復讐は、冷やして食すのが一番美味い

Yuito_Maru

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第1章 3度目の人生

[10] 2度目の人生:覚悟の始まり

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 その後、私は、母のためにもと、身体を鍛え、剣の技を磨いた。
 剣の教師や練習場は、レノドン伯爵に内緒で母が手配してくれた。
「お母様は剣の家庭教師をどうやって見つけたの?」
 家に居ることが多く、社交活動もほとんどしていない母が剣術の教師を手配したことは私にとって不思議だった。
「慈善活動に行った養護施設で出会ったのよ」
 私の問いに母は微笑んだ。
「奥様はご結婚後、少しずつですが慈善活動をなさってたんですよ。刺繍を施したハンカチや小物など持参してチャリティーに参加されたり、奥様自ら読み聞かせをしたり、文字を教えてあげたりと、奥様のご活躍は本当にすばらしく」
 母の侍女であるメリッサが誇らしげに語り出すと止まらず、母は恥ずかしそうにした。
「メリッサ、もう止めて。ピオニーも驚いているじゃない」
「いえ、奥様、まだまだお嬢様にお伝えすることはたくさんあります」
 メリッサの主である母への褒め言葉は終わらず、私は1度目の人生では味わえなかった幸せを嚙み締めた。
 何が何でも母とメリッサを守らなくては。私は、再び心に誓った。

 数日後、私は別邸でマルクス・ミネルバ男爵と弟子のマリアドネに会った。
 黒髪と日に焼けた肌、右頬のかすかな傷――無骨さの中に静かな覇気を漂わせるマルクスが微笑む。
「私は定期的にチェックに参りますが、マリアドネはお嬢様のトレーナーとして住みこませていただきます。奥様もご了承済みですので」
 マルクスは、体格の良さに加え、ただ向き合っただけで息が詰まりそうな威圧感があった。
 一方のマリアドネは、整った短い黒髪に映える白い肌、そして無表情なのが印象的だった。
 聞けば、彼女はメリッサの娘で、幼い頃からマルクスに鍛えられてきたという。
 歳は私より2歳上で15歳だった。
「マルクス、マリアドネの実力を見せてほしいわ」
 私の頼みにマルクスはニヤリと笑った。
「もちろんです。フェイクソード(模擬剣)を持参しました。お見せしましょう」
 私はマリアドネとマルクスを連れて厩舎の裏にある森へ入った。
 年に一度、伐採した薪を運ぶためだけに使われる雑草に埋もれる荷車道を辿る。
 人の気配はない。
 開けた伐採地には切株と岩が散在し、鍛錬にはうってつけだった。
 マルクスは辺りを見回した。
「ここなら、鍛錬場としても合格ですね」
 マルクスは剣を構えて静かに立つ。
 マリアドネは剣を握ったまま、木々や岩を踏み台にして左右前後へ矢のように跳び、一直線に彼へ迫った。
 マルクスは軽々とマリアドネの鋭い一撃を何度もかわす。その繰り返しだった。
 その軌跡は凄まじかったが、私はマリアドネが鋭い矢のように飛び回る姿に見惚れた。 美しいと思った。
 マリアドネが剣を突き上げた瞬間、マルクスの姿がふっと掻き消えた。
「――っ!」
 視線が追いつく前に、マルクスはマリアドネの背後に立ち、喉元へ剣を添えていた。
 マルクスはマリアドネの背後に立ち、マリアドネの喉に剣を押し当てた。
「そこまで!」
 私は慌てて、大声を上げた。
 すると、マルクスとマリアドネは顔を見合わせ、静かに剣を脇に挿した。
「ありがとう。マリアドネ、トレーナーとしてよろしくお願いするわ」
 私は微笑んだが、マリアドネは相変わらず無表情だった。
 しかも、マリアドネの第一声も感情の気配を感じさせなかった。
「お嬢様、強くなりたいですか」
「もちろんよ」
「では、こちらを毎日欠かさず実施してください」
 マリアドネが作ってくれた鍛錬メニューが書かれた紙を見て、私は途方に暮れた。
「インターバル走やサーキット、ジャンプスクワット、ボックスジャンプ、ワイドプッシュアップ? 何これ。しかも全部1日50回?」
「いいえ、朝と昼食後の2回なので、1日各100回です。慣れてきたら200回になります」
「え?」
 私は、“無理!”という言葉を飲み込んだ。
 騎士になれば、母を守れるかもしれない。
 だが、騎士になるにはアカデミーに入学する必要がある。
 何が何でもアカデミーに入るためのお金が要る。
 レノドン伯爵に言えば、1度目の人生同様に鉱山を要求されるだろう。
 それは同時に母に苦労を掛けることにもなる。
 やはり、剣術大会で奨学金を得るのが手っ取り早い。
 私は、覚悟を決めた。
 それからの日々、私は必死で鍛錬をこなした。
「ピオニー様は素質があります。まだまだですが」
 マリアドネは相変わらずニコリともせずに私に言った。
「毎回一言多いのよ」
 睨んでみせたが、胸の奥は温かかった。
 血豆が潰れようと包帯を巻き、グローブをはめて続けた。マリアドネは時折、薬を静かに塗ってくれた。
「痛む前に塗ってください」
「ありがとう」
 その気遣いが沁みた。
 半年後には模擬戦ができるまでになり、剣術大会の女性部門で優勝した。
 14歳の秋、私は自力でアカデミーの奨学金を勝ち取った。
 鉱山を伯爵に渡さずに済む、初めての“違う未来”だった。

 アカデミーの合格通知を母に見せると、母は子どものように抱きついてきた。
「ピオ、おめでとう!」
 その笑顔は、何よりの報酬だった。
しかし、その幸福は長く続かなかった。
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