わんもあ!

駿心

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第2部

TAKE32 選択

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殴り合いかよくわからないもみくちゃ。

幸人の素早いパンチ、そして晋も栄吉も応戦していく。

亜門は向かう敵を容赦なく、次々に投げ飛ばしていく。

必要に応じて目や喉も平気で突く。

その一瞬、亜門と目が合った気がした。

どちらかと言えばぶつかり合いに見えるそれは徐々に舞い上がる砂ぼこりによって霞んでいった。


「あもッッー」


咄嗟にその中に駆け寄ろうと階段を下りようとした時、後ろに縛られているロープを引っ張られた。

慶介が軽く笑う。


「ダメだ…"待て"だ。ハウス。」

「何すんの!?」

「囚われの姫君は助けられるまで高いところで待つのが決まりだろ?」


慶介の笑顔に小夜はずっと溜まっていたものが爆発するみたいに腹をたてた。


「ーッッざけんじゃないわよ!!!!こんなとこで突っ立ってるわけにはいかないじゃない!!早くこの乱闘を…」

「…何度も言わせんなよ。」


慶介に見下される。


「俺の女になれば話は全て終わる。このロープも…この乱闘も…」


小夜は眉間に皺を寄せ、怪訝そうに慶介を見た。


「……頭悪いのは、あなたの方でしょ?」

「は?何が…」

「あなたは別に私のことを好きでも何でもないんでしょ!?」

「……はは…そんなこと、」

「見てたらわかる!!一体何が目的?」

「疑り深いな…それにそんなこと言ってる余裕あるの?」


慶介が指差す先には殴り合う叫びとうめき声と鈍い音。

どっちが優勢とかどれが亜門達かわからない状態が眼下に広がる。


「早く決めないと…怪我人続出だよ?」


ドクン…

ドクン…


目の前で行われている喧嘩。


(これは…私のせい…?)


嫌な汗が流れる。


「ぎゃああぁー!!!!」


誰かの叫びが木霊する。


(私の判断で…終わるんだ…)


いつの間にか立っている人数も減ってきていた。

そこに亜門はまだ立っていた。

小夜はホッとする。


(そうだ…亜門は勝つ。そう信じれば…)


すると亜門の後ろから男が忍び寄る。

その手には角材を持っていた。


「ッッ!?亜門!!後ろ!!」


小夜の呼び掛けと同じタイミングで亜門も振り返る。


だが遅かった。


「うらあぁー!!!!」


男は大声と共に角材を振り下ろした。

それはそのまま亜門の頭をブチぬいた。


「波古山!!」

「ハコ!!」


幸人達の呼び声が響く。

亜門の頭を殴った男は角材を持ったまま、その余韻に息切れしていた。

男は脂汗をかきながら、震えるように笑った。


「は…はは…は。やったぞ…つ…ついに、ハコヤマ…デーモンをッッ!!」


円を描く。

まさにそんな動きで亜門は角材を自分の腕に回して、男から奪いとった。


「は…は、はぁ?」


男の驚愕の間に亜門は自分の手中に収めた角材で男の頭をお返しに思い切りブチ抜いた。

亜門の血飛沫が舞った。

一瞬、時間が止まる。


「う…うわああぁ!!」


その空間に耐えかねたかの様にまた別の一人が亜門に襲いかかった。

亜門の目が光る。

亜門は振り返り、脇腹を角材で打ち抜いた。

また一人倒れる音がする。

震える男達が声を張った。


「ひ…卑怯だぞ!!」

「そ、そうだそうだ!!武器なんか…も…持ちやがって…」


自分達を棚上げにして、野次を飛ばす。

亜門はそんな野次の方へ顔を向けた。


「…だからなんだよ。」

「「…え?」」


亜門は野次を飛ばした男達に向かって角材を高く投げた。

カン…カン…カランコロン

角材は男達の手前で落ちた。

男達は咄嗟に「ひっ」と目を瞑ってしまったのが運の尽き。

次の瞬間には亜門によってみぞおちを蹴飛ばされた。


「これは喧嘩だ。勝負でもゲームでもねぇんだぞ?なになまっちょろい甘えたこと言ってんだ…あん?」


亜門は高らかに笑った。


ドクン…

ドクン…


倒れている人垣の中で笑っている悪魔。

赤くて…黒い悪魔。


(違う…亜門が勝てば済む話じゃない…。どちらにしたって喧嘩を…暴力を起こしてしまうんだ…)


小夜はガクガクと震えた。

初めて出会った時の様に震えが止まらない。

ほぼ戦意喪失の中、それでも自分を奮い起こしては亜門に挑もうとしていく黒高の生徒達。

その様子に悪魔が笑っている。


淡い空の4月。

春風に煽られながら屋上で亜門は言ったのだ。



―――『でも喧嘩って多少はスカッとしますけど…やっぱつまんないんですよ。他の奴は知らないですけど、少なくとも俺はそうでした。怪我するし、キリないし…。…そんで思ったんですけど

青春がしたいって!!!』




笑っている亜門は向かってくる相手に体を曲げて体のバネを利用して、下から拳を振り上げ、顔面を殴った。

小夜はハラハラと涙がこぼれた。


(亜門に喧嘩を…暴力そのものを使わせちゃ…ダメだ。亜門の青春を今、壊してるのは…私だ。)




―――『私をややこしいことに巻き込まないでよ!!』

―――『…万が一そうなっても、絶対一緒に守ってやるし。』



こんな時なのに千草公園でそう言った亜門の穏やかな顔が蘇る。

いつの間にか唇を噛んでいた小夜は慶介の方へ顔を向けて、その口を緩めた。


「慶介…くん。」


慶介は何も言わずにそんな小夜に計画通りと言わんばかりに微笑んだ。


(私だって…亜門を守らないと…)


「これに勝っても、慶介くんはまた喧嘩を吹っ掛けるかもしれないんだよね?」

「それはどうかな…」

「でも…さっきの条件でそれもなくなるんだよね?」

「うん、そうだよ。」

「本当に亜門を狙わない?」

「約束するよ。」


小夜は慶介の言葉に頷いた。


「私、慶介くんと」




「ー 小 夜 ッッ !! !!」


大声がグラウンドに響いた。

黒岩高校の生徒はもう誰も立っていない。

息切れをしていた亜門がこちらに向かって走り出した。

慶介は小夜の肩を引き寄せた。


「今日のところは時間切れだね。その続きは…また連絡待ってる」


それだけ言って慶介は亜門とは反対方向へと駆け出していった。


「明神!!!!待てや!!ッッんヤローが!!」


亜門の怒鳴り声も虚しく、慶介は消えていった。

階段を上りきった亜門は息切れと共に「くそっ!!」と言葉を吐いた。

小夜はその場でしゃがみこんだ。


「小夜!?」


亜門はふらつく体で小夜の後ろを回り、ロープをほどいた。

解放された小夜の手首は血の廻りが良くなったみたいにドクドクと波打った。


「大丈夫か?何もされなかったか?」

「…いや…その…だい、」

「……悪かった。」

「え?」


亜門は小夜の前に座った。


「俺のせいで小夜を巻き込んで…悪かった。」

「な…に、言って…違うよ。これは私のせい…」


小夜の目からまた涙がこぼれた。


「小夜…」

「私のせいだよ…せっかく喧嘩から離れたのに、あ…私のせいで…あも…は…」

「小夜、違うって…」


小夜は亜門の頬にソッと手をおいた。

額からの血は乾いて亜門の顔にこびり付いている。

亜門の黒い瞳も小夜には涙で見えなかった。


「私達…一緒に、いない方が…いいのかな……。」


堪えようと思ったのに小夜は泣き続けた。


(泣くな…泣くな私!!)


亜門の顔に触れている手に亜門も手を重ねてきた。


「小夜…」

「ーッッ。う…」

「俺はやり直したつもりでも…周りは関係なく、流れてく。」

「…ッッ。」

「俺がどんなに望んだって…過去はなかったことになんねぇんだよな。小夜や幸人達と一緒に過ごしてきて…なんつーか平和ボケしてたのかもしんねぇ…すっかり忘れてたよ。」

「…亜門。」

「俺はデーモンなんだって…」

「…」

「俺はデーモンだ。外道だ。だから今日みたいな事も平気で起こる。これからもあると思う。」

「…」

「何がきたって絶対小夜のこと...守る。その気持ちに嘘はねぇ。でも…」

「…」

「結局、俺は……その外道な力でしか…小夜を守れねぇ。」


血で滲んで腫れている拳を亜門は強く握りしめた。

その痛々しさに小夜はまた嗚咽を洩らした。


「でも…結局、それも俺なんだ。」

「…うん。」

「だから選ぶのはお前だ。」

「え?」


亜門は小夜から手を放した。


「俺と一緒にいられねぇって思うなら…そうしたらいい。お前が選べ。」

「…ッッ。」


小夜は言葉に詰まらせた。

言わないといけないのはどっちかなんてわかっている。

でも悲しくて言えない。

亜門の優しさと強さに甘えて、このまま気付かないフリをして一緒にいたい。

でも…


「私っていう重荷の、せいで…亜門のこと、これからも…こ、こんなに傷付けるわけには…いかない…。」

「…」

「もう亜門にムチャも…、してほしく…ない、だからッッ」


さようなら。

そう続く息継ぎに亜門はフッと息を吐いた。


「お前バカか?」

「へ?」


亜門はいつものように目を細めた。

そして小さく笑った。


「俺…お前じゃなきゃこんなムチャできねぇよ。」


ほくそ笑んでいた"悪魔"の顔じゃない。

"亜門"の笑顔だ。

胸が苦しくなった。

大粒の涙。


「さ…小夜!?」


悲しくなる。

嬉しくなる。

ドキドキして涙が止まらない。


「ず…ズルいよ!!亜門!!」

「ズルい!?」

「そんなん言うのッッ…は、反則だよ!!」

「何が?」

「離れなきゃって思うのに!!ズルいよ!!」

「…」

「ってか私に決めさすとかのもズルい!!」

「……うん。」

「だって…亜門が、好き!!」

「うん。」

「亜門が好きなの!!」

「……知ってる。」


小夜は声を上げて泣いた。

子供みたいに「わあぁーっ」と声を出して泣いた。


「小夜…泣くなよ…」


小夜の目の前で亜門の手が近付いてきたが、すぐにそれは引っ込んだ。


「…っ、うっ…亜門?」

「悪い。涙拭いてやりてぇけど…俺の手、今誰だかわかんねぇ血がついてっから…だから、」


小夜は両手で亜門の手を握った。


「ちょっ、…おい?」


その手に顔を埋めて小夜は泣き続けた。


「やめろ…汚ねぇから、」

「いいの!!」

「…」

「このまま…」


赤く腫れている手に涙が落ちていく。


「う~ッッ。うぅー…」

「…泣き止めよ。」

「亜門だって…泣いてるッッーくせに…」

「泣いてねぇよ。」

「泣いてるよ…」

「…」

「亜門は…人に手を上げた後は…いつも、泣いてる。涙流さないで、泣いてる。」

「…そうか。」




『中にはな、下手くそっつーか…不器用なヤツもいるんだよ。嬉しいくせに照れて怒ったり、めちゃくちゃ腹立ってるくせに誤魔化して笑ったり、悲しいくせに我慢して泣かなかったり…そんな風に自分を隠すヤツもこの世にはいんだよ。』


遠い記憶。

斗真とそんな話をしたのはいつのことだろうか。


今なら斗真の言葉がわかる。

亜門の手を強く握りしめた。


「亜門ッッ…うっ…あ、亜門。」

「わかったよ。大丈夫だから…もう泣き止んでも、大丈夫だから。」


亜門は小夜の顔を手で覆った。

掌で不器用に小夜の涙を拭っていく。


「…俺もお前と離れたくねぇから。」


小夜の顔を両手で包んだまま、亜門はゆっくりと顔を近付けた。


(亜門の…匂いがする。)


心臓が跳ねる。

そして睫毛の影を落とした。


「お取り込み中、悪いんだが…」


小夜と亜門は硬直した。


「先公はいないみてぇだけど、サツとかも来られたら面倒だから…とりあえずこの場を離れねぇか?」


顔や腕に所々、傷をつけている幸人は腕を組んで座っている二人を見下ろして、そう言った。

少し後ろに同じく痛そうな傷を作っている晋と栄吉はそんな怪我なんてないかのように微笑んでいた。


「え!?え!?えっと!!??」


小夜は咄嗟に亜門から体を離した。

そして亜門は倒れた。


「わー!!あっ…亜門!?」


小夜は焦って亜門を揺すった。

幸人は涼しい顔をしてケラケラ笑った。


「大丈夫だよ!!多分ただの軽い貧血だから。」


亜門は残り少ない体力で倒れながらも幸人達を睨んだ。


「お前ら...わざと。絶っ対わざとのタイミング!!」

「ちげーよ。たまたまだ!!」


ニヤニヤ笑っている幸人達の後ろから足を引きずった尚太もやってきた。


「波古山さん大丈夫ですか!?って…わあ!!どうしたんすか!?」

「は…硲くん!!亜門、貧血って!!」

「わ!?マジすか!?歩けますか?」

「すげぇ怪我してるくせに盛るからだろ?」


幸人は未だ笑っている。

晋も栄吉も頷きながら笑った。


「マジで惜しかったもんな。」

「まさにすんどめ。」

「なぁ。」

「今後、ことあるごとにこの伝説は蒸し返そうぜ。」

「おぉ!!蒸し返そう!!」

「絶対殺す!!お前らマジ殺す!!」


亜門の殺意に晋と栄吉はケラケラ笑い、尚太は瞬きをして首を傾げた。


「なんかあったんすか?」

「何も聞かんでいい!!尚太!!そしてシン達は言うなよ!!」


ギャーギャー喚く亜門に幸人は「はいはい。」と宥めながら亜門の腕を取り、自分の肩を貸してやった。

小夜はその中で遠慮がちに笑った。


(てか、だいぶ恥ずかしいのは私も一緒なんですけど!!)


日が落ちるのが遅くなってきた夕暮れ。

真っ赤な顔で小夜は自分の頬に手をやった。


(ちょっと目閉じかけだったし…完全にキス……受け入れようとしてた……恥ずかしい…)


腰を上げた亜門達は階段を下りていく。

幸人の肩に捕まっている亜門が振り返った。


「小夜。」

「え!?あ…は、はい!!」

「帰るぞ。」


亜門も幸人も晋も栄吉も尚太も小夜を見て、待っている。


(亜門と一緒にいる。…後悔しない。)


小夜は渇いた目をもう一度こすった。


(きっと一緒にいても亜門を守れる方法も…あるはずだ!!)


『…俺もお前と離れたくねぇから。』


トクン…

トクン…


亜門もそう願うなら…


「うん。帰ろう!!」


長い長い土曜日の日が暮れる。
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