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第一章 学園
1-14. カウンシルの王子達 ユージン=バストホルム
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「……以上だ。何か質問のあるものは居るか」
上級クラスにおける魔法工学の講義を終えて、ユージンはぐるりと教室全体を見回す。本来なら助手として参加すべき講義を、彼が主導しているのには訳があった。
魔法工学の最先端を行く四大王国の一つ、ガイア王国は、この世界で最も近代的だと言われている。
現国王陛下は、機械オタク、と揶揄されるほど研究所に入り浸っており、ユージンも幼い時分よりその基礎から応用まで、ありとあらゆる魔法工学の知識を詰め込まれてきたのだった。
現在、その持って生まれた卓越した才能で、自身の父よりも魔法工学にあかるいと言われるまでになる。
故に、学園の現役教師達よりもよっぽど優れた授業が出来るとあって、学園長の命により上級クラスや熟練クラスの講義、また教師陣の勉強会等にて、度々講師をさせられるのだった。
「この歯車にかける魔法は、なぜ常に中級以下でないと駄目なのですか」
「それについては、教科書の末尾に記載された五十二番目の参考論文をよく読んでみるといい」
「あ、ありがとうございます」
数百ある参考論文の中から、答えとなるものを即座にピンポイントで挙げるユージンに、質問した生徒は度肝を抜かれてしまう。
「他にないか。では、俺の講義はこれで終わりだ。次回はまた、半月後」
次第にざわざわと騒がしくなる教室に、顔色一つ変えずに淡々と終了の文句を述べ、ユージンは廊下へ出た。その足が向かうのは、カウンシル執務室だ。
「ヨルン」
「ああ、ユージン、おかえり」
長椅子から立ち上がりもせず答える銀髪に、チッと舌打ちする。
「おい、頼んでおいた書類に目を通したんだろうな」
「えーっと、どれだっけ」
「殴られたいのか」
「もう、本当にユージンは冗談が通じない」
頬を膨らませてヨルンが呪文を唱えると、ユージンの手にばさりと書類の束が落ちた。それを確認しながら、長椅子に戻るヨルンを横目で睨む。
最強の魔力と最高の頭脳——それは自分こそが手にするものだと思っていた。
けれど、このやる気のない男のお陰で、それまでただ一点も間違いの無かったユージンの人生計画が狂ったのだ。
学園入学当初の魔力測定で、ユージンと、同い年のもう一人が、上級Aクラスへと振り分けられた。大抵の新入生が初級クラスからはじめることを考えると、異例のことである。
『はじめまして。ヨルン = ブルムクヴィスト、フィニーランド王国第一王子です』
初めての授業の時差し出された手を、ユージンは握り返せなかった。
一目で、分かってしまったのだ。
——俺は、こいつに負ける
その予想通り、ヨルンは、座学でも魔法実技でも、元々いたクラスメイト達を抑えて、常に首席の成績を修めていた。
前期期末考査が終わると、全教師による推薦で、彼のためだけに季節外れの昇級試験が設けられ、後期からは熟練クラスへ移ってしまった。
それを追従するように、その半年後ユージンが熟練クラスへと移ると、ヨルンはその時点で論文を修め終え、既に卒業資格を得ていた。
——ヨルンにとって、学園は、暇つぶしにもならない
そのやる気のなさに苛立っていたユージンは、そこへ来てようやく、彼を受け入れることが出来たのだ。上には上がいるものだ、と。
ヨルンの前では、優秀だと言われ続け期待されてきた自分自身が、酷く余裕の無い子供のように思えてきた。
勝ち負けの次元ではない、決定的な隔たりがそこにはある。
ユージンは、その差の正体が何なのか、ずっと考えあぐねていた。
「レヴィ、茶をお願いしていいか」
「はい、ユージンさん」
「あ、俺にもちょうだい」
レヴィからカップを受け取って、それに口を付けながら思い出す。
あの時。
《始まりの魔女》が魔力を爆発させる瞬間、逸早くそれに気付いたヨルンが防御障壁を張らなければ、その被害は甚大だったろうと思う。
ユージンでは、詠唱が間に合ってなかったはずだ。
それを難なくやってのけ、緊迫する空気の中、誰を責めることもせず、ただ一人《魔女》を気遣った。
どんな状況でも、他者を思い、心に留めることのできる優しさ。
力があるが故の余裕なのか、持って生まれたものなのか。
——多分それは、自分にはないものだ
自分一人で何でも出来てしまえば他は要らないと、他人に心砕くことは弱者の考えだと、切り捨てていた。
それが、自分とヨルンとの間に横たわる、大きな溝の正体だと気付く。
今まで、優秀でさえあれば良いと思って生きてきたユージンにとって、それは新鮮な発見だった。
「ヨルンさん、先程おっしゃっていた鍛錬場規約の改正案、ご覧になります?」
「うん……って、ええー! 三十頁! レヴィ、これ本当に必要?」
「ええと、残念ながら、はい」
「俺がやる、かしてみろ」
書類を受け取って机に向かうユージンに、ヨルンがふにゃりと微笑む。
「今日は優しいユージンだ。頼りにしてるよ、副会長様」
「ほざけ」
唯一自分を追い越していった、自分にないものを持つ男。
初めての挫折が、彼によってもたらされたことは、自分にとって案外好都合だったのかもしれない。
ユージンはそう結論づけながら、長椅子に横たわるヨルンを眺めて、口元に笑みを湛えた。
上級クラスにおける魔法工学の講義を終えて、ユージンはぐるりと教室全体を見回す。本来なら助手として参加すべき講義を、彼が主導しているのには訳があった。
魔法工学の最先端を行く四大王国の一つ、ガイア王国は、この世界で最も近代的だと言われている。
現国王陛下は、機械オタク、と揶揄されるほど研究所に入り浸っており、ユージンも幼い時分よりその基礎から応用まで、ありとあらゆる魔法工学の知識を詰め込まれてきたのだった。
現在、その持って生まれた卓越した才能で、自身の父よりも魔法工学にあかるいと言われるまでになる。
故に、学園の現役教師達よりもよっぽど優れた授業が出来るとあって、学園長の命により上級クラスや熟練クラスの講義、また教師陣の勉強会等にて、度々講師をさせられるのだった。
「この歯車にかける魔法は、なぜ常に中級以下でないと駄目なのですか」
「それについては、教科書の末尾に記載された五十二番目の参考論文をよく読んでみるといい」
「あ、ありがとうございます」
数百ある参考論文の中から、答えとなるものを即座にピンポイントで挙げるユージンに、質問した生徒は度肝を抜かれてしまう。
「他にないか。では、俺の講義はこれで終わりだ。次回はまた、半月後」
次第にざわざわと騒がしくなる教室に、顔色一つ変えずに淡々と終了の文句を述べ、ユージンは廊下へ出た。その足が向かうのは、カウンシル執務室だ。
「ヨルン」
「ああ、ユージン、おかえり」
長椅子から立ち上がりもせず答える銀髪に、チッと舌打ちする。
「おい、頼んでおいた書類に目を通したんだろうな」
「えーっと、どれだっけ」
「殴られたいのか」
「もう、本当にユージンは冗談が通じない」
頬を膨らませてヨルンが呪文を唱えると、ユージンの手にばさりと書類の束が落ちた。それを確認しながら、長椅子に戻るヨルンを横目で睨む。
最強の魔力と最高の頭脳——それは自分こそが手にするものだと思っていた。
けれど、このやる気のない男のお陰で、それまでただ一点も間違いの無かったユージンの人生計画が狂ったのだ。
学園入学当初の魔力測定で、ユージンと、同い年のもう一人が、上級Aクラスへと振り分けられた。大抵の新入生が初級クラスからはじめることを考えると、異例のことである。
『はじめまして。ヨルン = ブルムクヴィスト、フィニーランド王国第一王子です』
初めての授業の時差し出された手を、ユージンは握り返せなかった。
一目で、分かってしまったのだ。
——俺は、こいつに負ける
その予想通り、ヨルンは、座学でも魔法実技でも、元々いたクラスメイト達を抑えて、常に首席の成績を修めていた。
前期期末考査が終わると、全教師による推薦で、彼のためだけに季節外れの昇級試験が設けられ、後期からは熟練クラスへ移ってしまった。
それを追従するように、その半年後ユージンが熟練クラスへと移ると、ヨルンはその時点で論文を修め終え、既に卒業資格を得ていた。
——ヨルンにとって、学園は、暇つぶしにもならない
そのやる気のなさに苛立っていたユージンは、そこへ来てようやく、彼を受け入れることが出来たのだ。上には上がいるものだ、と。
ヨルンの前では、優秀だと言われ続け期待されてきた自分自身が、酷く余裕の無い子供のように思えてきた。
勝ち負けの次元ではない、決定的な隔たりがそこにはある。
ユージンは、その差の正体が何なのか、ずっと考えあぐねていた。
「レヴィ、茶をお願いしていいか」
「はい、ユージンさん」
「あ、俺にもちょうだい」
レヴィからカップを受け取って、それに口を付けながら思い出す。
あの時。
《始まりの魔女》が魔力を爆発させる瞬間、逸早くそれに気付いたヨルンが防御障壁を張らなければ、その被害は甚大だったろうと思う。
ユージンでは、詠唱が間に合ってなかったはずだ。
それを難なくやってのけ、緊迫する空気の中、誰を責めることもせず、ただ一人《魔女》を気遣った。
どんな状況でも、他者を思い、心に留めることのできる優しさ。
力があるが故の余裕なのか、持って生まれたものなのか。
——多分それは、自分にはないものだ
自分一人で何でも出来てしまえば他は要らないと、他人に心砕くことは弱者の考えだと、切り捨てていた。
それが、自分とヨルンとの間に横たわる、大きな溝の正体だと気付く。
今まで、優秀でさえあれば良いと思って生きてきたユージンにとって、それは新鮮な発見だった。
「ヨルンさん、先程おっしゃっていた鍛錬場規約の改正案、ご覧になります?」
「うん……って、ええー! 三十頁! レヴィ、これ本当に必要?」
「ええと、残念ながら、はい」
「俺がやる、かしてみろ」
書類を受け取って机に向かうユージンに、ヨルンがふにゃりと微笑む。
「今日は優しいユージンだ。頼りにしてるよ、副会長様」
「ほざけ」
唯一自分を追い越していった、自分にないものを持つ男。
初めての挫折が、彼によってもたらされたことは、自分にとって案外好都合だったのかもしれない。
ユージンはそう結論づけながら、長椅子に横たわるヨルンを眺めて、口元に笑みを湛えた。
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