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十章 孤独の魔女レグルス
307.孤独の魔女と魔獣王タマオノ
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「………………」
エリスは微睡む、さっきまで急いでいた気がするのに…今は不思議と安らぐ心地さえ浮かんでくる
…エリスは、何をしていたんだっけ?何を慌てていたんだったっけ、ううん…思い出せない…眠い
「…スさん…エリ…さん、…エリスさん」
微睡むエリスを起こすように頬を優しく誰かに叩かれる、なんだ…誰だ、エリス的にはもう少し寝たいんだけど…
「むにゃむにゃ」
「ふふふ、可愛らしい寝顔ですね、ですけどダメですよ~?遅刻しちゃいますよ~」
「ち…こく…」
なんのことだ、何に遅れるというのだ…というかこの声そもそも誰だ、何もわからな…
……あ
「ッ!」
「あ、起きましたか」
思い出した、思い出した!エリス今シリウスを追いかけているんだ!、それで白亜の城に向かってる最中にタマオノに食べられて…それで、どうしたんだ!?死んだのか!?
そう急いで目を開き頭を起こせば、広がる景色は先程までの景色とはまるで違う物静かで気の落ち着くような木組みの一室であった、木の壁に木のテーブル、置かれた戸棚の上に乱雑に配置された花瓶や本とそれを照らす窓から差し込む陽光、まるで質のいいログハウスの中みたいな…
あ、違う!これエリスと師匠の森の小屋に似ている気がする、まぁ似ているだけで置かれている物の感じは少し違うが、うーん異様に似て…ハッ!
「よかった、人の子は脆いですからね、勢い余って殺していたらどうしようかと思いましたよぉ、よかったぁ…」
「あ 貴方、…タマオノ!?」
いやそれよりも気になるのは目の前でホッと胸を一つ撫でる女性、いや 魔獣王…エリスをパクリと口で食べてくれた諸悪の根源、羅睺十悪星のタマオノだ
さっきまで戦地にいたエリスがこんなよく分からない空間に飛ばされたのは十中八九こいつの仕業だろう、こいつは羅睺十悪星…つまり敵だ、そいつがやる事は確実にエリスにとって不利益になる事間違いなし!
何が狙いだと、エリスは小さく構えを取ると
「あ待ってくださいね、今お茶とお菓子を用意しますから」
「は?…何を考えているんですか?」
「いえ、これからお話しするのに何もなしは失礼かと…」
「お話?そうやって油断させてエリスを殺すつもりですか?、というか食べられたからもう死んでるのか…」
「死んでませんし食べてません、そもそも魔獣は普通の生物と違い食事を必要としません、生物の本能として食事を行う個体もいますが…少なくとも人を食事として扱おうとは私は思いませんよぉ」
「では普通にエリスを殺すつもりですか…?」
「殺しませんって、…貴方を口の中に放り込んだのは貴方とこうしてお話をするため、私の体内ならば邪魔も入りませんし、ここは時間の歪んだ空間なので 一秒も一年も同じく一瞬として扱われますから、時間のない貴方にはうってつけかと」
「話…?」
そう言いながら戸棚からクッキーを出し、どこからともなくティーカップを取り出し中にお茶を注ぐタマオノは、徹底的にエリスと対話したいとしか言わない、…何を話したいというのだ、まさかウルキ同様時間稼ぎ?いやでもここは時間が歪んでいて…でも敵であるこいつの言葉をどこまで信じていいものか
そうエリスが警戒を解かずジロリとその一挙手一投足に注目していると、その視線に気がついたのかタマオノは少し真剣そうな視線をこちらに向け…
「警戒されてますね」
「当たり前です、貴方は羅睺で魔女様の…師匠の敵ですから」
「そうですよね、ええそうです…私は羅睺で貴方の師匠の敵でした、かつてはタウルース王国…今のアルクカース?でしたか?。その国がある地点で決着をつけたこともあります、それは事実です、ですが…」
すると、タマオノは両手を自分の胸に置き、小さく礼をすると共に…
「今は、エリスさん…魔女の弟子である貴方の味方です」
「み 味方?」
「正確に言うなれば、レグルスの味方…ですかね」
そう言うのだ、流石に信じられない、そう言えばエリスが信用するとでも思っているのか?
だってこいつは羅睺十悪星…ウルキと同じ羅睺で、悪魔のアインの…魔獣皇族たるアクロマティックの母親だ、アクロマティックのと言えばエリス相手に三年も嘘を貫き通した外道、それと同じ魔獣王であるこいつを信用する理由は今のところどこにも無い
「何が目的ですか」
「レグルスは私にとってのの恩人です、そんな彼女がシリウス復活の礎にされようとしている…それを阻止したいのです、彼女の魂と肉体に自由を齎したいのです」
「違います!エリスを騙して何をしたいか聞いてるんです!」
「騙してなんて…、いえ…そうですね 信用なんか出来ませんよね、私はあの凶暴な魔獣の祖にして元凶、かつてレグルスと戦い続けた私のことなど信用も出来ませんよね」
ふふと、やや残念そうに笑うタマオノはショックを受けたように静かに椅子に座ると…
「確かに私はシリウスによって作られました、魔女達と戦う為の兵器として幾多の魔獣を作らされ…数え切れないくらいの人が死ぬ原因にもなりました、それは今も変わらず続いている」
「…………」
「けど、…私は本当はそんなこと望んでなんか無い、本当は私の子供達…魔獣達には人と手を取り合い共存する道を選んで欲しかった、けどそれもシリウスに製造権限と命令権を奪われた今は叶わぬ事…でも、でも私の願いは…私のようにただ駒として使われず 一個の生命体として子供達が生きる世界…ただそれだけなんです」
「…貴方は、魔獣達に人と共存して欲しかったと?」
「ええ、何かを殺すために作られた私のような生き方では無く、人のように道を選び 自由な生き方をして欲しいと望んでいたのです…、無理でしたがね」
タマオノは心底残念そうにお茶を啜る、その姿と視線に嘘をついている気配は見受けられない、まさか…本気でそう思っているのか?あの魔獣の真祖が?
「でも、貴方の直属の息子たちである五大魔獣は人に凄まじい憎悪を抱いていますよ」
「ええ知っています、全ての魔獣の知識は私にフィードバックされますから、あの子達が私の仇を取ろうとしているのも知っていますし、…シリウスから私がレグルスにどのように殺されたか聞かされているのも知っています、私とレグルスが本来はどのような関係であったか そこは伏せられて」
「関係?敵同士では?」
「はい、敵です…けど同時に、恩人でもあったと私は思っています、友人だとも思っているつもりですが…片思いかもしれませんね」
「友人…」
その言葉を聞いてやや考えつつ、エリスも椅子に着く、気がつけば彼女の話を傾聴している己がいることに気がつきながら、対話の席に着くことを選ぶ
「人を殺す兵器として作られた私を、レグルスは慰めてくれた…、『命は誰かのものじゃなくお前のものだ、誰かに寄りかからずお前自身の生き方を選べばいい』と、私は終ぞその生涯で自由を成し遂げる事は出来ませんでしたが 彼女の言葉に救われたのは事実なんです、彼女にとっては迷惑かもしれませんが」
「…………いえ、どうでしょうね」
「え?」
「それより、本当なんですか?エリス達の味方って、でも貴方は魔造兵を動かしている張本人じゃ無いですか、味方ならどうして兵を引かないのですか?」
「それは仕方ないのです、私の離反を奴らに悟られる訳にはいきませんから、どんなに私が望んでも創造主たるシリウスには逆らえない…叛旗を翻す事が出来るのは一瞬だけ、だからその一瞬でシリウスを倒せる貴方達に言葉を残す為、従順に戦うふりをしなくてはならなかった」
…ふむ、まぁ筋は通っているな、タマオノがどれだけ強くてもシリウスが創造主である事は変わらない、タマオノが魔造兵に絶対的命令権を持つようにシリウスがタマオノに対して何かしらの権限を持つと考えて然るべき、ならばこそ戦線には出ず後方でエリス達を待っていたと考えれば彼女の言い分は正しいようにも思える
それ以上に、今エリスは彼女を信用する一つの理由を見つけてしまっている、恐らくだが…この人は信用出来る
「なるほど、…すみません 警戒してしまって」
「いえいえ、疑り深いのは貴方が賢い証拠です…なんて、レグルスの受け売りですがね、うふふ」
よかったぁ信用してくれてと可愛らしく両手を合わせて微笑む彼女を見ていると、今度は信じられないのがこの人があのアクロマティック達の親であることだ、何がどうなったらこの人からあんなのが生まれるんだ…、全く似てないぞ
「それで、エリス達に残したい言葉とは?、それを伝えるためにこの時間の歪んだ空間にエリスを招いたんですよね」
「ええ、ええそうです…うふふ、なんだかレグルスと話してるみたいで懐かしいですねぇ」
「あはは…、それでその 本題は…」
「ああごめんなさい、本題ですね…」
するとタマオノは手元のティーカップを優雅に置くと、その手を両膝に乗せ真摯にエリスを見つめると…
「他でも無い、シリウスの弱点についてです」
「ッ…!」
シリウスの弱点だと…?、あのシリウスにそんなものがあるのか?いや、でもこの人は羅睺十悪星…つまり誰よりもシリウスに近かった人間の一人、或いはそれも知り得ているのか
「な なんですか!シリウスの弱点って、何かあるんですか!」
「ええ、と言っても役に立つような話ではありませんが頭に入れておいて欲しいのです、完璧なシリウスの唯一の弱点にして彼女が魔女達に敗れたたった一つの敗因を」
魔女達に敗れたたった一つの理由…、確かにシリウスは完璧な存在だが一度完膚無きまでに敗れているんだ、あのシリウスが負けている…そこには確かな理由があるはずなんだ
それを知ることが出来れば、エリス達も或いは…!
「知っての通りシリウスは全知全能にこの世で最も近い人間です、その力は最早神にも匹敵しその知能は誰よりも深い、人として持ち得る全ての力が極限まで高められているシリウスはあらゆる点でどんな人間さえ上回る…文字通りの史上最強です、完全無欠と言ってもいいほどに」
「でも、やっぱり完全無欠なら弱点なんてないのでは…」
「ええ、彼女自身に弱点はありません…けど、一つだけ彼女持っていない物があるのです、それは本来なら弱点にもなり得ない物かもしれません、けれどそれを持っていないから世界は今だに存続していると言ってもいいでしょう」
「持ってないもの?」
シリウスが持ってないものってなんだ?、識の才能がないとか言ってた気がするけど、そんなもの奴がなんとかしようと思えばなんとでも出来るはずだ、後から手に入れようと思えば手に入れられる物で敗れた筈なのにシリウスが放置していたとも思えない
そんなシリウスでもどうにも出来なかった物がある…、一体何か そう考えていると、タマオノは一つ息を吸い、そして
「彼女が持っていない物、それは…」
「それは?…」
「それは『天運の無さ』です」
「て…天運?、シリウスは運が無い不幸体質って事ですか?」
「いえ、そうではありません、彼女ほど幸運な人間はいませんから…けど天運は違う」
天運…、普通の運気とは違うその運をシリウスは持っていないというのだ
「天運とは星より与えられし運、普通の運気とは違いある種の運命に近い物です、目的を達成する為に必要な見えない項目とでもいいましょうか、世界の頂点に立つ者達は皆これを持ち得て生まれているのです、持たずに生まれた者が玉座に座れば則ち国の崩壊を意味するほどに 重要な人としての要素です」
「天運…もしかしてエリスがゲームに勝てないのも…天運?」
「いやそれは普通に運が無いだけで…いえ、確か貴方は魔蝕の子でしたね、シリウスとの魔力的繋がりが生まれた結果 それが貴方にも引き継がれていると考えれば…うーーん、分かりません」
まぁ別にそこはどうでもいいんだが…、でも天運か 星より与えられた加護、言ってみればそういう星の下に生まれているという奴だ、エリスがそういう星の下に生まれているとしたら シリウスは一体どんな星の下に生まれているんだ?
「シリウスはあまりにも天に近づき過ぎた結果星より天運を賜っていません つまり全く天運を持っていないのです、頂点に立ちながら一切の天運を持たず何かを成す運命を持たない彼女は…どんなに完璧に計画を立て順調に事が運んでも必ず何処かに綻びが生まれてしまうのです」
「綻び…それがシリウスの弱点」
「ええ、だからエリスさん どれだけ絶望的な状況になっても耐えてください、耐えて耐えて耐え凌げばいつか天運が巡りシリウスの完全無欠の佇まいの何処かに穴が生まれます、その穴を突けるかどうかが…この戦いの勝敗を左右します」
全く天運を持たないにも関わらず、その実力の高さで頂点に君臨した歪な存在は、決定的な場面で必ず穴を見せてしまう、その穴はもしかしたらか細く…見えないほど小さいかもしれない、けれど必ず穴は生まれる…そこをエリス達が見つけて突き崩せるかが勝負の鍵を握るってことか
「…分かりました、結局 やり抜けばいいってことですよね、最後まで負けないで戦い続けりゃエリス達の勝ちって事ですよね、なら…やることは変わりません」
「ふふふ、…貴方はレグルスに似て頼もしいですね、…あの人の友人として誇らしいですよ」
しかしいい話を聞いた、タマオノさんは役に立つかどうか分からないと言っていたが、これ以上ない話だ、やはりラグナと言う通りシリウスは無敵の神様じゃない!エリス達と同じ欠点を抱えた人間なんだ!
なら倒せる、奴にも弱点があるのなら、いつもやってきたみたいに弱点を突いて倒せばいいんだ!
「ありがとうございます、タマオノさん」
「お役に立てたならそれでいいです、では戻りましょうか 現実に、貴方のお友達も心配していることでしょうし」
「現実…そうだ!、急いで戻らないと時間がないんだ!」
いくらここでの時間が一瞬でも今はその一瞬さえ惜しい、もうシリウスは肉体を目の前にして復活に手をかけている、今すぐシリウスのところに戻らないと
「今すぐシリウスのところに行かないと…でも、どうしたら」
「そこはお任せを、私が皆様を送り なんとしてでも間に合わせます、魔獣王の名に懸けて…いえ、レグルスの友人として!レグルスを救おうとする貴方達の一助になります!」
「え…タマオノさん…」
任せてくださいと立ち上がる魔獣王はその胸を叩きエリス達に味方すると言ってくれる、…そうか、これが天運か
ここぞと言う場面で物を左右する運命、目的を達しようとするシリウスにはそれがないから…エリス達にはそれがあるから、今 タマオノという存在の発生を許したのだ
「タマオノさん…、ありがとう…ありがとうございます!本当に!」
「いえ、レグルスの弟子は私としても可愛いですからね…まぁ、さっきも言いましたがレグルスからしてみれば私なんかの友情なんて迷惑かもしれませんが…」
またそれか、タマオノさん的には敵対していた自分からの友情は師匠にとって迷惑になるかも…そう言いたいんだろう、けどね タマオノさん、エリスはそれは違うと思うんですよ、だって…
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、タマオノさんと師匠が決着をつけたのはタウルース王国、今のアルクカースなんですよね」
「え?、ええ 魔獣達からの知識で見るに 私とレグルスが決着をつけたのは今のアルクカースがある地点、そこで私とレグルスはシリウスによって戦わされ…、そこで命を落としました」
なるほど、やはりタマオノさんはアルクカース死んだのか、アルクカースには確かに魔獣王が住んだ山なんてのもあるし、恐らくタマオノさんは本当に彼処にいたのだろう
だとしたら…
「うん、師匠は貴方のことを友人と呼んでいましたよ」
「え?、ほ 本当ですか?」
「はい、…アルクカースには友人の墓があると師匠は言っていましたから」
あれはラグナと出会ったばかりの頃、師匠はアルクカースに入り直ぐに『近くに友人の墓があるから、墓参りに行ってくる』と言っていた…当時は誰のことか分からなかったが
もしかしたら、その友人の墓というのは…タマオノさんのことなのではないだろうか
「師匠は今になって墓参りに来るなって怒るかもしれないと言いつつも、貴方のお墓に花を手向けに行ってました、貴方の怒りを収められるのはきっと花だけだからと」
「ッ…!、ッ…それは…そうですか…レグルスが、私に…花を…ッ!」
うっ とタマオノさんは目に涙を浮かべ口元を押さえ嗚咽しながら、窓際に飾られた花を…桃色の一輪の花に目を向ける
「覚えていて…くれたんですね、レグルス…」
「花が好きなんですか?」
「ええ、…とても…、私の魂の安息を願いながら手向けてくれた桃色の花、彼女がくれた 唯一の贈り物、私にとっての宝ですから」
片思いではなかった、私とレグルスは友人だったと涙を零しながらタマオノさんは窓際の花瓶を愛おしげに撫でる、怒ってなんかいない ただ覚えていてくれたことがさ嬉しいとばかりに…
「…よし、行きましょうエリスさん、貴方と師匠と私の友人を救いに!」
「はい!タマオノさん!!」
目に決意を宿し、拳を握り吠えるタマオノさんは小屋の扉に手をかけ、光溢れる外界へと飛び出していく、全ては古の友を救う為…今度こそ、友を救う為にタマオノは創造主に反旗を翻す
………………………………………………………………
「テメェ!、エリスを吐き出しやがれ!ぶっ殺すぞ!!!」
鬼の形相で吠えるラグナは最早何も目に入らないとばかりに拳を握り、襲いかかるのは目の前に聳え立つ異形の怪物…魔獣王タマオノだ、今しがた触手にてエリスを捉えその口に放り込み捕食したその怪物の存在そのものが容認出来ないと怒りに震え そのスカートの中に広がる口に拳を振るおうと踏み込んだ瞬間…
「ラグナ!待ってください!、エリスは無事ですから!」
「っ!?エリス!?」
即座に開けられた口の中から飛び出してきたエリスが両手を広げラグナを制止する、そんなエリスの姿を確認すれば彼も即座にその勢いを殺し急停止し…
「無事なのか!?」
「無事です!、タマオノはどうやら敵ではないようで…」
「はぁ?、こいつが…」
「ごめんなさいねぇ~、びっくりさせちゃって…でも時間がなかったからこうするしかなかったの~」
先程までの凶暴性は何処へやら、巨大化したタマオノは申し訳なさそうに両手を合わせくにゃくにゃと曲がりながらなんとなく誠意を表して謝罪をする…が、イマイチ信用できない様子のラグナはチラリとデティに視線を向け…
「大丈夫だよラグナ、タマオノからは騙してやろうって邪心も敵意も感じない、エリスちゃんも操られてる様子がないから多分本当だよ」
「そうか…」
こういう時、デティの感情を読める能力というのは本当に便利だ、物の真理を過程をすっ飛ばして知ることが出来るのだから、お陰でラグナはタマオノもエリスも本当に敵意がないことを知る事が出来た
…はぁよかった、ここからラグナ達を説得するってなるとやっぱり時間がかかったから、デティがいてくれて助かった…
「マジで味方なのかよ、こいつ魔獣王だろ…」
「羅睺十悪星が味方とは考えづらいが…本当か?エリス」
「はい、先程タマオノの体内で対話しました、色々説明がいるかとは思いますが今は時間がありません!タマオノさん!」
「ええ、お任せを!魔獣王の名に懸けて!必ず皆さんを白亜の城まで送り届けましょう!」
するとタマオノさんは体を大きく震わせ、背中からいくつもの大翼を生やし鳥のように ドラゴンのように四つ足を着くと…
「さぁ皆さん!乗ってください!」
「乗ってくださいって…」
翼を広げるタマオノさんの言葉にやや動揺する皆はたじろぐ、いくらエリスの言葉を信用したとはいえ それでも敵だと思っていた人間にいきなり体を預けるのにはやや抵抗があるようで…
と、そんな中真っ先に動くのは
「みんな!乗ろう!」
「え?おい、ラグナ!?本気か!?」
ラグナだ、タマオノさんに殴りかかった彼自身が率先してタマオノさんの触手だらけの体をよじ登り始めるのだ
「本気だよ、俺はエリスを信用する!エリスが味方だってんなら味方だ!だよな!魔獣王!」
「ええそうですよ、私はレグルスの友人…であるならばその弟子達の味方するのは当然です」
俺はエリスを信用する そう叫びながら体を魔獣王タマオノに預けるようにどしりと預ける、魔獣王を信用していうかは分からないし 何がどうなってるかも分からない、けどエリスの事は信頼している、だからここはエリスに従うと…そう決断してくれるのだ
「ラグナ…、…皆さん!エリスを信じて!今はタマオノさんに乗りましょう!」
「そう言われると弱いな、分かった 君を信じるぞ、エリス」
「どの道今は藁にも縋りたいんだ、魔獣王だろうが羅睺だろうが信じるぜ!」
「私にはもう何が何やら、しかしもしこれが本当だとするなら…」
「ん、デティ ナリア私に掴まってて」
「はーい!」
「はい!ネレイドさん!」
みんなエリスを信じるとラグナに続いて触手を登りその背中にくっつくように体を預ける、…有難い 本当に有難い、みんながこうしてエリスを信じてくれることがこんなにも嬉しいとは
そうみんなの友情を染み入るように感じながら、エリスもまた魔獣王タマオノの背中に乗ると…
「では向かいます!、皆さん?しっかり掴まっててくださいね?」
そうタマオノさんは優しくエリス達に問いかけ、か細い触手でエリス達が落ちないように固定すると、その大きな翼を何度も振り突風を巻き起こすと共に浮かび上がる
タマオノさんのこの巨体がみるみるうちに天高く飛び上がり、凄まじい速度を以ってして白亜の城へと向かっていく、…なんてスピードだ、これなら間に合うかもしれない!
「うぉっ!?すげぇスピード!」
「わーい!はやーい!エリスちゃんより速いんじゃない!?」
「これが羅睺のスピード…味方にするとこんなにも心強いか!」
そんなスピードの中にあってエリス達がまともに口を聞けるのはタマオノさんが生やした体毛が風除けになってエリス達を守ってくれているからだ、どこまでもエリス達の事を考え味方してくれる…
タマオノさん、こんなに優しい人なのに 魔獣王なんてやってるんだ…
「でさ、エリス?エリスはタマオノと対話したって言ってたけど、何話してたんだ?、味方だって伝えるだけなら口の中に放り込む必要ないだろ?」
ふと、ラグナが移動の最中にくるりとこちらを向いてそう聞いてくる、そうだ みんなにもシリウスの弱点を伝えないと!
「はい、聞いてください、実はタマオノさんから聞いたんです…シリウスの弱点について」
「何!?それは本当か!?」
「本当にシリウスに弱点なんかあんのか?、あいつ今の所マジで完璧超人だぞ」
「もしそれが本当ならこれ以上ない朗報だ、…で?、弱点ってなんだ?」
「シリウスは確かに完璧ですけど、タマオノさん曰く 天運が一切ないらしいんです」
天運、事を成し遂げ世を変えるのに必要な運命の力、星より与えられるその加護は天に近づきすぎたが故にシリウスは持ち得ない、その天運を補って余りある実力を持つシリウスにとって…それでも天運を持たないというのは致命的な弱点になり得る
そうラグナ達に伝えると、皆一様に考え込み
「てん…うん?」
「何?…それ」
ネレイドさんとナリアさんはなんのことだか分からないとばかりに首をかしげるが…
「なるほど、天運か…そりゃあ随分な皮肉だな、天を掌握するシリウスは天に見放されてるってわけだ」
「そうか、天運がないからシリウスは未だになんの事も成せていないのだな」
「へぇ、じゃあなんとかなるんじゃない?」
ラグナやメルクさん デティと言った為政者側の人間は把握しているようだ、何せ彼らはその天運を持つ側…国を治め頂点に立つ側の人間だ、当然持ち得る天運は他人よりも何倍も強い…でなければ玉座になんか座れなかったから
「しかし天運がなければどうというのですか?エリス様」
「そうだぜ、運がないってだけならこの先は運勝負になるのか?」
イマイチ納得していないメグさんとアマルトさんは一応把握はしているようだが、そこからどう弱点につながるかまでは分からない…って感じか、いやいいさ エリスも分からなかったから
「いえ、ここからは根性勝負です、シリウスは天運を持たないが故に最後の最後で必ず穴を見せます、いくら彼女が完璧な存在でも成功する運命を持たない彼女は何処かで天に見放されるんです、だから…」
「それまで耐え凌ぐってわけか、なら寧ろこれは好都合かもな」
「ああ、今シリウスはその目的を達成しようと 最後の一手に手をかけている、その話が本当なら天に見放されたシリウスはその最後の一手で隙を見せる筈だ」
「城をぶっ壊されたのは腹立つけど、逆に後がないのはシリウスも同じなんだね、…ならこの最後のラインだけは死守しよう!みんな!」
ラグナ達の補足でなるほどと手を打つナリアさん達、彼らの語った言葉はまさしくその通りだ、今シリウスは目的を達成しようとしてる…、しかしそこに今タマオノさんという味方を得てその弱点を知ったエリス達が向かおうとしている
確実に、その天運が作用し始めている…シリウスの目的は挫けようとしている、勝てる…勝てるんだ!エリス達にも!シリウスに!
「皆さん、そろそろつきますよ!」
「え?もう?」
ふと、エリス達が揃ってタマオノさんの体から下を覗き見ると、ぶつかり合う戦地は既に遠く過ぎ去り、皇都のど真ん中に開いた大穴の真上まで来ていた
あの広大な白亜の城を丸々一つ消しとばす一撃はそのまま地表の奥深くまで削り取り、世界が開いた口の如き巨大な穴を作り出していたのだ、…恐らく穴はアジメクの地下に繋がっているのだろう、シリウスの肉体を封じてある 地下奥底に…
「スッゲェ穴…」
「なんだか飲み込まれちゃいそうだね…」
「この下にシリウスが…」
「うへーん!、私のお城が穴になっちゃったよーう!、…はぁ この戦いが終わったらシリウスに弁償してもらおう…」
「それは難しい気がしますよデティ…」
「いいですか?皆さん、今から私はこの穴に急降下しシリウスの所へ向かい…そして、この命を懸けて僅かながら時間を稼ぎます、その隙に地面に降り立ち 戦いの支度を整えてください」
そうタマオノさんは言うのだ、最後まで下に送り届け…その命を使って時間を稼ぐ…って、え?命を使ってって、もしかしてタマオノさん 死ぬつもりか!?
「タマオノさん!まさか…」
「いいのですよエリス、私はもうとっくの昔に死んだ存在、元ある所に戻るだけ…ただその前に友の助けになるために、偽りの命を使えるなんてこんな嬉しいことはありませんよ」
「タマオノさん…、でも!折角なら元に戻った師匠と少しだけでも!」
「構いません…、でもエリスさん、お願いだから 私が死んでも、立ち止まらないでくださいね…絶対にレグルスを助けてください、お願いします」
そんなの悲しすぎる、折角この世に蘇り一緒に師匠の為に戦えるのに…、師匠が元に戻る前に死んじゃうなんてそんなの…絶対に認められない、タマオノさんを生かしたまま勝つ方法がある筈だとそれでも食い下がろうとするエリスを止めるのはラグナの手だ
「よせ、エリス」
「ラグナ…?、でも!」
「タマオノさんが俺達の味方なのは分かった、だからこそその覚悟には敬意を払うべきだ、きっと彼女は最初からこうするつもりだったんだろう…、俺達の手助けをして 俺達に全てを預けて…親友の未来を預けて、命を懸けて戦うと」
「でもそんなの、タマオノさんを犠牲にするんですか!、エリスの事を犠牲にしないのなら!彼女の事も救ってくださいよ!ラグナ!」
「エリス……」
思わずラグナに掴みかかってしまう、それが意味のない行動で こんなもの彼に対する八つ当たりであることは頭では分かってる、けどどうしてもこの人の犠牲を割り切れない自分がいるんだ
「エリス、これは犠牲ではありません…、そもそももう死んでる私と生きている貴方は同列じゃないでしょう?」
「そんな事は…!」
「あります、どの道この偽りの命は夜明けまで持ちません…、なら 折角なら友達の為に使わせてください」
「でも…でも、うっ!」
掴んでいたラグナの胸ぐらに寄りかかる、涙を隠すように、だってこの人の願いはエリスと同じだ、一度この人をエリスと同一視してしまったら…悲しくて仕方ないんだ
だって、命をかけて師匠に会えないなんて…友達に会えないなんて…そんなの…そんなの
「どうしようもないんですか…ラグナ」
「そうだな、…ならせめて全てが終わった後に…彼女に花を手向けに行こう、きっと俺たちにできるのはそのくらいなのかもしれないから」
「花…」
花…か、ラグナはその話を知らない筈なのに…どうしてこうも彼はエリスを止める文言をうまく引き出せるのかな…、そっか 花か
うん、そうしよう、全てが終わったら アルクカースに行って花を手向けに行こう、今度は師匠と一緒に
「ふふ、花ですか…いいですね、ならラグナさん?貴方にはエリスさんの事をお願いします、どうかその子の事を守ってあげてください」
「ああ、任せてくれ…貴方の覚悟は絶対無駄にしない、貴方は犠牲にはならない…その意思は俺達が連れて行く、だから安心してくれ」
そう語るラグナの目は、決して涙など浮かべず 一見冷淡にも見えるほどに冷静だった、けれど分かる…これはガイランドさん達に『穴』の防衛を任せた時と同じ目
つまり、ラグナは今 タマオノさんの覚悟さえも背負う覚悟を決めたのだ、だから今は涙など浮かべない、それがなんの意味もない事を彼は知っているから
「では参りますよ!、しっかり掴まっていなさい!」
「はい!お願いします!」
グルリとその場で回転し 羽を折りたたむと共に、大口を開ける闇の中へと突っ込んでいくタマオノさん、その背に必死で捕まるエリス達の標高がみるみる下がっていく
下へ下へ、大地よりも下へ 何よりも下へ、固い岩盤に開いた穴を抜けて、月明かりさえ届かない程に降れば、次第にエリス達の視界を彩る闇が晴れていく
「これは…!?光魔晶か!?だが少し色が違う気が…」
光を放つ鉱石が光源代わりに壁面より突き出ているのだ、しかしエリスの知る光魔晶とは色が違う、…なんだか青いんだ光が、やや薄緑がかった光は不気味に世界を緑色へ染める、まるでシリウスの魔力を受けて変質したかのようなその光に照らされるのは…
その穴の終着点、見え始めた穴の底に人影が見える…
白亜の城一つ分の超巨大な穴の底に立つその人物の影は嫌でも目に付いた、…穴の奥に存在する緑色に光り輝く小さな祠、それを開けようと手を伸ばすその姿は…
シリウスだ!
「皆さん!降りてください!」
「ああ!、みんな!降りるぞ!」
「はい!ラグナ!」
タマオノさんの合図に応じて一気に飛び降りる、未だ大地からはかなりの距離がある、けどその隙に動き出すのは…
「着地はお任せを!ここには空間凝固もありません!『時界門』っっ!!」
空に投げ出されたメグさんが手に持つのは黄金の杭 セントエルモの楔だ、それを一瞬にして穴の底に投擲し突き刺すと共に、生み出すのは時界門
エリス達全員を飲み込むほどの大穴が通じる先は 穴の底…シリウスの待つ最後の戦場だ
「ぬっ!?エリス達か!?何故もうここに…っ!タマオノッッ!!貴様か!!」
「ええそうですとも!レグルスの肉体を返しなさい!シリウスッッ!!」
着地するエリス達を置いて 一気にシリウスに強襲を仕掛け、その巨体な体で体当たりをかませば、あのシリウスが堪らず巻き込まれそのまま轢かれるようにタマオノさんと共に穴の岩壁へと突っ込んでいく
「ぐぅっ!!貴様…我が創造物の分際で!ワシに牙を剥くとは何事じゃあ!!」
「私は貴方より生まれました!でも…そんな貴方が私に与えてくれたものが!命以外に何があると言うのです!!、ただ生んだだけの貴方が!私に!何をくれたと言うのですか!」
牙を剥き全ての触手を硬化させシリウスに襲いかかるタマオノは吼える、命を与え生んでくれただけで何も与えなかったお前よりも…もっと尊い存在はいると、その存在の為に戦うと…、それが 魔獣王タマオノが今ここにいる理由である
「タマオノさん…」
「つつつ…、いてぇ…っ!ここは!」
ふとアマルトさんが痛がりながらも向ける視線は背後、穴の底にありながら唯一傷一つない存在…、シリウスが手を突っ込もうとしていた祠だ
既に頑健そうな祠の扉は破壊されており、中より見えるのは淡い緑色の魔力を放つ右足…それが重力を無視して浮かび上がっていた、酷く白いその足はスラリと伸びながらも筋肉質で、それでいて 未だに生きているかのように瑞々しい
あれがシリウス本来の肉体、八千年前に死んだ人間の残骸があれか、全く朽ちていないどころか死んですらいない気がしてくる…、確かにあれはもう一度全ての部位が揃ったらまた動き出しそうだ…
「みんな!ボーッとするな!陣形を整えて魔力覚醒を!、…ここが最後の決戦なんだ!、ここから先は一歩も引けないぞ!」
「っ、そうですね!ラグナ…」
「ああ、我々の全てを出し切るなら…ここしかないな!」
「うん、…今度こそ 負けない!」
即座に元の陣形を整えて、再び魔力覚醒を行いシリウスを迎え撃つ準備を行う…、すると
「ぐぅ…う!」
響く、痛々しげなタマオノさんの悲鳴…、まさか!
「邪魔じゃ、…力を失ったお前が創造主たるワシの道を少しでも阻めると思うたか!」
「ぐっ…、ああ…」
シリウスにより触手を千切られその胸を拳で貫かれ、血を吹き出すタマオノさんの姿が…、あ…ああ
「タマオノさん!!」
「ぬはは…、奴等の助けにでもなろうとしたか?タマオノ、じゃが無駄よ…貴様は何も成せず死ぬのじゃ、哀れな造り物の王よ」
「ふっ、何も成せずに…死ぬのは、貴方も同じですよ、シリウス…、貴方は何も残せない 魔女達のように心強い後継者も理解者も…何も、この世で最も哀れな存在が…貴方です」
「貴様…、言うではないか、最期に生意気な口が聞けてよかったよ…じゃあな!」
「ぁがぁっ!!??」
その言葉を最後にシリウスはずるりとタマオノさんの胸からコアのような物を引きずり出し、その腕で粉砕する…砕いたのが何かは分からない、けど それを砕かれたタマオノさんは力なく倒れ その手足の先から塵へと変わっていき…死んでいく
「ぬははははははは!!、消えよ!役立たずの欠陥品が!貴様はもう用済みじゃ!」
「かふっ…」
────────────────────
「ぬはははは!、よしよし!流石はワシ!魂の創造さえも成し遂げてしまいとは我ながら罪深い!ぬはははは!!」
私が最初に見たのは、ガラス越しに喜ぶ白髪の女…我が創造主シリウス様の姿だった、彼女は魔力の篭った液体の中に浮かぶ小さな私を見て、手を叩いて喜んでいた、それが何故喜んでいるのか分からない私は…ただただこう思っていた
我が生誕は祝福されたものであると、その喜びこそが、私の始まりだった
私は生まれてより直ぐに創造主シリウス様により、魔力創造兵No.1と名付けられ、シリウス様に仕える事を命令された
暗い石室の中に並ぶガラスの器と魔力機構の立ち並ぶ室内でなんの知識も持たず生まれた私はただただ創造主に傅き彼女に従う事を心に誓った、そこに理由はない ただただ自分を作った存在の命令は絶対であると言う本能のままに跪いた
「シリウス、魔力創造兵では些か長くないかい?」
私が傅くシリウス様には既に数人の同士がいた、賢そうな男の人と動く彫像のように筋骨隆々の男の人と常に作り笑いを浮かべている女の人の三人だ、その中の一人である賢そうな男の人…ナヴァグラハが言った、魔力創造兵では通りが悪いと
「んぉ?じゃあ魔造兵でええわい」
「そう言う意味で言ったんじゃないよ、名前が必要だと言っているんだ、君も名前の重要性は理解しているだろう?、名前とは即ち運命だ…君が持つ名前のようにね」
「重要性は理解しておる、じゃが興味がない、好きに名付けろ お前がな」
「ふむ、あまりネーミングセンスには自信がないが…そうだね、なら君はタマオノ…と言う名前はどうだろうか?」
タマオノ…、それが私が命の次に貰った初めての贈り物にして、私の運命だった
この日より、私はタマオノとして…魔獣王タマオノとしての生き方を定めづけられたとも知らずに、ただただ跪く事以外を知らず 黙って聞き流していたんだ
そう、…それが始まりだった、そこからは流れるように時が進んで色々なことがあった、創造主シリウス様は私を無限に兵士を増やせるシステムとして作ったと語っていた、一々脳みそを搭載し自分で考える機構をつけるとやや面倒なので、これからは私が単純な魔獣を作り、それに指示を与えるブレインとして働くよう命じられた
命令を下された私はシリウス様の言う通り魔獣を大量に量産した、この体はそのように作りれていたからなんの苦もなく一夜にして数千万の魔獣を生み出し一度に数十億もの魔獣を操り世界中に混沌を齎しいつしか魔獣王と呼ばれるようになったんだ…、そこまではよかった
ただの兵器として何も考えず、何も感じず、無感情にシリウス様に従う日々はある意味幸運であっただろうと思う、何も感じないままで入られたらどれだけ楽だったでしょうね
けれどそうもいかなかったのには理由がある、…シリウス様が私に命じた魔獣の製造と支配には一つの欠落があった
それは…、シリウス様の魂の創造はあまりにも完璧すぎた事だ、私の魂の完成度は最早完全に人に近しいレベルであったのだ、故に物事を学習すればその価値観はほぼ人と同じになってしまう事…
私は無数の魔獣を操り、その感覚を得ながら操作する…故に魔獣が殺す瞬間も殺される瞬間も全て記憶する
ある日のことだ、魔獣を操り一つの村を襲った時のこと…私は見てしまった
『お願いです!子供だけは…子供だけはどうか!』
小さな子供を抱いて必死に子供の助命を願う母の姿があった、既に母子ともに瀕死の傷を負っておりどう考えても助からないと言うのに、母は必死に子供を助けようとしていた
知識としては知っている、人間の母親は子供を大切にするものであると…、だがその理由がよく分からないのだ、どう考えても子供よりも自己の生命活動を優先するべきなのに、それほどまでに人類に課された種の繁栄と言う使命は大切なのかと思案している間に…
子供を襲おうとしていた魔獣が、駆けつけた傭兵による殺され 感覚が遮断されたんだ…、その時悟ってしまった
ああそう言う事なのかと、…私は今 一人の子供を失ったのだと、人間と違い苦しむ事なく無限に魔獣を生み出せる私にも、自らの子である魔獣達を労わる心があるのだと…私も一人の母親なのだと、そう悟ってからが地獄の始まりだ
私は一体、どれだけの子どもの命を捨ててきた?これから一体どれだけの子どもの命を捨てればいい?、この戦いの意味は?これを続ける意味は?、私は何故殺す 私は何故殺される
毎日毎日無限に殺し続ける映像を見せられる
毎日毎日無限に可愛い子らが殺される映像を見せられる
殺せば殺すほどに人を知る
殺されれば殺されるほどに己を知る
無限の魔獣を操る私は、急速に知識を獲得し自己を獲得し己の価値観を形成し、一つの答えに行き着いた…
この戦いには全く意味がない…と、私の可愛い子供達は今も殺されている、私が愛おしいと思うように人間も自分の子供は愛おしいだろう 私はそれを今も奪っているのだ
奪い続け、奪われ続ける地獄の連鎖に苦しみながらも、私がそれでもこの戦いを続けたのには理由があった、…私の創造主 私にとっての母たるシリウス様の存在だ
きっと、彼女も苦しんでいると思っていた、私の母もまた苦しんでこの責務を私に命じているのだと思い込んでいた、私も苦しいが母も苦しいはず…なら耐えよう、そんな無駄な決意を固めていたんだ…当時の私は
それさえも無駄だと悟ったのはすぐ後のこと、母に魔獣の被害を減らしたいから戦い方を変えたいと零した時…
『何を言うておる、減ったなら増やせばよかろう、お前はそのためにおるんじゃろうが』
そんな冷淡な言葉に、あんまりだと涙を流す私を見て…シリウス様は笑っていた、そんな機能まで付いていたんだな流石はワシと…、ようやく気がついたよ この人は私をなんとも思っていないことに
…辛かった、あまりに辛かった、その辛さを人類のせいにして余計に殺し、余計に殺した分余計に殺されて、余計に苦しんで…
地獄だった、私にとってあの戦いは地獄そのものだった、何よりも愛おしいものを常に奪われ続け、奪いたくもないものを奪い続ける毎日は地獄だったんだ
そんな地獄の中で、私は彼女と出会った
………………………………………………………………
『ほう、お前も作られた存在か…?』
戦いの中で、彼女と レグルスと出会ったんだ
彼女も最初は私を友人の仇だと怒りを向けて私を殺しにきた
私も最初は彼女を子ども達の仇だと怒りを向けて殺しにかかった
そんな風に私とレグルスは奇妙な縁で結ばれたように何度も何度も戦った、そんな戦いの中で…いつしかレグルスは私に対してそんな言葉をかけるようになっていた
『ふんっ、私もシリウスによって作り変えられた存在だ、ある種お前とは通ずるものがあるのかもな』
敵である彼女が向けてくる一定の理解と尊重は、私にとっては新鮮で眩しいものだった
だって、シリウスも羅睺も誰も私を理解してくれない、人によって作られた私が人のように愛を抱くことを笑っている中、レグルスだけは
『子供を殺されて辛い?、そんなもの当たり前だ、お前がやってきたこともそう言うことだろう』
笑わなかった、真摯に私を責め立てた、私を兵器ではなく一人の宿敵として扱ってくれる彼女は、私の愛を認めてくれた唯一の人間だった
『また貴様か、何だ?まだ悩んでいるのか?、いい加減にしてくれ…暗い顔をしたお前と戦う私の気にもなれ』
『悪いな、お前の子供をまた随分と殺した、恨むなら恨めよ』
『お前の息子達はよくやったぞ、だから母親たるお前だけでも胸を張れ』
『タマオノ、お前はタマオノ以外の何者でも無い、だからせめて私の前だけでも悩むな』
戦場で出会う都度彼女は私に声をかけた、一人の人格を持った生命体として扱った、お前の子供は強かったと褒めたり またお前の子供を殺したよと律儀に言ってきたり お前の暗い顔を見てると気だるくなると気軽に語ったり
…嬉しかった、レグルスのそんな律儀なところがとても好きだった、けれど私達は敵対する定めだから殺しあうしかないと私達は戦い続けた、時には私が負け 時には私が勝ち 時には決着がつかず、幾度となくぶつかり合い幾度となく言葉を交わした
そんな私達の戦いにも、終わりが訪れたのだ
最後の最後、シリウスとの決戦を選んだレグルス達は羅睺十悪星を全員倒す決断をし…私達は八人の魔女達との決戦に臨んだ
アミーのところにはアルクトゥルスが
ミツカケのところにはフォーマルハウトが
スバルのところにはプロキオンが
ホトオリのところにはリゲルが
イナミのところにはスピカが
ハツイのところにはアンタレスが
トミテのところにはカノープスが
そして、私のところに来たのはレグルスだった
『タマオノ、お前との因縁もここまでだ、今日で決着をつけ私はお前を殺すつもりだ、だが…その前に聞きたい、何故お前は戦い続けた』
『お前は我が子の命を尊んでいた、なら自由になる道もあった筈だ、それなのに何故…今もこうしてここに立っている』
『使命だとか義務だとか、そんなものに何故縛られる…自由に生きようとは思えないのか?、お前は…そんなにも心優しいのに』
レグルスの言葉は一言一言がただひたすらに鋭かった、自由にならないのかだって?自由に生きないのかだって?
そんな事出来るわけがないだろう…!、私はシリウス様の創造物で!シリウス様は創造主で!、子は親に逆らわないのが当然で!!!
『ッタマオノ!貴様は創造物などではない!一人の人間だろうが!、私が認めた一人の人間だ!我が宿敵を愚弄するのは例えお前自信であっても許さん!!』
そう…怒ってくれた、私は創造物なんかではない…それは私がずっと訴え続けてきた事、それでも否定しきれなかった言葉、それをレグルスは…レグルスが否定した、その衝撃を受け止めきれない間にレグルスは私に近寄り
『私はお前が憎くて憎くて仕方ない、だが同時にお前を評価さえしている!、誰よりも愛を知るお前を 誰よりも子供のために強く戦うお前を、私は評価しているんだ』
『お前がどのようにして生まれたかなど関係ない!今をどうやって生きているか ただそれだけだろう、故に…今この時だけは、シリウスに作られた魔造兵としてではなく、タマオノ…ただ一人のお前として、やりたいようにやれ』
シリウスからの指令はない、故にお前の意思で戦う決意を固めろ…そう語るレグルスは最期まで私の心を慮ってくれた、最後の最後まで私に真摯に向かい合ってくれたんだ…なんて優しい人なんだろうか、何でこの人と敵として生きてしまったのだろうか
私を唯一理解してくれるこの人が、どうして敵なのだろう…そう思うと同時に、相反する感情も湧いてきた
全く真逆の感情…『この人が私の敵でよかった』と、私の人生の最後を彩る相手で良かったと…
「わかりました、レグルス…これよりは魔造兵でもなく 魔獣王としてでもなく、貴方の宿敵タマオノとして全力で戦います、だから…」
「ああ、これで終わりにしよう…」
「ええ」
子供達を呼び寄せることもなく、いつもみたいに逃げることもせず、この時私は 命尽きるまでレグルスと戦った、自由に心赴くままに戦う私はきっとこの短い人生の中で最強とも言えるほどの力を発揮出来てきたと思う
けれど、レグルスはそれを上回った…、彼女の覚悟は私なんかよりもずっと強かった
彼女にこうして負けたのは、きっと必然だと思えるくらい…強かった
「これで終わりだな、タマオノ」
「ええ…これで、終わりです…全部」
地面に倒れ伏し、四肢を失った私を見下ろすレグルスの瞳は いつか私を笑ったシリウスによく似ていたけれど、その光は真逆…私への慈しみに溢れていた、あんなにも人を殺した私を あんなにも奪った私にも、そんな瞳を向けてくれるんですね 貴方は
「…眠れ、タマオノ…お前の決意と生命は我が記憶に刻み込む」
「…そうですか……、なら…生まれてきた甲斐があったというものですね…」
「ああ、そうだな」
それだけ口にするとレグルスは、倒れ伏す私の胸元に 一輪の花を乗せる、その時はその行動の意味が理解出来ずやや困惑していると、それを察したレグルスは…
「知らないのか?、人はな?こうやって親しい人を送り出すのだ、花を贈り その死を悼むのだ」
「それは…人の葬儀法でしょう…」
「なら問題あるまい」
レグルス…、嗚呼…何故貴方は敵にまでそんな情けをかけてしまうのですか、それでは一番辛いのは貴方でしょう…、どうか泣かないで 私の理解者よ…
「…お前の魂に安らぎがあらんことを祈ろう、故に安らかに眠れ…」
「……レグルス…………」
消えていく意識、神さえ容認せぬこの命が人と同じところに向かうわけもないのにレグルスは必死に祈る、私が向かう先はきっと人と同じであると そうあるべきだと
憎しみと怒りから始まった闘争の出会い、幾度となくぶつかり合う内に生まれた奇妙な縁の終着点で思う
やりきったと、私はやり切って生きたと…だからもしレグルスの祈りが通じて、人と同じところに行って…次もし人に生まれ変われたら、次は…レグルスの友になりたい
レグルスの友達になりたい、彼女は迷惑がるかもしれないけれど…私はこの人の…友達に…………
────────────────────
「タマオノさん!!!」
咄嗟に体が前に出る、師匠の事を語る彼女の顔は これ以上なく真摯だった、あの人はどこまでも友達の為に必死だった!、やっぱりあの人を死なせてはいけない、そう…衝動に任せて動こうとするも
来るな…と、タマオノさんは砕ける手を前に出し
「大丈夫…、私が死ねば…魔造兵はもう役に立たなくなる、…この戦いはもう…貴方達の勝ちですよ…」
「でも…でもタマオノさんが!」
「……ふふ、敵である私にそこまで…貴方は…レグルスに似て…本当に優しい…ですね?、ふふ…だから…楽しみに…しています、レグルスと一緒に…また…花を…手向けに来てくれる…事を……、きっと…レグルスの教えを受け継いだ貴方なら…きっと…」
「そんな…の」
「ふ…ふふふ、…レグルス…今度は…私が祈っても…いい…ですよね、貴方の…未来を……」
微笑みを浮かべながら、彼女の顔は塵へと消える、後には遺体も残らず 跡形もなく消える、かつてアインソフオウルがそうだったように…、彼女もまた風に抱かれて消えていく
最後の最後まで、エリス達の勝利とレグルス師匠の安寧を信じて…消えていった!、恐れもなく!苦痛も見せずに!、ただ!レグルス師匠の弟子であるエリスの勝利を信じて…!
「…当然です、当然ですよ タマオノさん、なんたってエリスは」
故に答える、きっとこの声は 彼女に届くと信じて、声を張り上げ 天へと向かって
「エリスはエリスです!、孤独の魔女の弟子…貴方が信じた孤独の魔女レグルスの弟子!エリスなんですから!!!」
勝つ…絶対に勝つ!、師匠を取り戻してまた彼女に花を手向ける為に!絶対に!!!
「ふんっ、くだらぬ邪魔が入ったわ…、まさかここまで追って来ようとは、流石のワシも予想だにせんかったわ」
「シリウス…!!!」
「はっ、生意気な面じゃ…どこまでもワシを煩わせる!」
シリウスの顔に既に余裕はない、いや 最早怒りしかないと言った様相だ、どこまでも邪魔をし食い下がるエリス達に明確に憎悪を表すシリウスはタマオノさんの遺灰を踏み越え、エリス達の前へと立つ
「で?、次は誰がタマオノに会いに行きたい…遠慮はするな、全員直ぐに再会させてやるわっ!!」
「タマオノさんに会いに行くのは貴方です!、あの世で彼女に詫びなさい!シリウス!!」
全ての力を解放し全力で目的を達成しようとするシリウスと相対するエリス達の背後にはシリウスの肉体がある、ここを一歩でも通せばその時点でシリウスは復活し 世界は滅びることになる
タマオノさんの意思も ここを守ってくれているみんなの意思もエリス達の覚悟も全てが無駄になる
死んでも負けられない、死んでも勝たなくてはいけない、それ以上に…
「絶対ぶっ飛ばしてやります!」
あの野郎に目に物見せてやらなきゃ気が済まないんだよ!エリスは!!
「ぬはははははは!ならば上等…最後の戦いには誂え向きの鉄火場よ!、なればこそ 今度こそここでつけようではないか!、貴様らとワシの!決着をっっ!!」
世界も意思も覚悟も何もかもを賭けた最終決戦…、その場に戦士は出揃った
シリウスとの決着をつけるは、今だ!
エリスは微睡む、さっきまで急いでいた気がするのに…今は不思議と安らぐ心地さえ浮かんでくる
…エリスは、何をしていたんだっけ?何を慌てていたんだったっけ、ううん…思い出せない…眠い
「…スさん…エリ…さん、…エリスさん」
微睡むエリスを起こすように頬を優しく誰かに叩かれる、なんだ…誰だ、エリス的にはもう少し寝たいんだけど…
「むにゃむにゃ」
「ふふふ、可愛らしい寝顔ですね、ですけどダメですよ~?遅刻しちゃいますよ~」
「ち…こく…」
なんのことだ、何に遅れるというのだ…というかこの声そもそも誰だ、何もわからな…
……あ
「ッ!」
「あ、起きましたか」
思い出した、思い出した!エリス今シリウスを追いかけているんだ!、それで白亜の城に向かってる最中にタマオノに食べられて…それで、どうしたんだ!?死んだのか!?
そう急いで目を開き頭を起こせば、広がる景色は先程までの景色とはまるで違う物静かで気の落ち着くような木組みの一室であった、木の壁に木のテーブル、置かれた戸棚の上に乱雑に配置された花瓶や本とそれを照らす窓から差し込む陽光、まるで質のいいログハウスの中みたいな…
あ、違う!これエリスと師匠の森の小屋に似ている気がする、まぁ似ているだけで置かれている物の感じは少し違うが、うーん異様に似て…ハッ!
「よかった、人の子は脆いですからね、勢い余って殺していたらどうしようかと思いましたよぉ、よかったぁ…」
「あ 貴方、…タマオノ!?」
いやそれよりも気になるのは目の前でホッと胸を一つ撫でる女性、いや 魔獣王…エリスをパクリと口で食べてくれた諸悪の根源、羅睺十悪星のタマオノだ
さっきまで戦地にいたエリスがこんなよく分からない空間に飛ばされたのは十中八九こいつの仕業だろう、こいつは羅睺十悪星…つまり敵だ、そいつがやる事は確実にエリスにとって不利益になる事間違いなし!
何が狙いだと、エリスは小さく構えを取ると
「あ待ってくださいね、今お茶とお菓子を用意しますから」
「は?…何を考えているんですか?」
「いえ、これからお話しするのに何もなしは失礼かと…」
「お話?そうやって油断させてエリスを殺すつもりですか?、というか食べられたからもう死んでるのか…」
「死んでませんし食べてません、そもそも魔獣は普通の生物と違い食事を必要としません、生物の本能として食事を行う個体もいますが…少なくとも人を食事として扱おうとは私は思いませんよぉ」
「では普通にエリスを殺すつもりですか…?」
「殺しませんって、…貴方を口の中に放り込んだのは貴方とこうしてお話をするため、私の体内ならば邪魔も入りませんし、ここは時間の歪んだ空間なので 一秒も一年も同じく一瞬として扱われますから、時間のない貴方にはうってつけかと」
「話…?」
そう言いながら戸棚からクッキーを出し、どこからともなくティーカップを取り出し中にお茶を注ぐタマオノは、徹底的にエリスと対話したいとしか言わない、…何を話したいというのだ、まさかウルキ同様時間稼ぎ?いやでもここは時間が歪んでいて…でも敵であるこいつの言葉をどこまで信じていいものか
そうエリスが警戒を解かずジロリとその一挙手一投足に注目していると、その視線に気がついたのかタマオノは少し真剣そうな視線をこちらに向け…
「警戒されてますね」
「当たり前です、貴方は羅睺で魔女様の…師匠の敵ですから」
「そうですよね、ええそうです…私は羅睺で貴方の師匠の敵でした、かつてはタウルース王国…今のアルクカース?でしたか?。その国がある地点で決着をつけたこともあります、それは事実です、ですが…」
すると、タマオノは両手を自分の胸に置き、小さく礼をすると共に…
「今は、エリスさん…魔女の弟子である貴方の味方です」
「み 味方?」
「正確に言うなれば、レグルスの味方…ですかね」
そう言うのだ、流石に信じられない、そう言えばエリスが信用するとでも思っているのか?
だってこいつは羅睺十悪星…ウルキと同じ羅睺で、悪魔のアインの…魔獣皇族たるアクロマティックの母親だ、アクロマティックのと言えばエリス相手に三年も嘘を貫き通した外道、それと同じ魔獣王であるこいつを信用する理由は今のところどこにも無い
「何が目的ですか」
「レグルスは私にとってのの恩人です、そんな彼女がシリウス復活の礎にされようとしている…それを阻止したいのです、彼女の魂と肉体に自由を齎したいのです」
「違います!エリスを騙して何をしたいか聞いてるんです!」
「騙してなんて…、いえ…そうですね 信用なんか出来ませんよね、私はあの凶暴な魔獣の祖にして元凶、かつてレグルスと戦い続けた私のことなど信用も出来ませんよね」
ふふと、やや残念そうに笑うタマオノはショックを受けたように静かに椅子に座ると…
「確かに私はシリウスによって作られました、魔女達と戦う為の兵器として幾多の魔獣を作らされ…数え切れないくらいの人が死ぬ原因にもなりました、それは今も変わらず続いている」
「…………」
「けど、…私は本当はそんなこと望んでなんか無い、本当は私の子供達…魔獣達には人と手を取り合い共存する道を選んで欲しかった、けどそれもシリウスに製造権限と命令権を奪われた今は叶わぬ事…でも、でも私の願いは…私のようにただ駒として使われず 一個の生命体として子供達が生きる世界…ただそれだけなんです」
「…貴方は、魔獣達に人と共存して欲しかったと?」
「ええ、何かを殺すために作られた私のような生き方では無く、人のように道を選び 自由な生き方をして欲しいと望んでいたのです…、無理でしたがね」
タマオノは心底残念そうにお茶を啜る、その姿と視線に嘘をついている気配は見受けられない、まさか…本気でそう思っているのか?あの魔獣の真祖が?
「でも、貴方の直属の息子たちである五大魔獣は人に凄まじい憎悪を抱いていますよ」
「ええ知っています、全ての魔獣の知識は私にフィードバックされますから、あの子達が私の仇を取ろうとしているのも知っていますし、…シリウスから私がレグルスにどのように殺されたか聞かされているのも知っています、私とレグルスが本来はどのような関係であったか そこは伏せられて」
「関係?敵同士では?」
「はい、敵です…けど同時に、恩人でもあったと私は思っています、友人だとも思っているつもりですが…片思いかもしれませんね」
「友人…」
その言葉を聞いてやや考えつつ、エリスも椅子に着く、気がつけば彼女の話を傾聴している己がいることに気がつきながら、対話の席に着くことを選ぶ
「人を殺す兵器として作られた私を、レグルスは慰めてくれた…、『命は誰かのものじゃなくお前のものだ、誰かに寄りかからずお前自身の生き方を選べばいい』と、私は終ぞその生涯で自由を成し遂げる事は出来ませんでしたが 彼女の言葉に救われたのは事実なんです、彼女にとっては迷惑かもしれませんが」
「…………いえ、どうでしょうね」
「え?」
「それより、本当なんですか?エリス達の味方って、でも貴方は魔造兵を動かしている張本人じゃ無いですか、味方ならどうして兵を引かないのですか?」
「それは仕方ないのです、私の離反を奴らに悟られる訳にはいきませんから、どんなに私が望んでも創造主たるシリウスには逆らえない…叛旗を翻す事が出来るのは一瞬だけ、だからその一瞬でシリウスを倒せる貴方達に言葉を残す為、従順に戦うふりをしなくてはならなかった」
…ふむ、まぁ筋は通っているな、タマオノがどれだけ強くてもシリウスが創造主である事は変わらない、タマオノが魔造兵に絶対的命令権を持つようにシリウスがタマオノに対して何かしらの権限を持つと考えて然るべき、ならばこそ戦線には出ず後方でエリス達を待っていたと考えれば彼女の言い分は正しいようにも思える
それ以上に、今エリスは彼女を信用する一つの理由を見つけてしまっている、恐らくだが…この人は信用出来る
「なるほど、…すみません 警戒してしまって」
「いえいえ、疑り深いのは貴方が賢い証拠です…なんて、レグルスの受け売りですがね、うふふ」
よかったぁ信用してくれてと可愛らしく両手を合わせて微笑む彼女を見ていると、今度は信じられないのがこの人があのアクロマティック達の親であることだ、何がどうなったらこの人からあんなのが生まれるんだ…、全く似てないぞ
「それで、エリス達に残したい言葉とは?、それを伝えるためにこの時間の歪んだ空間にエリスを招いたんですよね」
「ええ、ええそうです…うふふ、なんだかレグルスと話してるみたいで懐かしいですねぇ」
「あはは…、それでその 本題は…」
「ああごめんなさい、本題ですね…」
するとタマオノは手元のティーカップを優雅に置くと、その手を両膝に乗せ真摯にエリスを見つめると…
「他でも無い、シリウスの弱点についてです」
「ッ…!」
シリウスの弱点だと…?、あのシリウスにそんなものがあるのか?いや、でもこの人は羅睺十悪星…つまり誰よりもシリウスに近かった人間の一人、或いはそれも知り得ているのか
「な なんですか!シリウスの弱点って、何かあるんですか!」
「ええ、と言っても役に立つような話ではありませんが頭に入れておいて欲しいのです、完璧なシリウスの唯一の弱点にして彼女が魔女達に敗れたたった一つの敗因を」
魔女達に敗れたたった一つの理由…、確かにシリウスは完璧な存在だが一度完膚無きまでに敗れているんだ、あのシリウスが負けている…そこには確かな理由があるはずなんだ
それを知ることが出来れば、エリス達も或いは…!
「知っての通りシリウスは全知全能にこの世で最も近い人間です、その力は最早神にも匹敵しその知能は誰よりも深い、人として持ち得る全ての力が極限まで高められているシリウスはあらゆる点でどんな人間さえ上回る…文字通りの史上最強です、完全無欠と言ってもいいほどに」
「でも、やっぱり完全無欠なら弱点なんてないのでは…」
「ええ、彼女自身に弱点はありません…けど、一つだけ彼女持っていない物があるのです、それは本来なら弱点にもなり得ない物かもしれません、けれどそれを持っていないから世界は今だに存続していると言ってもいいでしょう」
「持ってないもの?」
シリウスが持ってないものってなんだ?、識の才能がないとか言ってた気がするけど、そんなもの奴がなんとかしようと思えばなんとでも出来るはずだ、後から手に入れようと思えば手に入れられる物で敗れた筈なのにシリウスが放置していたとも思えない
そんなシリウスでもどうにも出来なかった物がある…、一体何か そう考えていると、タマオノは一つ息を吸い、そして
「彼女が持っていない物、それは…」
「それは?…」
「それは『天運の無さ』です」
「て…天運?、シリウスは運が無い不幸体質って事ですか?」
「いえ、そうではありません、彼女ほど幸運な人間はいませんから…けど天運は違う」
天運…、普通の運気とは違うその運をシリウスは持っていないというのだ
「天運とは星より与えられし運、普通の運気とは違いある種の運命に近い物です、目的を達成する為に必要な見えない項目とでもいいましょうか、世界の頂点に立つ者達は皆これを持ち得て生まれているのです、持たずに生まれた者が玉座に座れば則ち国の崩壊を意味するほどに 重要な人としての要素です」
「天運…もしかしてエリスがゲームに勝てないのも…天運?」
「いやそれは普通に運が無いだけで…いえ、確か貴方は魔蝕の子でしたね、シリウスとの魔力的繋がりが生まれた結果 それが貴方にも引き継がれていると考えれば…うーーん、分かりません」
まぁ別にそこはどうでもいいんだが…、でも天運か 星より与えられた加護、言ってみればそういう星の下に生まれているという奴だ、エリスがそういう星の下に生まれているとしたら シリウスは一体どんな星の下に生まれているんだ?
「シリウスはあまりにも天に近づき過ぎた結果星より天運を賜っていません つまり全く天運を持っていないのです、頂点に立ちながら一切の天運を持たず何かを成す運命を持たない彼女は…どんなに完璧に計画を立て順調に事が運んでも必ず何処かに綻びが生まれてしまうのです」
「綻び…それがシリウスの弱点」
「ええ、だからエリスさん どれだけ絶望的な状況になっても耐えてください、耐えて耐えて耐え凌げばいつか天運が巡りシリウスの完全無欠の佇まいの何処かに穴が生まれます、その穴を突けるかどうかが…この戦いの勝敗を左右します」
全く天運を持たないにも関わらず、その実力の高さで頂点に君臨した歪な存在は、決定的な場面で必ず穴を見せてしまう、その穴はもしかしたらか細く…見えないほど小さいかもしれない、けれど必ず穴は生まれる…そこをエリス達が見つけて突き崩せるかが勝負の鍵を握るってことか
「…分かりました、結局 やり抜けばいいってことですよね、最後まで負けないで戦い続けりゃエリス達の勝ちって事ですよね、なら…やることは変わりません」
「ふふふ、…貴方はレグルスに似て頼もしいですね、…あの人の友人として誇らしいですよ」
しかしいい話を聞いた、タマオノさんは役に立つかどうか分からないと言っていたが、これ以上ない話だ、やはりラグナと言う通りシリウスは無敵の神様じゃない!エリス達と同じ欠点を抱えた人間なんだ!
なら倒せる、奴にも弱点があるのなら、いつもやってきたみたいに弱点を突いて倒せばいいんだ!
「ありがとうございます、タマオノさん」
「お役に立てたならそれでいいです、では戻りましょうか 現実に、貴方のお友達も心配していることでしょうし」
「現実…そうだ!、急いで戻らないと時間がないんだ!」
いくらここでの時間が一瞬でも今はその一瞬さえ惜しい、もうシリウスは肉体を目の前にして復活に手をかけている、今すぐシリウスのところに戻らないと
「今すぐシリウスのところに行かないと…でも、どうしたら」
「そこはお任せを、私が皆様を送り なんとしてでも間に合わせます、魔獣王の名に懸けて…いえ、レグルスの友人として!レグルスを救おうとする貴方達の一助になります!」
「え…タマオノさん…」
任せてくださいと立ち上がる魔獣王はその胸を叩きエリス達に味方すると言ってくれる、…そうか、これが天運か
ここぞと言う場面で物を左右する運命、目的を達しようとするシリウスにはそれがないから…エリス達にはそれがあるから、今 タマオノという存在の発生を許したのだ
「タマオノさん…、ありがとう…ありがとうございます!本当に!」
「いえ、レグルスの弟子は私としても可愛いですからね…まぁ、さっきも言いましたがレグルスからしてみれば私なんかの友情なんて迷惑かもしれませんが…」
またそれか、タマオノさん的には敵対していた自分からの友情は師匠にとって迷惑になるかも…そう言いたいんだろう、けどね タマオノさん、エリスはそれは違うと思うんですよ、だって…
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、タマオノさんと師匠が決着をつけたのはタウルース王国、今のアルクカースなんですよね」
「え?、ええ 魔獣達からの知識で見るに 私とレグルスが決着をつけたのは今のアルクカースがある地点、そこで私とレグルスはシリウスによって戦わされ…、そこで命を落としました」
なるほど、やはりタマオノさんはアルクカース死んだのか、アルクカースには確かに魔獣王が住んだ山なんてのもあるし、恐らくタマオノさんは本当に彼処にいたのだろう
だとしたら…
「うん、師匠は貴方のことを友人と呼んでいましたよ」
「え?、ほ 本当ですか?」
「はい、…アルクカースには友人の墓があると師匠は言っていましたから」
あれはラグナと出会ったばかりの頃、師匠はアルクカースに入り直ぐに『近くに友人の墓があるから、墓参りに行ってくる』と言っていた…当時は誰のことか分からなかったが
もしかしたら、その友人の墓というのは…タマオノさんのことなのではないだろうか
「師匠は今になって墓参りに来るなって怒るかもしれないと言いつつも、貴方のお墓に花を手向けに行ってました、貴方の怒りを収められるのはきっと花だけだからと」
「ッ…!、ッ…それは…そうですか…レグルスが、私に…花を…ッ!」
うっ とタマオノさんは目に涙を浮かべ口元を押さえ嗚咽しながら、窓際に飾られた花を…桃色の一輪の花に目を向ける
「覚えていて…くれたんですね、レグルス…」
「花が好きなんですか?」
「ええ、…とても…、私の魂の安息を願いながら手向けてくれた桃色の花、彼女がくれた 唯一の贈り物、私にとっての宝ですから」
片思いではなかった、私とレグルスは友人だったと涙を零しながらタマオノさんは窓際の花瓶を愛おしげに撫でる、怒ってなんかいない ただ覚えていてくれたことがさ嬉しいとばかりに…
「…よし、行きましょうエリスさん、貴方と師匠と私の友人を救いに!」
「はい!タマオノさん!!」
目に決意を宿し、拳を握り吠えるタマオノさんは小屋の扉に手をかけ、光溢れる外界へと飛び出していく、全ては古の友を救う為…今度こそ、友を救う為にタマオノは創造主に反旗を翻す
………………………………………………………………
「テメェ!、エリスを吐き出しやがれ!ぶっ殺すぞ!!!」
鬼の形相で吠えるラグナは最早何も目に入らないとばかりに拳を握り、襲いかかるのは目の前に聳え立つ異形の怪物…魔獣王タマオノだ、今しがた触手にてエリスを捉えその口に放り込み捕食したその怪物の存在そのものが容認出来ないと怒りに震え そのスカートの中に広がる口に拳を振るおうと踏み込んだ瞬間…
「ラグナ!待ってください!、エリスは無事ですから!」
「っ!?エリス!?」
即座に開けられた口の中から飛び出してきたエリスが両手を広げラグナを制止する、そんなエリスの姿を確認すれば彼も即座にその勢いを殺し急停止し…
「無事なのか!?」
「無事です!、タマオノはどうやら敵ではないようで…」
「はぁ?、こいつが…」
「ごめんなさいねぇ~、びっくりさせちゃって…でも時間がなかったからこうするしかなかったの~」
先程までの凶暴性は何処へやら、巨大化したタマオノは申し訳なさそうに両手を合わせくにゃくにゃと曲がりながらなんとなく誠意を表して謝罪をする…が、イマイチ信用できない様子のラグナはチラリとデティに視線を向け…
「大丈夫だよラグナ、タマオノからは騙してやろうって邪心も敵意も感じない、エリスちゃんも操られてる様子がないから多分本当だよ」
「そうか…」
こういう時、デティの感情を読める能力というのは本当に便利だ、物の真理を過程をすっ飛ばして知ることが出来るのだから、お陰でラグナはタマオノもエリスも本当に敵意がないことを知る事が出来た
…はぁよかった、ここからラグナ達を説得するってなるとやっぱり時間がかかったから、デティがいてくれて助かった…
「マジで味方なのかよ、こいつ魔獣王だろ…」
「羅睺十悪星が味方とは考えづらいが…本当か?エリス」
「はい、先程タマオノの体内で対話しました、色々説明がいるかとは思いますが今は時間がありません!タマオノさん!」
「ええ、お任せを!魔獣王の名に懸けて!必ず皆さんを白亜の城まで送り届けましょう!」
するとタマオノさんは体を大きく震わせ、背中からいくつもの大翼を生やし鳥のように ドラゴンのように四つ足を着くと…
「さぁ皆さん!乗ってください!」
「乗ってくださいって…」
翼を広げるタマオノさんの言葉にやや動揺する皆はたじろぐ、いくらエリスの言葉を信用したとはいえ それでも敵だと思っていた人間にいきなり体を預けるのにはやや抵抗があるようで…
と、そんな中真っ先に動くのは
「みんな!乗ろう!」
「え?おい、ラグナ!?本気か!?」
ラグナだ、タマオノさんに殴りかかった彼自身が率先してタマオノさんの触手だらけの体をよじ登り始めるのだ
「本気だよ、俺はエリスを信用する!エリスが味方だってんなら味方だ!だよな!魔獣王!」
「ええそうですよ、私はレグルスの友人…であるならばその弟子達の味方するのは当然です」
俺はエリスを信用する そう叫びながら体を魔獣王タマオノに預けるようにどしりと預ける、魔獣王を信用していうかは分からないし 何がどうなってるかも分からない、けどエリスの事は信頼している、だからここはエリスに従うと…そう決断してくれるのだ
「ラグナ…、…皆さん!エリスを信じて!今はタマオノさんに乗りましょう!」
「そう言われると弱いな、分かった 君を信じるぞ、エリス」
「どの道今は藁にも縋りたいんだ、魔獣王だろうが羅睺だろうが信じるぜ!」
「私にはもう何が何やら、しかしもしこれが本当だとするなら…」
「ん、デティ ナリア私に掴まってて」
「はーい!」
「はい!ネレイドさん!」
みんなエリスを信じるとラグナに続いて触手を登りその背中にくっつくように体を預ける、…有難い 本当に有難い、みんながこうしてエリスを信じてくれることがこんなにも嬉しいとは
そうみんなの友情を染み入るように感じながら、エリスもまた魔獣王タマオノの背中に乗ると…
「では向かいます!、皆さん?しっかり掴まっててくださいね?」
そうタマオノさんは優しくエリス達に問いかけ、か細い触手でエリス達が落ちないように固定すると、その大きな翼を何度も振り突風を巻き起こすと共に浮かび上がる
タマオノさんのこの巨体がみるみるうちに天高く飛び上がり、凄まじい速度を以ってして白亜の城へと向かっていく、…なんてスピードだ、これなら間に合うかもしれない!
「うぉっ!?すげぇスピード!」
「わーい!はやーい!エリスちゃんより速いんじゃない!?」
「これが羅睺のスピード…味方にするとこんなにも心強いか!」
そんなスピードの中にあってエリス達がまともに口を聞けるのはタマオノさんが生やした体毛が風除けになってエリス達を守ってくれているからだ、どこまでもエリス達の事を考え味方してくれる…
タマオノさん、こんなに優しい人なのに 魔獣王なんてやってるんだ…
「でさ、エリス?エリスはタマオノと対話したって言ってたけど、何話してたんだ?、味方だって伝えるだけなら口の中に放り込む必要ないだろ?」
ふと、ラグナが移動の最中にくるりとこちらを向いてそう聞いてくる、そうだ みんなにもシリウスの弱点を伝えないと!
「はい、聞いてください、実はタマオノさんから聞いたんです…シリウスの弱点について」
「何!?それは本当か!?」
「本当にシリウスに弱点なんかあんのか?、あいつ今の所マジで完璧超人だぞ」
「もしそれが本当ならこれ以上ない朗報だ、…で?、弱点ってなんだ?」
「シリウスは確かに完璧ですけど、タマオノさん曰く 天運が一切ないらしいんです」
天運、事を成し遂げ世を変えるのに必要な運命の力、星より与えられるその加護は天に近づきすぎたが故にシリウスは持ち得ない、その天運を補って余りある実力を持つシリウスにとって…それでも天運を持たないというのは致命的な弱点になり得る
そうラグナ達に伝えると、皆一様に考え込み
「てん…うん?」
「何?…それ」
ネレイドさんとナリアさんはなんのことだか分からないとばかりに首をかしげるが…
「なるほど、天運か…そりゃあ随分な皮肉だな、天を掌握するシリウスは天に見放されてるってわけだ」
「そうか、天運がないからシリウスは未だになんの事も成せていないのだな」
「へぇ、じゃあなんとかなるんじゃない?」
ラグナやメルクさん デティと言った為政者側の人間は把握しているようだ、何せ彼らはその天運を持つ側…国を治め頂点に立つ側の人間だ、当然持ち得る天運は他人よりも何倍も強い…でなければ玉座になんか座れなかったから
「しかし天運がなければどうというのですか?エリス様」
「そうだぜ、運がないってだけならこの先は運勝負になるのか?」
イマイチ納得していないメグさんとアマルトさんは一応把握はしているようだが、そこからどう弱点につながるかまでは分からない…って感じか、いやいいさ エリスも分からなかったから
「いえ、ここからは根性勝負です、シリウスは天運を持たないが故に最後の最後で必ず穴を見せます、いくら彼女が完璧な存在でも成功する運命を持たない彼女は何処かで天に見放されるんです、だから…」
「それまで耐え凌ぐってわけか、なら寧ろこれは好都合かもな」
「ああ、今シリウスはその目的を達成しようと 最後の一手に手をかけている、その話が本当なら天に見放されたシリウスはその最後の一手で隙を見せる筈だ」
「城をぶっ壊されたのは腹立つけど、逆に後がないのはシリウスも同じなんだね、…ならこの最後のラインだけは死守しよう!みんな!」
ラグナ達の補足でなるほどと手を打つナリアさん達、彼らの語った言葉はまさしくその通りだ、今シリウスは目的を達成しようとしてる…、しかしそこに今タマオノさんという味方を得てその弱点を知ったエリス達が向かおうとしている
確実に、その天運が作用し始めている…シリウスの目的は挫けようとしている、勝てる…勝てるんだ!エリス達にも!シリウスに!
「皆さん、そろそろつきますよ!」
「え?もう?」
ふと、エリス達が揃ってタマオノさんの体から下を覗き見ると、ぶつかり合う戦地は既に遠く過ぎ去り、皇都のど真ん中に開いた大穴の真上まで来ていた
あの広大な白亜の城を丸々一つ消しとばす一撃はそのまま地表の奥深くまで削り取り、世界が開いた口の如き巨大な穴を作り出していたのだ、…恐らく穴はアジメクの地下に繋がっているのだろう、シリウスの肉体を封じてある 地下奥底に…
「スッゲェ穴…」
「なんだか飲み込まれちゃいそうだね…」
「この下にシリウスが…」
「うへーん!、私のお城が穴になっちゃったよーう!、…はぁ この戦いが終わったらシリウスに弁償してもらおう…」
「それは難しい気がしますよデティ…」
「いいですか?皆さん、今から私はこの穴に急降下しシリウスの所へ向かい…そして、この命を懸けて僅かながら時間を稼ぎます、その隙に地面に降り立ち 戦いの支度を整えてください」
そうタマオノさんは言うのだ、最後まで下に送り届け…その命を使って時間を稼ぐ…って、え?命を使ってって、もしかしてタマオノさん 死ぬつもりか!?
「タマオノさん!まさか…」
「いいのですよエリス、私はもうとっくの昔に死んだ存在、元ある所に戻るだけ…ただその前に友の助けになるために、偽りの命を使えるなんてこんな嬉しいことはありませんよ」
「タマオノさん…、でも!折角なら元に戻った師匠と少しだけでも!」
「構いません…、でもエリスさん、お願いだから 私が死んでも、立ち止まらないでくださいね…絶対にレグルスを助けてください、お願いします」
そんなの悲しすぎる、折角この世に蘇り一緒に師匠の為に戦えるのに…、師匠が元に戻る前に死んじゃうなんてそんなの…絶対に認められない、タマオノさんを生かしたまま勝つ方法がある筈だとそれでも食い下がろうとするエリスを止めるのはラグナの手だ
「よせ、エリス」
「ラグナ…?、でも!」
「タマオノさんが俺達の味方なのは分かった、だからこそその覚悟には敬意を払うべきだ、きっと彼女は最初からこうするつもりだったんだろう…、俺達の手助けをして 俺達に全てを預けて…親友の未来を預けて、命を懸けて戦うと」
「でもそんなの、タマオノさんを犠牲にするんですか!、エリスの事を犠牲にしないのなら!彼女の事も救ってくださいよ!ラグナ!」
「エリス……」
思わずラグナに掴みかかってしまう、それが意味のない行動で こんなもの彼に対する八つ当たりであることは頭では分かってる、けどどうしてもこの人の犠牲を割り切れない自分がいるんだ
「エリス、これは犠牲ではありません…、そもそももう死んでる私と生きている貴方は同列じゃないでしょう?」
「そんな事は…!」
「あります、どの道この偽りの命は夜明けまで持ちません…、なら 折角なら友達の為に使わせてください」
「でも…でも、うっ!」
掴んでいたラグナの胸ぐらに寄りかかる、涙を隠すように、だってこの人の願いはエリスと同じだ、一度この人をエリスと同一視してしまったら…悲しくて仕方ないんだ
だって、命をかけて師匠に会えないなんて…友達に会えないなんて…そんなの…そんなの
「どうしようもないんですか…ラグナ」
「そうだな、…ならせめて全てが終わった後に…彼女に花を手向けに行こう、きっと俺たちにできるのはそのくらいなのかもしれないから」
「花…」
花…か、ラグナはその話を知らない筈なのに…どうしてこうも彼はエリスを止める文言をうまく引き出せるのかな…、そっか 花か
うん、そうしよう、全てが終わったら アルクカースに行って花を手向けに行こう、今度は師匠と一緒に
「ふふ、花ですか…いいですね、ならラグナさん?貴方にはエリスさんの事をお願いします、どうかその子の事を守ってあげてください」
「ああ、任せてくれ…貴方の覚悟は絶対無駄にしない、貴方は犠牲にはならない…その意思は俺達が連れて行く、だから安心してくれ」
そう語るラグナの目は、決して涙など浮かべず 一見冷淡にも見えるほどに冷静だった、けれど分かる…これはガイランドさん達に『穴』の防衛を任せた時と同じ目
つまり、ラグナは今 タマオノさんの覚悟さえも背負う覚悟を決めたのだ、だから今は涙など浮かべない、それがなんの意味もない事を彼は知っているから
「では参りますよ!、しっかり掴まっていなさい!」
「はい!お願いします!」
グルリとその場で回転し 羽を折りたたむと共に、大口を開ける闇の中へと突っ込んでいくタマオノさん、その背に必死で捕まるエリス達の標高がみるみる下がっていく
下へ下へ、大地よりも下へ 何よりも下へ、固い岩盤に開いた穴を抜けて、月明かりさえ届かない程に降れば、次第にエリス達の視界を彩る闇が晴れていく
「これは…!?光魔晶か!?だが少し色が違う気が…」
光を放つ鉱石が光源代わりに壁面より突き出ているのだ、しかしエリスの知る光魔晶とは色が違う、…なんだか青いんだ光が、やや薄緑がかった光は不気味に世界を緑色へ染める、まるでシリウスの魔力を受けて変質したかのようなその光に照らされるのは…
その穴の終着点、見え始めた穴の底に人影が見える…
白亜の城一つ分の超巨大な穴の底に立つその人物の影は嫌でも目に付いた、…穴の奥に存在する緑色に光り輝く小さな祠、それを開けようと手を伸ばすその姿は…
シリウスだ!
「皆さん!降りてください!」
「ああ!、みんな!降りるぞ!」
「はい!ラグナ!」
タマオノさんの合図に応じて一気に飛び降りる、未だ大地からはかなりの距離がある、けどその隙に動き出すのは…
「着地はお任せを!ここには空間凝固もありません!『時界門』っっ!!」
空に投げ出されたメグさんが手に持つのは黄金の杭 セントエルモの楔だ、それを一瞬にして穴の底に投擲し突き刺すと共に、生み出すのは時界門
エリス達全員を飲み込むほどの大穴が通じる先は 穴の底…シリウスの待つ最後の戦場だ
「ぬっ!?エリス達か!?何故もうここに…っ!タマオノッッ!!貴様か!!」
「ええそうですとも!レグルスの肉体を返しなさい!シリウスッッ!!」
着地するエリス達を置いて 一気にシリウスに強襲を仕掛け、その巨体な体で体当たりをかませば、あのシリウスが堪らず巻き込まれそのまま轢かれるようにタマオノさんと共に穴の岩壁へと突っ込んでいく
「ぐぅっ!!貴様…我が創造物の分際で!ワシに牙を剥くとは何事じゃあ!!」
「私は貴方より生まれました!でも…そんな貴方が私に与えてくれたものが!命以外に何があると言うのです!!、ただ生んだだけの貴方が!私に!何をくれたと言うのですか!」
牙を剥き全ての触手を硬化させシリウスに襲いかかるタマオノは吼える、命を与え生んでくれただけで何も与えなかったお前よりも…もっと尊い存在はいると、その存在の為に戦うと…、それが 魔獣王タマオノが今ここにいる理由である
「タマオノさん…」
「つつつ…、いてぇ…っ!ここは!」
ふとアマルトさんが痛がりながらも向ける視線は背後、穴の底にありながら唯一傷一つない存在…、シリウスが手を突っ込もうとしていた祠だ
既に頑健そうな祠の扉は破壊されており、中より見えるのは淡い緑色の魔力を放つ右足…それが重力を無視して浮かび上がっていた、酷く白いその足はスラリと伸びながらも筋肉質で、それでいて 未だに生きているかのように瑞々しい
あれがシリウス本来の肉体、八千年前に死んだ人間の残骸があれか、全く朽ちていないどころか死んですらいない気がしてくる…、確かにあれはもう一度全ての部位が揃ったらまた動き出しそうだ…
「みんな!ボーッとするな!陣形を整えて魔力覚醒を!、…ここが最後の決戦なんだ!、ここから先は一歩も引けないぞ!」
「っ、そうですね!ラグナ…」
「ああ、我々の全てを出し切るなら…ここしかないな!」
「うん、…今度こそ 負けない!」
即座に元の陣形を整えて、再び魔力覚醒を行いシリウスを迎え撃つ準備を行う…、すると
「ぐぅ…う!」
響く、痛々しげなタマオノさんの悲鳴…、まさか!
「邪魔じゃ、…力を失ったお前が創造主たるワシの道を少しでも阻めると思うたか!」
「ぐっ…、ああ…」
シリウスにより触手を千切られその胸を拳で貫かれ、血を吹き出すタマオノさんの姿が…、あ…ああ
「タマオノさん!!」
「ぬはは…、奴等の助けにでもなろうとしたか?タマオノ、じゃが無駄よ…貴様は何も成せず死ぬのじゃ、哀れな造り物の王よ」
「ふっ、何も成せずに…死ぬのは、貴方も同じですよ、シリウス…、貴方は何も残せない 魔女達のように心強い後継者も理解者も…何も、この世で最も哀れな存在が…貴方です」
「貴様…、言うではないか、最期に生意気な口が聞けてよかったよ…じゃあな!」
「ぁがぁっ!!??」
その言葉を最後にシリウスはずるりとタマオノさんの胸からコアのような物を引きずり出し、その腕で粉砕する…砕いたのが何かは分からない、けど それを砕かれたタマオノさんは力なく倒れ その手足の先から塵へと変わっていき…死んでいく
「ぬははははははは!!、消えよ!役立たずの欠陥品が!貴様はもう用済みじゃ!」
「かふっ…」
────────────────────
「ぬはははは!、よしよし!流石はワシ!魂の創造さえも成し遂げてしまいとは我ながら罪深い!ぬはははは!!」
私が最初に見たのは、ガラス越しに喜ぶ白髪の女…我が創造主シリウス様の姿だった、彼女は魔力の篭った液体の中に浮かぶ小さな私を見て、手を叩いて喜んでいた、それが何故喜んでいるのか分からない私は…ただただこう思っていた
我が生誕は祝福されたものであると、その喜びこそが、私の始まりだった
私は生まれてより直ぐに創造主シリウス様により、魔力創造兵No.1と名付けられ、シリウス様に仕える事を命令された
暗い石室の中に並ぶガラスの器と魔力機構の立ち並ぶ室内でなんの知識も持たず生まれた私はただただ創造主に傅き彼女に従う事を心に誓った、そこに理由はない ただただ自分を作った存在の命令は絶対であると言う本能のままに跪いた
「シリウス、魔力創造兵では些か長くないかい?」
私が傅くシリウス様には既に数人の同士がいた、賢そうな男の人と動く彫像のように筋骨隆々の男の人と常に作り笑いを浮かべている女の人の三人だ、その中の一人である賢そうな男の人…ナヴァグラハが言った、魔力創造兵では通りが悪いと
「んぉ?じゃあ魔造兵でええわい」
「そう言う意味で言ったんじゃないよ、名前が必要だと言っているんだ、君も名前の重要性は理解しているだろう?、名前とは即ち運命だ…君が持つ名前のようにね」
「重要性は理解しておる、じゃが興味がない、好きに名付けろ お前がな」
「ふむ、あまりネーミングセンスには自信がないが…そうだね、なら君はタマオノ…と言う名前はどうだろうか?」
タマオノ…、それが私が命の次に貰った初めての贈り物にして、私の運命だった
この日より、私はタマオノとして…魔獣王タマオノとしての生き方を定めづけられたとも知らずに、ただただ跪く事以外を知らず 黙って聞き流していたんだ
そう、…それが始まりだった、そこからは流れるように時が進んで色々なことがあった、創造主シリウス様は私を無限に兵士を増やせるシステムとして作ったと語っていた、一々脳みそを搭載し自分で考える機構をつけるとやや面倒なので、これからは私が単純な魔獣を作り、それに指示を与えるブレインとして働くよう命じられた
命令を下された私はシリウス様の言う通り魔獣を大量に量産した、この体はそのように作りれていたからなんの苦もなく一夜にして数千万の魔獣を生み出し一度に数十億もの魔獣を操り世界中に混沌を齎しいつしか魔獣王と呼ばれるようになったんだ…、そこまではよかった
ただの兵器として何も考えず、何も感じず、無感情にシリウス様に従う日々はある意味幸運であっただろうと思う、何も感じないままで入られたらどれだけ楽だったでしょうね
けれどそうもいかなかったのには理由がある、…シリウス様が私に命じた魔獣の製造と支配には一つの欠落があった
それは…、シリウス様の魂の創造はあまりにも完璧すぎた事だ、私の魂の完成度は最早完全に人に近しいレベルであったのだ、故に物事を学習すればその価値観はほぼ人と同じになってしまう事…
私は無数の魔獣を操り、その感覚を得ながら操作する…故に魔獣が殺す瞬間も殺される瞬間も全て記憶する
ある日のことだ、魔獣を操り一つの村を襲った時のこと…私は見てしまった
『お願いです!子供だけは…子供だけはどうか!』
小さな子供を抱いて必死に子供の助命を願う母の姿があった、既に母子ともに瀕死の傷を負っておりどう考えても助からないと言うのに、母は必死に子供を助けようとしていた
知識としては知っている、人間の母親は子供を大切にするものであると…、だがその理由がよく分からないのだ、どう考えても子供よりも自己の生命活動を優先するべきなのに、それほどまでに人類に課された種の繁栄と言う使命は大切なのかと思案している間に…
子供を襲おうとしていた魔獣が、駆けつけた傭兵による殺され 感覚が遮断されたんだ…、その時悟ってしまった
ああそう言う事なのかと、…私は今 一人の子供を失ったのだと、人間と違い苦しむ事なく無限に魔獣を生み出せる私にも、自らの子である魔獣達を労わる心があるのだと…私も一人の母親なのだと、そう悟ってからが地獄の始まりだ
私は一体、どれだけの子どもの命を捨ててきた?これから一体どれだけの子どもの命を捨てればいい?、この戦いの意味は?これを続ける意味は?、私は何故殺す 私は何故殺される
毎日毎日無限に殺し続ける映像を見せられる
毎日毎日無限に可愛い子らが殺される映像を見せられる
殺せば殺すほどに人を知る
殺されれば殺されるほどに己を知る
無限の魔獣を操る私は、急速に知識を獲得し自己を獲得し己の価値観を形成し、一つの答えに行き着いた…
この戦いには全く意味がない…と、私の可愛い子供達は今も殺されている、私が愛おしいと思うように人間も自分の子供は愛おしいだろう 私はそれを今も奪っているのだ
奪い続け、奪われ続ける地獄の連鎖に苦しみながらも、私がそれでもこの戦いを続けたのには理由があった、…私の創造主 私にとっての母たるシリウス様の存在だ
きっと、彼女も苦しんでいると思っていた、私の母もまた苦しんでこの責務を私に命じているのだと思い込んでいた、私も苦しいが母も苦しいはず…なら耐えよう、そんな無駄な決意を固めていたんだ…当時の私は
それさえも無駄だと悟ったのはすぐ後のこと、母に魔獣の被害を減らしたいから戦い方を変えたいと零した時…
『何を言うておる、減ったなら増やせばよかろう、お前はそのためにおるんじゃろうが』
そんな冷淡な言葉に、あんまりだと涙を流す私を見て…シリウス様は笑っていた、そんな機能まで付いていたんだな流石はワシと…、ようやく気がついたよ この人は私をなんとも思っていないことに
…辛かった、あまりに辛かった、その辛さを人類のせいにして余計に殺し、余計に殺した分余計に殺されて、余計に苦しんで…
地獄だった、私にとってあの戦いは地獄そのものだった、何よりも愛おしいものを常に奪われ続け、奪いたくもないものを奪い続ける毎日は地獄だったんだ
そんな地獄の中で、私は彼女と出会った
………………………………………………………………
『ほう、お前も作られた存在か…?』
戦いの中で、彼女と レグルスと出会ったんだ
彼女も最初は私を友人の仇だと怒りを向けて私を殺しにきた
私も最初は彼女を子ども達の仇だと怒りを向けて殺しにかかった
そんな風に私とレグルスは奇妙な縁で結ばれたように何度も何度も戦った、そんな戦いの中で…いつしかレグルスは私に対してそんな言葉をかけるようになっていた
『ふんっ、私もシリウスによって作り変えられた存在だ、ある種お前とは通ずるものがあるのかもな』
敵である彼女が向けてくる一定の理解と尊重は、私にとっては新鮮で眩しいものだった
だって、シリウスも羅睺も誰も私を理解してくれない、人によって作られた私が人のように愛を抱くことを笑っている中、レグルスだけは
『子供を殺されて辛い?、そんなもの当たり前だ、お前がやってきたこともそう言うことだろう』
笑わなかった、真摯に私を責め立てた、私を兵器ではなく一人の宿敵として扱ってくれる彼女は、私の愛を認めてくれた唯一の人間だった
『また貴様か、何だ?まだ悩んでいるのか?、いい加減にしてくれ…暗い顔をしたお前と戦う私の気にもなれ』
『悪いな、お前の子供をまた随分と殺した、恨むなら恨めよ』
『お前の息子達はよくやったぞ、だから母親たるお前だけでも胸を張れ』
『タマオノ、お前はタマオノ以外の何者でも無い、だからせめて私の前だけでも悩むな』
戦場で出会う都度彼女は私に声をかけた、一人の人格を持った生命体として扱った、お前の子供は強かったと褒めたり またお前の子供を殺したよと律儀に言ってきたり お前の暗い顔を見てると気だるくなると気軽に語ったり
…嬉しかった、レグルスのそんな律儀なところがとても好きだった、けれど私達は敵対する定めだから殺しあうしかないと私達は戦い続けた、時には私が負け 時には私が勝ち 時には決着がつかず、幾度となくぶつかり合い幾度となく言葉を交わした
そんな私達の戦いにも、終わりが訪れたのだ
最後の最後、シリウスとの決戦を選んだレグルス達は羅睺十悪星を全員倒す決断をし…私達は八人の魔女達との決戦に臨んだ
アミーのところにはアルクトゥルスが
ミツカケのところにはフォーマルハウトが
スバルのところにはプロキオンが
ホトオリのところにはリゲルが
イナミのところにはスピカが
ハツイのところにはアンタレスが
トミテのところにはカノープスが
そして、私のところに来たのはレグルスだった
『タマオノ、お前との因縁もここまでだ、今日で決着をつけ私はお前を殺すつもりだ、だが…その前に聞きたい、何故お前は戦い続けた』
『お前は我が子の命を尊んでいた、なら自由になる道もあった筈だ、それなのに何故…今もこうしてここに立っている』
『使命だとか義務だとか、そんなものに何故縛られる…自由に生きようとは思えないのか?、お前は…そんなにも心優しいのに』
レグルスの言葉は一言一言がただひたすらに鋭かった、自由にならないのかだって?自由に生きないのかだって?
そんな事出来るわけがないだろう…!、私はシリウス様の創造物で!シリウス様は創造主で!、子は親に逆らわないのが当然で!!!
『ッタマオノ!貴様は創造物などではない!一人の人間だろうが!、私が認めた一人の人間だ!我が宿敵を愚弄するのは例えお前自信であっても許さん!!』
そう…怒ってくれた、私は創造物なんかではない…それは私がずっと訴え続けてきた事、それでも否定しきれなかった言葉、それをレグルスは…レグルスが否定した、その衝撃を受け止めきれない間にレグルスは私に近寄り
『私はお前が憎くて憎くて仕方ない、だが同時にお前を評価さえしている!、誰よりも愛を知るお前を 誰よりも子供のために強く戦うお前を、私は評価しているんだ』
『お前がどのようにして生まれたかなど関係ない!今をどうやって生きているか ただそれだけだろう、故に…今この時だけは、シリウスに作られた魔造兵としてではなく、タマオノ…ただ一人のお前として、やりたいようにやれ』
シリウスからの指令はない、故にお前の意思で戦う決意を固めろ…そう語るレグルスは最期まで私の心を慮ってくれた、最後の最後まで私に真摯に向かい合ってくれたんだ…なんて優しい人なんだろうか、何でこの人と敵として生きてしまったのだろうか
私を唯一理解してくれるこの人が、どうして敵なのだろう…そう思うと同時に、相反する感情も湧いてきた
全く真逆の感情…『この人が私の敵でよかった』と、私の人生の最後を彩る相手で良かったと…
「わかりました、レグルス…これよりは魔造兵でもなく 魔獣王としてでもなく、貴方の宿敵タマオノとして全力で戦います、だから…」
「ああ、これで終わりにしよう…」
「ええ」
子供達を呼び寄せることもなく、いつもみたいに逃げることもせず、この時私は 命尽きるまでレグルスと戦った、自由に心赴くままに戦う私はきっとこの短い人生の中で最強とも言えるほどの力を発揮出来てきたと思う
けれど、レグルスはそれを上回った…、彼女の覚悟は私なんかよりもずっと強かった
彼女にこうして負けたのは、きっと必然だと思えるくらい…強かった
「これで終わりだな、タマオノ」
「ええ…これで、終わりです…全部」
地面に倒れ伏し、四肢を失った私を見下ろすレグルスの瞳は いつか私を笑ったシリウスによく似ていたけれど、その光は真逆…私への慈しみに溢れていた、あんなにも人を殺した私を あんなにも奪った私にも、そんな瞳を向けてくれるんですね 貴方は
「…眠れ、タマオノ…お前の決意と生命は我が記憶に刻み込む」
「…そうですか……、なら…生まれてきた甲斐があったというものですね…」
「ああ、そうだな」
それだけ口にするとレグルスは、倒れ伏す私の胸元に 一輪の花を乗せる、その時はその行動の意味が理解出来ずやや困惑していると、それを察したレグルスは…
「知らないのか?、人はな?こうやって親しい人を送り出すのだ、花を贈り その死を悼むのだ」
「それは…人の葬儀法でしょう…」
「なら問題あるまい」
レグルス…、嗚呼…何故貴方は敵にまでそんな情けをかけてしまうのですか、それでは一番辛いのは貴方でしょう…、どうか泣かないで 私の理解者よ…
「…お前の魂に安らぎがあらんことを祈ろう、故に安らかに眠れ…」
「……レグルス…………」
消えていく意識、神さえ容認せぬこの命が人と同じところに向かうわけもないのにレグルスは必死に祈る、私が向かう先はきっと人と同じであると そうあるべきだと
憎しみと怒りから始まった闘争の出会い、幾度となくぶつかり合う内に生まれた奇妙な縁の終着点で思う
やりきったと、私はやり切って生きたと…だからもしレグルスの祈りが通じて、人と同じところに行って…次もし人に生まれ変われたら、次は…レグルスの友になりたい
レグルスの友達になりたい、彼女は迷惑がるかもしれないけれど…私はこの人の…友達に…………
────────────────────
「タマオノさん!!!」
咄嗟に体が前に出る、師匠の事を語る彼女の顔は これ以上なく真摯だった、あの人はどこまでも友達の為に必死だった!、やっぱりあの人を死なせてはいけない、そう…衝動に任せて動こうとするも
来るな…と、タマオノさんは砕ける手を前に出し
「大丈夫…、私が死ねば…魔造兵はもう役に立たなくなる、…この戦いはもう…貴方達の勝ちですよ…」
「でも…でもタマオノさんが!」
「……ふふ、敵である私にそこまで…貴方は…レグルスに似て…本当に優しい…ですね?、ふふ…だから…楽しみに…しています、レグルスと一緒に…また…花を…手向けに来てくれる…事を……、きっと…レグルスの教えを受け継いだ貴方なら…きっと…」
「そんな…の」
「ふ…ふふふ、…レグルス…今度は…私が祈っても…いい…ですよね、貴方の…未来を……」
微笑みを浮かべながら、彼女の顔は塵へと消える、後には遺体も残らず 跡形もなく消える、かつてアインソフオウルがそうだったように…、彼女もまた風に抱かれて消えていく
最後の最後まで、エリス達の勝利とレグルス師匠の安寧を信じて…消えていった!、恐れもなく!苦痛も見せずに!、ただ!レグルス師匠の弟子であるエリスの勝利を信じて…!
「…当然です、当然ですよ タマオノさん、なんたってエリスは」
故に答える、きっとこの声は 彼女に届くと信じて、声を張り上げ 天へと向かって
「エリスはエリスです!、孤独の魔女の弟子…貴方が信じた孤独の魔女レグルスの弟子!エリスなんですから!!!」
勝つ…絶対に勝つ!、師匠を取り戻してまた彼女に花を手向ける為に!絶対に!!!
「ふんっ、くだらぬ邪魔が入ったわ…、まさかここまで追って来ようとは、流石のワシも予想だにせんかったわ」
「シリウス…!!!」
「はっ、生意気な面じゃ…どこまでもワシを煩わせる!」
シリウスの顔に既に余裕はない、いや 最早怒りしかないと言った様相だ、どこまでも邪魔をし食い下がるエリス達に明確に憎悪を表すシリウスはタマオノさんの遺灰を踏み越え、エリス達の前へと立つ
「で?、次は誰がタマオノに会いに行きたい…遠慮はするな、全員直ぐに再会させてやるわっ!!」
「タマオノさんに会いに行くのは貴方です!、あの世で彼女に詫びなさい!シリウス!!」
全ての力を解放し全力で目的を達成しようとするシリウスと相対するエリス達の背後にはシリウスの肉体がある、ここを一歩でも通せばその時点でシリウスは復活し 世界は滅びることになる
タマオノさんの意思も ここを守ってくれているみんなの意思もエリス達の覚悟も全てが無駄になる
死んでも負けられない、死んでも勝たなくてはいけない、それ以上に…
「絶対ぶっ飛ばしてやります!」
あの野郎に目に物見せてやらなきゃ気が済まないんだよ!エリスは!!
「ぬはははははは!ならば上等…最後の戦いには誂え向きの鉄火場よ!、なればこそ 今度こそここでつけようではないか!、貴様らとワシの!決着をっっ!!」
世界も意思も覚悟も何もかもを賭けた最終決戦…、その場に戦士は出揃った
シリウスとの決着をつけるは、今だ!
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