21 / 30
夏
第21話 梅雨明けのお出かけは気合いを入れて
しおりを挟むカエルが鳴き、雨がじめじめと降り続ける梅雨はあっという間に終わり、太陽が眩しい夏がやってきたのだと天気予報では伝えていた。全国各地で四十度を超える猛暑となる日もある中、あいにく今日の天気は雨。雨でも気温は下がらない。蒸し暑い中降り続く雨は、何もせず立っているだけでもジワジワと汗をかくほどに気持ち悪い天気となってしまった。
そんな中、タオルであおぎながら玄関前で立っている美奈子の服装は、農作業をするときの服装と大きく異なっていた。
水色のロングスカートに真っ白なトップス。そんないつもと違う服装に加えて、長い髪を緩く巻き、耳元には夏をイメージしたゆらゆらと揺れる青いイヤリングを付けている。ファッション雑誌を見つつ、何日も悩んで決めた服装は、周囲に清潔感を感じさせる。
美奈子も我ながら今日のコーディネートは決まっていると思っていた。会社勤めをしていたときに購入したはいいが、ほとんど付けていなかったアクセサリーが役に立った。気に入って購入したものなので、身につけるだけで気分が上がっていた。
雨の降り続く中、待つこと五分。一台の車が美奈子の家の前に止まった。
それに気付いた美奈子は傘をさし、その車の元へ向かう。
車の主によって、助手席の窓が開けられる。
「おはよう。待たせたか?」
時刻は朝九時。約束の時間ぴったりであった。
「ううん。全然平気だよ」
「そうか、ならよかった。じゃあ乗ってくれ」
その車のハンドルを握っていたのは匠だった。普段なら眼鏡をかけていないが、今日は黒縁の眼鏡をかけている。
安心した顔を見せる匠に促され、美奈子は助手席へと乗り込む。
天気予報では雨だが水族館に行こうと美奈子が連絡していたのだ。匠も二つ返事で誘いに応じた。
事前に調べたら、水族館は屋内がほとんどであった。イルカショーは屋外ステージだったが、観客席には屋根もある。また、イルカショーは濡れるのでカッパを着用するようにと注意喚起されていた。元々濡れるショーならば、雨が降っていようがお構いなしのようであった。なので、匠は晴れの日に行こうとは言わなかったのだろう。
「水族館まで結構離れてるから、時間かかるのは我慢してくれよ」
「もちろん。重々承知ですよー」
「そか。じゃ、出発ー」
「レッツゴー」
降り続ける雨を気にすることなく車は走り、田んぼが多い田舎の道をどんどん進んでいく。どこの田んぼにも緑色の苗が植えられている。流石に雨が降る中で農作業をする人はどこにもいなかった。
窓から外を眺める美奈子と、運転をする匠の間に会話がない。何か話さなきゃと考えていたが、話す内容が何一つ思いつかずに時間が過ぎていく。
「ああ、そういえば。自分でこの車を買ったの?」
沈黙が続いていた中、やっと話題を絞り出した美奈子が口を開いた。
「ああそうだ。車がないと不便だろ? バスもろくにない田舎じゃ」
匠は美奈子に顔を向けることなく、正面を向いたまま答える。
美奈子も実家に戻ってきてから、車のありがたさをよく感じていた。
ほんの少しだけ離れた場所に買い物に行くときも車を使う。田んぼに行くときだって、自転車より車が多い。市内の循環バスは一応ある。あるけれども、利用している人を見たことがない。車の必要性が高いので、多くの人がが車を所有しており、バスの利用者はいないのが現状である。
「わかる。車がないと、どこにも行けないし。それにしても……なんかすごい高い車じゃない……? 車に詳しい訳じゃないんだけど」
美奈子は車種に詳しい訳ではない。しかし車に乗る際に、近所では見かけない車種であることに気がついた。
テレビコマーシャルでよく流される車種ではない。車高も低く、言葉にすることは出来ないが格好いい車だとは思っていた。
「それなりの値段はしたかな。酔ってて覚えてないのかもしれないけど、前にも乗ってるぞ」
「車買うなんてすごいなぁ。乗った記憶にないけど……」
以前に美奈子と匠で一緒にご飯を食べた際、一人で酔い潰れた美奈子を匠が家まで送っている。美奈子はその時に、吐きそうになるほど酔っていたので、どんな車に乗ったのかなど全く覚えていなかった。
美奈子に酔っていた時の記憶もなければ、お金も持っていない。会社勤め時には、家賃や物価が高いことで低い給料から貯金できた額は決して多くない。
それに車を購入するということは、維持費もかかる。美奈子には車を購入することはできても、維持できるかどうか怪しいところだった。
改めて車内をキョロキョロ見ている美奈子に対し、匠は涼しい顔で運転している。
「ちなみにこの車、納車まで一年かかった」
「んん? そんなにかかるものなの?」
「数か月とかが普通だな」
「一年とか長い……」
「まあな。海外で作ってるから、時間かかった」
「外車?」
「いや、日本車」
ハンドルは右側。車のメーカー名も日本のもので、車内にも小さく記載されていた。
「車は全然わかんないけど、すごいなぁ……」
お金も興味もない車を、美奈子はほしいとは思っていない。語彙力も多くない美奈子の感想はそれぐらいしか出てこなかった。
「実家暮らしだし、他にお金を使うところもないしな」
「へぇー……」
趣味がない美奈子は、匠のこの言葉がよくわかった。ましてや田舎。遊ぶにしても何もない。何か趣味を始めようとしても、家で出来るような読書や、自然と触れあうようなもの――ガーデニングや家庭菜園、キャンプぐらいしか出来ない。美奈子が一度だけチャレンジしたボルダリングや、ヨガもない。
「美奈子は好きなものとかないの?」
「なな、ない、よ? たまに本読むくらいで……」
幼なじみなだけあって、昔から下の名前で呼ばれていた。匠の「美奈子」と言う声に一瞬ドキッとしてしまい、返答するのに変な声になってしまった。
「それも趣味でいいだろ」
声の高さに反応することなく、匠は変わらぬ低い声で返す。
美奈子は、自分だけこんなにドキドキしていることが、馬鹿らしいとさえ思えてきてしまった。
「実家暮らし、いいよね。やっぱり落ち着く」
「そうなのか? ずっと実家だし、わからない。むしろ、早く家を出たいと思ってる」
「一人暮らししたいの?」
「……色々面倒なことになっているからさ。でも役所勤めだから、転勤なんてない。引っ越すことがない」
匠の言う「面倒なこと」については、詮索はしない。大人ならば、深入りすべきところではないことを言われなくてもわかる。
「実家暮らしでも大変なことってあるんだねぇ」
「そうだな」
二人の間に会話が途切れてしまった。
その途端に、眠気が美奈子を襲う。我慢できずに、ふわぁぁとあくびをしたところを匠に見られてしまった。
「寝てていいぞ」
「そんな悪いって」
「ずっとあくびされるよりいいだろ」
「確かに。じゃあお言葉に甘えて……」
ゆっくり瞳を閉じる。車から伝わる振動でさえ、心地よく感じた。
美奈子の意識はすぐに飛んでいった。
スヤスヤと美奈子が眠ったことを確認した匠は、深く息を吐いた。
「ヤバいなぁ……」
オシャレをしてきた美奈子。それは今日、自分と出かけるために着てきたものである。それが嬉しいという点と、真正面から見ることが出来ずどこか恥ずかしい気持ちもあり、匠は口を押さえた。
「ふぅ……」
深く息を吸い込んで、ハンドルを力強く握る。
そのまま静かなドライブが始まった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―
くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。
「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」
「それは……しょうがありません」
だって私は――
「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」
相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。
「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」
この身で願ってもかまわないの?
呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる
2025.12.6
盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完】経理部の女王様が落ちた先には
Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位
高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け
ピンヒールの音を響かせ歩く
“経理部の女王様”
そんな女王様が落ちた先にいたのは
虫1匹も殺せないような男だった・・・。
ベリーズカフェ総合ランキング4位
2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位
2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位
関連物語
『ソレは、脱がさないで』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位
『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位
『初めてのベッドの上で珈琲を』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位
『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる