リーゼロッテの王子さま -婚約者候補に奥さんがいたらいけませんか?ー

弥湖 夕來

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追章

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◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
 
 馬のいななく声と、侍女達のざわめきにリーゼロッテは目を覚ます。
 窓から吹き込んでくる風がひときわ湿気を増し、季節の変わったことを告げている。
 朝陽は既に上がりきっていた。
 厚い帳の下ろされた部屋の薄闇にそっと躯を起こすと剥き出しの肩から毛布が滑り落ちる。
 朝の早いヴェルナーの姿は既になく、かすかにリネンのシーツに残った移り香だけがその存在が確かにそこにあったことを物語っている。
 思い出しただけで昨夜の甘い感覚が再び湧き上がりそうになる躯を、リーゼロッテはその毛布で包み込んだ。
 それと同時に部屋のドアが開いてヴェルナーが顔を出す。
 開け放されたドアの隙間から、馬の見事な馬の体躯が目に入った。
「起きていたのか? 」
 慌てて胸元に毛布を引き上げるリーゼロッテの姿を目にヴェルナーが意味深な笑みを浮かべた。
 その笑顔に昨夜の出来事が脳裏に蘇り、リーゼロッテは顔を赤らめる。
 つとヴェルナーがベッドに歩み寄るとその縁に腰を下ろしリーゼロッテの顔を覗きこんだ。
 次いでその大きな手が伸び頤をとられると唇が重なった。
「ふぁ…… 」
 寝起きの気だるい躯に湧き上がる甘い刺激にリーゼロッテは吐息をこぼす。
 それを目に優しく頬に触れたままヴェルナーは満足そうな笑みを浮かべた。
「君に見せたいものがある。
 乳母を呼ぶから身支度を整えて庭に出られるか? 」
「見せたいものって、あの馬? 」
 先程ヴェルナーの背後に垣間見えた馬の姿を思い出し、リーゼロッテは訊いて見る。
 後宮の中庭に馬を引き込むなど、めったなことではありえない。
 だからさっきから侍女の声が途絶えなかった。
「見えたのか? 」
「うん。今少しだけ。
 ね。あれお父様の馬よね? 」
 葦毛のひときわ体躯の大きな馬は父の自慢の馬だった筈だ。
 いつも覗いている後宮の渡り廊下から、父が乗っているのを見たことがある。
「ああ、今度の祝いにと貰った」
 そういえばヴェルナーの馬はヴィクトールが国へ連れ帰ってしまっていた。
 ヴェルナーほどの身分の者になれば自分の馬の一頭や二頭持っていなければ移動にも事欠くだろう。
「ごめんなさい、気がつかなくて」
 リーゼロッテは視線を落す。
「まぁ、君には馬なんて無用のものだし。
 気を使わなくてもいい…… 」
 言いながらヴェルナーの顔がもう一度近付く。
 唇が重なると共に気遣うようにしながらも男の体重がリーゼロッテの肩に掛かる。
「ちょ…… ヴェルナー様? 」
「済まない。その…… 」
 そのままベッドに押し付けられ何度目かの唇が重なる。
「ぁ…… 」
「……仲のよろしいのは、喜ばしいことですけど! 」
 取られた手首をリネンのシーツに縫い付けられ抵抗すらままならずにもらした吐息が、呆れた乳母の声と重なった。
「お時間をお考え下さいませ。
 ご婦人方も起きていらっしゃいますから」
 古い後宮にはまだ、行き先のない先帝の妾妃が数人残っており、同じ建物を共有している。
 うっかりすると、暇を持て余した女達のいい噂の材料になりかねない。
「ニオベ、おはよう」
 突然の声に固まったように動かなくなったヴェルナーの下を潜り抜け、リーゼロッテは頬を紅潮させながらベッドを降りる。
「馬を片付けてくださいませんか、殿下。
 扱いに慣れない物があんなところをうろうろしていると、怖がる侍女も居ますから」
 追い払うように乳母はぴしゃりと言い切る。
「姫様もお召し替えを。
 いつまでもそんな恰好でいらっしゃるから、殿方のいいようにされるのですよ。
 もう少し節度を持ってくださらないと…… 」
 非難がましく言って、乳母は側にあった衣服をリーゼロッテに着せ掛けた。
「すぐ戻る、朝食を一緒にとろう」
 乳母に追い立てられるようにして部屋を出ながらヴェルナーは僅かに振り返ると言う。
「本当? 」
 その言葉にリーゼロッテは瞳を輝かせた。
 
「良かったですね、姫様。
 お食事をご一緒できるなんて久しぶりですものね」
 リーゼロッテの髪を梳きはじめながら乳母は鏡に映ったその顔を覗き込んできた。
「そうよ。
 ヴェルナー様、ずっとお父様とご一緒なんだもの…… 」
「仕方ありませんわ。
 あちらのお国と違ってこちらでは、男女の食卓は別なのは当たり前のことですからね」
 当然のこととばかりに乳母は言うが、リーゼロッテはアンシャルに滞在していた時の事が忘れられない。
 晩餐会でなくとも普通に家族で食卓やお茶のテーブルを囲んでいた。
 夫婦で頬を寄せ微笑み合いながら会話を交わすその光景はリーゼロッテの憧れだった。
 既に一月も経つのにそんな夫婦らしい時間をすごした記憶がない。
 実際に国に戻って見れば、宮廷内の決まりごとには逆らえなかった。
 こうして後宮に押し込められ、ヴェルナーの通ってくるのをただ待つだけの日々。
 乳母はそんなものだと言うけれど…… 
 リーゼロッテは物足りない思いを抱えていた。
 
「……今、なんて? 」
 馬を置いて戻ってきたヴェルナーと、朝の食卓をはさんでいると突然妙なことを言われリーゼロッテは首を傾げた。
「皇帝陛下と話をして決めたのだが、改宗を先に送ることにしたんだ」
「でも、それじゃヴェルナー様のお立場が…… 」
「俺の立場なんてどうでもいいが、ただそうすると君との婚礼が先延ばしになってしまうことになってしまって、申し訳ない」
「そう…… 」
 リーゼロッテは視線を落す。
「そんなお話がありますか? 
 皇帝陛下は何をお考えなんでしょう? 
 よりによって姫様を他の妾妃と同じ扱いになさるなど! 」
 側で給仕をしてくれていた乳母が憤慨したような声をあげた。
「確かにこの後宮に入った以上、姫様はここの主である殿下のお妃様の一人におなりあそばしたことは変わりありませんが」
 皇帝の後宮はそういう場所だ。
 本人の意思に関わらず放りこまれてしまえば、何の儀式もなく皇帝の妃の一人として扱われる。
 その中で皇帝に取り立てて気に入られた者や、次期皇帝となる皇子を産んだ者が後に正妃に据えられる。
 例外があるとすれば女が他国の王女であった場合など、最初から正妃になる事が決まっている場合だ。
 この場合に限り神の前での婚姻の儀が行われる。
 正式な妃としてその名が披露される。
 ただし、それは双方が国教徒であることが最低条件だ。
 国の宗教は異教徒の神殿への足の踏み入れをかたく禁じていた。
 だから相手が改宗しない限り二人の婚姻が整うことはない。
 皇帝の一人娘であるリーゼロッテであってもそれは許されることではなかった。
「実は名のある者から早速、娘をこの後宮にとの申し出があったんだよ。
 一応断っては置いたが、相手はどんな手を使ってでも強引に娘を後宮に押し込むつもりらしい」
「まぁ、図々しい。
 それで万が一姫様にお子が授からなかった場合にはその子供をという算段ですか? 」
 乳母が呆れたような声をあげた。
「それで、だったら今のままで置けば複数の妻を押し付けられずに済むのではないかと言う話になった。
 アンシャルの国教なら一夫多妻は認められていないからな」
 ヴェルナーは落ち着き払ってカップを傾ける。
 リーゼロッテは押し黙ったまま視線を床に向けた。
 ヴェルナーがリーゼロッテの為を思って決めてくれたことは明らかだが、なんだか胸が絞られる。
「しかし、それではお子様はどうされるのですか? 
 異教徒を父親に持つお子様では陛下のお世継ぎとしては世間がみとめませんよ」
「その時になって改宗しても遅くはないのではということになったんだよ」
「そんなお話がありますか。
 例え殿下のお妃様が姫様お一人であっても、それでは妾妃ではないですか」
 自分の命より大事に思っているリーゼロッテの扱いが気に入らないとばかりに乳母はあからさまに憤慨していた。
「ニオベ、もういいわ」
 リーゼロッテは唇端を噛み締めるとかろうじて口にする。
「そんなに責めてしまってはヴェルナー様困ってしまうわ」
 強引に笑みを浮かべると、リーゼロッテは乳母を見る。
「姫様…… 」
 リーゼロッテの言葉に乳母はしぶしぶ口を閉じた。
 
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