて亜門を見下ろしていた。
何やら怒っているらしい。
『泰成さん!?なんでここに…え…仕事…』
泰成が腕を組んで溜め息をつく。
『朝、斗真から連絡もらった。仕事は夕方に代わってもらった。~ったく、今日が入学式なら前もって言えっての!!』
気が付くと斗真はいつの間にか近くにいなかった。
泰成が頭を掻く。
『…で、なんで言わなかったわけ?』
『…仕事あるだろうし…迷惑だと思って…』
『迷惑だあ?言われない方が急に職場にシフト変更とか頼まなきゃなんねぇから、余計迷惑だよ!!前もって言ってたら、職場にも迷惑かけなかったよ!!困るっつの!!』
『そ…それに、』
『あん?』
『会ったこともなかったような甥だし、急にお世話をお願いして…これ以上頼むのも変だろ?』
『……』
『そんな無理に義理を感じなくていいよ。俺も一人で大丈夫だし。』
大きな手が伸びてきた。
また殴られると思って目を瞑る。
しかしそれは優しく頭の上に置かれた。
亜門はビックリして泰成を見る。
泰成は荒々しくも亜門の頭を何度も撫でてやった。
『お前はなんでそんな大人びてんの?』
『え?』
『いや…大人びたとか良いもんじゃねぇな。なんでそんなヒネクレてる訳?』
『ひっ、ひねく…』
『中坊がそんなん考えなくていいんだよ。お前がしたいようにやれ。迷惑かは俺が決める。そんで全部俺が責任とってやる!!』
『何言って…だから迷惑はかけらんないって!!』
『そんなこと出来る人間いるわけないだろ?大人でも無理だから。その迷惑かけてしまった"貸し"はお前が責任とれるような大人になった時、"誰か"に返してやれ。』
最後にポンポンと軽く頭を撫でて、手を離した。
『そんで一応俺ら血の繋がった身内なんだから気ぃ遣わなくていいぞ。』
泰成はネクタイを弛めて『煙草吸いてぇ…』と呟いた。
亜門はポカーンとしていた。
亜門が今までしてきた家族の距離感と違っていて戸惑った。
(この人が…俺の叔父さん。)
そして今になって泰成が亜門を見て、顔をしかめた。
『あれ…亜門、怪我してんのか?口元。……喧嘩か?』
『…や、これは…』
泰成は亜門に軽い脳天チョップをした。
『バーカ。入学早々何してんだ。』
泰成はそう言って笑った。
亜門は頭を押さえた。
(迷惑のはずの入学式のこと言わなかったら怒るけど、悪いはずの喧嘩は笑うんだ。変な人。)
殴られて、撫でられて、チョップされて…
(よく頭を触る人だな…親父と違って。)
亜門は自分で頭を触っている手からジワッと流れて、心が温まるのを感じた。
しばらくして斗真が母親を連れて、亜門達のところに戻ってきた。
『悪りぃ悪りぃ!!母ちゃん探してた!!さっ、写真撮ろう!!』
『写真?』
校舎を背にして亜門と斗真は斗真の母に写真を撮ってもらった。
『焼き増ししますんで、よかったらお二人でお写りになってください。』
斗真の母の提案で亜門と泰成も並んだ。
すると斗真が二人を見て唸った。
『う~ん…せっかくの記念撮影だから、ここはひとつ二人で肩車を』
『『やんねぇよ。』』
亜門と泰成の笑った顔が撮れた。
亜門は一日一日、体が軽くなっていくような、それでいて心が満ち足りていくようなものを感じていった。
入学初日から喧嘩をしてしまって、亜門はクラスに馴染めずにいたが、斗真もいたので学校が楽しかった。
たまに上級生に狙われて斗真と共に喧嘩をするのも茶飯事だった。
学校にバレては泰成も呼び出されたが変な話、亜門の心は満たされた。
泰成とは当番制で家事を協力して、たくさんの話をした。
だから喧嘩の注意をされても思い切り本音を言えた。
斗真と遊び、泰成と生活をして、亜門は笑う日々を過ごした。
斗真と泰成も仲が良かった。
たまに泰成の友達らしき人もビルに遊びに来た。
みんなで盛り上がりながらビルで泰成がふるまった晩ご飯を一緒に食べたりもした。
『でもまさかタイセーに子供が出来たとはな~。』
『だから違うっての!!』
そんなじゃれあいをしながらお酒を飲む二人を亜門と斗真はご飯を食べながら見ていた。
斗真がゆっくりと缶ビールに手を伸ばそうとする。
『こら、未成年!!まだ早ぇっての!!』
注意された斗真はちょっと舌を出して笑った。
それに泰成の友人がまた笑う。
『うわ…タイセーが注意してる。説得力ねぇ!!』
『てめぇも黙ってろ!!』
ビールを取りに行くのに背中を向ける泰成に友人の松山がクスクス笑う。
亜門は松山に耳打ちした。
『…まっさん。説得力ないって?』
『ん?あぁ。アイツも昔は暴れ放題の時期があったってこと。』
『え?泰成さんが?』
『色々あって、周りから浮いてたからね。まぁだからか…』
松山は亜門と斗真を見てニヤリと笑った。
『てめぇらみたいなんが気になんじゃねぇの?』
『『…』』
両手にビール缶を持つ泰成が松山を睨んだ。
『…カズ。いらんこと言ってねぇだろうな?』
『俺は事実しか言ってねぇから安心しろ!!』
亜門も斗真も泰成に隠れて顔を見合わせては笑った。
◇◇◇◇
ある日、亜門が熱を出した時には泰成が看病してくれた。
『ごめん…迷惑かけて…』
『はは、熱が出て弱気になってんのか?気にすんなよ。それに…迷惑かけてしまった"貸し"はお前が責任とれるような大人になった時、"誰か"に返してやれ…いつも言ってんだろ?』
熱を測るように泰成の大きな手が亜門の額を撫でる。
そこから微かに泰成の腕にあるタトゥーが見える。
『お前は優しいし、喧嘩も強ぇし、物事もよく考えられる。いつか誰かを守ってやれるよ。』
『…なんか泰成さん、語れば語るほどおっさんっぽいね。』
『…お前はマジひねくれてんな。ホントめんどくせぇ。』
そう言って泰成が笑う。
(笑ったところが少し母さんに似てる…)
亜門は目を閉じる。
(家を出て…もうすぐ一年。右京とかも…元気かな…)
『…泰成さん。』
『なんだ?』
『なんで……俺を預かる…気に……なっ…て…』
亜門はゆっくりと意識を手放した。
時々ふと、波古山家を思い出した。
母親から手紙を送られることがあった。
元気にやっているのか
正月は帰ってこいとか
今年、右京は世華に合格したとか
返事が欲しいとか
似たような内容だが、返事をしない亜門によくマメに母は手紙をくれた。
(たまには手紙書いてやるかな…)
そんな風に考えられるほど、亜門の心は落ち着いていた。
何度思い返しても、怒って泣いて笑って…どれも全力で"今"を生きてきた。
変わる日々が楽しかった。
終わる今日より始まる明日が楽しみだった。
しかし中学2年生が始まって、明日が来ることを信じられずに絶望した。
泰成が急死したのだ。
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