698 / 700
第三十九章
黒い突撃
しおりを挟む
ここまでアローズのDFとMFは細かなポジション調整を行いながら、正確なパス回しを行っていた。ミノタウロスの前の両翼のプレスには冷や汗をかいていたが、それ以外は危険なシーンは無かったと言えよう。
だが同時に、相手側に危険を感じさせた場面もそれほど多くは無かった。ダリオさん絡みで何度かチャンスを作った――いやその一つで得点をあげたのは見事と言うしかないが――以降はあまり大きな出来事は発生していない。
俺達はそこで組織的に『大きな出来事』を起こそうとしていた。
『クエンにゃん、走って!』
マイラさんが声と身振りで何か指示を出しながらパスを出す。その宛先はクエンさんだ。
いつもはDFラインの前で守備を担い防波堤の役割を果たしている彼女は、今日は左のIHに入っていた。位置は違えど仕事は変わらない。対面した選手からボールを奪い、短いパスを繋ぎ、そのゾーンを制圧する。
しかしそのナイトエルフは、その自分のゾーンを飛び出して行った。
『良いパスっすマイラさん!』
クエンさんはミノタウロスの右SBとCBの中間地点へ突っ込み、自分の左肩から巻き込んで落ちる様なパスを右足でトラップした。
『撃て!』
『撃つのじゃ!』
「クエンさんシュート!」
俺達ベンチ前のコーチ陣が一斉に叫ぶ。明らかにオフサイドは無く、彼女の周囲にはミノタウロスの選手がいない。と同時に味方の選手もいないのだ。プレイの選択はシュート一択に思えた。
『ええと、えい!』
『モォ!』
だがクエン選手には迷いがあった。その隙にGKのパデュー選手が突進し、ナイトエルフのシュートを至近距離で跳ね返す!
『『モオオオオ!』』
そのプレイにスタジアムが振動した。いや、比喩ではない。パデュー選手のビックセーブを称えミノタウロスサポーターが安堵と賞賛の声を漏らし、その風圧で建物が揺れたのだ。
「おおう……」
それを見た俺は、そう言えば地球では家畜の牛が吐くメタンガスが温暖化の原因でどうとかの話があったが、やはり牛の肺活量って凄いんだな! と間抜けな事を考えていた。
『ああ、くそ!』
『お、惜しかった~! う、浮かして避ければ、きれいだったのに!』
一方、ベンチ前では悔しがったザックコーチが膝から崩れ落ちながら地面を殴り、サオリさんが椅子を小さく蹴って実際にスタジアムを振動させていた。それぞれ、思うところや脳内シミュレーションがあった様子だ。
「コーチは選手の選択肢を広げるだけにし、実際のプレイ選択をコントロールするべきではない」
というのは恐らく真実であり俺達もそういう方針でやっている。
だがそれは建前であり、先程の様に切羽詰まった場面では
「こうやって欲しい!」
みたいな希望やプレイのイメージは実際にあるのだ。
まあそういう場面でのプレイの画が一つも浮かばない方がコーチとしておかしいけどね。それを口に出して強制するかどうかの問題で。
「もう少しだったでありますね!」
「ええ。まあぶっちゃけ『飛び出し満点、その後の発想は赤点』みたいなプレイや選手はあるあるですし許容範囲です」
ナリンさんがそう話しかけてきたので、俺は小声でこっそりと応えた。ちょっと酷な言い方なので話者の少ない日本語な上に更に気を遣う。
「うぷっ……!」
「それよりもこの後ですね。ジノリコーチを呼んで下さい」
笑ってしまいそうだが笑ってはいけない、みたいな感じで声を詰まらせるナリンさんに俺は指示を出す。しかし美人は吹き出すのを我慢する顔になっても美人なんだな。
「りょ、了解であります……」
そう応えたナリンさんは周囲を見渡し、テクニカルエリアの最前線で突っ伏して倒れているジノリコーチの方へ走る。どうやらあのドワーフも失望で地面にキスをしていたらしい。
「みんな大袈裟だなあ。本番はこの後なのに」
俺は苦笑してそう呟きながら、ピッチを眺め今のプレイの成果を確認した。
今日のアローズ前線はリーシャ、ダリオ、エオンの3TOPだ。この中でダリオさんは見た通り偽CFで、中央を上下しながらスペースを作ったりパスを出したりする役割。一方リーシャ、エオンの両者はWG。左右のサイドラインに位置し、そこからドリブルでDFを突破してチャンスを作ったり、姫様が作ったスペースへ飛び込んでゴールを狙ったりするのが仕事だ。
この両WGへ良い状態でボールを送るのが今日のアローズのサッカードウの肝だ。何故なら彼女らが最も攻撃の能力に長け、ゴールへ結び着くプレイを行えるからだ。
一方でミノタウロス代表もそれを分かってはいるので、リーシャさんとエオンさんにはSBがしっかりとついている。ローズ選手やククリ選手ほどではないが、俊敏なミノタウロスが見張っているのだ。
両WGは常に片方のシューズが白く汚れるほど――サイドラインを踏んでいるので白線の粉がついている――サイドに張っているのだが、それにおつき合いする形でピッタリと。
そうすると……SBとCBの間が空く。それこそ簡単な飛び出し一つで切り裂ける程に。今さっき、クエンさんがやったのがそれである。
残念ながら得点には結びつかなかったが、まあ仕方ない。CFもWGも遠くてフォローし難いし、そもそも中盤の黒子役の選手だ。独りでフィニッシュする程の攻撃力は無い。
だがそれを見せる事で相手に危機感を与えられれば成功だ。そうするとWGを見張っていたSBも、少し中に意識が向く。
そして中へ意識が向くと、今度はWGとの距離が空く。前述した『両WGへ良い状態でボールを送る』のが容易になるのだ。つまり今のIHによる飛び出しは
『それで得点できれば儲け、できなくても以降WGへのパスコースを作り易くなれば十分』
という作戦なのだ。
実際に俺が確認したピッチ上では、アガサさんからリーシャさんへのパスラインが開いているのが見えた……!
だが同時に、相手側に危険を感じさせた場面もそれほど多くは無かった。ダリオさん絡みで何度かチャンスを作った――いやその一つで得点をあげたのは見事と言うしかないが――以降はあまり大きな出来事は発生していない。
俺達はそこで組織的に『大きな出来事』を起こそうとしていた。
『クエンにゃん、走って!』
マイラさんが声と身振りで何か指示を出しながらパスを出す。その宛先はクエンさんだ。
いつもはDFラインの前で守備を担い防波堤の役割を果たしている彼女は、今日は左のIHに入っていた。位置は違えど仕事は変わらない。対面した選手からボールを奪い、短いパスを繋ぎ、そのゾーンを制圧する。
しかしそのナイトエルフは、その自分のゾーンを飛び出して行った。
『良いパスっすマイラさん!』
クエンさんはミノタウロスの右SBとCBの中間地点へ突っ込み、自分の左肩から巻き込んで落ちる様なパスを右足でトラップした。
『撃て!』
『撃つのじゃ!』
「クエンさんシュート!」
俺達ベンチ前のコーチ陣が一斉に叫ぶ。明らかにオフサイドは無く、彼女の周囲にはミノタウロスの選手がいない。と同時に味方の選手もいないのだ。プレイの選択はシュート一択に思えた。
『ええと、えい!』
『モォ!』
だがクエン選手には迷いがあった。その隙にGKのパデュー選手が突進し、ナイトエルフのシュートを至近距離で跳ね返す!
『『モオオオオ!』』
そのプレイにスタジアムが振動した。いや、比喩ではない。パデュー選手のビックセーブを称えミノタウロスサポーターが安堵と賞賛の声を漏らし、その風圧で建物が揺れたのだ。
「おおう……」
それを見た俺は、そう言えば地球では家畜の牛が吐くメタンガスが温暖化の原因でどうとかの話があったが、やはり牛の肺活量って凄いんだな! と間抜けな事を考えていた。
『ああ、くそ!』
『お、惜しかった~! う、浮かして避ければ、きれいだったのに!』
一方、ベンチ前では悔しがったザックコーチが膝から崩れ落ちながら地面を殴り、サオリさんが椅子を小さく蹴って実際にスタジアムを振動させていた。それぞれ、思うところや脳内シミュレーションがあった様子だ。
「コーチは選手の選択肢を広げるだけにし、実際のプレイ選択をコントロールするべきではない」
というのは恐らく真実であり俺達もそういう方針でやっている。
だがそれは建前であり、先程の様に切羽詰まった場面では
「こうやって欲しい!」
みたいな希望やプレイのイメージは実際にあるのだ。
まあそういう場面でのプレイの画が一つも浮かばない方がコーチとしておかしいけどね。それを口に出して強制するかどうかの問題で。
「もう少しだったでありますね!」
「ええ。まあぶっちゃけ『飛び出し満点、その後の発想は赤点』みたいなプレイや選手はあるあるですし許容範囲です」
ナリンさんがそう話しかけてきたので、俺は小声でこっそりと応えた。ちょっと酷な言い方なので話者の少ない日本語な上に更に気を遣う。
「うぷっ……!」
「それよりもこの後ですね。ジノリコーチを呼んで下さい」
笑ってしまいそうだが笑ってはいけない、みたいな感じで声を詰まらせるナリンさんに俺は指示を出す。しかし美人は吹き出すのを我慢する顔になっても美人なんだな。
「りょ、了解であります……」
そう応えたナリンさんは周囲を見渡し、テクニカルエリアの最前線で突っ伏して倒れているジノリコーチの方へ走る。どうやらあのドワーフも失望で地面にキスをしていたらしい。
「みんな大袈裟だなあ。本番はこの後なのに」
俺は苦笑してそう呟きながら、ピッチを眺め今のプレイの成果を確認した。
今日のアローズ前線はリーシャ、ダリオ、エオンの3TOPだ。この中でダリオさんは見た通り偽CFで、中央を上下しながらスペースを作ったりパスを出したりする役割。一方リーシャ、エオンの両者はWG。左右のサイドラインに位置し、そこからドリブルでDFを突破してチャンスを作ったり、姫様が作ったスペースへ飛び込んでゴールを狙ったりするのが仕事だ。
この両WGへ良い状態でボールを送るのが今日のアローズのサッカードウの肝だ。何故なら彼女らが最も攻撃の能力に長け、ゴールへ結び着くプレイを行えるからだ。
一方でミノタウロス代表もそれを分かってはいるので、リーシャさんとエオンさんにはSBがしっかりとついている。ローズ選手やククリ選手ほどではないが、俊敏なミノタウロスが見張っているのだ。
両WGは常に片方のシューズが白く汚れるほど――サイドラインを踏んでいるので白線の粉がついている――サイドに張っているのだが、それにおつき合いする形でピッタリと。
そうすると……SBとCBの間が空く。それこそ簡単な飛び出し一つで切り裂ける程に。今さっき、クエンさんがやったのがそれである。
残念ながら得点には結びつかなかったが、まあ仕方ない。CFもWGも遠くてフォローし難いし、そもそも中盤の黒子役の選手だ。独りでフィニッシュする程の攻撃力は無い。
だがそれを見せる事で相手に危機感を与えられれば成功だ。そうするとWGを見張っていたSBも、少し中に意識が向く。
そして中へ意識が向くと、今度はWGとの距離が空く。前述した『両WGへ良い状態でボールを送る』のが容易になるのだ。つまり今のIHによる飛び出しは
『それで得点できれば儲け、できなくても以降WGへのパスコースを作り易くなれば十分』
という作戦なのだ。
実際に俺が確認したピッチ上では、アガサさんからリーシャさんへのパスラインが開いているのが見えた……!
0
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる