雨の庭【世にも奇妙なディストピア・ミステリー】

友浦乙歌@『雨の庭』続編執筆中

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第五章 あの空の向こう

1・山を抜けたら、こっちに出てる。A=B、C=D

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 律歌の家の壁に自転車を立てかける。アドレナリンが出ているのか疲れをあまり感じなかった。中に上がれば、リビングには作戦会議の資料がそのまま置いてある。
「どういうことかしら」
 北寺が濡れ布巾でラジコンのタイヤを拭きながら入ってくる。二人、ソファに座って向かい合う。
「おれが道、間違えたのかな」
「どんな間違え方よ、これ」
「おかしいなあ。間違えた感覚はなかったんだけどな」
「間違えたとしても、変よ」
 間違えたとするなら、反対側に行くつもりが、来た道を戻ってきてしまったということになる。
 机上に出しっぱなしの手書きの地図。律歌はそれを改めて確認し、違和感にはっきりと気が付いた。
「だって、ラジコンをスタートさせたのはここでしょう、ここから山を登ったのは間違いないわよね」
「うん」
 南の果てから出発。
「でも、山を抜けたら、こっちに出てる」
 次に指さしたのは、最北端。
「……本当だ」
 南に南に進んだつもりが、北から出てしまった。
「でも、まあ現にこうして戻ってきてしまってるから、どんな間違え方したかは謎だけど、やっぱどこかで道を間違えたんだろうなあ」
「まあ、そうね」
 悔しそうに、北寺は眉間にしわを寄せている。
「うーん……。わからない。もう一度やりたい」
「そうね」
 律歌が首肯すると、北寺はぺこっと頭を下げる。任された仕事を全うできなかったことを、失敗した子犬のように背中を丸めて律歌を窺う。
「ごめんね、間違えたりして」
「謝らないで。私だって何がいけないのか全然わからなかったんだもの。北寺さんが無理なら、誰にだって出来っこなかった。仕方ないわよ」
 律歌の励ましに、北寺は気持ちを切り替えるようにして、
「うーん……悔しいなあ」
 自作の地図に指を這わせ、その深い知的な瞳で考え込んでいる。「……なぜなんだ?」山の遥か遠く向こう側まで見晴るかすように――だが、その答えは北寺にもわからない。
「バッテリーはまだ余裕だとは思うけど、念のため新品と交換しておこう」
「ねえ、次は、北から走らせてみるとかは?」
「そうしようか。変な道を曲がっていたかもしれないし、次はその分岐路、ちゃんと気づきたいな」
 自転車で四時間かけて行くことになるのはいいが、それにしてもその距離を三十分足らずで越えたのだろうか、このラジコンは。そんなこと、ありえるのか?
 それから、二人は野を越え丘を越え数時間かけてまた北の果て、山のふもとの地点にやってきた。ハンモックがゆさゆさと揺れていた。
「こっちから山を越えたら、どうなると思う?」
「常識的に考えれば、隣の村かどこかに着くはずだよね」
 律歌は黙って頷く。
 なんとなくだが、そうはならない気がしていた。北寺も同じだろう。
 ラジコンがシャーッと山中へ走り去っていく。その様子を静かに見守る。目視できなくなったら、今度はパソコンの画面上から。山道をぐんぐん進んでいく。
「よし、頂上だよ」
「うん」
「降りるよ」
「うん」
 徐々に下り道になっていき、同じようなタイミングで視界が開け、村が見え始める。
「あれは隣村……だよね」
「そのはず」
 見覚えのある街並みのような気がする。ずっと進んでいくと、そしてどういうわけか、何度も目にした山道であることに気が付いた。
「ここって、ほらやっぱり覚えがあるわ……! 一体どうして……あっ」
 道が開けて目に留まったのは、だだっ広いスペース……山越えのためのキャンプ場にはここがうってつけだと、北寺とテントを張って食料を運び込んだ場所だった。
「何度も自転車で走った山道じゃない……!」
「そんな、そんなはずない!」
 ありえない。自転車で南に向かって進みながら運び込んでいたのに……。
「おかしい……おかしいわ!」
「りっか、今の時間は?」
 北寺がキーボードを操作しながら訪ねてくる。
「十五時十五分よ」
 律歌の家から山のふもとの北の果てまで、最短経路で進んでも自転車では五~六時間かかる。
「二十分しかたっていない……。それなのに、最南端にいるなんて……」
 ここから先はもうわかる。三角屋根の律歌の家が見えてきた。北へ北へと進んだはずなのに、なぜか南から帰ってきてしまうのだ。
「よし……来た道を、このまま、戻ってみようか」
 北寺はラジコンをバックさせて向きを変える。今度は南に向かってラジコンで山道を進んでいく。上り道から、頂上を越え下り道へ。森を抜けるとすぐ――
「菜の花畑が……見えるわ」
「走ってきた道だね」
 想像通りの――あり得るはずのない結果。
「北のスタート地点に、戻ってきたの……ね」
 時間は十五分しかたっていなかった。
 そしてしばらく走らせると、自分達の今いる場所までラジコンはスーっと戻ってきたのだ。
 律歌の家から、最初のスタート地点である最北端の山のふもとまでは、どう考えても自転車で四時間はかかる。でも、二十分そこそこで行き来できているというのは、道を間違えたというより、これは――
「ワープ?」
「……してるように、見えるよね」
 何かの勘違いじゃないだろうか。ワープなんてそんなこと、現実に起きたりするのだろうか?
 でも、現実に起きている……といっても、そもそもいったいなにをもって現実といえるのか? なんて哲学的なことを悩まざるを得ない。ここは自分がもといた世界とあまりにも常識が違いすぎている世界なのだ。家だって食糧だって、天蔵がなんでも無料で持ってきてくれるような世界だ。自分の常識を超える現象がいつ目の前で起きたって、不思議じゃない。
 それじゃ、いったい何が起きているというんだ?
 律歌は北寺の袖をつまむ。
「なんか奇妙ね……」
 こんなわけのわからない世界で、信頼できる北寺が自分の傍にいてくれて本当にありがたいと思った。もし一人でこんな不可解な謎に直面したら、自分の気が狂いそうになる。
「ど、どうする、りっか」
「今度は……うん、そうね……」
 落ち着けと自分に言い聞かせる。怖いけど、でも、探し求めていたような扉の前に立っているような高揚感も確かにある。
「ちょっと、東に行ってみるのは、どうかしら」
 律歌の発案で、ラジコンを背負っていったん平地をまっすぐ行ってから、主婦三人組の辺りまで来たところで左に向かってしばらくラジコンを走らせてみることに。ほどなくして山に出くわした。西の果てもやはり山に覆われている。律歌と北寺はラジコンが走れそうな道を探し、山を登り始めた。十分ほど行くと、頂上を越えたのか下りはじめ、ひらけた場所に出た。平地をそのまま進んでいくと、遠くに家々が見えてきて、そしてやはりというか、スタート地点の三人組の家々に出くわした。
「うわー……東から戻ってきてるよねこれ」
「西に向かって進んだのに……」
「どうなってるんだ?」
 三人組の家地点から西に向かってまっすぐ進むと、また家々に行きあたる。振り返れば、東から来たことになっている。律歌は北寺に言った。
「ワープ……というか、ループしてない?」
「してるかも」
「どういう、ことなの……」
「一度帰ろうか、りっか」
「うん」
 日も暮れてきた。二人は胸騒ぎを抱えたまま、帰路につく。北寺の家にお邪魔し、リビングで作戦会議を開くことに。北寺が紙に円を描き、東西南北の位置を記入する。律歌は北を指さした。
「こっちから行くと、こっちに出た。で、こっちから行くと、こっから出たわね」
 図にして現象をまとめていく。
「うん。つまり最北端のA地点は、対角線上の最南端のB地点とイコールになっていて、最西端のC地点は、最東端のD地点とイコールになっている」
 A=B、C=Dと脇に式を書き足す。
「淵がループしてる」
「そうだね」
 なんとも不可解な話だ。
「山を越えてみて……あまりにも予想外の発見だわ」
「越えたのか……は……なんだかよくわからないけど」
 わかったのは、乗り物を手に入れてもここから外へは出られないのかもしれないという閉塞感だった。
 二人で簡単に夕飯を済ませ、順番に風呂に入る。先に上がった律歌が、部屋着で庭に出てほてりを冷ませていると、後から北寺も傍らに並んだ。
「はい、アイス」
 律歌は北寺から果汁の棒アイスを受け取ると、星空を眺め、思案にふける。
「すべての北と南、東と西が、輪っかになっているのかしら……」
 北寺が頷く。
「そんな気はするね。違うかもしれないけど」
 繋がっていない地点はあるだろうか。そこから本当の山の向こう側に行けたりするだろうか。ここだけが地球上から切り離されて、閉じ込められているとしたらどうだろう。もしかしたら、ここはどこか別の惑星なのだろうか。一つの市くらいの大きさの小さな惑星。地球と同じように丸くて、歩いて一周できるような。
 天蔵に質問をしてみたいと思うが、有益な情報を得られるとは思えなかった。あまり変なことばかり聞いて疎ましがられても今後やりにくい。気づいたことなど、考えを天蔵に悟られない方がいいことだってあるかもしれない。情報収集はタイミングが重要だ。
「それ食べたら、もう休もうか。また明日にしよう、りっか」
「うん……」
 さて、そろそろ帰る時間だ。律歌は暗い気分になりため息を漏らした。超常現象はもうそう簡単に起こらないと信じたい。だが夜道を一人で帰り、一人で暗闇の中寝るというのが、心に重かった。
「北寺さん、今日はここに泊まってっちゃダメ?」
 困らせるとわかっていながら、ついそう頼んでいた。アマトにも今は一人で会いたくない。
「怖いの……」
 北寺は仕方ないというように笑って頷くと、
「……いいよ。じゃあ、ベッド使いな」
「ありがとう……ごめんなさい」
 さすがに律歌も一緒に寝たいとわがままを言うことはしなかった。ベッドでもソファでもいい。今は恋する乙女の同居への憧れなんかじゃなく、とにかく信頼できる北寺の傍を離れたくない気持ちが何よりも勝っていた。
 結局律歌と北寺は、キングサイズベッドの端と端で眠ることになった。しんと静まり返る寝室で、二人ははしゃぐでもなく、大人しく眠りにつく。
「北寺さん起きてる?」
 律歌はふと声を上げる。
 彼の背中越しに、「なに?」と返事が返ってくる。起こしていたら申し訳ないが、それよりも大事な話だった。
「試してみたいことがあるわ」
「なにを?」
 一つ屋根の下に一緒に過ごすって、こんな時間にも打ち合わせができて便利だなと実利的なことを思いつつ、律歌は次のアイデアを伝える。
「空から見てみたいって思ったの」
「空から?」北寺が振り返り、布団が引っ張られる。
「そう。風船でスマホを空に飛ばして、動画モードで録画してみたらどうかしら、って」
 陸を走れども、ループばかりで先が見えないなら、空から一望してみたい。
「なるほどね」
 北寺も頷いてくれている。律歌は上半身を起こし、枕元に転がっているスマートフォンに手を伸ばす。暗闇の中でスマートフォンの画面が眩しい。
「ゴム風船と紐とテープとヘリウムガスポンプ、ここに注文していい?」
「うん。いいよ、やってみようか」
「うん」
 律歌は手慣れた操作で発注を進めるが、ヘリウムガスが売っていない。それを北寺に告げると、眠そうな目を、ん~と天井に向けて「じゃあ、いいよ……水から水素、取り出そう。電気分解すればいい……」
「それって、中学校の時、科学の授業でやった気がするわ。ボッ! って爆発させるやつでしょう?」
「そうだね」
「うまくいくかしら?」
「そんなに難しくないよ。そう、中学でやるくらいだし。あと水素の方がヘリウムよりよく飛ぶからちょうどいいね。ま、ちょっと危ないけど、これくらいのことなら大学の実験でもやっていたから……。じゃ、乾電池だけ追加で注文しといてくれる?」
「乾電池ね、注文したわ。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
 心強い。明日の調査を楽しみにしながら律歌は目を閉じた。
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