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第十九章
むしろ当てたくなる壁
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「ムルト、もうちょっと右で……よし、それで大丈夫だ」
そちらではボナザさんとニャイアーコーチを相手に何名かが直接FKの練習だ。壁に立つには頭数が足りないので、何か穴の開いた大きな板みたいなモノをムルトさんとシノメさんが両脇から挟んでいる。
「何だありゃ?」
そんな用具、持ち運んできてなかったよな? と思う間にダリオさんがFKを蹴り、惜しくも板の上辺を掠めてそれを倒した。
その表面には簡単なゴブ院温泉地帯の背景とそれをバックに笑顔で並ぶゴブリンの鉱夫や行商人たち、大きな狼たちが描かれている。
そしてその内の幾つかには顔面に穴が空いていた。
「もしかして……顔をハメて記念撮影するやつか?」
よく観光地に置いてある、顔を入れてご当地キャラになりきって写真を撮れたりする板を俺は思い浮かべた。
サッカードウの伝播とその試合中継の必要性から、この異世界の魔法映像技術は――いや別の異世界を知っている訳ではないが例えばゲームで見るのと比べて、ね――非常に発展している。実際に俺も試合や練習の映像確認で非常にお世話になっている。
そしてその恩恵を受けているのはもちろん俺だけでなく、この世界の住人たちもだ。サッカードウが広まりそれに伴って映像の意識が変わって50年、彼か彼女らは既に『記念撮影』という概念すらも会得している。
「うふふ、痛かったですねーよしよし」
シノメさんが板を起こしながら、絵の中の狼の頭を優しく撫でた。良いなあ、俺もアレやって欲しい……じゃなくて! うむ、アレは間違いなく観光地のアレだ。
「ダリオ、今のコースは良かったぞー! ムルト、できればジャンプしてくれ。カーリー選手は壁を越えて落とすのが上手いから! ですよね、ニャイアーコーチ?」
「え? ああ、そうだな」
ボナザさんがニャイアーコーチにそう確認した。ニャイアーコーチはまだナリンさんとエオンさんが組んず解れつしているのを見て気も漫ろだ。
「あ! 今度は代わりにゴールマウスに立って貰っても良いですか?」
次のキッカーがボールをセットしたのを見てボナザさんがニャイアーコーチに交代をお願いする。
「ああ? うん……」
ニャイアーコーチは愛しのナリンさんの方を凝視しながら、しかし正確にゴールマウスの中央に立った。優れたGKはゴールの幅や距離感が身体に染み着いているという。試合の中でたまに、際どいコースへ飛んだシュートに飛びつかず見送っているのはその感覚が
「ああ、このシュートは外れるな!」
と伝えているからだそうだ。いや見ているこっちは冷や冷やするので辞めて欲しいけど。
「じゃあ、行く」
ふと、それとは違う感覚とフェリダエの耳が、今のキッカーの声と独特の足音を聞いてニャイアーコーチを振り向かせた。
「ちょっとルーナって聞いてニャーイ!?」
その方向でいつもの助走を取りFKを放とうとしているのは、悪魔の左足を持つハーフエルフだった。
「むん!」
ドスッ! と鈍い音を発しながらルーナさんの左足がボールを叩き、弾丸シュートが唸りを上げてテイクオフする。
「やぁんっ!」
「逃げて!」
壁の両端にいたムルトさんとシノメさんが板を手放し地面に伏せた。意外な事に可愛い悲鳴を上げたのはムルトさんの方だ。
それを見ていた俺は
「これが『普段、女子力のない女の子から不意に女がでる瞬間』ってヤツか~」
と呑気に思っていたが、もしかしたらこれは記憶の後付けかもしれない。何故ならムルトさんはそこまで女子力がない訳でもないし、ルーナさんのFKの速度からいって、そんな事を悠長に考える時間は無いからだ。
「にゃああああ!」
もちろん、ニャイアーコーチにもそのシュートに対して準備をする時間は無かった。フェリダエは全身の毛を逆立たせて棒立ちになるしかなかった。
ベキッ!
しかし幸か不幸かルーナさんの放った一撃は壁を越える事すらせず、板に描かれたゴブリン行商人の股間に風穴を空けて止まる。
「むう。まだまだコントロールが課題か……」
「ちょっとルーナ! 殺す気かニャ! ボナザも!」
ニャイアーコーチは憮然とした顔で呟くルーナさんと、奥のゴールポストの陰に避難して苦笑いしているボナザさんに抗議の声を上げた。
「穴、空いちゃいましたね。どうしましょう?」
「はあ。また弁償ものでしょうか……」
先ほどのムルトさんの可愛い悲鳴には一切触れず、シノメさんは板を持ち上げて会計部の先輩と被害の状況を見た。
「あら? でもここに顔をハメて記念撮影できるようになったから、却って感謝されるかもしれませんよ?」
その場へ駆け寄ったダリオさんが実際に頭部をその穴へ通した。
「ちょっとダリオ姫!」
「ぶははは! 傑作!」
ゴブリンの股間から顔を出したエルフ王家の象徴を見てムルトさんが慌てて止めに入り、ルーナさんが遠慮なく笑い出した。
ダリオさん……デイエルフだらけの自主練に参加しているあたり、ドーンエルフには珍しいタイプだと思っていたけど、根っこの部分はやっぱりシャマーさん達と変わらないんだな。
「落とすとはすなわち堕とす……。強気なイケメンをメスに堕とすイメージで……」
そんな中。皆がそれぞれの場所で騒ぐ間で、唯一超然と立っていたエルフが何か囁きながら静かに動き始めていた。
そちらではボナザさんとニャイアーコーチを相手に何名かが直接FKの練習だ。壁に立つには頭数が足りないので、何か穴の開いた大きな板みたいなモノをムルトさんとシノメさんが両脇から挟んでいる。
「何だありゃ?」
そんな用具、持ち運んできてなかったよな? と思う間にダリオさんがFKを蹴り、惜しくも板の上辺を掠めてそれを倒した。
その表面には簡単なゴブ院温泉地帯の背景とそれをバックに笑顔で並ぶゴブリンの鉱夫や行商人たち、大きな狼たちが描かれている。
そしてその内の幾つかには顔面に穴が空いていた。
「もしかして……顔をハメて記念撮影するやつか?」
よく観光地に置いてある、顔を入れてご当地キャラになりきって写真を撮れたりする板を俺は思い浮かべた。
サッカードウの伝播とその試合中継の必要性から、この異世界の魔法映像技術は――いや別の異世界を知っている訳ではないが例えばゲームで見るのと比べて、ね――非常に発展している。実際に俺も試合や練習の映像確認で非常にお世話になっている。
そしてその恩恵を受けているのはもちろん俺だけでなく、この世界の住人たちもだ。サッカードウが広まりそれに伴って映像の意識が変わって50年、彼か彼女らは既に『記念撮影』という概念すらも会得している。
「うふふ、痛かったですねーよしよし」
シノメさんが板を起こしながら、絵の中の狼の頭を優しく撫でた。良いなあ、俺もアレやって欲しい……じゃなくて! うむ、アレは間違いなく観光地のアレだ。
「ダリオ、今のコースは良かったぞー! ムルト、できればジャンプしてくれ。カーリー選手は壁を越えて落とすのが上手いから! ですよね、ニャイアーコーチ?」
「え? ああ、そうだな」
ボナザさんがニャイアーコーチにそう確認した。ニャイアーコーチはまだナリンさんとエオンさんが組んず解れつしているのを見て気も漫ろだ。
「あ! 今度は代わりにゴールマウスに立って貰っても良いですか?」
次のキッカーがボールをセットしたのを見てボナザさんがニャイアーコーチに交代をお願いする。
「ああ? うん……」
ニャイアーコーチは愛しのナリンさんの方を凝視しながら、しかし正確にゴールマウスの中央に立った。優れたGKはゴールの幅や距離感が身体に染み着いているという。試合の中でたまに、際どいコースへ飛んだシュートに飛びつかず見送っているのはその感覚が
「ああ、このシュートは外れるな!」
と伝えているからだそうだ。いや見ているこっちは冷や冷やするので辞めて欲しいけど。
「じゃあ、行く」
ふと、それとは違う感覚とフェリダエの耳が、今のキッカーの声と独特の足音を聞いてニャイアーコーチを振り向かせた。
「ちょっとルーナって聞いてニャーイ!?」
その方向でいつもの助走を取りFKを放とうとしているのは、悪魔の左足を持つハーフエルフだった。
「むん!」
ドスッ! と鈍い音を発しながらルーナさんの左足がボールを叩き、弾丸シュートが唸りを上げてテイクオフする。
「やぁんっ!」
「逃げて!」
壁の両端にいたムルトさんとシノメさんが板を手放し地面に伏せた。意外な事に可愛い悲鳴を上げたのはムルトさんの方だ。
それを見ていた俺は
「これが『普段、女子力のない女の子から不意に女がでる瞬間』ってヤツか~」
と呑気に思っていたが、もしかしたらこれは記憶の後付けかもしれない。何故ならムルトさんはそこまで女子力がない訳でもないし、ルーナさんのFKの速度からいって、そんな事を悠長に考える時間は無いからだ。
「にゃああああ!」
もちろん、ニャイアーコーチにもそのシュートに対して準備をする時間は無かった。フェリダエは全身の毛を逆立たせて棒立ちになるしかなかった。
ベキッ!
しかし幸か不幸かルーナさんの放った一撃は壁を越える事すらせず、板に描かれたゴブリン行商人の股間に風穴を空けて止まる。
「むう。まだまだコントロールが課題か……」
「ちょっとルーナ! 殺す気かニャ! ボナザも!」
ニャイアーコーチは憮然とした顔で呟くルーナさんと、奥のゴールポストの陰に避難して苦笑いしているボナザさんに抗議の声を上げた。
「穴、空いちゃいましたね。どうしましょう?」
「はあ。また弁償ものでしょうか……」
先ほどのムルトさんの可愛い悲鳴には一切触れず、シノメさんは板を持ち上げて会計部の先輩と被害の状況を見た。
「あら? でもここに顔をハメて記念撮影できるようになったから、却って感謝されるかもしれませんよ?」
その場へ駆け寄ったダリオさんが実際に頭部をその穴へ通した。
「ちょっとダリオ姫!」
「ぶははは! 傑作!」
ゴブリンの股間から顔を出したエルフ王家の象徴を見てムルトさんが慌てて止めに入り、ルーナさんが遠慮なく笑い出した。
ダリオさん……デイエルフだらけの自主練に参加しているあたり、ドーンエルフには珍しいタイプだと思っていたけど、根っこの部分はやっぱりシャマーさん達と変わらないんだな。
「落とすとはすなわち堕とす……。強気なイケメンをメスに堕とすイメージで……」
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