わんもあ!

駿心

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第1部

TAKE16 恋か否か 後編

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トクン…

トクン…


小夜は自分の心臓の音と動きをゆっくりと感じた。


先ほど鬼ごっこで亜門を捕まえた時の小夜の一方的なしがみつきとは違い、抱き締めてもらうことはどんなに気持ちよいことか。

トクン…

トクン…


「お前のそれは…もうしょうがねぇよ。」

「…なんで?」

「お前は俺のこと…」


小夜は亜門を見上げた。


「俺のこと…父親のように感じてんだろ?」

「………え?」


小夜は亜門を見たまま瞬きした。


「…ち、父親…!?」

「あぁ、記憶なくて大変なのはお前なのに、周り気ぃ遣って…そりゃ不安なって当たり前だよな。」

「う…うん…」

「親に甘えた記憶もなけりゃ、今更素直に甘えられる年齢でもないしな。お前ん家の家柄とか状況知んねぇけど。」

「…」

「お前にとっちゃ俺は誰よりも長い時間を過ごした身内…だよな。」

「そう…かな。」

「乗り掛かった船だし、ちゃんと小夜の不安がなくなるまで一緒にいてやるから。」


亜門は小夜の頭をゆっくりと撫でた。


「まぁ俺だって親になったことないから、どんなんかわからないけど父親とか兄とか、そう思って好きなだけ頼ってもらっていい。」

「…うん。」


亜門は小夜を抱き締めたまま上を向いて「ついに本人公認の保護者だよ…」と呟きと溜め息を同時に出した。


(父親…そっか。私、お父さんと上手くいってないから余計に亜門に父親を求めて、嫉妬とかしてたんかな。)


なるほどと納得しかかったが、小夜の胸に重いモヤモヤがのしかかった。

亜門の背中に回していた手は亜門の服をギュッと握った。


「亜門…」

「なんだ?」

「私はホントに亜門にお父さんを求めてたんかな…」


(これは…恋じゃない…ってことなのかな…)


「そうなんかな…」

「そうなんかなって、それ以外なにがあるって…」


小夜と亜門は目と目が合って時間が止まった。


(私…恋じゃないことが…残念だと…感じてる。)


小夜はそう思った。


「小夜、おま」

「小夜お嬢様ッッ!!!!!」


暗い夜道で小夜を呼ぶ叫びがコダマした。

小夜と亜門は咄嗟に互いの手を放し、離れた。


「た…たた…橘さん!!!」


目を凝らした先には買い物袋を両手に持っている橘がいた。

いつものスーツと違い、買い出し用の私服を着ているが、どう見ても橘である。


「小夜お嬢様…一体…一体何を!!??」

「た…橘さん!!あのね!!」

「…誰?あの男。」


亜門は突然の橘の登場にポカンとして言った。

そんな亜門に橘は思い切り睨みを効かせて怒鳴った。


「貴様こそ誰だ!?小夜お嬢様に何してた!!??変質者か!!??」


小夜は慌てて橘のもとへ行った。


「違うのッッ!!あの人は友達で…」

「友達?友達があんないやらしく抱いてきますか?大丈夫ですか?他に何かされてませんか?」

「だ…大丈夫です。」

「ここの夜道は危険です!!早く帰りましょう!!」


橘は小夜の手を取り、亜門の横を通り過ぎようとした。

しかし亜門が橘の肩を掴み、それを阻んだ。


「待て。誰だか知んねぇけど、なんだこの扱い。だいたい変質者ってのも誤解だ。」


橘はそんな亜門に冷ややかな目を向けた。


「…小夜お嬢様のご友人と存じ上げず、失礼いたしました。しかし、あなたも全くの下心がなかったと言い切れるんですか?」

「…はあ?」

「本日のお出掛けはお二人で?」

「…まぁ。」

「それはどちらからお誘いしたのですか?」

「はあ?別に誘ってなんか…」

「小夜お嬢様、どちらですか?」


話の矛先が小夜に代わり、小夜は「う~ん…と。」と思い出そうとした。



『日曜だったら俺もバイトないから、昼に駅前で待ってろ。』

『え…う…うん。』


(あ…思い出した。今回は…)


「亜門の提案で、今日は駅前まで待ち合わせして……」

「やっぱり!!」


橘がすぐさま亜門を睨み、歩き出した。


「待て!!それが下心って極端じゃ…」

「…じゃあもうひとつお尋ねしますが、先ほどの…コホン、抱擁はどちらからなさったんですか?小夜お嬢様。」


いつもの穏やかの欠片もない表情に小夜は慌ててまた思い出そうとした。


『おいで。』


(…えっと、さっきの場合は…)


「亜門になるのかな?」

「やっぱり!!!!!」

「おい!!!待てって!!!小夜!!!真実は時として誤解を生む!!!っていうか言葉が足りねぇ!!!」


亜門が小夜に誤解を解いてもらおうと腕をひこうとしたら、橘がすかさずその間に割って入った。


「小夜お嬢様に近づくな!!!この変態がぁ!!!」


橘は持っていた袋から取り出して、亜門に投げつけた。


キャベツ一玉を。

ゴ イ ィ ー ン ッッ !!!


キャベツは明らかに鈍い音を立てて亜門の顔面にヒットした。

亜門は後ろへ卒倒した。


「きゃあぁぁ!!!!橘さん!!!!!食べ物を粗末にしちゃいけないんだよ!!!」


違う。

言うべきところはそこじゃあない。


倒れた亜門はそう思ったが、言える状況じゃなかった。

そして小夜の亜門を呼ぶ声が遠ざかることしかわからなかった。


小夜は瞬く間に橘に連れてかれ、家へと着いた。

着くなり、小夜は橘に言った。


「なんで?橘さん!!話を聞いてよ!!」

「お嬢様…ひとまずお部屋へ行きましょう。」

「橘さん!!」


一瞬、母が何事かと顔を出したが特に何かを言うわけでもなし、小夜と橘が二階に上がるのを眉を下げて黙って見ていた。


部屋に入って小夜はもう一度、橘に訴えた。

「確かに今回はもろもろ、亜門からだったけど、亜門はちゃんと私の友達なんです。」

「小夜お嬢様がそう思われても、向こうは違うかもしれないでしょう?」

「そんなことない!!亜門も私をちゃんと大事に…」

「小夜様?」


いつも以上のきっぱりとした物言いに小夜は口を噤んだ。


「いいですか?あなたは自分の立場というのを改めて自覚なさってください。」

「立場?」

「そうです。確かに環境も考慮し、近所で知り合いがいないという条件や、ご入学に間に合わそうと急いだため、あんな庶民の高校に通うことになりましたが、あなたは革城社長のご令嬢なんですよ?」

「…」

「さらに小夜お嬢様は…その……"体調"が万全ではありません。お金のない馬鹿共や、社長を目の敵にする輩に漬け込まれて危険な目に合う可能性だって充分にあります。」

「…何?じゃあ私に友達作るなってこと!?」


橘は小夜の肩を両手で掴み、ゆっくりと首を振った。


「…違います。高校に馴染むことはとても大事なことです。ある程度の民度がある高校を選びましたし、一般家庭の人達との交流も勉強になります。……ですがやはり、人は十二分に気を付けてお選びください。」

「人を選べったって…」

「少なくともあの人相の悪い男はダメです。小夜お嬢様に万が一のことがあれば、私め社長や奥様に申し訳がありません。」


小夜は泣きそうになった。


(なんで亜門はダメなの?だって…亜門は…)


「橘さん…見た目で判断しないでほしい。」


その言葉に橘はピクッと反応した。


「小夜お嬢様こそ、口車にのせられているのでは?」

「少なくとも橘さんより私は亜門のことわかってる!!!!」


小夜にとって家族の中で一番近い存在の橘だからそんな風に言ってほしくないと思った。


「どう言ったらわかってくれるの?」


小夜の肩を放し、橘はジッと考え、そして「わかりました。」と切り出した。


「確かに見た目や今日だけで判断するのは私も小さなことをしました。」

「…橘さん。」

「小夜お嬢様がそこまで言うなら条件を出しましょう。」

「…へ?条件?」

「そうです。小夜お嬢様を預かる身として、そこは厳しくさせて頂きます。」


小夜は不安そうにチラリと橘を見ておずおずと聞いてみた。


「条件って…なんですか?」

「はい!!!小夜お嬢様の言う通り、見た目ではなく中身で判断させてもらいます!!」
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