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第九章 真実の歴史
9-8. 消滅の儀式-2
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《最果ての地》は、教会の位置する《北の大地》より更に北に進み、いくつかの山嶺を越えた先にある。そこは、大地がほぼ一面氷に覆われ、薄雲の隙間から注ぐ柔らかな光に映し出される白一色の世界だった。
まるで生命の息遣いを感じさせない極寒の地で、ただ一つだけ、人工的な建造物が存在する。
《始まりの魔女》が降臨した聖地に、厳かに聳え立つ神殿。
その中心部にある『祈りの間』と呼ばれる大広間に、教会幹部たちが集っていた。
彼らが囲うようにしているクリスタルの中で、眠るように目を閉じている《始まりの魔女》が居る。
封印の日から、彼女はずっとそこに安置されていた。
脈動するように、魔力に反応して光を漏らすクリスタルから、彼女がまだ生きていることは確かだったが、指先ひとつ動かさず、血濡れた傷を治すことなく、《魔女》はただそこに居た。
「……畏ろしいな」
誰かがポツリと呟く。
封印されても尚、その膨大な魔力が視認できるうえ、無機質な人形のような白い肌にべっとりと紅く乾いた血が張り付いていて、その対比がより彼らを畏憚させた。
そんな感情を振り払うように、彼らは淡々と数日がかりで準備された魔導具や魔法陣を確認していく。
《始まりの魔女》が生まれ出でた聖地で、今から正に、その《魔女》を無に還す儀式が始まろうとしていた。
イェルディスは、担当する区画をより丁寧に確認しながら、他の区画への助言をしている。そうやって他の幹部の目を欺いて、明け方に隠し入れた魔導具と、魔法陣に組み込んだ転生魔法の隠蔽を行なっているのだ。
訝しむ者が誰もいないのは、偏に彼が、魔法研究の第一人者と呼ばれる程に高い魔法技術を要していたからだろう。
イェルディスが練り上げた転生魔法は、生命が潰える前に、その者が持つ魔力、ひいてはその元である魔素に、次の行き先を組み込むものだった。
《始まりの魔女》が有する無限の魔力にそれを行うことは、生半可な知識と技術では到底不可能だ。誰よりも魔法や魔力の扱いに長けていると自負する彼ですら、《魔女》を構成する魔力をまた繋ぎ合わせるのに、数百年という時間を算出していた。
(それでも、このまま消滅させるわけにはいかない)
人間になることを、強く望んだ《始まりの魔女》。
この世界を平和に導いた救世主が、ただ愛するものの側にいることを、何故許されなかった。
「最終確認はもういいか」
消滅の儀式での詠唱を取り仕切るリーダーが、彼に声をかける。
怒りに満ちる表情を消し去り、イェルディスは振り返ると同時にゆっくりと頷いた。
リーダーに促され、第一節の呪文を担当するフードの男が一歩前へと歩み出る。
その詠唱が始まると、第二節、三節と次々に皆が続いた。
パリパリと、砕けるような音を立てながら、《始まりの魔女》を覆うクリスタルが解かれていく。
徐々にその瞳が開かれ、その真っ赤な唇から、掠れた声が漏れる。
「こ、れは……」
やはり生きていた《魔女》を前に動揺が走るが、詠唱は継続された。
彼女は、酷く重たい身体を動かそうと、一番近くにいるフードの男に手を伸ばす。
そして、《魔女》の瞳が驚愕に見開かれた。
伸ばされたその指先が、ぱらぱらと光の粒子となって綻び始めている。
——ああ、フィニー
《魔女》の瞳から、一筋の涙が溢れる。
身体に埋め込まれたままになっている反魔法の矢じりが、彼女から最期の希望を叶える力すら奪っていた。
——もう一度、会いたかった。けれどもう、それも叶わない
《魔女》が諦め、瞳を閉じた時。
「な……これは!?」
詠唱を終えた一人の男が、狼狽の声を上げた。
その目には、光の粒となって瓦解して行く《魔女》から溢れた魔力が、散り散りに霧散していく様が写っていた。
「こんな、こんなはずでは……!」
イェルディスは訝しんだ。金の髪の幹部が、何か酷く狼狽えている。
転生魔法は隠れて上手く発動していた。誰の目に見ても、当初の予定通り、《魔女》が消滅していくようにしか見えない。
それなのに、数人の幹部たちはそれが失敗であるかのように、慌てふためいていた。
(フィニー、このまま安心は出来ないぞ)
さらに裏のありそうな幹部達の様子に、舌打ちでもしそうな表情のイェルディスと、もはや陽炎ほどしかない《魔女》の目が合う。
イェルディスは、ただ目を逸らさずに、頷くことしかできない。
ふ、と微笑んで、僅かに動いた唇を最後に《始まりの魔女》は、完全にこの世から姿を消した。
それを見届けて、最前列で詠唱していたアルカディは嘆息する。
——《魔女》の魔力を奪おうなどと
そんな畏れ多い方法で、祖国の復活を願う者達がいたことを、彼は知っていた。
何度も説得し、ただ家族を盾にされると、止めることは叶わなかった。
だから、彼はイェルディスに協力したのだ。
転生魔法を組み込むにあたってイェルディスが配置した魔導具と魔法陣は、上手くいけば、術者の技量の差がその他に隠された魔法を無効化すると踏んだ。
そして、アルカディの目論見通り、《始まりの魔女》の魔力を奪うという企みは、確実に失敗に終わった。
消滅の儀式の終了を告げる声に、教会幹部達は様々な思いを巡らせている。
イェルディスやアルカディのように、複雑な感情を抑えているもの、呆然とするもの、ほっと胸をなでおろすもの。
最後尾に隠れるようにしていた、背中が丸まった小柄な影が、憎々しげにその様子を眺めていた。
まるで生命の息遣いを感じさせない極寒の地で、ただ一つだけ、人工的な建造物が存在する。
《始まりの魔女》が降臨した聖地に、厳かに聳え立つ神殿。
その中心部にある『祈りの間』と呼ばれる大広間に、教会幹部たちが集っていた。
彼らが囲うようにしているクリスタルの中で、眠るように目を閉じている《始まりの魔女》が居る。
封印の日から、彼女はずっとそこに安置されていた。
脈動するように、魔力に反応して光を漏らすクリスタルから、彼女がまだ生きていることは確かだったが、指先ひとつ動かさず、血濡れた傷を治すことなく、《魔女》はただそこに居た。
「……畏ろしいな」
誰かがポツリと呟く。
封印されても尚、その膨大な魔力が視認できるうえ、無機質な人形のような白い肌にべっとりと紅く乾いた血が張り付いていて、その対比がより彼らを畏憚させた。
そんな感情を振り払うように、彼らは淡々と数日がかりで準備された魔導具や魔法陣を確認していく。
《始まりの魔女》が生まれ出でた聖地で、今から正に、その《魔女》を無に還す儀式が始まろうとしていた。
イェルディスは、担当する区画をより丁寧に確認しながら、他の区画への助言をしている。そうやって他の幹部の目を欺いて、明け方に隠し入れた魔導具と、魔法陣に組み込んだ転生魔法の隠蔽を行なっているのだ。
訝しむ者が誰もいないのは、偏に彼が、魔法研究の第一人者と呼ばれる程に高い魔法技術を要していたからだろう。
イェルディスが練り上げた転生魔法は、生命が潰える前に、その者が持つ魔力、ひいてはその元である魔素に、次の行き先を組み込むものだった。
《始まりの魔女》が有する無限の魔力にそれを行うことは、生半可な知識と技術では到底不可能だ。誰よりも魔法や魔力の扱いに長けていると自負する彼ですら、《魔女》を構成する魔力をまた繋ぎ合わせるのに、数百年という時間を算出していた。
(それでも、このまま消滅させるわけにはいかない)
人間になることを、強く望んだ《始まりの魔女》。
この世界を平和に導いた救世主が、ただ愛するものの側にいることを、何故許されなかった。
「最終確認はもういいか」
消滅の儀式での詠唱を取り仕切るリーダーが、彼に声をかける。
怒りに満ちる表情を消し去り、イェルディスは振り返ると同時にゆっくりと頷いた。
リーダーに促され、第一節の呪文を担当するフードの男が一歩前へと歩み出る。
その詠唱が始まると、第二節、三節と次々に皆が続いた。
パリパリと、砕けるような音を立てながら、《始まりの魔女》を覆うクリスタルが解かれていく。
徐々にその瞳が開かれ、その真っ赤な唇から、掠れた声が漏れる。
「こ、れは……」
やはり生きていた《魔女》を前に動揺が走るが、詠唱は継続された。
彼女は、酷く重たい身体を動かそうと、一番近くにいるフードの男に手を伸ばす。
そして、《魔女》の瞳が驚愕に見開かれた。
伸ばされたその指先が、ぱらぱらと光の粒子となって綻び始めている。
——ああ、フィニー
《魔女》の瞳から、一筋の涙が溢れる。
身体に埋め込まれたままになっている反魔法の矢じりが、彼女から最期の希望を叶える力すら奪っていた。
——もう一度、会いたかった。けれどもう、それも叶わない
《魔女》が諦め、瞳を閉じた時。
「な……これは!?」
詠唱を終えた一人の男が、狼狽の声を上げた。
その目には、光の粒となって瓦解して行く《魔女》から溢れた魔力が、散り散りに霧散していく様が写っていた。
「こんな、こんなはずでは……!」
イェルディスは訝しんだ。金の髪の幹部が、何か酷く狼狽えている。
転生魔法は隠れて上手く発動していた。誰の目に見ても、当初の予定通り、《魔女》が消滅していくようにしか見えない。
それなのに、数人の幹部たちはそれが失敗であるかのように、慌てふためいていた。
(フィニー、このまま安心は出来ないぞ)
さらに裏のありそうな幹部達の様子に、舌打ちでもしそうな表情のイェルディスと、もはや陽炎ほどしかない《魔女》の目が合う。
イェルディスは、ただ目を逸らさずに、頷くことしかできない。
ふ、と微笑んで、僅かに動いた唇を最後に《始まりの魔女》は、完全にこの世から姿を消した。
それを見届けて、最前列で詠唱していたアルカディは嘆息する。
——《魔女》の魔力を奪おうなどと
そんな畏れ多い方法で、祖国の復活を願う者達がいたことを、彼は知っていた。
何度も説得し、ただ家族を盾にされると、止めることは叶わなかった。
だから、彼はイェルディスに協力したのだ。
転生魔法を組み込むにあたってイェルディスが配置した魔導具と魔法陣は、上手くいけば、術者の技量の差がその他に隠された魔法を無効化すると踏んだ。
そして、アルカディの目論見通り、《始まりの魔女》の魔力を奪うという企みは、確実に失敗に終わった。
消滅の儀式の終了を告げる声に、教会幹部達は様々な思いを巡らせている。
イェルディスやアルカディのように、複雑な感情を抑えているもの、呆然とするもの、ほっと胸をなでおろすもの。
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