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第二章 前途多難な学園生活
2-8. ナディア
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医務塔での衝撃の告白から数日。
ユウリは、入学式以来ではないかというほど快適な日々を送っていた。
その原因はいわずもがな、ナディアである。
彼女は上級Aというクラスにも関わらず、かけ離れた実力のユウリを見かける度駆け寄ってきて、ぴったりと横に張り付いていた。
流石にクラスごとに分けられる座学の時間は例外だが、実技の授業はほぼ隣同士で作業することになり、また、彼女の強引さからか、教師とも掛け合って、ペアが必要な授業でも常に一緒に受けることができている。
そのお陰で、タイミングが合わないのか、隙がないのか、ユウリへの嫌がらせが激減したのだ。
ついでといってはなんだが、半ば日常化しているリュカの襲撃も、例の絶対零度の低音ボイスで撃退してくれて、ユウリにとってはナディア様様である。
数日一緒に過ごしてわかったのは、その容姿と合間って、彼女は結構な有名人であるということだった。
けれど、次期カウンシル候補ではないかとも噂される彼女の欠点は、多分ユウリのみが知っているのではないかと思う。
「まぁ、ユウリ、そんな重い物、私が持つわ」
「いや、ただの紅茶なんだけど」
「嫌だわ、熱い液体なんて、火傷でもしたらどうするの!」
ナディアはユウリの手からカップを奪い取ると、ふうふうと冷ましてから口元まで持ってくる。
自分で飲める、と奪い取ると、今度は泣き落としまで使ってくる彼女は、ちょっとどころではなくユウリへの愛が過剰で重いのだ。
「ケーキ! ケーキは重量級でしょう! 私がお口まで運ぶわ、はい、あーん」
「やーめーてー」
「本当に声をあげて泣くわよ」
(脅しじゃん!)
ケーキを食べさせられながら、嬉しいのか怖いのかユウリは複雑な心境だ。
オットーによって、ユウリが治癒魔法が効きにくいということと、魔力が不安定であるという核心を避けた説明を受けたナディアは、ただ笑って、ちょっと違ったお友達って素敵ね、と笑った。
疎まれて避けられている自分になぜ、というユウリが投げかけた疑問にも、変わらない表情で、ただ、
「ずっと見てたから、知ってるわ」
と言い、それ以上は追求してこなかった。
他の生徒達が、必ず陰口に使う言葉。
——なんであの娘が
——なんで《奨学生》が
——なんでカウンシルはあんな娘に
——なんで?
ナディアは、一切聞いてこない。
唯一彼女が使った『なぜ』は、『なぜ”さん”付けで呼ぶの』と『なぜそんなに可愛いの』だった。
さん付けは辞めて、可愛いのはナディアだ、と口にしただけで、彼女は満面の笑みでユウリに飛びついてきた。
初めてのことに、ユウリは戸惑うばかりだ。
「ナディア~」
「なあに、ユウリ」
「お願い、聞いてくれる?」
もちろんよ、と最高に眩しい笑顔で頷くナディアに、ユウリの胸中は複雑な感情が入り乱れている。
こんな一方的な、何の迷いもない視線を、ユウリは知らなかった。
「なるべく、普通でいて欲しいんだけど」
「普通? 普通って、何ですの? まず貴女の可愛さは普通でないので参考にならないし、私も普通なんて言われたことが無いので、何を指してユウリは普通といってるの?」
う、と言葉に詰まったユウリを無視して、ナディアは捲し立てる。
「普通ということが、その他大勢と一緒のことをする、ということでしたら、私にその他大勢の生徒と同じようにユウリを邪険に扱って欲しいということ? それは頼まれても出来かねますし、そんな普通はクソくらえだわ」
その美貌らしからぬ言葉を吐き捨てて、唖然とするユウリを前に彼女は一口紅茶を飲んだ。
「ユウリ。私は普通にすることが重要だとは、微塵に思わないの。確かに、社会生活において一般常識や最低限のモラルは必要と思うのだけれど、私は、その他大勢の好きや嫌いとかけ離れていても、私の好きなものは好きというし、嫌いなものは嫌いというし、間違っていると思えば戦うわ。『普通』なんてものは、自分の主張ができない臆病者が決めた、不確かなものでしかないのじゃないかしら」
言い終えたナディアの瞳はしっかりとユウリを見据えていて、その言葉に嘘や偽りがないのだとわかる。
「ナディアは、強いね……」
「あら」
ユウリが呟くと、彼女は目を丸くする。
「強いのは貴女だわ、ユウリ」
「えー、そんなこと」
「言ったでしょう、ずっと見ていたって」
「え?」
彼女の表情から笑顔が消えて、ユウリは戸惑う。
「魔力測定の日、私、誘導のお手伝いをしていたの。そこでカウンシルの皆さんに囲まれて連れていかれる貴女を見たのが最初。その時は、ちょっと泣きそうになっていたわね。その次は、食堂で。何故かカウンシルの方々が遠くからユウリを目で追っていて、周りの女生徒達が騒いでいたわ。後日、カウンシルの方々とよくお話しされている姿を見かけて、同時にあまり好意的でない噂も聞くようになった。そして、魔法実技の授業でたくさん失敗して、居残りさせられている姿も見たわ。悔しそうな顔で、何度も何度も挑戦している貴女に声を掛けたかったのだけど、そうすると必ずカウンシルの誰かが貴女を連れて行ってしまった。そうして、周りの生徒達から不満や疑問の声をよく聞くようになったの。注意深く見ていると、何やらよろしくない嫌がらせまで始まって。傷だらけになって、治癒魔法を使っていないようだって更に色んな憶測で噂が飛び交っていたわ。でも」
そこでナディアは言葉を切って、ユウリの手を取った。
「貴女の瞳は、いつだって真剣に燃えていた。どんな理不尽な扱いを受けても、俯くことなく前を向いて、その炎が揺らぐことがなかった。ああ、なんて綺麗なんだろうって思ったわ。可愛らしくて美しくて強くて素敵で、どうやったらあんな風に真っ直ぐと立っていられるんだろうって。自棄になるでもなく、投げ出すでもなく、卑屈になるでもなく、カウンシルの方と笑って、明るく元気に授業に出て、たくさんの本を抱えながら食事をして、誰にも頼ることなく、弱音も吐かずに闘っている姿が、どうしようもなく愛おしく思えたの」
「ナディア……」
(どうしよう、泣きそうだ)
誰かに、そんな風に言ってもらえるんなんて思ってもみなかった。
「だから、絶対にお友達になりたかった」
「ありがとう、ナディア」
「何なら、結婚してくれてもいいわ」
「ちょっとぉおお! 台無し! いいこといっぱい言ってくれたのに、今ので台無しだから!」
ふふふ、と可愛らしく微笑むナディアに釣られて、ユウリも笑う。
ユウリが、はじめて『友達』というものに出会えた日だった。
ユウリは、入学式以来ではないかというほど快適な日々を送っていた。
その原因はいわずもがな、ナディアである。
彼女は上級Aというクラスにも関わらず、かけ離れた実力のユウリを見かける度駆け寄ってきて、ぴったりと横に張り付いていた。
流石にクラスごとに分けられる座学の時間は例外だが、実技の授業はほぼ隣同士で作業することになり、また、彼女の強引さからか、教師とも掛け合って、ペアが必要な授業でも常に一緒に受けることができている。
そのお陰で、タイミングが合わないのか、隙がないのか、ユウリへの嫌がらせが激減したのだ。
ついでといってはなんだが、半ば日常化しているリュカの襲撃も、例の絶対零度の低音ボイスで撃退してくれて、ユウリにとってはナディア様様である。
数日一緒に過ごしてわかったのは、その容姿と合間って、彼女は結構な有名人であるということだった。
けれど、次期カウンシル候補ではないかとも噂される彼女の欠点は、多分ユウリのみが知っているのではないかと思う。
「まぁ、ユウリ、そんな重い物、私が持つわ」
「いや、ただの紅茶なんだけど」
「嫌だわ、熱い液体なんて、火傷でもしたらどうするの!」
ナディアはユウリの手からカップを奪い取ると、ふうふうと冷ましてから口元まで持ってくる。
自分で飲める、と奪い取ると、今度は泣き落としまで使ってくる彼女は、ちょっとどころではなくユウリへの愛が過剰で重いのだ。
「ケーキ! ケーキは重量級でしょう! 私がお口まで運ぶわ、はい、あーん」
「やーめーてー」
「本当に声をあげて泣くわよ」
(脅しじゃん!)
ケーキを食べさせられながら、嬉しいのか怖いのかユウリは複雑な心境だ。
オットーによって、ユウリが治癒魔法が効きにくいということと、魔力が不安定であるという核心を避けた説明を受けたナディアは、ただ笑って、ちょっと違ったお友達って素敵ね、と笑った。
疎まれて避けられている自分になぜ、というユウリが投げかけた疑問にも、変わらない表情で、ただ、
「ずっと見てたから、知ってるわ」
と言い、それ以上は追求してこなかった。
他の生徒達が、必ず陰口に使う言葉。
——なんであの娘が
——なんで《奨学生》が
——なんでカウンシルはあんな娘に
——なんで?
ナディアは、一切聞いてこない。
唯一彼女が使った『なぜ』は、『なぜ”さん”付けで呼ぶの』と『なぜそんなに可愛いの』だった。
さん付けは辞めて、可愛いのはナディアだ、と口にしただけで、彼女は満面の笑みでユウリに飛びついてきた。
初めてのことに、ユウリは戸惑うばかりだ。
「ナディア~」
「なあに、ユウリ」
「お願い、聞いてくれる?」
もちろんよ、と最高に眩しい笑顔で頷くナディアに、ユウリの胸中は複雑な感情が入り乱れている。
こんな一方的な、何の迷いもない視線を、ユウリは知らなかった。
「なるべく、普通でいて欲しいんだけど」
「普通? 普通って、何ですの? まず貴女の可愛さは普通でないので参考にならないし、私も普通なんて言われたことが無いので、何を指してユウリは普通といってるの?」
う、と言葉に詰まったユウリを無視して、ナディアは捲し立てる。
「普通ということが、その他大勢と一緒のことをする、ということでしたら、私にその他大勢の生徒と同じようにユウリを邪険に扱って欲しいということ? それは頼まれても出来かねますし、そんな普通はクソくらえだわ」
その美貌らしからぬ言葉を吐き捨てて、唖然とするユウリを前に彼女は一口紅茶を飲んだ。
「ユウリ。私は普通にすることが重要だとは、微塵に思わないの。確かに、社会生活において一般常識や最低限のモラルは必要と思うのだけれど、私は、その他大勢の好きや嫌いとかけ離れていても、私の好きなものは好きというし、嫌いなものは嫌いというし、間違っていると思えば戦うわ。『普通』なんてものは、自分の主張ができない臆病者が決めた、不確かなものでしかないのじゃないかしら」
言い終えたナディアの瞳はしっかりとユウリを見据えていて、その言葉に嘘や偽りがないのだとわかる。
「ナディアは、強いね……」
「あら」
ユウリが呟くと、彼女は目を丸くする。
「強いのは貴女だわ、ユウリ」
「えー、そんなこと」
「言ったでしょう、ずっと見ていたって」
「え?」
彼女の表情から笑顔が消えて、ユウリは戸惑う。
「魔力測定の日、私、誘導のお手伝いをしていたの。そこでカウンシルの皆さんに囲まれて連れていかれる貴女を見たのが最初。その時は、ちょっと泣きそうになっていたわね。その次は、食堂で。何故かカウンシルの方々が遠くからユウリを目で追っていて、周りの女生徒達が騒いでいたわ。後日、カウンシルの方々とよくお話しされている姿を見かけて、同時にあまり好意的でない噂も聞くようになった。そして、魔法実技の授業でたくさん失敗して、居残りさせられている姿も見たわ。悔しそうな顔で、何度も何度も挑戦している貴女に声を掛けたかったのだけど、そうすると必ずカウンシルの誰かが貴女を連れて行ってしまった。そうして、周りの生徒達から不満や疑問の声をよく聞くようになったの。注意深く見ていると、何やらよろしくない嫌がらせまで始まって。傷だらけになって、治癒魔法を使っていないようだって更に色んな憶測で噂が飛び交っていたわ。でも」
そこでナディアは言葉を切って、ユウリの手を取った。
「貴女の瞳は、いつだって真剣に燃えていた。どんな理不尽な扱いを受けても、俯くことなく前を向いて、その炎が揺らぐことがなかった。ああ、なんて綺麗なんだろうって思ったわ。可愛らしくて美しくて強くて素敵で、どうやったらあんな風に真っ直ぐと立っていられるんだろうって。自棄になるでもなく、投げ出すでもなく、卑屈になるでもなく、カウンシルの方と笑って、明るく元気に授業に出て、たくさんの本を抱えながら食事をして、誰にも頼ることなく、弱音も吐かずに闘っている姿が、どうしようもなく愛おしく思えたの」
「ナディア……」
(どうしよう、泣きそうだ)
誰かに、そんな風に言ってもらえるんなんて思ってもみなかった。
「だから、絶対にお友達になりたかった」
「ありがとう、ナディア」
「何なら、結婚してくれてもいいわ」
「ちょっとぉおお! 台無し! いいこといっぱい言ってくれたのに、今ので台無しだから!」
ふふふ、と可愛らしく微笑むナディアに釣られて、ユウリも笑う。
ユウリが、はじめて『友達』というものに出会えた日だった。
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