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城門を潜りエントランスの前で馬は脚を止めた。
差し伸べられたヴェルナーの腕に支えられ、馬の背を滑り降り足が地面につくと、腰に回されていた男の手が不意に背中に周り抱きしめられる。
「あの…… 」
まるで放すまいかとするその腕の中で、リーゼロッテは戸惑いの声をあげた。
その声に背中に回った腕がするりと解けた。
「すまなかったね、今日は。
楽しみにしていただろうにこんなに早く引き上げることになってしまって」
戸惑うような瞳を向けながらヴェルナーは言う。
そこへ、乳母が転がるようにして駆け出してきた。
「姫様! いかがいたしました? 」
「ううん、何でもないわ」
「そうですか? それにしてはお帰りが早いような? 」
乳母は首を捻る。
「ああ、人に酔ったみたいだ。
姫君が後宮育ちなのを失念していた俺の落ち度だ。
済まなかったね」
「いいえ、とんでもございませんわ。
姫様が我儘を言ったのですから。殿下のせいでは…… 」
さらりと謝られて乳母は少し戸惑っているようだ。
「ゆっくり休ませてやってくれ。
それと、あまり口うるさく咎めないでやれよ」
それだけ言うとヴェルナーは乗ってきた馬にまた乗り上げると、走り去ってしまった。
「姫様、もしかしてお熱でも? 」
その姿をぼんやりと見送っていると、頭を下げて送り出していた乳母に声を掛けられる。
「ううん、平気」
「そうですか? お顔の色が少し紅いような…… 」
帽子の下のリーゼロッテの顔を覗きこんで乳母が首を傾げた。
「そんなことないわ」
リーゼロッテは慌てて帽子を取るとそれで隠すように顔面を覆った。
抱きしめられたヴェルナーの胸の温もりが移り、それが更に増したように頬が熱い。
「とにかく、少しお休みくださいな」
「うん、そうする」
乳母に促されリーゼロッテはぼんやりと部屋に戻る。
「どうかなさいましたか? 」
着替えを手伝いながら乳母はリーゼロッテの顔を覗き込んだ。
「やはりお熱でも? 」
首をかしげると、ベッドに押し込もうとするかのようにナイトドレスを持ち出してくる。
「平気よ。
ヴェルナー様の言ったように、少し人に酔ったみたいだけど、もう平気。
ただね、途中からヴェルナー様なんだか急に難しい顔になって……
わたし、何か悪いことしてしまったんじゃないのかな?
それともやっぱりご迷惑だったのかな」
リーゼロッテは視線を落した。
「そんなことないと思いますよ。
少なくとも姫様を送っていらした時の殿下はそんな風には見えませんでしたわ。
むしろ何かをご心配なさっているような…… 」
「そうなのかな? 」
「やっぱり少しお休みください。
きっとお疲れのせいでそんな風に思われるんですわ。
何しろ街に出るなんて姫様はじめてのことですもの」
乳母はナイトドレスをリーゼロッテに着せ掛けた。
「まだ夜着じゃなくていいわ。
どうせ今夜もどなたかと晩餐でしょ?
欠席なんかしたら迷惑掛けてしまうもの」
リーゼロッテは羽織らされたナイトドレスを肩から滑り落すと、デイドレスを手に取った。
「駄目ですよ、姫様。
今夜の晩餐はご遠慮させていただきましょう。
お休みになってください」
少し厳しい顔で乳母は言う。
乳母がこの顔をした時には、何が何でも譲ってはくれない。
リーゼロッテは仕方なく頷いた。
開け放した窓から吹き込む穏かな風が、窓辺に掛けられた薄地のカーテンを揺らす。
リーゼロッテはそれを目に何度目かのため息をついた。
「退屈そうですわね」
くすくすと軽い笑い声とともに掛かる声に顔をあげるとドアの向こうにアーデルハイドの顔がある。
「アーデルハイド様? 」
リーゼロッテは瞳を輝かせる。
「突然、お約束もなしにごめんなさいね。
お邪魔してもいいかしら? 」
首を傾げながら訊いてくれる。
「ええ、もちろん! 」
立ち上がるとアーデルハイドを招き入れた。
「今、お茶を…… 」
メイドに言いつけて、窓辺に置かれたテーブルの前の椅子を勧めた。
「でも、どうして?
何かわたしにご用でも? 」
思いもかけない人物の訪問に、リーゼロッテは睫をしばたかせてアーデルハイドを見る。
ここへきてはじめの頃聞いた。
ヴェルナーの奥方は邸に篭ったままめったに人前に出てこないと。
そのアーデルハイドがわざわざ出向いてくるには何か訳があるはずだ。
「いいえ、そうじゃないの。
殿下がね。
リーゼロッテ様は、きっと乳母にベッドに押し込められて退屈していらっしゃるはずだから、行ってあげなさいって。
ご自分が出向くより、女同士の方がきっと話も弾んで気がまぎれるだろうからって」
アーデルハイドは、やんわりとした穏かな笑みをリーゼロッテに向ける。
「躯はなんともないのよ。
ニオベが心配してあちこちの行事をお断りしてしまったから、なんだか大事になってしまって…… 」
リーゼロッテは言葉を詰らせる。
「そうじゃないかって言ってました。
何処でも乳母は過保護だろうからって」
「ありがとう、本当に退屈していたの。
だから嬉しい」
リーゼロッテは顔を綻ばせる。
「本当は子供達も来たがっていたんだけど」
「今日はお留守番?
連れてきてくれても良かったのに」
「陛下と、殿下の取り決めでね、子供達は城内に入れてはいけないことになっているの。
だからごめんなさいね」
「残念。
またお父様からお菓子が届いていたの。届けようと思っていたところだったのよ」
「お心使い感謝しますわ」
アーデルハイドは花のようにあでやかな笑みを浮かべる。
その笑顔にリーゼロッテの胸がちくりと痛んだ。
「どうかして? 」
急に雲ってしまったリーゼロッテの表情に気遣わしげにアーデルハイドは訊いてくる。
「ううん、なんでもない」
リーゼロッテは胸の痛みを押し隠すように慌てて首を横に振った。
こうしてアーデルハイドを目の当たりにすると、どうしてヴェルナーがアーデルハイドを選んだのかわかるような気がする。
国一番の美姫との噂があるだけのことはある、その華やかであでやかな容姿。
その上に持ってきてその美貌を鼻にかけるわけでもなくあくまでも控えめで穏かで、優しい。
そして常に笑顔を絶やさない。
ヴェルナーでなくてもきっと誰もが引き付けられるはずだ。
「ね?
せっかくだから訊いてもいい? 」
気を取り直してリーゼロッテは口を開く。
「ね? アーデルハイドとヴェルナー様のなりそめって、どんなだったの? 」
「なれそめですか? 」
アーデルハイドは恥ずかしそうに頬を染めた。
「うん、ヴェルナー様とアーデルハイド様みていると、政略結婚じゃなさそうだなって、思ったから」
以前ミス・スワンから何処の国でも貴族は余程の事がない限りおおよそは政略結婚だと聞かされたことがある。
しかし、この二人の仲睦まじい様子を見ているとそうは思えない。
「そんなたいしたことじゃないんですよ。
殿下は、凄くお人よしで困っている人を放って置けない方だから、助けていただいたの」
何かを思い起こしたように視線を遠くに泳がせながらアーデルハイドは呟くように言う。
それだけでなんとなくその情景が予想できてしまう。
恐らくはデビュタント早々の舞踏会でパートナーの申し込みが殺到して困っているところを、ヴェルナーがさらりと連れ出してくれたのだろう。
いつかのあの晩餐会の時のように。
「それより。
はじめての市街はいかがでしたか? 」
話をはぐらかすようにアーデルハイドが訊いてきた。
「うん。
すっごく楽しかったわ。
わたしね、あんなに人が沢山歩いている中縫って歩くようなことしたことなかったでしょ?
案外神経使うものなの、知らなかったの。
正面から来た人にぶつからないようにとか、後ろから急ぎ足で来る人に道を譲るとか。
そういうこと常に考えながら歩かなくちゃいけないのよね。
その上にご一緒の方とはぐれないようにしなくちゃいけなくて、でもお店には珍しいものが沢山並んでいてつい目を奪われて…… 」
頬を紅潮させてリーゼロッテは矢継ぎ早に喋る。
差し伸べられたヴェルナーの腕に支えられ、馬の背を滑り降り足が地面につくと、腰に回されていた男の手が不意に背中に周り抱きしめられる。
「あの…… 」
まるで放すまいかとするその腕の中で、リーゼロッテは戸惑いの声をあげた。
その声に背中に回った腕がするりと解けた。
「すまなかったね、今日は。
楽しみにしていただろうにこんなに早く引き上げることになってしまって」
戸惑うような瞳を向けながらヴェルナーは言う。
そこへ、乳母が転がるようにして駆け出してきた。
「姫様! いかがいたしました? 」
「ううん、何でもないわ」
「そうですか? それにしてはお帰りが早いような? 」
乳母は首を捻る。
「ああ、人に酔ったみたいだ。
姫君が後宮育ちなのを失念していた俺の落ち度だ。
済まなかったね」
「いいえ、とんでもございませんわ。
姫様が我儘を言ったのですから。殿下のせいでは…… 」
さらりと謝られて乳母は少し戸惑っているようだ。
「ゆっくり休ませてやってくれ。
それと、あまり口うるさく咎めないでやれよ」
それだけ言うとヴェルナーは乗ってきた馬にまた乗り上げると、走り去ってしまった。
「姫様、もしかしてお熱でも? 」
その姿をぼんやりと見送っていると、頭を下げて送り出していた乳母に声を掛けられる。
「ううん、平気」
「そうですか? お顔の色が少し紅いような…… 」
帽子の下のリーゼロッテの顔を覗きこんで乳母が首を傾げた。
「そんなことないわ」
リーゼロッテは慌てて帽子を取るとそれで隠すように顔面を覆った。
抱きしめられたヴェルナーの胸の温もりが移り、それが更に増したように頬が熱い。
「とにかく、少しお休みくださいな」
「うん、そうする」
乳母に促されリーゼロッテはぼんやりと部屋に戻る。
「どうかなさいましたか? 」
着替えを手伝いながら乳母はリーゼロッテの顔を覗き込んだ。
「やはりお熱でも? 」
首をかしげると、ベッドに押し込もうとするかのようにナイトドレスを持ち出してくる。
「平気よ。
ヴェルナー様の言ったように、少し人に酔ったみたいだけど、もう平気。
ただね、途中からヴェルナー様なんだか急に難しい顔になって……
わたし、何か悪いことしてしまったんじゃないのかな?
それともやっぱりご迷惑だったのかな」
リーゼロッテは視線を落した。
「そんなことないと思いますよ。
少なくとも姫様を送っていらした時の殿下はそんな風には見えませんでしたわ。
むしろ何かをご心配なさっているような…… 」
「そうなのかな? 」
「やっぱり少しお休みください。
きっとお疲れのせいでそんな風に思われるんですわ。
何しろ街に出るなんて姫様はじめてのことですもの」
乳母はナイトドレスをリーゼロッテに着せ掛けた。
「まだ夜着じゃなくていいわ。
どうせ今夜もどなたかと晩餐でしょ?
欠席なんかしたら迷惑掛けてしまうもの」
リーゼロッテは羽織らされたナイトドレスを肩から滑り落すと、デイドレスを手に取った。
「駄目ですよ、姫様。
今夜の晩餐はご遠慮させていただきましょう。
お休みになってください」
少し厳しい顔で乳母は言う。
乳母がこの顔をした時には、何が何でも譲ってはくれない。
リーゼロッテは仕方なく頷いた。
開け放した窓から吹き込む穏かな風が、窓辺に掛けられた薄地のカーテンを揺らす。
リーゼロッテはそれを目に何度目かのため息をついた。
「退屈そうですわね」
くすくすと軽い笑い声とともに掛かる声に顔をあげるとドアの向こうにアーデルハイドの顔がある。
「アーデルハイド様? 」
リーゼロッテは瞳を輝かせる。
「突然、お約束もなしにごめんなさいね。
お邪魔してもいいかしら? 」
首を傾げながら訊いてくれる。
「ええ、もちろん! 」
立ち上がるとアーデルハイドを招き入れた。
「今、お茶を…… 」
メイドに言いつけて、窓辺に置かれたテーブルの前の椅子を勧めた。
「でも、どうして?
何かわたしにご用でも? 」
思いもかけない人物の訪問に、リーゼロッテは睫をしばたかせてアーデルハイドを見る。
ここへきてはじめの頃聞いた。
ヴェルナーの奥方は邸に篭ったままめったに人前に出てこないと。
そのアーデルハイドがわざわざ出向いてくるには何か訳があるはずだ。
「いいえ、そうじゃないの。
殿下がね。
リーゼロッテ様は、きっと乳母にベッドに押し込められて退屈していらっしゃるはずだから、行ってあげなさいって。
ご自分が出向くより、女同士の方がきっと話も弾んで気がまぎれるだろうからって」
アーデルハイドは、やんわりとした穏かな笑みをリーゼロッテに向ける。
「躯はなんともないのよ。
ニオベが心配してあちこちの行事をお断りしてしまったから、なんだか大事になってしまって…… 」
リーゼロッテは言葉を詰らせる。
「そうじゃないかって言ってました。
何処でも乳母は過保護だろうからって」
「ありがとう、本当に退屈していたの。
だから嬉しい」
リーゼロッテは顔を綻ばせる。
「本当は子供達も来たがっていたんだけど」
「今日はお留守番?
連れてきてくれても良かったのに」
「陛下と、殿下の取り決めでね、子供達は城内に入れてはいけないことになっているの。
だからごめんなさいね」
「残念。
またお父様からお菓子が届いていたの。届けようと思っていたところだったのよ」
「お心使い感謝しますわ」
アーデルハイドは花のようにあでやかな笑みを浮かべる。
その笑顔にリーゼロッテの胸がちくりと痛んだ。
「どうかして? 」
急に雲ってしまったリーゼロッテの表情に気遣わしげにアーデルハイドは訊いてくる。
「ううん、なんでもない」
リーゼロッテは胸の痛みを押し隠すように慌てて首を横に振った。
こうしてアーデルハイドを目の当たりにすると、どうしてヴェルナーがアーデルハイドを選んだのかわかるような気がする。
国一番の美姫との噂があるだけのことはある、その華やかであでやかな容姿。
その上に持ってきてその美貌を鼻にかけるわけでもなくあくまでも控えめで穏かで、優しい。
そして常に笑顔を絶やさない。
ヴェルナーでなくてもきっと誰もが引き付けられるはずだ。
「ね?
せっかくだから訊いてもいい? 」
気を取り直してリーゼロッテは口を開く。
「ね? アーデルハイドとヴェルナー様のなりそめって、どんなだったの? 」
「なれそめですか? 」
アーデルハイドは恥ずかしそうに頬を染めた。
「うん、ヴェルナー様とアーデルハイド様みていると、政略結婚じゃなさそうだなって、思ったから」
以前ミス・スワンから何処の国でも貴族は余程の事がない限りおおよそは政略結婚だと聞かされたことがある。
しかし、この二人の仲睦まじい様子を見ているとそうは思えない。
「そんなたいしたことじゃないんですよ。
殿下は、凄くお人よしで困っている人を放って置けない方だから、助けていただいたの」
何かを思い起こしたように視線を遠くに泳がせながらアーデルハイドは呟くように言う。
それだけでなんとなくその情景が予想できてしまう。
恐らくはデビュタント早々の舞踏会でパートナーの申し込みが殺到して困っているところを、ヴェルナーがさらりと連れ出してくれたのだろう。
いつかのあの晩餐会の時のように。
「それより。
はじめての市街はいかがでしたか? 」
話をはぐらかすようにアーデルハイドが訊いてきた。
「うん。
すっごく楽しかったわ。
わたしね、あんなに人が沢山歩いている中縫って歩くようなことしたことなかったでしょ?
案外神経使うものなの、知らなかったの。
正面から来た人にぶつからないようにとか、後ろから急ぎ足で来る人に道を譲るとか。
そういうこと常に考えながら歩かなくちゃいけないのよね。
その上にご一緒の方とはぐれないようにしなくちゃいけなくて、でもお店には珍しいものが沢山並んでいてつい目を奪われて…… 」
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