【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり

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第一章 忘れられた約束

7正反対のひと

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 不機嫌そうに眉間に皺を刻んだディルは、パッとベイリーを見た。

「どういうこと?」
「え!? 知らない知らない!」

 言葉の剣先を喉に突きつけられたベイリーを見て、メルティアは慌てて「あのね!」と声を張る。

「あ、あのね、ジークね、結婚するんだって」

 ディルは真顔で、ベイリーは驚いた顔でメルティアを見る。
 一気にこの場の空気が重くなった。

「は? ティアとじゃなくて?」

 メルティアは身をきゅっと小さくして首を振る。

「ち、違うよ」
「何? どういうこと? 聞いてないけど」

 ディルはまたベイリーを見る。ベイリーはまたもや大げさに首を横に振った。

「だから知らないって! だいたい、最近はジークと顔を合わせてないんだ」
「はぁ? 兄弟でしょ」
「誰のせいだと思ってる。おまえが諸外国周るって、あちこち連れ回すからだろう」

 落ち着きを取り戻したのか、ベイリーは軽く居住まいを正す。

「それに、ジークはティアの騎士になってから城に泊まることが多い。会うことも減ってるよ」

 そこまで言って、ベイリーはハッと口を押え引きつった顔で横目にメルティアを見た。
 メルティアはズーンと肩を落とす。

「ああああ、ティア、ごめん。今のはそういう意味じゃなくて」
「ううん、いいの。本当のことだから」

 ジークの自由を奪っている自覚はあった。
 メルティアのあれしたいこれしたいここに行きたいに、ジークはいつも付き従ってくれる。
 でもそれは、ジークの時間がほとんどないことを意味する。自分の家族に会う時間もないほど。

「って、ちょっと。ジークたちどっか行きそうなんだけど」

 ディルの言う通り、ジークたちは仲睦まじく寄り添いながらどこかに行こうとしていた。
 女の人が前を指さしながら振り返り、ジークの手を引く。

 触れ合っている手と手をメルティアは凝視した。

 ジークはいつも、メルティアが姫だから、エスコートにどうぞと手を差し出してくれる。
 けれど、きっと、あれは違う。

 仕事とか、役目とか、そういうのを全部抜きした、ジーク自身の手だ。


 羨ましい。

 ただのジークと、ああして触れ合えことが。


 メルティアはチラリとジークの手を引く女の人を見た。

 長く艶やかな黒髪が目を引く、ハッとするような美人。目鼻立ちがくっきりしていて、スタイルもいい。遠くからでも目いっぱいのおしゃれをしているのがわかった。

 メルティアは自分の服を見下ろした。特に装飾もないただのワンピース。アクセサリーもないし、化粧はベイリーがお土産でくれた紅くらいだ。
 メルティアには身支度を手伝ってくれる人はいないし、基本的に庭いじりをしているから楽な恰好を選んできたけれど、もしかしたら、ジークはああいう綺麗な人が好きだったのかもしれない。


「とりあえず聞いてくる」

 ディルがジークに突撃しようと動き出した。その腕に、メルティアは慌ててしがみつく。

「だ、ダメだよ。ジーク今日お休みだもん」
「聞く権利くらいはあるでしょ。こっちには兄がいるんだから」
「俺を盾にするなよ」
「ほーら、お兄様。とっとと行って」

 ディルは空いていた左手でベイリーの背中を強く押す。
 それと同時にメルティアの手を引いてジークたちからは視角になる建物の影に隠れた。

「ディルにぃ」
「しー。聞こえるでしょ」

 ベイリーがやれやれとため息をつきながらジークたちに近づく。
 それを物陰からじっと見つめるメルティアたち。
 なんだか悪いことをしているようで、メルティアは落ち着かない。

「ディルにぃ、やっぱりやめようよ」
「結婚するならいつか知るんだし、一緒でしょ」
「そうだけど……」

 はっきりさせるのが、少しだけ怖い。

「それに、これは僕にとっても想定外だからね」

 ほんのり焦りの混ざった声に、メルティアはディルを見る。
 険しい顔をしてジークたちを見ていた。
 何かを考えているのか、時折視線が横に流れる。

「ディルにぃ」
「しー。聞こえないでしょ」

 メルティアの口をディルが大きな手でふさぐ。
 そのままディルは少しだけ顔をだして様子をうかがった。
 ベイリーはすでにジークたちの真後ろにいる。やがて、ベイリーは静かに深呼吸をしてから、ジークに声をかけた。

「や、やあ。ジーク。久しぶり」

 ジークが弾かれたように振り返る。そして少し驚いた顔でベイリーを見た。

「兄上。いらしていたのですか。お久しぶりです。すみません、挨拶もできず」
「いいよいいよ。あー……」

 ベイリーは気まずそうに頬をかいて、コホンと咳ばらいをした。そして、ジークの隣にいる美女に向き直り、綺麗に膝を折って挨拶をする。

「はじめまして。お嬢さん。ジークの兄、ベイリー・フォン・ランストです」
「まあ、ご丁寧に。ご挨拶が遅れてすみません。シーラ・エルノアと申します」

 ベイリーは少しだけ談笑を挟んで、ジークとシーラを見比べる。

「それで……大変失礼なのですが、ジークとはどのようなご関係で?」
「友人ですわ! 今は、まだ」
「……」

 沈黙するジークをベイリーはチラリと見やった。
 何も言わないということは事実らしい。

「そうでしたか。呼び止めてすみませんでした。それじゃあジーク、また」
「はい」

 ジークは軽く会釈をして、そのままベイリーに背を向ける。
 そして、チラリと一瞬だけ背後を見た。
 見つかりそうになったディルは慌てて首を引っ込める。

「あーあ。これはバレてるな」
「ジーク勘がいいもん」
「まぁ、あれは才能だよ。もともと、ティアの騎士にならないなら、いずれ騎士団長になってもらうつもりだったし」
「そうだったの?」
「そう。でもジークが、どうしてもティアに仕えたいって」
「…………」

 メルティアは沈黙する。

「てっきり、片時もティアと離れたくないからかと思ってたんだけど」
「……そんなこと、ありえないよ」

 もしそうなら、とっくにメルティアの恋は叶っているはずだ。

「……なんだか嫌な予感がするなぁ……」

 建物に背中を預けたまま、ディルが小さく呟く。
 と、そこに役目を果たしたベイリーが戻ってくる。

「おかえり」
「ただいま。聞いてただろ? 友達だってさ」
「今はまだ、ね」

 ベイリーが気を紛らわすように咳をする。

「シーラ・エルノアだっけ? ジークその子とどこで知り合ったわけ? もともと知り合いとかじゃないでしょ?」
「うーん。俺が知ってる限りではいなかったね」
「最近ってこと? でもジークの生活って、朝昼晩、いつでもティアじゃん」

 ディルとベイリーから視線を向けられて、メルティアは小さい体をさらに小さくした。

「ティア、ジークにそんなに休みあげてたの?」
「う……。その……あ、あんまり……。たまに半日とか……」

 ジークが「休みはなくてもいいですよ」なんて言うからメルティアはそれに甘え切っていた。
 メルティアはジークといれるのが嬉しかったから、それをそのまま鵜呑みにしていたけれど、今思うとそれは良くなかった気がする。もっとジークのことを考えるべきだったのかもしれない。

「じゃあいつ?」
「さぁ……?」

 意味のない会話に、やがて沈黙が落ちる。
 ディルとベイリーは顔を見合わせて、険しい顔をした。そして、重々しく口を開く。



「……しかもさ、ティアと正反対じゃない?」

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