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第三十九章
虎馬なのか牛なのか
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「どうしたでありますか!? まだ体調が?」
俺の様子を見たナリンさんが心配そうに、日本語に切り替えて質問する。俺を気遣いつつも周囲に知られて大事になったりしないようにする冷静さを伴った行動だな。できるコーチだ。
「いや、どちらかと言うと精神的なモノです。5分、考えさせて下さい」
優しいエルフへ俺がそう告げると、ゴルルグ族のコーチ……の片方は分かる分かる、とでも言うように頷き、ナリンさんの肩へ手を置いた。
「ちょっと独りで歩きます」
俺はアカリさんに目で礼を送り宣言してグランドの外周を歩き出した。5分というのは適当な数字ではない。今アローズは公開練習――いつも通り報道陣へ見せられるのはウォーミングアップや軽いサッカーバレーだけだ――の部分を行っており、それが終わるのがだいたい5分後なのだ。
それまでに俺は決めなければならない。このままのプランを実行するか急遽、戦術を変更しそれ用の練習をするか。
再度確認するが今の段階におけるアローズのポゼッションサッカードウと、守備を固めサイド攻撃に狙いを絞った……らしい明日のミノタウロスチームのサッカードウは相性としては最悪である。軽く脳内シミュレートしても開き直って自陣で守備をするミノタウロスがこちらのミスに乗じてカウンターを発動し、人数だけは揃ったアローズの守備陣を蹴散らすシーンしか思い浮かばない。
戦術というモノにはやはり相性があり、グーチョキパーでグーはパーに負ける運命なのだ。実は理想上のポゼッションサッカーはそういう事を超越した存在であり、先の例であれば強すぎるグーでパーもグーも粉砕するチートなのだが……とにかく今はまだ無理だ。
そして現在の完成度の戦術で仮に敗北した場合、ただの一敗でないダメージを受ける可能性がある。
勝ち点的な余裕は、ある。アローズは前半戦でまあまあの勝ち点を稼いでおりリーグの後半戦で多少、苦戦しても――同じチームと二巡目の戦いをするのだ。難しくなるだろう――残留は間違いないと読んでいる。
問題はチームのモチベーションの方だ。一つにはリーグ戦はここで1ヶ月程度の中休みに入り、カップ戦の予選を挟んで後半戦が開始される、という事情がある。
休み直前の試合を勝って休暇へ入るか負けて入るかでは大きな差がある。特に生真面目な性格が多いデイエルフ達は後悔や反省を引きずりながらそれぞれの遊び先へ向かう事となるだろう。
そうなっては心からバケーションを楽しめず可哀想だ。俺も休み前の期末試験でかなり悪い点数を取り、憂鬱な夏を過ごした経験があるので分かる。
もう一つには今後、同じサッカードウを練習し試合で使っていく上で苦手意識が残らないか? という点だ。俺たちが目指すのはこの異世界では誰も見た事が無い、高度で芸術的なサッカードウだ。はっきりしたイメージは湧かないだろうし修練も非常に難しい。
その出だしで惨い失敗や負け方をしてしまったら、トラウマを負ってしまうかもしれない。そうなると今後のトレーニングに大きな負債を抱えてしまう。
大の大人が何を大袈裟な! と言われてしまうかもしれないが、案外とこれは見過ごせない部分である。チームというのは生き物であり、構成員一人一人は成年でも集団としては幼い心だったりもする。
そして俺としてはエルフ代表がサッカードウで頂点を穫るには、この方向性しか無いと思っている。
「こっちについてはトラウマになっちゃったので、別のにしましょー」
とは言えないのだ。
その為には大事にチームと戦術を育てて行かなければならないのだが……。
「全員、追い出したぞ!」
そんなステフの自慢げな声が耳に飛び込んできた。俺が腕を組んで歩き廻りながら悩んでいる間に、イベント部長兼アウェイでは警備部長が報道陣その他を追い出し終わったらしい。
つまり5分プラスアルファが過ぎてしまったという事だ。
「うむ、よくやったぞステフ君!」
ザックコーチによる肩車の上からジノリコーチが労いの声をかける。彼女とステフ、出会いが最悪だったのであのドワーフ幼女はダスクエルフに永いあいだ苦手意識を持っていたようだが、最近はすっかりとそういう感情も無くなってしまったらしい。
ま、虎の威を借る狐ではないが、ミノタウロスの上から眺めたら大抵のモノは怖くないだろうけどね!
「あ、ジノリコーチ!」
俺はそちらへ歩み寄りながら声をかける。先程の考察から言えば、やはり直前であっても変更し新戦術は別の機会で試すべきである。しかし俺は今の光景を見て、やはりこのまま試す事にした。
「おお、なんじゃ?」
ジノリコーチが首を傾げながらこちらを見る。理由の一つは彼女の存在だ。このドワーフの天才コーチは俺の拙い説明やコンセプトを聞き、目を輝かせながら戦術の解釈とトレーニング方法を考案した。
そんな彼女を肩に乗せているザックコーチも同様だ。彼も本来、パワーとスピードに頼るミノタウロス代表を改革しようとハーフミノタウロスであるラビンさんを、反対を押し切ってまで代表チームへ加えた監督である。このミノタウロス元代表監督もまた、新戦術を楽しみにしている。
この2名の楽しみを直前で奪い取ってしまうのは如何なものか? と思ったのである。
「偵察によると、ミノタウロス代表は守ってサイドからのカウンターを練習していたそうです。それを打ち破れる対策をお願いします!」
俺は無茶ぶりとも言える提案を彼女に言う。自分独りで懸念したり考えたりしても無駄だ。出来ない部分は頼れるコーチへ任せるのが総監督としてのやり方ではないか?
「ほほう。なかなか小癪じゃな!」
「出来るのか?」
ジノリコーチは不敵に笑いザックコーチが心配そうに見上げた。でも大丈夫、きっと彼女なら何か思いつく筈だし、もし失敗してトラウマを抱えても、それを乗り越えていけば良いのだ。
そう、ステフの事が苦手だったジノリコーチがそれを克服したみたいに。
「なーに、わしにかかれば造作もないわい!」
「なーんかムカツクな。コチョコチョ……」
「ひゃあ!」
と、ザックコーチの上で威張るジノリコーチの足を、ステフが手を伸ばしてくすぐった!
「何をするんじゃ!」
「泣いてたジノリコーチが偉そうだな~っと」
「なんだと!?」
激高するドワーフを更に煽るダスクエルフ。その風景に他の監督コーチが一斉にため息をついた。
うん、まあこんなんでもトラウマを克服してるのには違いない。こっちは放っておいて、俺は俺でチームが凹んだ時にどうするかを考えておこう……。
俺の様子を見たナリンさんが心配そうに、日本語に切り替えて質問する。俺を気遣いつつも周囲に知られて大事になったりしないようにする冷静さを伴った行動だな。できるコーチだ。
「いや、どちらかと言うと精神的なモノです。5分、考えさせて下さい」
優しいエルフへ俺がそう告げると、ゴルルグ族のコーチ……の片方は分かる分かる、とでも言うように頷き、ナリンさんの肩へ手を置いた。
「ちょっと独りで歩きます」
俺はアカリさんに目で礼を送り宣言してグランドの外周を歩き出した。5分というのは適当な数字ではない。今アローズは公開練習――いつも通り報道陣へ見せられるのはウォーミングアップや軽いサッカーバレーだけだ――の部分を行っており、それが終わるのがだいたい5分後なのだ。
それまでに俺は決めなければならない。このままのプランを実行するか急遽、戦術を変更しそれ用の練習をするか。
再度確認するが今の段階におけるアローズのポゼッションサッカードウと、守備を固めサイド攻撃に狙いを絞った……らしい明日のミノタウロスチームのサッカードウは相性としては最悪である。軽く脳内シミュレートしても開き直って自陣で守備をするミノタウロスがこちらのミスに乗じてカウンターを発動し、人数だけは揃ったアローズの守備陣を蹴散らすシーンしか思い浮かばない。
戦術というモノにはやはり相性があり、グーチョキパーでグーはパーに負ける運命なのだ。実は理想上のポゼッションサッカーはそういう事を超越した存在であり、先の例であれば強すぎるグーでパーもグーも粉砕するチートなのだが……とにかく今はまだ無理だ。
そして現在の完成度の戦術で仮に敗北した場合、ただの一敗でないダメージを受ける可能性がある。
勝ち点的な余裕は、ある。アローズは前半戦でまあまあの勝ち点を稼いでおりリーグの後半戦で多少、苦戦しても――同じチームと二巡目の戦いをするのだ。難しくなるだろう――残留は間違いないと読んでいる。
問題はチームのモチベーションの方だ。一つにはリーグ戦はここで1ヶ月程度の中休みに入り、カップ戦の予選を挟んで後半戦が開始される、という事情がある。
休み直前の試合を勝って休暇へ入るか負けて入るかでは大きな差がある。特に生真面目な性格が多いデイエルフ達は後悔や反省を引きずりながらそれぞれの遊び先へ向かう事となるだろう。
そうなっては心からバケーションを楽しめず可哀想だ。俺も休み前の期末試験でかなり悪い点数を取り、憂鬱な夏を過ごした経験があるので分かる。
もう一つには今後、同じサッカードウを練習し試合で使っていく上で苦手意識が残らないか? という点だ。俺たちが目指すのはこの異世界では誰も見た事が無い、高度で芸術的なサッカードウだ。はっきりしたイメージは湧かないだろうし修練も非常に難しい。
その出だしで惨い失敗や負け方をしてしまったら、トラウマを負ってしまうかもしれない。そうなると今後のトレーニングに大きな負債を抱えてしまう。
大の大人が何を大袈裟な! と言われてしまうかもしれないが、案外とこれは見過ごせない部分である。チームというのは生き物であり、構成員一人一人は成年でも集団としては幼い心だったりもする。
そして俺としてはエルフ代表がサッカードウで頂点を穫るには、この方向性しか無いと思っている。
「こっちについてはトラウマになっちゃったので、別のにしましょー」
とは言えないのだ。
その為には大事にチームと戦術を育てて行かなければならないのだが……。
「全員、追い出したぞ!」
そんなステフの自慢げな声が耳に飛び込んできた。俺が腕を組んで歩き廻りながら悩んでいる間に、イベント部長兼アウェイでは警備部長が報道陣その他を追い出し終わったらしい。
つまり5分プラスアルファが過ぎてしまったという事だ。
「うむ、よくやったぞステフ君!」
ザックコーチによる肩車の上からジノリコーチが労いの声をかける。彼女とステフ、出会いが最悪だったのであのドワーフ幼女はダスクエルフに永いあいだ苦手意識を持っていたようだが、最近はすっかりとそういう感情も無くなってしまったらしい。
ま、虎の威を借る狐ではないが、ミノタウロスの上から眺めたら大抵のモノは怖くないだろうけどね!
「あ、ジノリコーチ!」
俺はそちらへ歩み寄りながら声をかける。先程の考察から言えば、やはり直前であっても変更し新戦術は別の機会で試すべきである。しかし俺は今の光景を見て、やはりこのまま試す事にした。
「おお、なんじゃ?」
ジノリコーチが首を傾げながらこちらを見る。理由の一つは彼女の存在だ。このドワーフの天才コーチは俺の拙い説明やコンセプトを聞き、目を輝かせながら戦術の解釈とトレーニング方法を考案した。
そんな彼女を肩に乗せているザックコーチも同様だ。彼も本来、パワーとスピードに頼るミノタウロス代表を改革しようとハーフミノタウロスであるラビンさんを、反対を押し切ってまで代表チームへ加えた監督である。このミノタウロス元代表監督もまた、新戦術を楽しみにしている。
この2名の楽しみを直前で奪い取ってしまうのは如何なものか? と思ったのである。
「偵察によると、ミノタウロス代表は守ってサイドからのカウンターを練習していたそうです。それを打ち破れる対策をお願いします!」
俺は無茶ぶりとも言える提案を彼女に言う。自分独りで懸念したり考えたりしても無駄だ。出来ない部分は頼れるコーチへ任せるのが総監督としてのやり方ではないか?
「ほほう。なかなか小癪じゃな!」
「出来るのか?」
ジノリコーチは不敵に笑いザックコーチが心配そうに見上げた。でも大丈夫、きっと彼女なら何か思いつく筈だし、もし失敗してトラウマを抱えても、それを乗り越えていけば良いのだ。
そう、ステフの事が苦手だったジノリコーチがそれを克服したみたいに。
「なーに、わしにかかれば造作もないわい!」
「なーんかムカツクな。コチョコチョ……」
「ひゃあ!」
と、ザックコーチの上で威張るジノリコーチの足を、ステフが手を伸ばしてくすぐった!
「何をするんじゃ!」
「泣いてたジノリコーチが偉そうだな~っと」
「なんだと!?」
激高するドワーフを更に煽るダスクエルフ。その風景に他の監督コーチが一斉にため息をついた。
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