わんもあ!

駿心

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第1部

TAKE3 追憶と 前編

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◇◇◇◇

『小……夜ちゃん!!小夜ちゃん!!わかる!?誰か!!先生呼んで!!』

『ここは……どこ?』

『病院よ!!あなた事故にあったのよ?覚えてる?お父さん!!小夜ちゃんが起きたわよ!!』

『……あなた、誰?』

『……え?』



『私は……誰?』






「革城さん」


亜門にそう呼ばれて、小夜は我に返った。


「待ちました?」

「……だ、大丈夫」


契約が結ばれた次の日の放課後。

二人はさっそく人知れずに学校から少し離れたビルの前で待ち合わせをした。


「波古山くん……制服着替えて私服で来たんだ?」

「……はい。誰かに見られるわけにはいかないんで」

「……なるほど」


ラフな着こなしでおそらく傍から顔を見辛いように帽子とメガネまでしている。


「ちゃんとクラスのあの三人に絡まれずに学校出てこれたの?」


亜門はすっかり不良のカモとして狙われる高校生活となりつつある。


「いや、連れ込まれてボコられそうだったとこを急いで逃げてきました」

「……あのさ」

「あー……大丈夫です!!ちゃんと撒いてきましたから……で、今からどこに行くんですか?」

「……とりあえず私立世華中學校ってとこに」

「……あぁ、有名なお坊っちゃんお嬢様学校ですね。なんでですか?」

「私の母校」

「……」

「……だったはずのところ」


歩き出した小夜の横を亜門も歩き出した。

俯いて歩く彼女を黙って見ていた。


初めて会った弱々しい様子も昨日のような明るく強引な様子ともまた違う静かな面持ちである。


(この子から受ける印象が毎回違うのは、記憶が浅いから?人格がまだ彼女自身……定まってないんだ)


改めて小夜が記憶喪失であることを亜門は感じた。


「記憶喪失って何もかも全部思い出せないんですか?」


ふとした疑問とはいえ、デリカシーのない質問だったと口にした後に気が付いた。


しかし小夜は特に気にしなかった。

それはどこか他人事。


「生活に支障あるのは大丈夫。『犬』とか、『ごはん』とか、『空』とかね。でも人間関係のところは全く思い出せないの」





『……あなた、誰?』

『私は……誰?』




「学校の勉強もですか?」

「いや……それはわかる!!記憶を無くす前の私、頭良かったんだって!!」

「なんでそんなこと知ってるんですか?」

「教えてもらったの!!橘さんに!!」

「……誰?」

「お家の家政夫さんみたいな人」

「革城さんって、ホントにお嬢様なんですね」


小夜はクスクス笑って「私自身も驚きだよ」なんて言っている。


「……あの、思ったんですけど俺じゃなくて、その『橘』さんに頼んだらよかったんじゃないですか?毎日のお供。以前の革城さんも知ってるわけだし」

「……橘さんだけじゃないんだけど、周りは私が以前の記憶を探すのをあまり良く思ってないみたいで」

「……なんで?」

「無理に思い出そうとすることは私の体に負担がかかるからとかなんとかって。生きてるだけでいい!!みたいなこと言ってんだけど……何か、隠してるんじゃないかな」

「……何かって?」

「わかんないけど。だっておかしくない?」

「どうでしょうかね……」

「てなわけで、私が今から母校を訪ねることは内緒!!」

「……え?」

「家には部活に入ったってことにした!!」

「部活?」

「部活で帰りが遅いってことにしてるから!!だから日が暮れる前に行っちゃうよ!!世華に!!」

「……はい」


彼女は秘密にしたいことが多すぎる。

亜門は溜め息をついた。



ガタンゴトン…

ガタンゴトン…



「革城さん?」

「……ん?」

「忘れてるのは人間関係だけ……じゃなかったんですか?」

「ち、違うわよ!?"電車"ってすごいから、ついボーっとしただけよ!?」

「……つまり"電車"を以前から知らなかったんですね?」


亜門は胸内だけで溜め息をついた。


(そういうところが無駄にお嬢様)


はしゃぐ気持ちを抑えて、流れる外の風景をじっと見つめる小夜を見て、亜門は先が思いやられた。


最初に彼女は目的地まで歩いて行こうとしていたのだから……


『車がないのに歩く以外どうやって行くのよ?』なんて真顔で言われた。


切符を買うのにも一騒動。

切符販売機を指差して『何これー!!』と大声で聞いてきて、今は乗り心地に夢中になっている。


(俺はもしかして、かなり面倒くさいことを頼まれたんじゃ……)


「波古山くん?」

「……なんですか?」

「鍵がないけど、この窓は開かないの?」

「……開きますよ」

「ほんと!?開けて!!」

「……とりあえず落ち着きません?」

「え!?開けてよ!!」

「行く時も言いましたが、俺はあんまり目立つのは勘弁なんで……我慢してください」


亜門は帽子を深くかぶりなおして、寝る体勢に入ろうとした。

──が帽子を取られた。


「あ・け・て?」


ニッコリと笑う小夜を見て、初対面の時の叫んで逃げていたあの子はどこへ行ったのだ……と亜門は本気で呆れてきた。


「……じゃないと今すぐ騒ぐよ?」

「……開けたら落ち着いて下さいよ?」

「わかってるって!!」


立ち上がって窓を開けてやったら、小夜の色素の薄いショートヘアが風になびいた。


「え!!縦に開けんの!?わっ!!すごい風!!」

「革城さん!!」

「きゃー!!風が強ーい!!」

「ちょっと!!静──」

「きゃー!!!!」



「 黙 れ っつってん だ ろ ぉ が !!!」



その怒鳴り声で誰よりも注目を浴びてしまった。



…ー



あれから黙って歩く二人。

どうすればいいのかわからないまま、大きく綺麗な建物が見えてきた。


「着きましたよ、革城さん」

「……はい」

「世華中學校……ここで合ってるんですよね?」

「……」


小夜は俯いてる。


(しまった……怒鳴ったのがいけなかったか?)


亜門は頭を掻いて、ただ小夜のつむじを見た。


「革城さん?」

「……」


困った。

これではまるで怒られて拗ねている子供だ。

それが今の彼女の精神年齢とでもいうのか?

なんとも言えない罪悪感が生まれる。


それにここに着いてから、どうしたいのかなんて小夜にしかわからない。


迷った末、亜門は小さい子にするように屈んで小夜に視線を合わせた。


「革城さん」

「……はい」

「たい焼きって知ってます?」

「……?……知ってる」

「食べたことは?」

「……多分ない」


"多分"というのは以前の自分が食べたのかはわからないってことだろうが、"彼女自身"は食べたことはないという解釈を亜門はした。


「ここに来る途中でお店ありましたんで、帰りに食べましょうか?」


やっと小夜は顔をあげた。


「……はい」


そんな小夜を見て、思わず笑ってしまった。


「ふはっ……よかった」

「……え?」

「いえ、なんでもないです。……で、どうですか?」

「何が?」

「学校。見て何か思い出しませんか?」

「……わかんない」

「中入ります?」

「い……良いんかな?」

「教員の人の誰かに聞いてみたら、行けるんじゃないですかね」

「なんて言うの?」

「え……普通に革城さんが『ここ母校なんです』で、いいじゃないですか」

「で…でも……私、記憶ないのに……」


小夜はさっき怒鳴られたことがまだ引きずっているのか、緊張してるのか、何故か急に弱気になっている。


「ここってそんな厳しい私立なんですか?」

「わ、わかんないけど。記憶ないし」

「……ですよね」


校門で騒いでたら、下校する生徒達からチラチラ見られていた。


「あの……」


見られていたのは知ってたが、まさか声をかけられるとは思わなくて、小夜も亜門も驚いた。

しかも声をかけてきたのは、生徒ではなく温厚そうなおばさんだった。


「もしかして革城さんかしら?」
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