異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜

祐*

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第六章 学園カウンシル

6-3. お菓子係

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 執務室のドアをノックすると、見知った顔がユウリを招き入れてくれる。いつも入り乱れている声はなく、しんと静まり返った部屋の中には、レヴィと長椅子で微睡んでいるヨルンしかない。

「あれ、今日はお二人だけですか?」
「ええ、ユージンさんとロッシさんは実技指導で出ています。リュカさんは、丁度お茶とお昼寝の時間ですから……」

 困ったように濁すレヴィに、ユウリは悟る。
 普段からおよそ王子らしからぬ発言を連発しているあの長髪の変態は、またどこか誰かの『寝室』にいるらしかった。ある意味ブレない男だと感心する。

 気を取り直して、ユウリは持ってきたバスケットをレヴィに渡した。

「日頃のお礼にと思って、お茶菓子を焼いてきたんです。お口に合うかわかりませんが」
「それはそれは、わざわざありがとうございます」

 深々と頭を下げられて、ユウリは非常に気不味い。
 日頃のお礼とは後から付けた言い訳で、追試の勉強のストレスを趣味である料理にぶつけた、所謂現実逃避だった。

「い、いえ、本当にこんなことくらいしか出来ないので。じゃあ」
「え、帰られるのですか?よかったら、ご一緒に」
「うー、追試の勉強が、あったりしないでもないんですが……折角なので、一杯だけ……」

 優しい笑顔で勧められて、躊躇するものの、彼の淹れる絶品のお茶は捨てがたい。一瞬の葛藤の後、あっさりと誘惑に負けてソファに座ったユウリは、自身の意志の弱さに少々自己嫌悪に陥る。

(お礼の筈なのに、これじゃ自分がお茶したくてやってきたみたいだ)

 ソファで小さくなっていると、しばらくして、芳しい香りを漂わせながらレヴィがトレイを運んできた。ユウリの焼いたケーキには、カットされたフルーツと緩く立てたクリーム、繊細な飴細工でデコレーションが添えられている。

「うわぁ、レヴィさん、プロみたいです!」

 目を丸くして子供のようにはしゃぐユウリを、レヴィは不思議な気持ちで見ていた。
 その内に強大な力を秘めているようには決してみえない、普通の少女。
 無邪気さと、純粋さと、それでいて、傷付いてもなお他者を想う凛とした強さ。
 あれから幾つも幾度も読み返した歴史書の中で見る《始まりの魔女》と彼女は、どうやっても結びつかない。

「レヴィさん?」
「ああ、失礼いたしました」

 ユウリの呼びかけで手を止めていてしまったことに気づき、レヴィはティーカップとケーキを置く。
 パク、と音がしそうな勢いでケーキを口に含み、カップを両手で抱えるようにしてお茶をすすった後、彼女の表情が幸せそうに緩むのに、レヴィは目を細めた。

 ——願わくは、この笑顔が失われなければ良いと思う

「わ、ヨルンさん……ッ」
「美味しそうだねぇ」

 いつの間にやらユウリの隣に滑り込んだヨルンが、彼女の肩にもたれながら、眠たげな口調で呟いた。
 胸の内に湧き上がった感情に、レヴィは多少戸惑いは隠せないものの、完璧なポーカーフェイスを貫抜いて、ヨルンにもケーキを勧める。
 軽い調子で断られた途端に翳ったユウリの瞳に、レヴィが口を開こうとした時、ヨルンは思いがけない行動に出た。

「あーん」

 小鳥の雛のようにユウリの顔を見上げて口を開けるヨルンに、彼女は今度は耳まで赤くなっている。
 あわあわと、ケーキとヨルンに視線を這わせ、涙目で見上げる姿に、レヴィは笑いそうになる口元を片手で隠すことが精一杯だった。
 助けを求めた視線を逸らされて、ユウリは観念したように、一欠片のケーキをヨルンの口元へと運ぶ。

「ん、美味しい。ユウリは料理上手だね」

(え……?)

 ぽんぽんと頭を撫でられて、ユウリは驚いた。

(寝てたと思ったのに、聞いてたんだ……)

「じゃあ、これからはユウリがお菓子係ね」
「はい?」

 大きな手でくしゃくしゃとユウリの髪をかき混ぜながら、ヨルンが悪戯っぽく笑う。
 意味を考えあぐねているユウリに、レヴィが助け舟を出した。

「日々のお茶菓子は、街からのお取り寄せか、ロッシさんに作っていただいているんです」
「ええええ! ロッシさんお料理するんですか!?」

 『料理も科学だ』と言い切って研究してるんだよ、とヨルンは呆れたように言う。
 勉強熱心もそこまでいくと天晴だ、と感心するユウリは、それが、料理をヒントにしてオリジナルの薬を作り上げた彼女の影響であることに、微塵も気づいていない。
 だが、それならユウリの作るものなど、あの完璧主義には敵わないのではないだろうか。ましてや、街のお菓子屋はどれも貴族御用達だけあって、華やかで美しく、宝石のようだった。

(レヴィさんのお茶が毎日飲めるのは嬉しいけど)

 自分の作る田舎仕込みのお菓子で大丈夫なのだろうかと悩むユウリに、優しげな微笑みを向けてヨルンは続けた。

「代金は、そうだな」

 短い詠唱の後、目の前に初級クラスの教本が現れる。

「俺の追加個別指導で、どお?」
「え」

 一瞬後、張り出された中間考査の結果を見られたのだ、と悟り、真っ赤になる。
 《奨学生》が、一般生の追試参加者達に名を連ねることは、あまりない。
 確かに、入学以来様々な問題に巻き込まれて、ただでさえ苦手な魔法実技の努力の成果を、試験二週間前に綺麗さっぱり忘れてしまうというアクシデントがあったことは否めない。
 だが、成績不振が授業料の打ち切りに直結する《奨学生》こそ、そこに載ることは、ひいては退学に一歩足を踏み入れる自殺行為だ。

 ただでさえ、特別指導で負担を掛けている負い目はあるが、背に腹は代えられない。
 ユウリは、ヨルンの申し出を有り難く受け入れることにした。
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