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エピローグ (上)
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僕とアーシュがエステートに帰国してからは、王城の雰囲気がいつもより浮き足だっていた。今日は特にそうで、使用人達は忙しなく動き回り数時間後に開かれる祭典の準備をしている。
「良かった。頸の腫れはひきましたね」
僕の身支度を手伝っていた乳母が安心せたように言い、僕の首にクラバットを巻く。
「そうだな。まだ腫れていたら衣装を変えなければいけなかったから治って良かった」
今日のためにあつらえた衣装の襟を正しクラバットの上から頸をそっと撫でる。白色の生地に金糸の刺繍が映えるデザインの衣装は一番上のコートは膝丈まであるので普段の礼装よりも重みを感じる。エステートでは祝いの式典の時には王族は白色を身につける決まりになっているので、この礼装が着れなかったら今日の式典の参加が危ぶまれた。
番になるためにアーシュに噛まれた頸は腫れ上がり、つい数日前にやっと落ち着いたのだ。番った噛み跡は腫れるのかと思うと、ジンジンする痛みすらも先日までは嬉しかったのだが…。
「ばあやは、お坊ちゃまの腫れを見た時は驚きました。お嬢様が陛下と番になった時には、あんなに腫れていなかったので個人差があるんですねぇ」
乳母は元々、母上の実家の使用人だったから母上の事を未だにお嬢様と呼ぶ。
「そうかもしれないな」
濁すように返事をしたが、母上の頸の噛み跡と僕の頸のものの腫れが違うのは当然だと思う。アーシュは僕の頸に何度も噛み付いたのだから。一番最初に噛まれた記憶以外ないのだが、どうやらアーシュは意識を飛ばしかけていた僕を抱き続け、達する度に僕の頸に噛み付いていたらしい。つい先日、中々腫れがひかない頸の噛み跡を撫でながらアーシュが悪びれもなく言ってきたのだ。その時、思わず手が出た僕は悪くないと思う。アーシュは物凄く微妙そうな顔をしていたが、僕は悪くないはずだ。
「そういえばカリーノお嬢ちゃんも、今日は来られるみたいですね。坊ちゃまの戴冠式にお嬢ちゃんと久々に会えるなんて、ばあやは嬉しいです」
「あぁ」
カリーノが僕たちと一緒にエステートに帰国できなかった理由を考えると、どんな顔をしてあえばいいのか分からない。そして、それを隠しきれない自分がもどかしい。それは、付き合いの長いばあやにはお見通しのようだった。
「嘘がつけないくらい不器用な所は、坊ちゃまの美点だとばあやは思います。でもね、リドールで何があったのか分かりませんが、坊ちゃまは胸を張って今日の式典に参加したらいいんですよ。坊ちゃまの立太子を祝う式典なんですから」
僕とアーシュが番になった日と同じ日にカリーノがシャロル王子と番になったのだと帰国してからアーシュに告げられた。どういう経緯でそうなったのか分からずアーシュを問い詰め聞いた内容は、シャロル王子がカリーノを噛んだのは不運な事故なのだと。しかし、シャロル王子と番になったからには、カリーノはシャロル王子の側室にならなければならいとリドール側から通達があり、カリーノはリドールに留まることになったのだ。
僕がアーシュと番になるということはカリーノがリドールに嫁ぐということだと分かってはいた。でも好きでもない相手と間違えて番になったカリーノの気持ちを考えると、いたたまれなくなる。
アーシュには気にするなと言われたが、どうしたって気になってしまう。だってカリーノは僕の大切な妹なのだから。
「ヴィルム殿下の準備は整いましたか?」
「あぁ、フィリアス侯爵様。坊ちゃまの準備は終わりましたよ」
「そうですか。では、ヴィルム殿下に謁見を希望されている方がいるので、お通ししてもよろしいでしょうか?」
アーシュの父上がこの部屋に通すということは、どこかの国の要人なのだろう。
「ああ、構わない。通してくれ」
「どうぞ、こちらへ」
僕の返事を聞き侯爵は背後に控えていた要人に声をかけ、部屋に招き入れる。
その人は僕と同じ髪色と瞳をして、記憶にある笑顔と同じものを僕に向ける。
「え、なぜ?」
「なぜって酷いわ兄様。せっかくの戴冠式なんだから、来るに決まっているでしょう?」
僕の反応を面白がる様にカリーノは言う。身に纏っているドレスはエステートではみることのないデザインのものだった。リドールて流行っているものなのだろう。布地の色も白ではなく、黄色なのがカリーノはもうエステートの王族ではなくなったのだと教える。
「リドールから許可は降りたのか?ほら、カリーノ…様?はシャロル王子の番な訳ではナイデスカ」
「兄様に様づけされるのは、なんか嫌だわ。それに私に敬語を使うのに慣れてないからカタコトになってるし。固苦しいのはナシにしましょう!シャロル王子の番になっても、私が兄様の妹なのは変わらないでしょ?」
「そうか。ありがとう。…えっと、リドールでの生活には慣れたか?」
「エステートとは違うマナーがあったりして、それを身につけるまでは大変だったけど、今はなんとかやっているわ。それにアルヴィがリドールに来てくれたから、寂しさも紛れたし。ばあやも元気だった?」
「カリーノお嬢ちゃん、お綺麗になって。ばあやは元気でしたよ」
カリーノがシャロルの側室になった後、エステートからカリーノの身の回りの世話をする使用人を派遣した。人選はアーシュに任せていたから知らなかったが、まさかアルヴィがいたとは。
「そうか。慣れない土地で頑張っているのだな」
「まあね。そういえば兄様、立太子おめでとうございます。兄様の晴れの日に立ち会えることを嬉しく思います」
カリーノはドレスの裾を摘み淑女の礼をする。それに素直に礼を言えば、この場は何も波風が立たないと分かっている。でもどおしでも聞かずにはいられなかった。
「…僕を恨んでいないのか?」
「恨むって、何を恨めばいいの?」
「アーシュが僕を助けに来たから、カリーノの護衛がいなくなって、それで…」
「オメガのフェロモンに誘発されたシャロル王子に噛まれた…と兄様は思っているの?」
「だって、それが事実だろ?」
カリーノは居心地が悪そうに目を逸らすと、普段よりも低い声で話し始めた。
「兄様は真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐで優しい方ね。だからアーシュも兄様に惹かれたのかもしれないわ。
ねぇ、兄様。あなたは私に負い目を感じる必要なんてないの。だって、私は貴方をリドールに売ろうとしたんだから」
「は…?」
「良かった。頸の腫れはひきましたね」
僕の身支度を手伝っていた乳母が安心せたように言い、僕の首にクラバットを巻く。
「そうだな。まだ腫れていたら衣装を変えなければいけなかったから治って良かった」
今日のためにあつらえた衣装の襟を正しクラバットの上から頸をそっと撫でる。白色の生地に金糸の刺繍が映えるデザインの衣装は一番上のコートは膝丈まであるので普段の礼装よりも重みを感じる。エステートでは祝いの式典の時には王族は白色を身につける決まりになっているので、この礼装が着れなかったら今日の式典の参加が危ぶまれた。
番になるためにアーシュに噛まれた頸は腫れ上がり、つい数日前にやっと落ち着いたのだ。番った噛み跡は腫れるのかと思うと、ジンジンする痛みすらも先日までは嬉しかったのだが…。
「ばあやは、お坊ちゃまの腫れを見た時は驚きました。お嬢様が陛下と番になった時には、あんなに腫れていなかったので個人差があるんですねぇ」
乳母は元々、母上の実家の使用人だったから母上の事を未だにお嬢様と呼ぶ。
「そうかもしれないな」
濁すように返事をしたが、母上の頸の噛み跡と僕の頸のものの腫れが違うのは当然だと思う。アーシュは僕の頸に何度も噛み付いたのだから。一番最初に噛まれた記憶以外ないのだが、どうやらアーシュは意識を飛ばしかけていた僕を抱き続け、達する度に僕の頸に噛み付いていたらしい。つい先日、中々腫れがひかない頸の噛み跡を撫でながらアーシュが悪びれもなく言ってきたのだ。その時、思わず手が出た僕は悪くないと思う。アーシュは物凄く微妙そうな顔をしていたが、僕は悪くないはずだ。
「そういえばカリーノお嬢ちゃんも、今日は来られるみたいですね。坊ちゃまの戴冠式にお嬢ちゃんと久々に会えるなんて、ばあやは嬉しいです」
「あぁ」
カリーノが僕たちと一緒にエステートに帰国できなかった理由を考えると、どんな顔をしてあえばいいのか分からない。そして、それを隠しきれない自分がもどかしい。それは、付き合いの長いばあやにはお見通しのようだった。
「嘘がつけないくらい不器用な所は、坊ちゃまの美点だとばあやは思います。でもね、リドールで何があったのか分かりませんが、坊ちゃまは胸を張って今日の式典に参加したらいいんですよ。坊ちゃまの立太子を祝う式典なんですから」
僕とアーシュが番になった日と同じ日にカリーノがシャロル王子と番になったのだと帰国してからアーシュに告げられた。どういう経緯でそうなったのか分からずアーシュを問い詰め聞いた内容は、シャロル王子がカリーノを噛んだのは不運な事故なのだと。しかし、シャロル王子と番になったからには、カリーノはシャロル王子の側室にならなければならいとリドール側から通達があり、カリーノはリドールに留まることになったのだ。
僕がアーシュと番になるということはカリーノがリドールに嫁ぐということだと分かってはいた。でも好きでもない相手と間違えて番になったカリーノの気持ちを考えると、いたたまれなくなる。
アーシュには気にするなと言われたが、どうしたって気になってしまう。だってカリーノは僕の大切な妹なのだから。
「ヴィルム殿下の準備は整いましたか?」
「あぁ、フィリアス侯爵様。坊ちゃまの準備は終わりましたよ」
「そうですか。では、ヴィルム殿下に謁見を希望されている方がいるので、お通ししてもよろしいでしょうか?」
アーシュの父上がこの部屋に通すということは、どこかの国の要人なのだろう。
「ああ、構わない。通してくれ」
「どうぞ、こちらへ」
僕の返事を聞き侯爵は背後に控えていた要人に声をかけ、部屋に招き入れる。
その人は僕と同じ髪色と瞳をして、記憶にある笑顔と同じものを僕に向ける。
「え、なぜ?」
「なぜって酷いわ兄様。せっかくの戴冠式なんだから、来るに決まっているでしょう?」
僕の反応を面白がる様にカリーノは言う。身に纏っているドレスはエステートではみることのないデザインのものだった。リドールて流行っているものなのだろう。布地の色も白ではなく、黄色なのがカリーノはもうエステートの王族ではなくなったのだと教える。
「リドールから許可は降りたのか?ほら、カリーノ…様?はシャロル王子の番な訳ではナイデスカ」
「兄様に様づけされるのは、なんか嫌だわ。それに私に敬語を使うのに慣れてないからカタコトになってるし。固苦しいのはナシにしましょう!シャロル王子の番になっても、私が兄様の妹なのは変わらないでしょ?」
「そうか。ありがとう。…えっと、リドールでの生活には慣れたか?」
「エステートとは違うマナーがあったりして、それを身につけるまでは大変だったけど、今はなんとかやっているわ。それにアルヴィがリドールに来てくれたから、寂しさも紛れたし。ばあやも元気だった?」
「カリーノお嬢ちゃん、お綺麗になって。ばあやは元気でしたよ」
カリーノがシャロルの側室になった後、エステートからカリーノの身の回りの世話をする使用人を派遣した。人選はアーシュに任せていたから知らなかったが、まさかアルヴィがいたとは。
「そうか。慣れない土地で頑張っているのだな」
「まあね。そういえば兄様、立太子おめでとうございます。兄様の晴れの日に立ち会えることを嬉しく思います」
カリーノはドレスの裾を摘み淑女の礼をする。それに素直に礼を言えば、この場は何も波風が立たないと分かっている。でもどおしでも聞かずにはいられなかった。
「…僕を恨んでいないのか?」
「恨むって、何を恨めばいいの?」
「アーシュが僕を助けに来たから、カリーノの護衛がいなくなって、それで…」
「オメガのフェロモンに誘発されたシャロル王子に噛まれた…と兄様は思っているの?」
「だって、それが事実だろ?」
カリーノは居心地が悪そうに目を逸らすと、普段よりも低い声で話し始めた。
「兄様は真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐで優しい方ね。だからアーシュも兄様に惹かれたのかもしれないわ。
ねぇ、兄様。あなたは私に負い目を感じる必要なんてないの。だって、私は貴方をリドールに売ろうとしたんだから」
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