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第1部
TAKE15 鬼ごっこ
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日曜日。
小夜は部屋で身支度をして、鏡の前で身なりのチェックをした。
しかしふと溜め息が洩れた。
もう少ししたら亜門との約束の時間になる。
でもこれからの亜門との時間を思うと憂鬱になった。
最近、小夜は亜門の目が見れなくなった。
何が原因かわからない。
ただ奈未と一緒にいる亜門を見ると不安になるのだ。
最初はただの違和感にすぎなかったのに、一度目を反らしてから、前までどのように接していたかわからなくなった。
(いや…今日は普通に過ごして、前までどうやって接してたか思い出すんだ!!)
自分に気合いを入れて、部屋を出ようとした。
「小夜お嬢様。本日はどちらへ?」
玄関で橘さんにそう声をかけられて、小夜は少しばかり緊張した。
「えっと…、今日は学校の友達と…遊びに…」
「どちらまでですか?よかったらお送りします。」
「え?いや…いい!!大丈夫!!いってきます!!」
「え…あ…お嬢さ…」
小夜は橘さんにこれ以上の嘘を重ねるのが心苦しくて逃げ出すように家を出た。
駅前まで走ってきた小夜を亜門は不思議そうに見た。
「…なんでそんな息切れしてんの?」
慌てて走った上に、やっぱり亜門とどう接すればわからず小夜は余計に言葉を詰まらせた。
何も言わない小夜に亜門は首を傾げながら、質問してきた。
「…で今日はどこに行くんだ?世華高校?」
「えっと…あー…そのー…」
普通にしなくてはと思うほどに、悪化していく。
「……大丈夫だ。」
亜門の声に顔を上げた。
小夜は久しぶりに亜門の顔を見た気がした。
その顔は亜門がめんどくさがったり、呆れた時に見せるいつもの顔ではなく、きちんと目が開かれた真っ直ぐな顔だった。
「無理に自分を探りたくない時もある。無いなら無いでどっか適当に行こうぜ。」
亜門はそう言って歩き出した。
離れていく背中を小夜がぼんやりと見ていたら亜門が振り返った。
「…行くぞ?」
その言葉に小夜は魔法がかかったみたいに一歩前へ歩きだせた。
本当に意味もなくお店の中を適当に見て、買うこともなくフラフラと亜門と隣を歩いた。
先日の奈未と入れ替わった形となったようなコース。
物理的に近付いたし、亜門は小夜のことを少なからず考えているのは窺《うかが》える。
なのに以前の亜門との過ごし方がやっぱり思い出せない。
(私は…記憶喪失云々の前にもともと忘れっぽいのかもしれない。)
しかしどうでもいいように感じる『因数分解』や『ありおりはべりいまそがり』などは頭にきちんと残っている。
自分の頭の構造がいまいち理解できない。
コーヒーショップに立ち寄り、休憩している時、小夜は思わず溜め息をついた。
「お前のそれはさ…」
マグカップを机に置いたあと、亜門に声を掛けられてビクッと震えた。
「あ…亜門。ごめん。何?」
「お前のそれ、」
「それ?」
「俺をビビってるっていうか…挙動不審?」
「…あぁ、うん。」
「それは俺のことが嫌いだからなるのか?」
「…え?」
小夜はビックリしたが、しばらく考えた。
(私…亜門のこと嫌いになったから、一緒にいるのが気まずく感じるのかな?)
考えたが、出た結論は違うと思った。
「…多分、違うと思う。別に嫌いではない。」
「あ、そう。ならいいや。」
小夜の答えを聞いた亜門はコーヒーを啜った。
小夜はマグカップをくるくると回して目線を下げた。
(亜門にも挙動不審って思われるほど、表に出てたんだ…)
ぐるぐる…とドツボに嵌まるように小夜は悩み始めた。
しかし亜門の言葉でその思考は停止した。
「じゃあ…俺と賭けするか?」
「…賭け?」
気まずいとか接し方がわからないとか全部忘れて亜門の顔を見た。
「何…いきなり…賭けって…」
「賭けっつーか、勝負?」
「…亜門って勝負事好きだよね。沢田くんの時といい……」
「まぁ…いいじゃねぇか、ハンディやるし。」
亜門は持っていたカバンからキャップの帽子を取り出した。
「小夜は…鬼ごっこってわかるか?」
小夜は瞬きをした。
そしてゆっくり頷いてみせた。
「鬼ごっこの存在は…知ってる。」
「じゃあ今からすっか。」
「…なんですと?」
亜門は真顔のまま、コーヒーを飲み続けた。
「街を使って鬼ごっこ。…まぁある種のかくれんぼでもあるな。」
「鬼ごっこ?かくれんぼ?」
「最後に鬼だった奴、罰ゲームな。」
「へ?な…何すんの?」
「…別に考えてねぇ。勝った奴がその時決めたら?」
亜門は帽子を被った。
「ハンディで俺から鬼な。」
「なんで帽子被んの?」
「鬼の目印。タッチされたら帽子しろよ?」
「あ…あのさ、私鬼ごっこしたことないし…どうすれば…てか、なんで鬼ごっこ?街でやっていいもんなの?」
「あんま全力ダッシュして周りに迷惑はかけんなよ?あ…あとバスと電車も禁止。」
「え?」
「そうだな…17時すぎて鬼のやつ負け。」
トントン拍子で話が進み鬼ごっこのルールはわかったが、小夜は何も理解できていない。
「じゃあこれ飲み終わったら始めるか。」
小夜の疑問に欲しい答えをもらえないまま、小夜と亜門はコーヒーショップの前へと立った。
「じゃあ10分後に俺は探しだすから、小夜は好きなところに逃げろ。」
「…こんな人も多い中で?」
「転ぶなよ。」
「そんな鈍臭くないし!!私が言ってんのはなんで鬼ごっこなのって話!!」
「もう始まってんぞ。行け行け。」
亜門はシッシッという動作で小夜を行かせようとした。
小夜は渋々とゆっくり歩きだした。
(鬼ごっこの経験はないけど、こんな唐突なもんなの?)
不思議に思いつつも小夜は自分を納得させた。
人混みをすり抜け、どこか行く宛もなく進む。
鬼スタートは10分後と言っていたが、今は何分経ったのだろうと小夜は時計を細かく見た。
さっきから時計の針は一向に進まない。
10分というのは意外に長いものなのだ。
(じゃあ結構色んなとこに逃げれるな。しかもこんな人がいる中で探すとか…亜門が鬼のまま終わっちゃうんじゃないかな…)
しばらく歩いていたら見たことのあるところまで来た。
小夜は多分無意識でなんとなく、ただ見たことある方へ自然と足が動いたのだ。
「…あ。ここは…」
行き着いた先は公園。
そこは亜門と幸人が喧嘩に使っていた場所だった。
「…」
小夜は公園を見たまま止まった。
(ここで何か…引っ掛かることがあったような)
『その人死んだって聞いたぞ。』
『病気か何かで?』
『…じゃなくて――』
ついこないだのことなのに小夜の記憶は雑音が入ったかのように途切れて、思い出せない。
先程の鬼ごっこのルールでも、亜門の言葉に
『周りに迷惑はかけんなよ?あ…あとバスと―』
小夜の脳裏がチクリと痛む。
でもぼんやりとする。
すると小夜は誰かに腕をひかれて向く方向を変えられた。
「…捕まえた。」
あ…と思う間に小夜は亜門に帽子を被された。
真っ暗になった視界から帽子のツバを自分で上げて小夜は目の前にいる亜門を確認した。
「…亜門見つけるの早くない?ちゃんと10分数えた?」
「ちゃんと数えた。それに小夜探すのは簡単。」
「は?なんでよ!?」
「お前、土地勘ないから。」
「!?」
「行くとこなんて限られてるだろ?ココかショッピングモールか…あとファーストフード。高校周辺と駅周辺だったらそんなもんだろ?」
「待ってよ!!じゃあ最初のハンディもないようなもんじゃん!!ずるい!!」
「ずるかねーよ。次は小夜が鬼。おら、10分数えた、数えた。」
もう一度亜門に帽子をグイッと目深にされ、真っ暗となった。
帽子を上げたら亜門はもう背中を向けて逃げ出していた。
(何よ!!大人気ない!!)
小夜は負けず嫌いを露《あらわ》として、燃えた。
スマホで10分経ったのを確認したら、小夜は亜門が向かっていった方へと走り出した。
進むごとに人がまた増えていき、溢れかえってきた。
しばらく亜門を探していたら小夜は気付いた。
(てか、土地勘ない私と違って亜門は地元なんだから私が知らないところに逃げ込まれたらアウトじゃん!!!)
しかし小夜は負けたくない一心で必死にキョロキョロと周りを見渡し、亜門を探した。
「何探してんの?」
「…へ?」
声を掛けられたのが自分なのかわからず、気の抜けた返事をして声の主を見ると同世代くらいの男の子二人だった。
(何?誰?多分高校生?…もしかして記憶のあったころの知り合い!?)
なんとリアクションすればいいかわからず固まっていると男は話を続けた。
「何何?何か探し物?一緒に探そっか?」
小夜は(なんだ、ただの親切心か)とホッとした。
「ありがとう。でも大丈夫なんで…」
「まぁまぁ、そんな冷たいこと言わないで。探してあげるって!!」
そういって男は小夜の肩を抱いた。
「で、何を失くしたの?てか一人?」
「もしかして友達とはぐれた?」
肩を抱かれたままポケッとする小夜を置き去りに男の子二人に会話をされる。
「どうした?それとも悩み事?俺らでよかったら聞くし!!」
「君、名前は?」
「えっと…その…」
男の子達の勢いに圧倒されて言葉にならない。
「ねぇねぇ、なんて名前?」
「一緒に探してあげるんだから!!仲良くしよーよ。」
「――――悪いけど。」
突然、小夜は腕の付け根を掴まれ引っ張られた。
小夜はよろけたが、腕を引っ張った人物に受け止めてもらった。
「こいつ、俺のツレだから。一緒に探してもらわなくてケッコーです。」
「あ…亜門。」
男二人は「なんだよ、男連れかよ。」とその場を去っていった。
男達がいなくなったのを見計らって亜門は小夜に向かった。
「…小夜はトラブルに遭うのが特技なのか?」
「今のはトラブルのうちに入らないよ!!」
「何言ってんだ。おもいっきり絡まれてたじゃ…うぷ!!」
亜門のその顔に小夜は帽子で黙らせた。
「次、亜門が鬼だから!!」
「…っぷは!!待て!!今のは助けてやったんだからノーカンだろ?」
「そんなルール聞いてません!!亜門が鬼です。」
意地悪に笑う小夜は亜門の抗議も聞こえないフリをして走り出した。
走りながら次はどこへ逃げようか考えた。
しかし結局…
「はい…見つけた。」
逃げてからしばらくして、また捕まった。
「裏をかいてコーヒーショップに戻ったのになんでわかったの?」
「だから、行く場所が少なすぎだから。」
帽子を被せられ、亜門はまた消えていった。
スマホの時間を見るとタイムリミットまでもう20分を切っている。
(このままじゃ私が負けちゃうな…土地勘がないから。)
小夜も負けじと色んなところを走りまわった。
しかし亜門がどこに行くかなんてさっぱり見当がつかない。
でも土地勘がないのは方向音痴のせいでもなんでもない。
ただ記憶がないから。
目の奥がじんわりと熱くなってきた。
(…バカ!!私!!泣くな!!たかがゲームだ!!ゲームに負けそうで泣くとか子供か!!)
ふと周りを見た。
知らない場所だった。
小夜はいつの間にか迷子になってしまっていたのだ。
(やば…考え事しながら走ったりしたから…)
知らない土地。
知らない人。
時間とかお店が何かはわかるが、何も知らない。
(迷子は…記憶喪失に…似てる。)
周りに取り残された不安。
それでも周りは関係なく進んでいく。
でも好き好んで今の状況を作ったわけではない。
夕焼け空が涙で滲んだ。
道の真ん中で…流れる人の真ん中で、帽子を深く被って顔を隠した。
(なんで私…記憶がないの?)
「…あもん。」
ポツリと呟いてみても、誰の耳にも届かない。
それは小夜の耳にしか届かなかった。
それでも小夜は自分が言った言葉にハッとなって空を仰いだ。
(この寂しい気持ち。怖い気持ち。不安な気持ち。いつだって"亜門に傍にいてほしい"…私、そう願ってる。…願ってたんだ。)
涙が頬を伝うが、それを拭うことなく空を見続けた。
亜門の隣にいた奈未。
亜門の過去を知ってる尚太。
亜門と対等に拳を交える幸人達。
みんな、みんなが羨ましい。
(記憶がないけど…置いていかないで、亜門。)
心配性の橘さん。
遠慮がちに笑うお母さん。
そして…
『悪いが…記憶のない君から父とは呼ばないで欲しい。』
冷たい眼差しの
お父さん。
(亜門…どこにいるの?記憶がないから…私…わからないよ。)
『大丈夫だよ。何も怖かねーよ。』
風が吹いた。
それは亜門の声だった。
鯛焼きを食べたあの日。
まだお互いを名字で呼び、亜門がまだ敬語を使っていたけど、一瞬だけど初めて敬語が無くなった時。
亜門がそう言った。
だから小夜はひとつの可能性に気付いた。
亜門の行ける場所はわからないが…亜門の行動ならわかるかもしれない。
小夜は走り出した。
知らない道だが、関係なく突き進んでいく。
人にぶつからないように、だけどドンドンと速度を上げて走っていく。
その時ー…
フラッシュバック。
私…
ココを知ってる。
暑い日。
その時もこうして走ってた。
駅に向かって走ってた。
電車が来る前に…
でんしゃ…
でんしゃって何?
小夜は目を開いてしっかりと前を向いて走った。
"逃げるな"と。
でんしゃ知らない
知らない
違う!!
逃げるな!!
私は知ってる。
電車は
電車は…
『小夜ッッ!!!!』
私は電車に轢かれて事故にあった。
そしてその時一緒にいたのは…
誰?
頭痛がする。
でも
思い出すことを恐れるな!!
だって…
小夜は走っていたのを急ブレーキをかけて止まり、振り返った。
そして前方に、息を切らして立っている亜門がいた。
「やっぱり…」
記憶喪失でも怖くない、だって亜門がいるから、大丈夫。
小夜に友達が出来るかを気にかけてくれていた亜門。
めんどくさがりながらもいつも面倒見てくれる亜門。
そんな彼が土地勘がないことを知っていて、小夜を放っておくわけがない。
ナンパされた時もタイミングよく出てこれるわけがない。
亜門ならきっと、小夜が見えるところをキープして傍にいると思った。
小夜が知らない所へ迷わないように、傍で見守っていると思った。
急に走り出したら亜門は見失わないように追いかけてきてくれると思った。
そんな亜門と一緒なら迷子にはならない。
記憶がなくても見失わずに歩いていける。
小夜は本気で記憶を取り戻したいと心から思った。
そんな亜門の傍にいたいから…と。
(私…亜門が…)
立ち尽くす亜門に小夜は駆け出した。
未完成な自分だけど亜門の隣は譲れない。
『悪いけど俺のツレだから…』
支えてくれるあの手を離さない。
帽子が風に煽られ、後ろへと飛んだ気がしたが、気にせず亜門の元へと走った。
そのまま亜門まで駆けていき、その胸に飛び込んで抱きしめた。
(私は…亜門が必要だ。)
「…捕まえた。」
亜門のポケットから17時を知らせるアラームが鳴った。
小夜は部屋で身支度をして、鏡の前で身なりのチェックをした。
しかしふと溜め息が洩れた。
もう少ししたら亜門との約束の時間になる。
でもこれからの亜門との時間を思うと憂鬱になった。
最近、小夜は亜門の目が見れなくなった。
何が原因かわからない。
ただ奈未と一緒にいる亜門を見ると不安になるのだ。
最初はただの違和感にすぎなかったのに、一度目を反らしてから、前までどのように接していたかわからなくなった。
(いや…今日は普通に過ごして、前までどうやって接してたか思い出すんだ!!)
自分に気合いを入れて、部屋を出ようとした。
「小夜お嬢様。本日はどちらへ?」
玄関で橘さんにそう声をかけられて、小夜は少しばかり緊張した。
「えっと…、今日は学校の友達と…遊びに…」
「どちらまでですか?よかったらお送りします。」
「え?いや…いい!!大丈夫!!いってきます!!」
「え…あ…お嬢さ…」
小夜は橘さんにこれ以上の嘘を重ねるのが心苦しくて逃げ出すように家を出た。
駅前まで走ってきた小夜を亜門は不思議そうに見た。
「…なんでそんな息切れしてんの?」
慌てて走った上に、やっぱり亜門とどう接すればわからず小夜は余計に言葉を詰まらせた。
何も言わない小夜に亜門は首を傾げながら、質問してきた。
「…で今日はどこに行くんだ?世華高校?」
「えっと…あー…そのー…」
普通にしなくてはと思うほどに、悪化していく。
「……大丈夫だ。」
亜門の声に顔を上げた。
小夜は久しぶりに亜門の顔を見た気がした。
その顔は亜門がめんどくさがったり、呆れた時に見せるいつもの顔ではなく、きちんと目が開かれた真っ直ぐな顔だった。
「無理に自分を探りたくない時もある。無いなら無いでどっか適当に行こうぜ。」
亜門はそう言って歩き出した。
離れていく背中を小夜がぼんやりと見ていたら亜門が振り返った。
「…行くぞ?」
その言葉に小夜は魔法がかかったみたいに一歩前へ歩きだせた。
本当に意味もなくお店の中を適当に見て、買うこともなくフラフラと亜門と隣を歩いた。
先日の奈未と入れ替わった形となったようなコース。
物理的に近付いたし、亜門は小夜のことを少なからず考えているのは窺《うかが》える。
なのに以前の亜門との過ごし方がやっぱり思い出せない。
(私は…記憶喪失云々の前にもともと忘れっぽいのかもしれない。)
しかしどうでもいいように感じる『因数分解』や『ありおりはべりいまそがり』などは頭にきちんと残っている。
自分の頭の構造がいまいち理解できない。
コーヒーショップに立ち寄り、休憩している時、小夜は思わず溜め息をついた。
「お前のそれはさ…」
マグカップを机に置いたあと、亜門に声を掛けられてビクッと震えた。
「あ…亜門。ごめん。何?」
「お前のそれ、」
「それ?」
「俺をビビってるっていうか…挙動不審?」
「…あぁ、うん。」
「それは俺のことが嫌いだからなるのか?」
「…え?」
小夜はビックリしたが、しばらく考えた。
(私…亜門のこと嫌いになったから、一緒にいるのが気まずく感じるのかな?)
考えたが、出た結論は違うと思った。
「…多分、違うと思う。別に嫌いではない。」
「あ、そう。ならいいや。」
小夜の答えを聞いた亜門はコーヒーを啜った。
小夜はマグカップをくるくると回して目線を下げた。
(亜門にも挙動不審って思われるほど、表に出てたんだ…)
ぐるぐる…とドツボに嵌まるように小夜は悩み始めた。
しかし亜門の言葉でその思考は停止した。
「じゃあ…俺と賭けするか?」
「…賭け?」
気まずいとか接し方がわからないとか全部忘れて亜門の顔を見た。
「何…いきなり…賭けって…」
「賭けっつーか、勝負?」
「…亜門って勝負事好きだよね。沢田くんの時といい……」
「まぁ…いいじゃねぇか、ハンディやるし。」
亜門は持っていたカバンからキャップの帽子を取り出した。
「小夜は…鬼ごっこってわかるか?」
小夜は瞬きをした。
そしてゆっくり頷いてみせた。
「鬼ごっこの存在は…知ってる。」
「じゃあ今からすっか。」
「…なんですと?」
亜門は真顔のまま、コーヒーを飲み続けた。
「街を使って鬼ごっこ。…まぁある種のかくれんぼでもあるな。」
「鬼ごっこ?かくれんぼ?」
「最後に鬼だった奴、罰ゲームな。」
「へ?な…何すんの?」
「…別に考えてねぇ。勝った奴がその時決めたら?」
亜門は帽子を被った。
「ハンディで俺から鬼な。」
「なんで帽子被んの?」
「鬼の目印。タッチされたら帽子しろよ?」
「あ…あのさ、私鬼ごっこしたことないし…どうすれば…てか、なんで鬼ごっこ?街でやっていいもんなの?」
「あんま全力ダッシュして周りに迷惑はかけんなよ?あ…あとバスと電車も禁止。」
「え?」
「そうだな…17時すぎて鬼のやつ負け。」
トントン拍子で話が進み鬼ごっこのルールはわかったが、小夜は何も理解できていない。
「じゃあこれ飲み終わったら始めるか。」
小夜の疑問に欲しい答えをもらえないまま、小夜と亜門はコーヒーショップの前へと立った。
「じゃあ10分後に俺は探しだすから、小夜は好きなところに逃げろ。」
「…こんな人も多い中で?」
「転ぶなよ。」
「そんな鈍臭くないし!!私が言ってんのはなんで鬼ごっこなのって話!!」
「もう始まってんぞ。行け行け。」
亜門はシッシッという動作で小夜を行かせようとした。
小夜は渋々とゆっくり歩きだした。
(鬼ごっこの経験はないけど、こんな唐突なもんなの?)
不思議に思いつつも小夜は自分を納得させた。
人混みをすり抜け、どこか行く宛もなく進む。
鬼スタートは10分後と言っていたが、今は何分経ったのだろうと小夜は時計を細かく見た。
さっきから時計の針は一向に進まない。
10分というのは意外に長いものなのだ。
(じゃあ結構色んなとこに逃げれるな。しかもこんな人がいる中で探すとか…亜門が鬼のまま終わっちゃうんじゃないかな…)
しばらく歩いていたら見たことのあるところまで来た。
小夜は多分無意識でなんとなく、ただ見たことある方へ自然と足が動いたのだ。
「…あ。ここは…」
行き着いた先は公園。
そこは亜門と幸人が喧嘩に使っていた場所だった。
「…」
小夜は公園を見たまま止まった。
(ここで何か…引っ掛かることがあったような)
『その人死んだって聞いたぞ。』
『病気か何かで?』
『…じゃなくて――』
ついこないだのことなのに小夜の記憶は雑音が入ったかのように途切れて、思い出せない。
先程の鬼ごっこのルールでも、亜門の言葉に
『周りに迷惑はかけんなよ?あ…あとバスと―』
小夜の脳裏がチクリと痛む。
でもぼんやりとする。
すると小夜は誰かに腕をひかれて向く方向を変えられた。
「…捕まえた。」
あ…と思う間に小夜は亜門に帽子を被された。
真っ暗になった視界から帽子のツバを自分で上げて小夜は目の前にいる亜門を確認した。
「…亜門見つけるの早くない?ちゃんと10分数えた?」
「ちゃんと数えた。それに小夜探すのは簡単。」
「は?なんでよ!?」
「お前、土地勘ないから。」
「!?」
「行くとこなんて限られてるだろ?ココかショッピングモールか…あとファーストフード。高校周辺と駅周辺だったらそんなもんだろ?」
「待ってよ!!じゃあ最初のハンディもないようなもんじゃん!!ずるい!!」
「ずるかねーよ。次は小夜が鬼。おら、10分数えた、数えた。」
もう一度亜門に帽子をグイッと目深にされ、真っ暗となった。
帽子を上げたら亜門はもう背中を向けて逃げ出していた。
(何よ!!大人気ない!!)
小夜は負けず嫌いを露《あらわ》として、燃えた。
スマホで10分経ったのを確認したら、小夜は亜門が向かっていった方へと走り出した。
進むごとに人がまた増えていき、溢れかえってきた。
しばらく亜門を探していたら小夜は気付いた。
(てか、土地勘ない私と違って亜門は地元なんだから私が知らないところに逃げ込まれたらアウトじゃん!!!)
しかし小夜は負けたくない一心で必死にキョロキョロと周りを見渡し、亜門を探した。
「何探してんの?」
「…へ?」
声を掛けられたのが自分なのかわからず、気の抜けた返事をして声の主を見ると同世代くらいの男の子二人だった。
(何?誰?多分高校生?…もしかして記憶のあったころの知り合い!?)
なんとリアクションすればいいかわからず固まっていると男は話を続けた。
「何何?何か探し物?一緒に探そっか?」
小夜は(なんだ、ただの親切心か)とホッとした。
「ありがとう。でも大丈夫なんで…」
「まぁまぁ、そんな冷たいこと言わないで。探してあげるって!!」
そういって男は小夜の肩を抱いた。
「で、何を失くしたの?てか一人?」
「もしかして友達とはぐれた?」
肩を抱かれたままポケッとする小夜を置き去りに男の子二人に会話をされる。
「どうした?それとも悩み事?俺らでよかったら聞くし!!」
「君、名前は?」
「えっと…その…」
男の子達の勢いに圧倒されて言葉にならない。
「ねぇねぇ、なんて名前?」
「一緒に探してあげるんだから!!仲良くしよーよ。」
「――――悪いけど。」
突然、小夜は腕の付け根を掴まれ引っ張られた。
小夜はよろけたが、腕を引っ張った人物に受け止めてもらった。
「こいつ、俺のツレだから。一緒に探してもらわなくてケッコーです。」
「あ…亜門。」
男二人は「なんだよ、男連れかよ。」とその場を去っていった。
男達がいなくなったのを見計らって亜門は小夜に向かった。
「…小夜はトラブルに遭うのが特技なのか?」
「今のはトラブルのうちに入らないよ!!」
「何言ってんだ。おもいっきり絡まれてたじゃ…うぷ!!」
亜門のその顔に小夜は帽子で黙らせた。
「次、亜門が鬼だから!!」
「…っぷは!!待て!!今のは助けてやったんだからノーカンだろ?」
「そんなルール聞いてません!!亜門が鬼です。」
意地悪に笑う小夜は亜門の抗議も聞こえないフリをして走り出した。
走りながら次はどこへ逃げようか考えた。
しかし結局…
「はい…見つけた。」
逃げてからしばらくして、また捕まった。
「裏をかいてコーヒーショップに戻ったのになんでわかったの?」
「だから、行く場所が少なすぎだから。」
帽子を被せられ、亜門はまた消えていった。
スマホの時間を見るとタイムリミットまでもう20分を切っている。
(このままじゃ私が負けちゃうな…土地勘がないから。)
小夜も負けじと色んなところを走りまわった。
しかし亜門がどこに行くかなんてさっぱり見当がつかない。
でも土地勘がないのは方向音痴のせいでもなんでもない。
ただ記憶がないから。
目の奥がじんわりと熱くなってきた。
(…バカ!!私!!泣くな!!たかがゲームだ!!ゲームに負けそうで泣くとか子供か!!)
ふと周りを見た。
知らない場所だった。
小夜はいつの間にか迷子になってしまっていたのだ。
(やば…考え事しながら走ったりしたから…)
知らない土地。
知らない人。
時間とかお店が何かはわかるが、何も知らない。
(迷子は…記憶喪失に…似てる。)
周りに取り残された不安。
それでも周りは関係なく進んでいく。
でも好き好んで今の状況を作ったわけではない。
夕焼け空が涙で滲んだ。
道の真ん中で…流れる人の真ん中で、帽子を深く被って顔を隠した。
(なんで私…記憶がないの?)
「…あもん。」
ポツリと呟いてみても、誰の耳にも届かない。
それは小夜の耳にしか届かなかった。
それでも小夜は自分が言った言葉にハッとなって空を仰いだ。
(この寂しい気持ち。怖い気持ち。不安な気持ち。いつだって"亜門に傍にいてほしい"…私、そう願ってる。…願ってたんだ。)
涙が頬を伝うが、それを拭うことなく空を見続けた。
亜門の隣にいた奈未。
亜門の過去を知ってる尚太。
亜門と対等に拳を交える幸人達。
みんな、みんなが羨ましい。
(記憶がないけど…置いていかないで、亜門。)
心配性の橘さん。
遠慮がちに笑うお母さん。
そして…
『悪いが…記憶のない君から父とは呼ばないで欲しい。』
冷たい眼差しの
お父さん。
(亜門…どこにいるの?記憶がないから…私…わからないよ。)
『大丈夫だよ。何も怖かねーよ。』
風が吹いた。
それは亜門の声だった。
鯛焼きを食べたあの日。
まだお互いを名字で呼び、亜門がまだ敬語を使っていたけど、一瞬だけど初めて敬語が無くなった時。
亜門がそう言った。
だから小夜はひとつの可能性に気付いた。
亜門の行ける場所はわからないが…亜門の行動ならわかるかもしれない。
小夜は走り出した。
知らない道だが、関係なく突き進んでいく。
人にぶつからないように、だけどドンドンと速度を上げて走っていく。
その時ー…
フラッシュバック。
私…
ココを知ってる。
暑い日。
その時もこうして走ってた。
駅に向かって走ってた。
電車が来る前に…
でんしゃ…
でんしゃって何?
小夜は目を開いてしっかりと前を向いて走った。
"逃げるな"と。
でんしゃ知らない
知らない
違う!!
逃げるな!!
私は知ってる。
電車は
電車は…
『小夜ッッ!!!!』
私は電車に轢かれて事故にあった。
そしてその時一緒にいたのは…
誰?
頭痛がする。
でも
思い出すことを恐れるな!!
だって…
小夜は走っていたのを急ブレーキをかけて止まり、振り返った。
そして前方に、息を切らして立っている亜門がいた。
「やっぱり…」
記憶喪失でも怖くない、だって亜門がいるから、大丈夫。
小夜に友達が出来るかを気にかけてくれていた亜門。
めんどくさがりながらもいつも面倒見てくれる亜門。
そんな彼が土地勘がないことを知っていて、小夜を放っておくわけがない。
ナンパされた時もタイミングよく出てこれるわけがない。
亜門ならきっと、小夜が見えるところをキープして傍にいると思った。
小夜が知らない所へ迷わないように、傍で見守っていると思った。
急に走り出したら亜門は見失わないように追いかけてきてくれると思った。
そんな亜門と一緒なら迷子にはならない。
記憶がなくても見失わずに歩いていける。
小夜は本気で記憶を取り戻したいと心から思った。
そんな亜門の傍にいたいから…と。
(私…亜門が…)
立ち尽くす亜門に小夜は駆け出した。
未完成な自分だけど亜門の隣は譲れない。
『悪いけど俺のツレだから…』
支えてくれるあの手を離さない。
帽子が風に煽られ、後ろへと飛んだ気がしたが、気にせず亜門の元へと走った。
そのまま亜門まで駆けていき、その胸に飛び込んで抱きしめた。
(私は…亜門が必要だ。)
「…捕まえた。」
亜門のポケットから17時を知らせるアラームが鳴った。
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