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秋
第30話 実った秋
しおりを挟む賢治と晴美の二人が話している一方で、美奈子はコンバインの写真をとり続けるドロシーの方の元へ向かった。
ドロシーが写真を取り始めてからも五分は経っている。SNS映えのためだとしても、充分写真はとることができたはず。もうそろそろ再開させなければ、稲刈りが終わらない。
「えーっと、ドロシー。もう始めていいかな? ダメって言われても始めちゃうけど」
「Oh, sorry!」
美奈子がおそるおそる声をかけると、ドロシーはどうぞどうぞと写真を撮ることをやめて下がった。なので、美奈子はペコッと頭を軽く下げながら、田んぼの中に入り、コンバインに乗ろうとした。
「Minako! Are you not dating yet?」
「へ? 言ってる意味がわからないけど……」
ドロシーの言葉がわからず、美奈子はコンバインの前で足を止める。
「Well ... do you like Takumi?」
「えー、それは……」
汚れることを気にすることなく、ドロシーは田んぼの中へ入り、美奈子のすぐ傍へやってくると、まっすぐな瞳を美奈子へ向ける。
どうしてもその瞳から逃げることが出来ない。
「私は……」
ゴクリとツバを飲む。
「おい、どうしたんだ? ドロシー、早く運動会に戻るぞ」
美奈子が答えようと口を開いた瞬間、匠が二人の元に来た。
「Do you like Minako?」
「えぇ? な、なんだよ、いきなり……」
「The photo in the Takumi's room had Minako in it. If you like Minako, why don't you become a couple?」
「うっ……それは……」
匠は戸惑いを見せる。
ドロシーの言葉の全てを理解した訳ではないが、美奈子にも少しだけ理解できた。なので、匠が自分のことを好いているということに気がついた。
その途端に、美奈子の顔は真っ赤に染まる。
自分の写真を部屋に飾っているなど、考えもしなかった。
美奈子と目があった匠も、恥ずかしくなったのか、互いに顔を真っ赤にしてサッと顔を背ける。
「Takumi. Tell your feelings in words.」
「……ちっ。余計な御世話だよ。ほら、行くぞ。稲刈りの邪魔しちゃダメだ」
匠がドロシーの手を引こうとしたとき、ドロシーはそれに対して、反発し、手を振り払った。
そしてササッと移動し、匠の背後にまわるとその背中を両手で強く押す。不意に押された匠は、コンバインに背を向ける美奈子とかなり近い距離で、向かい合う形となった。
「あっ……」
急に距離が近くなったことで、美奈子の心臓は大きく脈を打つ。
すぐに匠は後ろに下がったが、美奈子の心臓はうるさいままだった。
「えーっと……」
何を話すべきか分からず、互いに顔を背けたまま視線が交わることはない。
美奈子の体感的にはかなり長く感じたが、一分ほど静かで気まずい空気が流れる。
「あ、あのさ!」
わずかに震える声を出したのは匠だった。
「俺は」
この先の言葉を聞いたらどうなるのか。
今までの関係はどうなるか。
不安も期待も入り交じる気持ちを抑えながら、美奈子は顔を上げる。
目の前にはまっすぐな瞳を向ける匠。
いつもの表情と違い、すごく真剣な表情をしていた。
「美奈子のことが、好きだ」
それだけ言うと、耳まで真っ赤にした匠は逃げるように横を向いた。
「だから」
匠の声が続く。
「付き合ってほしい」
自分の顔が熱くなっているのがわかる。
顔だけではない、体も心も熱い。
片思いをして、一時は匠とドロシーが付き合っているものだと勘違いし、諦めた。自分には農業をやらねばならないのだから、恋愛に現《うつつ》を抜かしている場合ではないのだと。
その誤解は先ほど解けて、今、片思いしていた相手に告白されている。
美奈子の答えはもちろん決まっていた。
「こんな、私でよければ……」
口元を手で隠し、真っ赤な顔のまま、美奈子は答えた。
「本当か? いいのか、俺で?」
目をそらし続けていた匠が、パッと明るい顔で振り向く。
喜びのあまり、無邪気な顔を向ける匠が、懐かしく感じた。
「もちろん。よろしくね」
「ああ……! もちろんだ」
目尻にシワを寄せ、照れくさそうに笑う匠の顔が可愛いとさえ思った。
互いに顔を赤くしていると、すっかり蚊帳の外になっていたドロシーが満足そうににんまりと笑顔を見せている。その手にはスマートフォンがあり、カメラがこちらを向いていた。
「I made a good record! I'll send it to my husband later!」
「おい! ちょっと、待てって! ドロシー!」
ドロシーはスマートフォン片手に田んぼから出て、運動会をやっているグラウンドの方へと逃げ出した。そんなドロシーを追いかけようと、匠は美奈子に背を向けた。しかし、何かを思い出したかのように振り返る。
「おっと……美奈子、稲刈り頑張れよ」
「うん。たっくんも運動会、頑張ってね」
美奈子は昔ながらの呼び名で匠を呼んでみた。そして言ってから恥ずかしくなった。
美奈子だけでなく、匠も「たっくん」と呼ばれて照れていた。
「おう! また後で連絡する!」
照れた表情を隠すように、匠は逃げるドロシーを追いかけ、去って行った。
告白する場所として、田んぼの中というのは決して相応しい場所とは言えないが、この出来事を忘れることはないだろう。あまりにも嬉しくて、飛び跳ねたくなるような気持ちになった。
☆
稲刈りをし、脱穀と乾燥を終えると、次は籾すりを行う。
籾すりによって籾から籾殻を取り除き、出来上がるのが玄米である。殻がなくなり、つやつやした玄米は、米袋に詰められ出荷されていく。
自分の家で食べるための米の分は、玄米のまま持ち帰ってくる。
この玄米を、田舎ではよく見かけるコイン精米機で精米すれば、晴れて白く輝く米となる。
「今日は新米よ」
夕食の時間。晴美に呼ばれ、リビングへ。
すでに皆が食卓についており、美奈子も座る。ホクホクと湯気が立つ、真っ白のご飯と塩鮭、味噌汁といういかにも日本食な夕食が並べられていた。
新米のせいか、ご飯がいつもよりも輝いているようにも見える。
「いただきまーす」
しっかりと手を合わせてから、炊きたてのご飯を口に入れる。
柔らかくて、粘りのある食感と、ほのかな甘み。昨日まで食べていた古米とは食感も味も、見た目も違う。
冬から秋、長い時間と手間をかけたこともあり、格別に美味しいと思えた。
「俺も、いただきます」
いつもなら、美奈子と晴美と賢治の三人で夕食をとっていた。しかし今日はそこへ匠が加わっている。
毎年手伝ってもらっているので、新米が出来たときは一緒に食べているからだそうだ。
箸をとり、匠は白いご飯を口に入れる。
「うん、相変わらず美味しいです」
「うふふ。よかったわ。たくさん食べてちょうだいね」
次々と箸を動かす匠を横に、普段のペースで食べる美奈子。
賢治と晴美には、二人が交際していることは伝えていないが、何も言われることがなかったので、美奈子も口にしなかった。
「で、二人はいつ結婚するの?」
「ぶっ! ゲホッ……いきなり何?」
晴美の突拍子もない発言に、味噌汁を飲んでいた美奈子はむせた。呼吸を整え、涙目になりながらも「どういうこと?」と聞く。
「だって付き合ってるんでしょう?」
「そりゃ、まぁ……てか何で知ってるの?」
「そんなのドロシーちゃんから聞いたからよー。で、いつ結婚するの?」
「お喋りすぎる……って、気が早くない?」
まだ付き合い始めてからそんなに日は経っていない。いくら何でも気が早い。
「そうっすね……もう少し仕事が落ち着いてからですかね」
「はぎゃっ!?」
匠は冷静に、いつもの調子で答えている。
匠の発言は結婚するという前提になっている。結婚など聞いていないと、美奈子は恥ずかしさと驚きから謎の声が出た。
「うちのお婿さんになってくれるのかしら? それとも美奈子がお嫁入りするのかしら?」
「俺はどちらでも構いませんよ。なんせ、次男坊なんで。どっちにしても、今までと変わらずに米作りは手伝いますし」
「ええぇ……話早すぎ……」
美奈子は当事者のはずなのに会話に入ることができずにいる。
唖然としたまま取り残された美奈子に対し、匠と晴美の会話を黙って聞いていた賢治が、箸を置いて口を開いた。
「匠くん。美奈子を……頼んだぞ」
「……はい、もちろんです。必ず幸せにしますよ。任せてください」
匠が自信を持った声で答える。
「美奈子。改めて……結婚してくれないか?」
晴美と賢治に向けていた顔を、今度はクルリと美奈子の方へ向ける。
突然こんなことを言われて、戸惑うのが普通だが、もちろん美奈子は迷わない。
「喜んで」
農家として暮らしていくのは、思っているよりも大変なことだというのは、約十カ月間農業に従事しているのでわかっている。
大型機械を扱い、重いものを運び、天候に左右される生活は決して楽ではない。
でも、それを共にやってくれる人がいる。
大変な仕事だけれども、美奈子はこの先、農家としてやっていける気がした。
おわり
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