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第七章 ユウリとヨルン
7-12. 確執
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「抵抗しないでください」
フォンがそう告げて、詠唱を始める。
言われなくても、動けないほど負傷しているウェズは、それを受け入れざるを得ない。
フォンの治癒魔法がある程度の傷を治すと、再び詠唱が始まり、ウェズの手足が拘束された。
「これから、貴方は警備団預かりとなり、そこで処分の決定を待っていただきます」
淡々と告げられる言葉を聞いているのかいないのか、ウェズは視線を外して黙っている。
ヨルンはそれを睨みつけて、床へ座り込んでしまったユウリの側にしゃがんだ。
「遅くなって、ごめんね」
泣き顔のまま首を振り、胸元に飛び込んでくる小さな身体を抱きとめた。
縄の跡に所々血が滲む細い手首に、ヨルンは口付ける。
「意地悪言ったことも、ごめん」
ただただ小刻みに震える肩を、彼は外套で包み込み、その背中を撫でた。
「ユウリが、無事で良かった」
優しく囁いてその頭に頬を寄せると、ユウリは堰を切ったように声を上げて泣き始める。
「怖……かっ……」
《始まりの魔女》の力を持つユウリ。
けれど、機械時計をつけたユウリは、《始まりの魔女》とは違う。
命を狙われるため、制限されなければならない魔力と《始まりの魔法》。
《始まりの魔女》と呼ばれるユウリの中身は、ただ多くの魔力を持った、普通の少女なのだ。
彼女に迫る危険を危惧するあまり、根本的なところで、ヨルンは間違ってしまった。
せめてもと、上級の治癒魔法で傷を薄くしようと試みる。
ヨルンの何度目かの詠唱が終わった時、入口から、がしゃん、と大きな音がして、ユウリがびくりと震えた。
そこに積まれていた樽や木箱を蹴散らしながら、ユージンが駆け込んでくる。
拘束されたウェズを見て、蒼白だったユージンの顔が、さらに白くなる。
そして、ヨルンと目が合うと、その外套の中から涙に濡れた顔で見上げるユウリに、言葉を失くした。
「チッ……伝達魔法か。ちゃんと確認させておくんだった」
自分の計画があまりにも早く露見した理由に気づいて、ウェズが吐き捨てる。
その言葉に、フォンから届いた伝達魔法が疑いなく真実であるとわかって、ユージンは愕然とした。
「兄上、なぜこのようなことを」
「お前に言ったって、どうせわかりゃしないよ」
がつん、と鈍い音がして、ウェズが血を吐き捨てる。
素手でウェズを殴りつけたユージンは、苦悶の表情だった。
「言われなければ、わからない! ユウリを傷つける理由は何です!」
怒鳴ったユージンに、ウェズは一瞬戸惑いを見せるが、厭らしい笑い声をあげる。
「は、はは、はははは! 初めて僕に感情を向けたな! どうだ、今まで幽霊みたいだったやつが存在した気分は!」
「兄上は、どうしてそう……ご自分を卑下するんですか!」
「は……!?」
それまで、不貞腐れたような態度だったウェズの顔が、みるみる憤怒の表情になる。
「お前が、それを言うのか!? あの日、陛下の横で僕を見下した、お前が!」
玉座の間でウェズが糾弾されたあの時、王はユージンの背に手を添えていた。
彼は、それが酷く悔しかった。
血の繋がった父の目にさえ留まることもない自分との差を、見せつけられているようで。
「弟にまで見下されて、卑下せずにいられるか!」
「ユージンさんは、貴方を見下してなんかいないです!」
「ユウリ、止めろ」
ユウリが唐突にヨルンの腕の中からウェズに叫び、ユージンがそれを静止した。
しかし、彼女は頬を濡らしたまま、ウェズに組み敷かれながらも必死で伝えようとした言葉を紡ぐ。
「国王陛下に、次期王だと当たり前に期待されてきた子供が、優秀であり続けようとする以外何を出来るって言うんです! 貴方に償うために、非の打ち所がない完璧な王になると言ったユージンさんの気持ち、ウェズさんわかってるの!?」
「何、を」
——償うためだと?
ウェズの顔に、動揺が走った。
「譲ってよかったと思われる王になることが、知らずに何もかも奪ってしまったことに対する償いだって言ったユージンさんの気持ちなんか、知らないでしょう!?」
俄かには信じがたいユウリの言葉に瞠目したまま、ウェズはユージンへと視線を移す。
彼の視線を捉えたユージンの目が、それを肯定するように、悲しそうに歪んだ。
「兄上。貴方はただ、俺に言ってくれたらよかったんだ。恨んでいる、憎んでいる、と」
——そうすれば、全てをさらけ出せたかもしれない
彼もまた、当然を受け入れていた。
優秀であるが故に、国王陛下の期待に応えることが当然であると教え込まれ、そうして何もかも兄から奪う形になってしまった自分が、恨まれるのは当然だと。
それを一身に受け止め、兄が何の不安も持たずに心を開いてくれるように、最高の王であろうとした。
ユージンは、彼なりに兄であるウェズを慕っていたのだ。
「は、はは」
ウェズは力なく笑う。
——この器の大きさは、何なのだ
ただ半分血が繋がっているというだけなのに、憎しみごと、彼を受け入れていた弟。
父からの過度な期待に応える原動力は、他でもない、兄である自分の心を救うため。
それは、自分がずっと探し求めていたものではないか。
——父が息子に向けるような、愛
「……っユージン、僕は……!」
どこで間違ってしまったのだろうか。
一つだけでも言葉にしていれば、その隣に肩を並べることが出来たのだろうか。
「すまない……ッ、すまない……ッ」
「兄上……」
俯いて啜り泣き出したウェズの傍に跪き、ユージンはその肩に手を置いて目を伏せる。
二人の後悔は、何もかもが遅すぎたのだ。
「ヨルン、ユウリ」
立ち上がったユージンが二人に向き直って、神妙な面持ちで頭を下げた。
「兄が、迷惑をかけた。すまない」
「大丈夫です……と言いたいところだけど、やっぱりちょっと怖かったです」
頬を拭いながら、ここぞとばかりに嫌味を言って、ユウリがくすりと笑みを漏らした。やっぱりユージンはブラコンだと思う。
対照的に、ヨルンは眉間にしわを寄せたまま、ユージンに言い放った。
「申し訳ないけど、単なる兄弟喧嘩じゃ済まされない」
「勿論、わかっている。兄のやったことは、許されるべきではない。……それに、俺の軽率な行動も」
そうして、ユージンはユウリを見る。
「断られることは、わかっていた」
「ユージンさん」
「力を、と焦るあまり、お前やヨルンを傷つけた。悪かった」
二度目の謝罪をするユージンに、ユウリは慌てて、そんな、と首を振った。
その理不尽なまでに自分勝手な行動の裏に隠れる気持ちを知って、ユウリは彼を責めることなど出来ない。
「学園長に、ウェズの抹籍を進言する」
「え、ヨルンさん……?」
「その後、教会騎士団に身柄を引き渡して、法に則って裁かれるべきだ」
「そんな……私、もう気にしてません!」
ユージンは、驚きを隠せないでいる。
ここまで静かに怒るヨルンを、彼は見たことがなかった。
余りにも厳しいヨルンの声音に、ユウリは必死に訴える。
「ヨルンさんが助けに来てくれたから、私は無傷です。ウェズさんは、ちょっと間違っただけなんです」
「ちょっとどころの話じゃないでしょ。誘拐監禁暴行未遂、立派な犯罪だよ」
そう並べられると、確かにそうなのだが、ウェズの歪んでしまった経緯を知る身としては、ユウリは何とかして彼を助けたいと思ってしまう。
ユージンも懇願するように呟く。
「お前を煽って……軽率な行動をとった俺も悪い」
「そ、それに、被害者の私がいいって言ってるんです。だから、学園長からの処分を待ちましょう」
「……ユウリは甘すぎる。学園長の処分なんて、精々謹慎が関の山だ。戻ってきたウェズが、またユウリに手を出さないとも限らない」
「ちょっと、ヨルンさん!」
吐き捨てるように言ったヨルンに、ユウリが抗議の声を上げた。
「ユージンさんの気持ちも考えて発言してください!」
その言葉に、ヨルンの顔色が変わった。あまりの形相に、ユウリは思わず言葉に詰まる。
彼女の腕を無言で掴んだヨルンは、フォンに後始末を頼むと、荒々しい足取りで、ユウリを連れて地下室を後にした。
フォンがそう告げて、詠唱を始める。
言われなくても、動けないほど負傷しているウェズは、それを受け入れざるを得ない。
フォンの治癒魔法がある程度の傷を治すと、再び詠唱が始まり、ウェズの手足が拘束された。
「これから、貴方は警備団預かりとなり、そこで処分の決定を待っていただきます」
淡々と告げられる言葉を聞いているのかいないのか、ウェズは視線を外して黙っている。
ヨルンはそれを睨みつけて、床へ座り込んでしまったユウリの側にしゃがんだ。
「遅くなって、ごめんね」
泣き顔のまま首を振り、胸元に飛び込んでくる小さな身体を抱きとめた。
縄の跡に所々血が滲む細い手首に、ヨルンは口付ける。
「意地悪言ったことも、ごめん」
ただただ小刻みに震える肩を、彼は外套で包み込み、その背中を撫でた。
「ユウリが、無事で良かった」
優しく囁いてその頭に頬を寄せると、ユウリは堰を切ったように声を上げて泣き始める。
「怖……かっ……」
《始まりの魔女》の力を持つユウリ。
けれど、機械時計をつけたユウリは、《始まりの魔女》とは違う。
命を狙われるため、制限されなければならない魔力と《始まりの魔法》。
《始まりの魔女》と呼ばれるユウリの中身は、ただ多くの魔力を持った、普通の少女なのだ。
彼女に迫る危険を危惧するあまり、根本的なところで、ヨルンは間違ってしまった。
せめてもと、上級の治癒魔法で傷を薄くしようと試みる。
ヨルンの何度目かの詠唱が終わった時、入口から、がしゃん、と大きな音がして、ユウリがびくりと震えた。
そこに積まれていた樽や木箱を蹴散らしながら、ユージンが駆け込んでくる。
拘束されたウェズを見て、蒼白だったユージンの顔が、さらに白くなる。
そして、ヨルンと目が合うと、その外套の中から涙に濡れた顔で見上げるユウリに、言葉を失くした。
「チッ……伝達魔法か。ちゃんと確認させておくんだった」
自分の計画があまりにも早く露見した理由に気づいて、ウェズが吐き捨てる。
その言葉に、フォンから届いた伝達魔法が疑いなく真実であるとわかって、ユージンは愕然とした。
「兄上、なぜこのようなことを」
「お前に言ったって、どうせわかりゃしないよ」
がつん、と鈍い音がして、ウェズが血を吐き捨てる。
素手でウェズを殴りつけたユージンは、苦悶の表情だった。
「言われなければ、わからない! ユウリを傷つける理由は何です!」
怒鳴ったユージンに、ウェズは一瞬戸惑いを見せるが、厭らしい笑い声をあげる。
「は、はは、はははは! 初めて僕に感情を向けたな! どうだ、今まで幽霊みたいだったやつが存在した気分は!」
「兄上は、どうしてそう……ご自分を卑下するんですか!」
「は……!?」
それまで、不貞腐れたような態度だったウェズの顔が、みるみる憤怒の表情になる。
「お前が、それを言うのか!? あの日、陛下の横で僕を見下した、お前が!」
玉座の間でウェズが糾弾されたあの時、王はユージンの背に手を添えていた。
彼は、それが酷く悔しかった。
血の繋がった父の目にさえ留まることもない自分との差を、見せつけられているようで。
「弟にまで見下されて、卑下せずにいられるか!」
「ユージンさんは、貴方を見下してなんかいないです!」
「ユウリ、止めろ」
ユウリが唐突にヨルンの腕の中からウェズに叫び、ユージンがそれを静止した。
しかし、彼女は頬を濡らしたまま、ウェズに組み敷かれながらも必死で伝えようとした言葉を紡ぐ。
「国王陛下に、次期王だと当たり前に期待されてきた子供が、優秀であり続けようとする以外何を出来るって言うんです! 貴方に償うために、非の打ち所がない完璧な王になると言ったユージンさんの気持ち、ウェズさんわかってるの!?」
「何、を」
——償うためだと?
ウェズの顔に、動揺が走った。
「譲ってよかったと思われる王になることが、知らずに何もかも奪ってしまったことに対する償いだって言ったユージンさんの気持ちなんか、知らないでしょう!?」
俄かには信じがたいユウリの言葉に瞠目したまま、ウェズはユージンへと視線を移す。
彼の視線を捉えたユージンの目が、それを肯定するように、悲しそうに歪んだ。
「兄上。貴方はただ、俺に言ってくれたらよかったんだ。恨んでいる、憎んでいる、と」
——そうすれば、全てをさらけ出せたかもしれない
彼もまた、当然を受け入れていた。
優秀であるが故に、国王陛下の期待に応えることが当然であると教え込まれ、そうして何もかも兄から奪う形になってしまった自分が、恨まれるのは当然だと。
それを一身に受け止め、兄が何の不安も持たずに心を開いてくれるように、最高の王であろうとした。
ユージンは、彼なりに兄であるウェズを慕っていたのだ。
「は、はは」
ウェズは力なく笑う。
——この器の大きさは、何なのだ
ただ半分血が繋がっているというだけなのに、憎しみごと、彼を受け入れていた弟。
父からの過度な期待に応える原動力は、他でもない、兄である自分の心を救うため。
それは、自分がずっと探し求めていたものではないか。
——父が息子に向けるような、愛
「……っユージン、僕は……!」
どこで間違ってしまったのだろうか。
一つだけでも言葉にしていれば、その隣に肩を並べることが出来たのだろうか。
「すまない……ッ、すまない……ッ」
「兄上……」
俯いて啜り泣き出したウェズの傍に跪き、ユージンはその肩に手を置いて目を伏せる。
二人の後悔は、何もかもが遅すぎたのだ。
「ヨルン、ユウリ」
立ち上がったユージンが二人に向き直って、神妙な面持ちで頭を下げた。
「兄が、迷惑をかけた。すまない」
「大丈夫です……と言いたいところだけど、やっぱりちょっと怖かったです」
頬を拭いながら、ここぞとばかりに嫌味を言って、ユウリがくすりと笑みを漏らした。やっぱりユージンはブラコンだと思う。
対照的に、ヨルンは眉間にしわを寄せたまま、ユージンに言い放った。
「申し訳ないけど、単なる兄弟喧嘩じゃ済まされない」
「勿論、わかっている。兄のやったことは、許されるべきではない。……それに、俺の軽率な行動も」
そうして、ユージンはユウリを見る。
「断られることは、わかっていた」
「ユージンさん」
「力を、と焦るあまり、お前やヨルンを傷つけた。悪かった」
二度目の謝罪をするユージンに、ユウリは慌てて、そんな、と首を振った。
その理不尽なまでに自分勝手な行動の裏に隠れる気持ちを知って、ユウリは彼を責めることなど出来ない。
「学園長に、ウェズの抹籍を進言する」
「え、ヨルンさん……?」
「その後、教会騎士団に身柄を引き渡して、法に則って裁かれるべきだ」
「そんな……私、もう気にしてません!」
ユージンは、驚きを隠せないでいる。
ここまで静かに怒るヨルンを、彼は見たことがなかった。
余りにも厳しいヨルンの声音に、ユウリは必死に訴える。
「ヨルンさんが助けに来てくれたから、私は無傷です。ウェズさんは、ちょっと間違っただけなんです」
「ちょっとどころの話じゃないでしょ。誘拐監禁暴行未遂、立派な犯罪だよ」
そう並べられると、確かにそうなのだが、ウェズの歪んでしまった経緯を知る身としては、ユウリは何とかして彼を助けたいと思ってしまう。
ユージンも懇願するように呟く。
「お前を煽って……軽率な行動をとった俺も悪い」
「そ、それに、被害者の私がいいって言ってるんです。だから、学園長からの処分を待ちましょう」
「……ユウリは甘すぎる。学園長の処分なんて、精々謹慎が関の山だ。戻ってきたウェズが、またユウリに手を出さないとも限らない」
「ちょっと、ヨルンさん!」
吐き捨てるように言ったヨルンに、ユウリが抗議の声を上げた。
「ユージンさんの気持ちも考えて発言してください!」
その言葉に、ヨルンの顔色が変わった。あまりの形相に、ユウリは思わず言葉に詰まる。
彼女の腕を無言で掴んだヨルンは、フォンに後始末を頼むと、荒々しい足取りで、ユウリを連れて地下室を後にした。
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