異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜

祐*

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第二章 前途多難な学園生活

2-4. オットー先生

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 滅多に人気の無い医務塔に、訪問者の気配がする。
 珍しいな、と魔法学園医務塔勤務のオットー= ワルムズは、寝癖だらけの髪を申し訳程度に撫で付けた。

 彼が医療学校を卒業して学園勤務になったと両親に告げた時、故意にその詳細をぼかしたのは、魔法医療という行為があまり必要でなくなったこの世界で、あえてその道に進んでしまった負い目からだと思う。

 学園の中で、医務塔が幽霊塔と揶揄されることから『幽霊』と呼ばれる学園勤務医——それが彼の新しい肩書きだった。

 魔法医療の中にも高度なものもあり、それに魔法薬学や魔法科学を組み合わせた最新技術などは未だ研究が続けられ、世界でも不可欠なものとなっている。
 それらを修めた者たちは、貴族や王族の専属医師になったり、大国の研究機関への就職など引く手数多だ。
 ただ、オットーは元来の怠慢さから、医療学校でも必要最低限の単位と自分の興味ある分野の単位しかとらなかった。
 そんな彼に残された道は、数ある辺境への派遣か、或いは一から別職種への就職活動しかなかった。
 そんな時にたまたま趣味の恩師から紹介された学園の医務塔勤務は、という下心からか、余りに魅力的なものに見えたのだ。

 実際、無精者の彼にはこの上なく快適な環境だった。
 世界有数の実力者達が一同に会する学園で、治癒魔法が使えない輩はゼロに等しい。
 上級クラスや熟練クラスはもちろん、それを教える教師陣も、確実にオットーより高度な魔法医療の技術を持っている。
 余程の重病か重症、更に教師陣にも治癒不可能、学園長も不在、といった特殊事態に陥った場合に、教会や他医療機関への連絡連携を行うのが医務塔の存在意義なのだが、そんなことそうそう起こるわけがない。
 なので、彼がしている仕事といったら、校内に配布する病気怪我予防の喚起だったり、定期的な備品のチェック、週一回の全教員会議への出席などで、それ以外の時間は寝ているか、趣味分野を研究しているか、要するにサボり放題なのである。

 そんな、年数人の訪問が常な医務塔に誰かやってくる。
 毎度の事ながら、オットーは緊張する。
 最悪の事態でないことを祈るしかない。
 彼の想像する最悪の事態とは全く異なる『最悪の事態』が近づいていることを、オットーはまだ知らなかった。

「こんにちは、オットー先生!」
「ああ、ヴァネッサくん」

 いつも喚起ポスターなどの仕事を手伝ってもらう、カウンシルの見知った顔にホッとする。しかしその後ろに、小柄な少女が居るのに気づいてオットーは首を傾げた。

「あれ、今日の助手はあのゴツゴツした子じゃないのか?」
「フォン?ヤダァ、先生、今日は仕事じゃないですよー」
「え、そうなの?」

 ヴァネッサに背中を押されておどおどとオットーの目の前に歩み出た少女は、ぺこりと頭を下げ、丸められた羊皮紙を差し出した。

「初級Aクラスのユウリ= ティエンルと申します。えっと、学園長から手紙を預かっています」
「学園長!?」

 真っ先にオットーの脳裏に浮かんだのは『解雇』の二文字だったが、まさかの学園長も生徒にそんな手紙を届けさせるはずはないと気をとり直す。
 だが、手紙を開けようとする彼の手をヴァネッサが止めた。

「先生。読んでいただく前に一つだけ。この手紙の内容も、今からここで起こることも、他言無用、秘密厳守でお願いします」
「ええ!? 破ったらどうなるんだ!?」

 ヴァネッサは美しい笑顔を貼り付けて、ゆっくりと立てた親指を地面に向け、オットーの顔が引き攣る。

(怖ぇ怖ぇ怖ぇ!)

「えーっと、読まんというわけには……」

 ヴァネッサの氷の笑みにあって、オットーは慌てて手紙を開封した。
 読み進めていくうち、力の込められた彼の指先は白くなり、心なしか震えている。

「なん……の冗談だ、これは」
「先生、それはユウリに失礼です」

 ヴァネッサの柔らかな抗議の声に、オットーは自分の前にいる少女を見る。

「この娘が……《始まりの魔女》?」

 困ったように見上げたユウリを合図に、ヴァネッサは唐突に呪文の詠唱を始める。

「おい、何してる」
「先生、ヴァネッサさんから離れないでくださいね」

 そう言ったユウリが、彼女自身の首筋に手をかけた直後。

 ——ドウンッ

 大きな破裂音がして、急に息苦しくなる。
 オットーは辺りを見回して、その原因に息を飲んだ。

 揺らめく魔力が可視化している。
 その中心に立つのは、先程の少女。

「と、いうわけなんです」

 ユウリが機械時計を着け直したのを確認して、ヴァネッサが防御壁を解きながら放心しているオットーに言う。

「その手紙に書かれたように、彼女には治癒魔法が効きません。正確には、綿密に構成された上級魔法でも、やっと微弱な効果が出る程度なんです。だから、先生が必要なんです」
「いや、だからと言って、これは、あまりにも」

 自分の手に余る、と言うのを、オットーは飲み込んだ。ユウリの漆黒の瞳が、困ったように揺れているのを見てしまったからだ。

「できるだけ、なるべく、ここに来るのは最小限に留めます。だけど、どうしてもな時はお願いしてもいいですか」

 例え、他の教師たちや元同級生たちに馬鹿にされても、『幽霊』なんて呼ばれても、オットーにとってはこの上ないほど快適な職場だった。煩わしい人間関係も気にしなくていいし、なんなら趣味の時間だってたっぷり取れる。
 それなのに。

 ——こんなことになるなら、《物理医療技術》なんてマイナーな単位、取らなければよかった……!

 オットーは、心の中で激しく後悔した。
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