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第七章 ユウリとヨルン
7-1. 夏の噂
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学園のある《北の大地》の日差しも日に日に強くなり、夏の到来を思わせる。
間近に迫った夏季休暇を前に、学園中に瞬く間に広まった噂があった。
「今年は、カウンシルの皆さん、全員出席されるようよ!」
「マジかよ。俺、正装実家に置いたままだ……」
「わたくし、パリアに遠方外出許可を頂きましたの! ご一緒しません?」
「まあ、今年はデール様デザインのドレスですの?! 羨ましい!」
夏季休暇前に開催されるサマーパーティーに、いつもは一人か二人ほどしか参加しないカウンシル役員が全員出席するという噂に、生徒達は浮き足立っていた。
この季節のパーティーや正式な学園行事でしか、多くの生徒達はカウンシル役員と一堂に会する機会がない。
実質の実務をほぼこなしているヴァネッサとレヴィが疲れた顔で、今年は一つ大きめの会場を押さえ直さなければいけなかったとぼやいているのを聞いて、ユウリは罪悪感に苛まれる。
その噂の発端は、彼女かもしれなかったからだ。
先日、食堂でユウリはナディアとサマーパーティーの話題で盛り上がっていた。
「パーティー、やっぱり出たいなぁ」
「だから、ユウリ、私のドレスをお直ししてあげるって」
「だって、悪いよ。お直ししたら、ナディア着れなくなるじゃん」
一応、《始まりの魔法》も試してみようと、ナディアの見せてくれた絵画からドレスを作り上げたのだが、ユウリの壊滅的センスによって、彼女の身長と体型に直したサイズで出来上がったドレスは、元の気品はどことやら、そこはかとなくダサかった。
いくつか試した後、ナディアの分析で、総合的なイメージが出来ないからではないかと結論づける。
生まれてこの方、山奥か、もしくは《辺境の地》でしか過ごしたことのないユウリにとって、髪型、輪郭、瞳の色や体型を考慮して、宝飾品、ドレスの生地やシルエットなどを総合的にコーディネートすることなど、全くもって未知の世界だ。
故に、ユウリは未だ自称『地味なデザインのドレス』、いわば綿素材の普段着しか持ち合わせていない。
「ナディアのドレスって、全部高いし……」
「まぁ! 私がユウリからお金を取るわけないでしょう?」
「いや、だから余計に、遠慮してるんだって……」
並んで座るナディアの肩にコツンと頭を乗せて溜息をついたユウリを、突如長い腕がふわりと抱きしめる。
「やあ、仔猫ちゃん」
「あ、リュカさん……ちょっ、ナディア、ストーーーーーーップ!」
淡藤色を認めたナディアが一瞬にして無表情になり、とんでもなく破壊力のある上級攻撃魔法を詠唱し出して、ユウリは慌てて彼女の口を塞いだ。
「むぐ……ユウリ、止めないで! このクソ王子のせいで……!!」
「ナディアが本気出したら、洒落になんないから!」
「ええ、消し炭の如く焼き尽くして差し上げますわ」
「怖いし! 規則違反だし! リュカさんも! ぼーっとしてないで、どうにかしてください!」
ナディアがリュカが絡む騒動を知ったのは、ユウリが目をさましてから二日以上経ってからだった。
自分が蚊帳の外だったことでも腹立たしかったのに、執務室に日参していたナディアが学園長から呼び出されて告げられた事実に、憤慨どころの騒ぎではない。
「悪行の数々だけでも許し難いのに、あろうことか、ユウリを死なせるところだったなんて……!」
「それについては、本当に悪かった。これでも反省してるんだ」
珍しく顔から笑みを消して、さっと青ざめて謝罪したリュカに、ナディアは少々たじろぐ。
彼にとっても、あの騒動は辛く痛ましい思い出のようだった。
ユウリは俯いてしまったリュカに、嘆息してナディアに向き直る。
「ナディア。ちゃんと、全部話したでしょ。怒ってくれるのは嬉しいけど、もう、私も大丈夫なんだし」
「……ユウリのお人好しに、感謝なさって」
そうぶっきらぼうに言ったナディアは、リュカの過去を含め、ユウリから、そして学園長から全て聞いていた。
それに同情する気持ちはなくもないが、それでも、彼女は大切な友人を恐ろしい目に合わせた彼を、心から許すことが出来ない。
そして、いまだに完全に自分を許しきれないリュカだからこそ、ナディアの気持ちもわかる。
彼はさらに申し訳なさそうな顔をして、ユウリをぎゅっと抱きしめた。
「もちろんだよ。ユウリには感謝してもしきれないから」
「リュカさん……」
以前のように激しく拒絶しないものの鬱陶しそうに見上げるユウリに向かって、リュカはちっちと舌を鳴らす。
「ちゃんと、お兄様って呼んで」
「呼びません!!」
強引に腕を振り払って立ち上がると、食堂の至る所でなぜか黄色い悲鳴が上がった。
事情を知っているナディアは、心底嫌そうに吐き捨てる。
「もうこれ以上調子に乗って、ユウリに迷惑を掛けないで頂きたいですわ」
「おや、こっちの仔猫ちゃんが拗ねちゃった」
調子を取り戻して戯けるリュカに、ナディアはこの上ないほど冷たい一瞥をくれて、抗議した。
「貴方がユウリを妹だとか言って回ったお陰で、今度は禁断の愛とか近親相姦とか色々言われて、見世物になっているんですよ!」
「ふふふ、楽しいよね」
「ナディア、この人に何言っても無駄だよ……打たれ強さマゾだから」
「ユウリも、言うようになったねぇ」
諦めたように呟いたユウリの表情に、リュカは楽しそうに笑う。彼女は困った顔をしていたが、その口元は微笑んでいた。
普段のリュカは以前にも増して鬱陶しいくらいだが、あの一件以来、ユウリの中での彼の評価は変化したらしい。家族愛、とでもいうような、少なくとも以前のように、そのだらし無さやおちゃらけを嫌悪する感情は消えてしまっている。
リュカの方も、表面的にはピタリと女遊びをやめた——ように見える。親衛隊は完全に沈黙し、それを好機とばかりに詰め寄っていた彼のファン達も、しばらくすると鳴りを潜めた。
それもひとえに、親衛隊から漏れた『嘘』から出たまこと、リュカはユウリを溺愛し、パリアの貴公子改め、パリアのシスコンの通り名を思いのままにしていたからだ。
ナディアの殺意のこもった視線を物ともせず、リュカが唐突に短く呪文を詠唱して、目の前に大きな箱を出現させる。驚いて目を丸くさせる二人に、いつもの妖しげな笑みを浮かべて、リュカはその箱をユウリに渡した。
「そんな可愛い妹に、プレゼント」
「ええ!?」
「サマーパーティー、出たいんでしょ?」
ユウリが慌ててその箱を開けると、ばさりと布の塊が両手に溢れる。
「これ……ドレスですか?!」
頷くリュカに、ユウリは腕の中の布地を広げてみた。
アイボリーのレース生地に、綿密な銀の刺繍が程よく開いた胸元まで施されており、膨らんだ袖口に、刺繍と同じ色の柔らかなシルクとオーガンジーが腰からふわりとしたシルエットを作っている。
「わぁ……素敵」
「……ムカつく位、ユウリに似合いそうだわ……」
苛々と爪を噛むナディアを尻目に、リュカは満面の笑みでユウリの手からドレスを持ち上げて、彼女の肩に当ててみせた。
「パリアの新鋭デザイナーに作ってもらったんだ。これで、パーティーは問題ない?」
「も、もちろんです! あの……でも……」
困惑して見上げるユウリの唇に、人差し指を当てて、リュカは片目を瞑る。
「でも、はナシ。妹へのプレゼントって、言ったでしょ」
「ありがとうございます……」
素直にお礼を言うと、リュカは益々破顔した。
どこか冷めたベールをまとっていた以前とは違い、心の底から喜んでいるような表情を、その美しく整った顔でされると、それがリュカだとわかっていても、ユウリの頰は何故か赤くなってしまう。
それをわざと茶化すように、リュカはユウリの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「でも、ユウリが積極的に学校行事に参加したいなんて、珍しいね」
「そうね。出席、止めるって言っていたのに」
リュカとナディアの疑問に、ユウリはちょっと考えてから答えた。
「止めようかと思って聞いたら、カウンシルの皆んなは出席するって、言ってたから」
「ちょ、ユウリ、声が大きい……!」
ナディアが声を潜めて嗜めた意味がわからず、ユウリは周囲を見回し、ぎょっとする。
食堂で事の成り行きを見守っていた生徒達全員が、驚愕の表情でユウリ達を見つめていた。
——そうして、冒頭の噂が蔓延る結果となるのである。
間近に迫った夏季休暇を前に、学園中に瞬く間に広まった噂があった。
「今年は、カウンシルの皆さん、全員出席されるようよ!」
「マジかよ。俺、正装実家に置いたままだ……」
「わたくし、パリアに遠方外出許可を頂きましたの! ご一緒しません?」
「まあ、今年はデール様デザインのドレスですの?! 羨ましい!」
夏季休暇前に開催されるサマーパーティーに、いつもは一人か二人ほどしか参加しないカウンシル役員が全員出席するという噂に、生徒達は浮き足立っていた。
この季節のパーティーや正式な学園行事でしか、多くの生徒達はカウンシル役員と一堂に会する機会がない。
実質の実務をほぼこなしているヴァネッサとレヴィが疲れた顔で、今年は一つ大きめの会場を押さえ直さなければいけなかったとぼやいているのを聞いて、ユウリは罪悪感に苛まれる。
その噂の発端は、彼女かもしれなかったからだ。
先日、食堂でユウリはナディアとサマーパーティーの話題で盛り上がっていた。
「パーティー、やっぱり出たいなぁ」
「だから、ユウリ、私のドレスをお直ししてあげるって」
「だって、悪いよ。お直ししたら、ナディア着れなくなるじゃん」
一応、《始まりの魔法》も試してみようと、ナディアの見せてくれた絵画からドレスを作り上げたのだが、ユウリの壊滅的センスによって、彼女の身長と体型に直したサイズで出来上がったドレスは、元の気品はどことやら、そこはかとなくダサかった。
いくつか試した後、ナディアの分析で、総合的なイメージが出来ないからではないかと結論づける。
生まれてこの方、山奥か、もしくは《辺境の地》でしか過ごしたことのないユウリにとって、髪型、輪郭、瞳の色や体型を考慮して、宝飾品、ドレスの生地やシルエットなどを総合的にコーディネートすることなど、全くもって未知の世界だ。
故に、ユウリは未だ自称『地味なデザインのドレス』、いわば綿素材の普段着しか持ち合わせていない。
「ナディアのドレスって、全部高いし……」
「まぁ! 私がユウリからお金を取るわけないでしょう?」
「いや、だから余計に、遠慮してるんだって……」
並んで座るナディアの肩にコツンと頭を乗せて溜息をついたユウリを、突如長い腕がふわりと抱きしめる。
「やあ、仔猫ちゃん」
「あ、リュカさん……ちょっ、ナディア、ストーーーーーーップ!」
淡藤色を認めたナディアが一瞬にして無表情になり、とんでもなく破壊力のある上級攻撃魔法を詠唱し出して、ユウリは慌てて彼女の口を塞いだ。
「むぐ……ユウリ、止めないで! このクソ王子のせいで……!!」
「ナディアが本気出したら、洒落になんないから!」
「ええ、消し炭の如く焼き尽くして差し上げますわ」
「怖いし! 規則違反だし! リュカさんも! ぼーっとしてないで、どうにかしてください!」
ナディアがリュカが絡む騒動を知ったのは、ユウリが目をさましてから二日以上経ってからだった。
自分が蚊帳の外だったことでも腹立たしかったのに、執務室に日参していたナディアが学園長から呼び出されて告げられた事実に、憤慨どころの騒ぎではない。
「悪行の数々だけでも許し難いのに、あろうことか、ユウリを死なせるところだったなんて……!」
「それについては、本当に悪かった。これでも反省してるんだ」
珍しく顔から笑みを消して、さっと青ざめて謝罪したリュカに、ナディアは少々たじろぐ。
彼にとっても、あの騒動は辛く痛ましい思い出のようだった。
ユウリは俯いてしまったリュカに、嘆息してナディアに向き直る。
「ナディア。ちゃんと、全部話したでしょ。怒ってくれるのは嬉しいけど、もう、私も大丈夫なんだし」
「……ユウリのお人好しに、感謝なさって」
そうぶっきらぼうに言ったナディアは、リュカの過去を含め、ユウリから、そして学園長から全て聞いていた。
それに同情する気持ちはなくもないが、それでも、彼女は大切な友人を恐ろしい目に合わせた彼を、心から許すことが出来ない。
そして、いまだに完全に自分を許しきれないリュカだからこそ、ナディアの気持ちもわかる。
彼はさらに申し訳なさそうな顔をして、ユウリをぎゅっと抱きしめた。
「もちろんだよ。ユウリには感謝してもしきれないから」
「リュカさん……」
以前のように激しく拒絶しないものの鬱陶しそうに見上げるユウリに向かって、リュカはちっちと舌を鳴らす。
「ちゃんと、お兄様って呼んで」
「呼びません!!」
強引に腕を振り払って立ち上がると、食堂の至る所でなぜか黄色い悲鳴が上がった。
事情を知っているナディアは、心底嫌そうに吐き捨てる。
「もうこれ以上調子に乗って、ユウリに迷惑を掛けないで頂きたいですわ」
「おや、こっちの仔猫ちゃんが拗ねちゃった」
調子を取り戻して戯けるリュカに、ナディアはこの上ないほど冷たい一瞥をくれて、抗議した。
「貴方がユウリを妹だとか言って回ったお陰で、今度は禁断の愛とか近親相姦とか色々言われて、見世物になっているんですよ!」
「ふふふ、楽しいよね」
「ナディア、この人に何言っても無駄だよ……打たれ強さマゾだから」
「ユウリも、言うようになったねぇ」
諦めたように呟いたユウリの表情に、リュカは楽しそうに笑う。彼女は困った顔をしていたが、その口元は微笑んでいた。
普段のリュカは以前にも増して鬱陶しいくらいだが、あの一件以来、ユウリの中での彼の評価は変化したらしい。家族愛、とでもいうような、少なくとも以前のように、そのだらし無さやおちゃらけを嫌悪する感情は消えてしまっている。
リュカの方も、表面的にはピタリと女遊びをやめた——ように見える。親衛隊は完全に沈黙し、それを好機とばかりに詰め寄っていた彼のファン達も、しばらくすると鳴りを潜めた。
それもひとえに、親衛隊から漏れた『嘘』から出たまこと、リュカはユウリを溺愛し、パリアの貴公子改め、パリアのシスコンの通り名を思いのままにしていたからだ。
ナディアの殺意のこもった視線を物ともせず、リュカが唐突に短く呪文を詠唱して、目の前に大きな箱を出現させる。驚いて目を丸くさせる二人に、いつもの妖しげな笑みを浮かべて、リュカはその箱をユウリに渡した。
「そんな可愛い妹に、プレゼント」
「ええ!?」
「サマーパーティー、出たいんでしょ?」
ユウリが慌ててその箱を開けると、ばさりと布の塊が両手に溢れる。
「これ……ドレスですか?!」
頷くリュカに、ユウリは腕の中の布地を広げてみた。
アイボリーのレース生地に、綿密な銀の刺繍が程よく開いた胸元まで施されており、膨らんだ袖口に、刺繍と同じ色の柔らかなシルクとオーガンジーが腰からふわりとしたシルエットを作っている。
「わぁ……素敵」
「……ムカつく位、ユウリに似合いそうだわ……」
苛々と爪を噛むナディアを尻目に、リュカは満面の笑みでユウリの手からドレスを持ち上げて、彼女の肩に当ててみせた。
「パリアの新鋭デザイナーに作ってもらったんだ。これで、パーティーは問題ない?」
「も、もちろんです! あの……でも……」
困惑して見上げるユウリの唇に、人差し指を当てて、リュカは片目を瞑る。
「でも、はナシ。妹へのプレゼントって、言ったでしょ」
「ありがとうございます……」
素直にお礼を言うと、リュカは益々破顔した。
どこか冷めたベールをまとっていた以前とは違い、心の底から喜んでいるような表情を、その美しく整った顔でされると、それがリュカだとわかっていても、ユウリの頰は何故か赤くなってしまう。
それをわざと茶化すように、リュカはユウリの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「でも、ユウリが積極的に学校行事に参加したいなんて、珍しいね」
「そうね。出席、止めるって言っていたのに」
リュカとナディアの疑問に、ユウリはちょっと考えてから答えた。
「止めようかと思って聞いたら、カウンシルの皆んなは出席するって、言ってたから」
「ちょ、ユウリ、声が大きい……!」
ナディアが声を潜めて嗜めた意味がわからず、ユウリは周囲を見回し、ぎょっとする。
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