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第2部
TAKE23 苛立ち 後編
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自分のことは自分の口から言う。
亜門が基にそうお願いしたのだ。
でも一つ言えば、芋づる式で全てを話さなくてはいけなくなる。
だから一言目がなかなか言えない。
世華學園の最寄り駅で降りても、気まずい沈黙が続いた。
「小夜。」
「…」
「小夜?」
「…」
今度は何故か小夜の反応が薄くなった。
呼んでも返事がないので、頭を軽く叩いた。
叩かれた小夜は思い切り亜門を睨んだ。
「ーったぁ!!やめてよ!!!何!!??」
「何って…無視すっからだろ?」
軽い力のつもりだったが、少し強かったらしい。
空気が更に悪くなった。
「私が悪いの?」
「悪くないってのか?」
「そもそも亜門が嘘付くからでしょ?」
「…嘘?」
「怒ってないとか、変装も知らないとか…『俺は邪魔か?』なんてズルい聞き方もして私のこと責めるし…今日の亜門、なんか嫌。」
小夜が嫌がるのはわかる。
でも小夜だって自分のことばかりじゃないかと亜門は苛立ちが増した。
なんで世華學園に着いていくと言ってしまったんだろうと亜門も嫌になってきた。
でも明神と小夜が親密になるにつれ、自分がいないところで小夜の記憶が回復していくのは今までの自分の数ヶ月が無駄みたいで面白くないし、小夜も亜門に帰れとも言わなかった。
だから結局、世華學園まで着いてしまった。
いつまでも校門の前で沈黙でいるわけにもいかないので、亜門は気持ちを割り切って小夜に聞いた。
「明神はなんて?返事は?」
「返事はないです。」
「…」
「…」
「どうすんの?」
「さぁ…」
「…」
「…」
チラホラと下校する世華學園の生徒の視線が刺さりながら、二人は校門側に立っていた。
「…慶介くん、部活中なのかも。」
今朝の小夜の話の中で剣道部であるということを思い出して「…あぁ、」と相槌を打った。
万が一、慶介が無理でも世華の生徒の顔を見ると言っていたが、下校のピークはもう過ぎたようでごく少数がたまに校門を抜ける程度である。
それはほぼ二人で立っているだけになる。
「…部活終わるまで待つか?」
「でもあんまり遅いと基が心配するから…無理かも。」
「…帰るか?」
「…うん。」
渋々と歩き出す小夜に亜門も着いていき、後ろから声をかけた。
「だから言ったろ?無駄足になるって…」
亜門の言葉に小夜は振り向いた。
笑顔もなく怒りもなく伏し目がちに呟いた。
「亜門みたいに要領良くなんか…できないよ。」
その表情にさすがに亜門も言葉が悪かったと少し反省をした。
しかし再び歩き出す小夜の後ろ姿を見て、亜門は胸の内でホッとした。
安心を感じてすぐ、亜門は自分自身に驚いた。
(なんで俺、ホッとしてるわけ?)
ほんの1mぐらいの距離を保ったまま、亜門は小夜の後ろを歩く。
(俺、小夜の記憶が戻らないことにホッとしてる…なんで?)
小夜のその後ろ姿に気持ちがざわつく。
ところが亜門の思考は小夜が歩みを止めたことによって、ストップした。
何があったのかと思い、前方を見たら世華の制服を着た男が小夜の前に立ち止まっていた。
「ビックリした!!また会うとは思わなかった。ゴールデンウィークぶり?地元ここらへんなんですか?」
「え…いえ。私もビックリしました。…学校…世華…だったんですね。」
それはGWに小夜を人違いした男だった。
小夜もまた会うと思わなかったし、男が世華であったことに驚きと焦りを感じたが、なんとか返事をした。
そのことを知らない亜門はまたしても小夜の知り合いか何かかと思い、男の顔を見た。
しかし見たとたんに亜門は固まった。
「はは!世華っぽくないとよく言われます。アンタの顔はわかりやすいからすぐ覚えたよ。」
「は…はあ。」
「名前は?なんての?」
小夜は迷った。
以前の"小夜"は世華では少しばかり名が通っていたようだから、顔は知らなくても"小夜"を知っているかもしれない。
もしそうなったら適当に辻褄を合わせる自信が小夜にはない。
正直に小夜の現状を言うにも、慶介のように上手くいくとも限らない。
「あ…あの…サヨです。」
迷った末、幸人も小夜の名字しか覚えてなかったのを思い出して、色々戸惑いながらフルネームは避けた。
「サヨさんね。」
可笑しくないだろうかと不安になったが、男は普通にニッコリ返した。
「あ…じゃあ俺、学校に戻る途中だから!!」
「あ!!すみません!!」
「こちらこそ。デートの途中に…」
そう言って、亜門の方をチラリと見た。
どうやら亜門を彼氏と勘違いしたみたいだ。
「あの…別にそういうわけじゃ…」
見ず知らずの彼に言い訳するのも変に感じたが、小夜は咄嗟にそう口にした。
戸惑う様子の小夜を見て男は少し笑い、そして思い出したかのように「あっ。」と声を出した。
「ちなみに俺は波古山右京って言います。よろしく。」
小夜は息を吸ったまま吐き出すことを忘れて、息が止まった。
亜門は帽子を深く被り直す。
「…………ハコヤマ?」
「はい!!"波"に"古い""山"って書きます!!珍しいでしょ?」
「…」
「じゃあ、これで!!また会えるかわかんないけど、そん時はまたよろしく!!」
波古山右京と名乗った彼は軽く手を上げて、笑顔で歩き出す。
亜門の横を過ぎ去る一瞬、右京は会釈をして言った。
「彼氏さんも、邪魔してすんませんした!!ではまた。」
右京はそこから世華學園に続く道を歩いていった。
振り返って右京の背中を見たのは小夜だけで、亜門は眼鏡を押し上げながら俯き、右京を見ようとしなかった。
「…亜門?」
「…」
「亜門。」
亜門は帽子を脱いだ。
「…俺、小夜に言ってないことがある。」
「…」
「…わりとたくさん。」
亜門は小夜の手首を持って、歩き出した。
ゆっくりと。
小夜は亜門から半歩遅れる形で引っ張られる。
お互いの顔はよく見えない。
「…世華に行くなら、俺は顔を隠したかった。」
「…」
「初めて世華の中学に行った時、エスカレーター式って聞いて…世華學園にいるかもしれないって予想できたから。俺の弟が。」
「……おと…う…」
「波古山右京。一つ年下の俺の弟の名前。」
知らない内に小夜の手首を握る力が強まっていった。
「あれは俺が家出してる波古山家の…俺の弟だ。」
亜門は後ろにいる小夜の反応を感じられず、言い表せない不安が過った。
あまりに無言なので亜門は堪りかねて立ち止まり、後ろを見た。
小夜は目を伏せて、無表情だった。
「……小…夜?」
「…何?」
亜門は戸惑いを隠せず、目が泳いだ。
意外だったのだ。
小夜はこうして亜門の知らないことを知ると、不安になるのか自分を除け者に感じるのか、いつも怒ったり拗ねたりする。
いつも亜門はそれを理不尽な独占欲だと呆れていた。
しかし小夜は怒りも拗ねもしない。
「…なんか、黙ってて悪かった。」
いつもと違う小夜に亜門は何故か謝った。
小夜は伏し目のまま、口を開けた。
「…なんで謝るの?私が知らないことがあるなんて…当たり前でしょ?」
小夜はソッと亜門の手から自分の手を外した。
「亜門は私と違って17年間を"ちゃんと"覚えてるわけだし色々あるのも当たり前だし…私達の出会いは4月からだから知らないことがあるのも当たり前でしょ。」
至って正論だ。
でも亜門は落ち着かない。
いつもみたいにわかりやすくストレートに喚いてほしい。
いつもみたいに子供みたいに理不尽なことを言ってほしい。
小夜は亜門を一瞥して、亜門を置いて歩き出した。
亜門は妙な苛立ちがブワッと沸き起こった。
「小夜?」
亜門は小夜の肩を掴んだ。
「そうなんだけどよ…言い訳じゃねぇけど。聞いてくれねぇか…ちょっと話長くて何から言えばいいかわかんねぇんだけど、俺は…」
「ーいや。」
小夜は亜門の手を払い退けた。
亜門は怪訝そうに小夜を見た。
「いやって、何が!!??」
「わかんないッッ!!!!」
小夜は叫んだ。
響いた声はすぐに静まり、小夜はもう一度小さな声で「…わかんないよ。」と呟いた。
「知らないことは嫌で、友達なら教えてほしいって思うけど…今は聞きたくない…」
「…」
「…ごめん。今は自分で精一杯。」
「…なんだそれ!!お前さんざん俺が何か黙ってることにウゼぇくらい喚いてたくせに…俺だってッッ…」
「これ以上、亜門を知るのは怖いし…疲れた。」
小夜は淡々と言葉を紡ぐ。
亜門は「はあ?」と苛立ちも隠せなくなっていく。
「…なんか、私バカみたい。私、亜門にとって何なの?って感じだし…」
「…友達だろ?」
「そうなんだけどさ!!!…なんか、自分でもよくわからないけど…亜門を知ってくほど亜門が遠くに感じる。」
「俺が?」
「…普通、その人を知って近付くのにね?」
何を意味わかんねぇこと…
と言いかけたのを飲み込んだ。
"俺、小夜の記憶が戻らないことにホッとしてる…なんで?"
ついさっき過った自分の思いを思い出した。
亜門も小夜と同じ不安と疲れを感じていたのだ。
(右京に元カレ…それに斗真。自分が知らない間に、小夜が俺じゃない誰かと過ごした時間なんて、たくさんある。)
それを知っていくと自分は小夜の中でちっぽけになっていくのを感じた。
(もし小夜が記憶を取り戻してきたら、俺と過ごした時間なんて…ホント他愛もないものになる…。)
沸々と芽生えていく。
ザワザワと広がっていく。
苛立ち。
小夜は額に手の甲を当てて、溜め息をついた。
「ごめん。私達が過ごした短い時間が…まるで無駄みたいで、嫌なの…今は私のわからない亜門は…嫌だ。」
「…俺もだ。」
小夜が顔を上げる前に亜門は自分の元へと引き寄せた。
生まれ続けた苛立ちは色味を変えた。
愛しさに。
亜門も小夜にとって自分と過ごした時間が"前の小夜"に戻るためのリハビリだなんて思いたくなかった。
亜門にとっての小夜と過ごした時間だって不良や親友を忘れるための偽りになんてしたくなかった。
亜門は力の限り小夜を抱き締めた。
(記憶を取り戻して、俺の知らない小夜になっていくのは…怖い。…小夜のこと言えないくらい…俺、独占欲強ぇ…)
苛立ちと愛しさが紙一重の感情が渦巻いて、亜門は小夜を包む力が増していった。
「あも…く……苦し…」
その声に我に返って亜門は力を緩めた。
その隙に小夜は亜門を力強く突き飛ばした。
亜門は一歩後ろによろめき、呆然とした。
「…小夜?」
「バカにしないで!!!!」
赤い顔で小夜は亜門から距離を置いて、そう怒鳴った。
「亜門は私を子供だとか自分を保護者だとかって思ってんのかもしんないけど、だからってなんでもかんでもそうやって慰めて誤魔化さないでよ!!」
小夜は両手を握りしめて叫び続けた。
「私だって子供みたいにすぐわけわかんないこととか、我が儘とか言うけど…だからってバカにしないで!!」
「バカになんか…」
「そうやって宥めたら、すぐに機嫌良くなるとか…大間違いだから!!!!」
(父親とか兄貴のように?宥めて?誤魔化して?…違う。
そんな気持ちで小夜に手を伸ばしたんじゃ…ない。)
「小夜。あのな…」
「…来ないで!!!」
「…」
「…ごめん。今は混乱して…これ以上は多分、どんな話も受け入れられない…」
ジリジリと少しずつ小夜は亜門から距離を離す。
「ごめん。今日はもうここでいいから。」
「…」
「また明日。」
小夜は鞄を抱きしめながら、走っていった。
一人に残された今は、愛しさがまた苛立ちへとまた変わる。
その苛立ちのナイフは亜門の己自身を傷付けて、残ったのは虚しさだけだった。
亜門が基にそうお願いしたのだ。
でも一つ言えば、芋づる式で全てを話さなくてはいけなくなる。
だから一言目がなかなか言えない。
世華學園の最寄り駅で降りても、気まずい沈黙が続いた。
「小夜。」
「…」
「小夜?」
「…」
今度は何故か小夜の反応が薄くなった。
呼んでも返事がないので、頭を軽く叩いた。
叩かれた小夜は思い切り亜門を睨んだ。
「ーったぁ!!やめてよ!!!何!!??」
「何って…無視すっからだろ?」
軽い力のつもりだったが、少し強かったらしい。
空気が更に悪くなった。
「私が悪いの?」
「悪くないってのか?」
「そもそも亜門が嘘付くからでしょ?」
「…嘘?」
「怒ってないとか、変装も知らないとか…『俺は邪魔か?』なんてズルい聞き方もして私のこと責めるし…今日の亜門、なんか嫌。」
小夜が嫌がるのはわかる。
でも小夜だって自分のことばかりじゃないかと亜門は苛立ちが増した。
なんで世華學園に着いていくと言ってしまったんだろうと亜門も嫌になってきた。
でも明神と小夜が親密になるにつれ、自分がいないところで小夜の記憶が回復していくのは今までの自分の数ヶ月が無駄みたいで面白くないし、小夜も亜門に帰れとも言わなかった。
だから結局、世華學園まで着いてしまった。
いつまでも校門の前で沈黙でいるわけにもいかないので、亜門は気持ちを割り切って小夜に聞いた。
「明神はなんて?返事は?」
「返事はないです。」
「…」
「…」
「どうすんの?」
「さぁ…」
「…」
「…」
チラホラと下校する世華學園の生徒の視線が刺さりながら、二人は校門側に立っていた。
「…慶介くん、部活中なのかも。」
今朝の小夜の話の中で剣道部であるということを思い出して「…あぁ、」と相槌を打った。
万が一、慶介が無理でも世華の生徒の顔を見ると言っていたが、下校のピークはもう過ぎたようでごく少数がたまに校門を抜ける程度である。
それはほぼ二人で立っているだけになる。
「…部活終わるまで待つか?」
「でもあんまり遅いと基が心配するから…無理かも。」
「…帰るか?」
「…うん。」
渋々と歩き出す小夜に亜門も着いていき、後ろから声をかけた。
「だから言ったろ?無駄足になるって…」
亜門の言葉に小夜は振り向いた。
笑顔もなく怒りもなく伏し目がちに呟いた。
「亜門みたいに要領良くなんか…できないよ。」
その表情にさすがに亜門も言葉が悪かったと少し反省をした。
しかし再び歩き出す小夜の後ろ姿を見て、亜門は胸の内でホッとした。
安心を感じてすぐ、亜門は自分自身に驚いた。
(なんで俺、ホッとしてるわけ?)
ほんの1mぐらいの距離を保ったまま、亜門は小夜の後ろを歩く。
(俺、小夜の記憶が戻らないことにホッとしてる…なんで?)
小夜のその後ろ姿に気持ちがざわつく。
ところが亜門の思考は小夜が歩みを止めたことによって、ストップした。
何があったのかと思い、前方を見たら世華の制服を着た男が小夜の前に立ち止まっていた。
「ビックリした!!また会うとは思わなかった。ゴールデンウィークぶり?地元ここらへんなんですか?」
「え…いえ。私もビックリしました。…学校…世華…だったんですね。」
それはGWに小夜を人違いした男だった。
小夜もまた会うと思わなかったし、男が世華であったことに驚きと焦りを感じたが、なんとか返事をした。
そのことを知らない亜門はまたしても小夜の知り合いか何かかと思い、男の顔を見た。
しかし見たとたんに亜門は固まった。
「はは!世華っぽくないとよく言われます。アンタの顔はわかりやすいからすぐ覚えたよ。」
「は…はあ。」
「名前は?なんての?」
小夜は迷った。
以前の"小夜"は世華では少しばかり名が通っていたようだから、顔は知らなくても"小夜"を知っているかもしれない。
もしそうなったら適当に辻褄を合わせる自信が小夜にはない。
正直に小夜の現状を言うにも、慶介のように上手くいくとも限らない。
「あ…あの…サヨです。」
迷った末、幸人も小夜の名字しか覚えてなかったのを思い出して、色々戸惑いながらフルネームは避けた。
「サヨさんね。」
可笑しくないだろうかと不安になったが、男は普通にニッコリ返した。
「あ…じゃあ俺、学校に戻る途中だから!!」
「あ!!すみません!!」
「こちらこそ。デートの途中に…」
そう言って、亜門の方をチラリと見た。
どうやら亜門を彼氏と勘違いしたみたいだ。
「あの…別にそういうわけじゃ…」
見ず知らずの彼に言い訳するのも変に感じたが、小夜は咄嗟にそう口にした。
戸惑う様子の小夜を見て男は少し笑い、そして思い出したかのように「あっ。」と声を出した。
「ちなみに俺は波古山右京って言います。よろしく。」
小夜は息を吸ったまま吐き出すことを忘れて、息が止まった。
亜門は帽子を深く被り直す。
「…………ハコヤマ?」
「はい!!"波"に"古い""山"って書きます!!珍しいでしょ?」
「…」
「じゃあ、これで!!また会えるかわかんないけど、そん時はまたよろしく!!」
波古山右京と名乗った彼は軽く手を上げて、笑顔で歩き出す。
亜門の横を過ぎ去る一瞬、右京は会釈をして言った。
「彼氏さんも、邪魔してすんませんした!!ではまた。」
右京はそこから世華學園に続く道を歩いていった。
振り返って右京の背中を見たのは小夜だけで、亜門は眼鏡を押し上げながら俯き、右京を見ようとしなかった。
「…亜門?」
「…」
「亜門。」
亜門は帽子を脱いだ。
「…俺、小夜に言ってないことがある。」
「…」
「…わりとたくさん。」
亜門は小夜の手首を持って、歩き出した。
ゆっくりと。
小夜は亜門から半歩遅れる形で引っ張られる。
お互いの顔はよく見えない。
「…世華に行くなら、俺は顔を隠したかった。」
「…」
「初めて世華の中学に行った時、エスカレーター式って聞いて…世華學園にいるかもしれないって予想できたから。俺の弟が。」
「……おと…う…」
「波古山右京。一つ年下の俺の弟の名前。」
知らない内に小夜の手首を握る力が強まっていった。
「あれは俺が家出してる波古山家の…俺の弟だ。」
亜門は後ろにいる小夜の反応を感じられず、言い表せない不安が過った。
あまりに無言なので亜門は堪りかねて立ち止まり、後ろを見た。
小夜は目を伏せて、無表情だった。
「……小…夜?」
「…何?」
亜門は戸惑いを隠せず、目が泳いだ。
意外だったのだ。
小夜はこうして亜門の知らないことを知ると、不安になるのか自分を除け者に感じるのか、いつも怒ったり拗ねたりする。
いつも亜門はそれを理不尽な独占欲だと呆れていた。
しかし小夜は怒りも拗ねもしない。
「…なんか、黙ってて悪かった。」
いつもと違う小夜に亜門は何故か謝った。
小夜は伏し目のまま、口を開けた。
「…なんで謝るの?私が知らないことがあるなんて…当たり前でしょ?」
小夜はソッと亜門の手から自分の手を外した。
「亜門は私と違って17年間を"ちゃんと"覚えてるわけだし色々あるのも当たり前だし…私達の出会いは4月からだから知らないことがあるのも当たり前でしょ。」
至って正論だ。
でも亜門は落ち着かない。
いつもみたいにわかりやすくストレートに喚いてほしい。
いつもみたいに子供みたいに理不尽なことを言ってほしい。
小夜は亜門を一瞥して、亜門を置いて歩き出した。
亜門は妙な苛立ちがブワッと沸き起こった。
「小夜?」
亜門は小夜の肩を掴んだ。
「そうなんだけどよ…言い訳じゃねぇけど。聞いてくれねぇか…ちょっと話長くて何から言えばいいかわかんねぇんだけど、俺は…」
「ーいや。」
小夜は亜門の手を払い退けた。
亜門は怪訝そうに小夜を見た。
「いやって、何が!!??」
「わかんないッッ!!!!」
小夜は叫んだ。
響いた声はすぐに静まり、小夜はもう一度小さな声で「…わかんないよ。」と呟いた。
「知らないことは嫌で、友達なら教えてほしいって思うけど…今は聞きたくない…」
「…」
「…ごめん。今は自分で精一杯。」
「…なんだそれ!!お前さんざん俺が何か黙ってることにウゼぇくらい喚いてたくせに…俺だってッッ…」
「これ以上、亜門を知るのは怖いし…疲れた。」
小夜は淡々と言葉を紡ぐ。
亜門は「はあ?」と苛立ちも隠せなくなっていく。
「…なんか、私バカみたい。私、亜門にとって何なの?って感じだし…」
「…友達だろ?」
「そうなんだけどさ!!!…なんか、自分でもよくわからないけど…亜門を知ってくほど亜門が遠くに感じる。」
「俺が?」
「…普通、その人を知って近付くのにね?」
何を意味わかんねぇこと…
と言いかけたのを飲み込んだ。
"俺、小夜の記憶が戻らないことにホッとしてる…なんで?"
ついさっき過った自分の思いを思い出した。
亜門も小夜と同じ不安と疲れを感じていたのだ。
(右京に元カレ…それに斗真。自分が知らない間に、小夜が俺じゃない誰かと過ごした時間なんて、たくさんある。)
それを知っていくと自分は小夜の中でちっぽけになっていくのを感じた。
(もし小夜が記憶を取り戻してきたら、俺と過ごした時間なんて…ホント他愛もないものになる…。)
沸々と芽生えていく。
ザワザワと広がっていく。
苛立ち。
小夜は額に手の甲を当てて、溜め息をついた。
「ごめん。私達が過ごした短い時間が…まるで無駄みたいで、嫌なの…今は私のわからない亜門は…嫌だ。」
「…俺もだ。」
小夜が顔を上げる前に亜門は自分の元へと引き寄せた。
生まれ続けた苛立ちは色味を変えた。
愛しさに。
亜門も小夜にとって自分と過ごした時間が"前の小夜"に戻るためのリハビリだなんて思いたくなかった。
亜門にとっての小夜と過ごした時間だって不良や親友を忘れるための偽りになんてしたくなかった。
亜門は力の限り小夜を抱き締めた。
(記憶を取り戻して、俺の知らない小夜になっていくのは…怖い。…小夜のこと言えないくらい…俺、独占欲強ぇ…)
苛立ちと愛しさが紙一重の感情が渦巻いて、亜門は小夜を包む力が増していった。
「あも…く……苦し…」
その声に我に返って亜門は力を緩めた。
その隙に小夜は亜門を力強く突き飛ばした。
亜門は一歩後ろによろめき、呆然とした。
「…小夜?」
「バカにしないで!!!!」
赤い顔で小夜は亜門から距離を置いて、そう怒鳴った。
「亜門は私を子供だとか自分を保護者だとかって思ってんのかもしんないけど、だからってなんでもかんでもそうやって慰めて誤魔化さないでよ!!」
小夜は両手を握りしめて叫び続けた。
「私だって子供みたいにすぐわけわかんないこととか、我が儘とか言うけど…だからってバカにしないで!!」
「バカになんか…」
「そうやって宥めたら、すぐに機嫌良くなるとか…大間違いだから!!!!」
(父親とか兄貴のように?宥めて?誤魔化して?…違う。
そんな気持ちで小夜に手を伸ばしたんじゃ…ない。)
「小夜。あのな…」
「…来ないで!!!」
「…」
「…ごめん。今は混乱して…これ以上は多分、どんな話も受け入れられない…」
ジリジリと少しずつ小夜は亜門から距離を離す。
「ごめん。今日はもうここでいいから。」
「…」
「また明日。」
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