明治仕舞屋顛末記

祐*

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第一部 《鬼手》と《影虎》

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 ——修に、もっと良い酒奢ってやらねぇとな

 隆二は京橋大通りの人ごみを歩みながら、口端を上げた。
 修が賭博場から持ち帰った情報。
 堀の賭博場へ押し入ったという侍は、茶色の長髪とを携えている。山の手方面を拠点とし、目的もなくふらふらとしていて、ぱっと見、優男の浪人まがいにしか見えない。だが、一たび腕を振るえば、滅茶苦茶に強い。甘いものが好きで、願いを聞き届ける対価に甘味菓子を要求する。

 これだけ聞くと、一見何の役にも立たない噂話だが、隆二にはいい手掛かりだった。
 茶色の長髪だけなら腐る程いるだろうが、それに黒番傘が加われば、この東京でも何人もいないだろう。その上、甘いものが好き、ということで、浅草、銀座、京橋と、色んな甘味処や菓子屋を巡って、聞き込みをしていたのだ。
 まさか、一日目で本人に相見えるとは思ってもみなかったが、結果的には《鬼手》の先手になった。
 功労者の修に、上酒の一つ二つくらい、安いもんだ。

 ——柄本晃政

 そう名乗った男から発せられた殺気は、ほんの一瞬だとしても、肌を刺すようだった。あの時、隆二が声を掛けなければ、双方抜刀する隙も無く、男たちは倒れ伏していただろう。西南の英雄などとうそぶいた連中など、相手にならないほど、鋭い気。あれは——。

「人斬りか」

 隆二は、煙管を持った己の拳に目をやりながら、ぽつりと呟いた。
 あの気は、実際に人を殺めたことのある者にしか出せない。いや、ただ、人を殺めただけではない。目的の、志のためなら、躊躇いなくただ斬って捨ててしまえる、そんな人斬りの気だ。
 何となく、隆二は腑に落ちない。

 そんな生粋の人斬りが、この明治の時世に、華族に抱えられているというのだ。
 しかも、相手はやくざ、仕事は押し込み強盗。
 堀の下男の言葉を全て信じるわけではないが、何らかの因果があるにしろ、余りにもお粗末な仕事ではないか。
 それに、面が割れている、ということは、その押し込み強盗、とみえる。
 雇われの人斬りが、斬り損じた? あれ程の殺気を発する、あの男が?
 それこそ、違和感がありすぎる。
 あの時代に生きた者なら、わかる。あの男は本物だ。
 鬼神と恐れられる《鬼手》に匹敵する、ともすれば、それ以上の実力の持ち主だろう。

 どちらにしろ、

 隆二は舌打ちした。
 破格の前金に目が眩んだことは否めないが、これはもしかしたら、本当に割りに合わない依頼かも知れぬ。
 腕の立つ男たちとは、《鬼手》として何度も手を合わせてきた。それこそ、掃いて捨てるほどに。
 どんな強者を前にしても、ほぼ完璧に、一部の狂いもなく、仕舞屋としての仕事を終える隆二だからこそ、ここまでの評判を得たのだ。
 だが、今回の依頼は、今まで通りとはいかない気がしてならない。

 ——堀の野郎め

 裏稼業の世界で、金だけが正義とする仕舞屋が重宝される反面、《鬼手》を怨敵とする輩の心当たりも山ほどあった。嵌められたとしても、驚かない。
 大体、堀に《鬼手》を紹介した轟木組だとて、依頼を受けたこともあるが、こともある。
 隆二は嘆息した。
 今更嵌めた嵌められただのは、気にしても仕方ない。前金を納めた以上、仕舞はつけなくてはならない。たとえ闇の稼業であっても、それなりの矜持はあった。

「面倒臭ぇなあ……」

 ぶつぶつと独り言ちながら、隆二は頭を掻いた。その表情は言葉に反して、なぜか嬉しそうにもみえる。
 久々に骨のある敵を認識して、気合いはしっかりと入っている。
 同時に、胸中に芽生える感情が意味不明で、酷く煩わしい。

 あの、人斬りの殺気。
 それを肌に感じた時、隆二は気付いたのだ。

 ——己が、高揚していることに

 遂に見つけた、と。
 何故だかそんな感情が湧き上がった。理由は、何となくわかっている。今はその後ろめたさすらも鬱陶しい。

「赤坂の、本多といったか」

 晃政が風月堂の主人に告げた届先は、山の手の武家屋敷だった。
 それは、修が持ち帰ってきた侍の情報にも合致する。
 先ずは足がかりに、調べてみる価値はあるだろう。
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