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第一章 忘れられた約束
15昔の出来事
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珍しくジークが息を飲んで、そのままの姿勢で固まった。
しばらく待っても動かない。
メルティアは内心驚きつつも、おそるおそる呼びかけた。
「じ、ジーク?」
ようやく言葉を咀嚼したのか、ジークは動き出す。
眉間のシワをひときわ深くして、大股でメルティアの前まで歩いてきた。
そしてメルティアの目の前で止まったジークは、目尻を釣り上げたまま、怒りに瞳をギラつかせてメルティアを見下ろした。
「ご自分が何をおっしゃっているのか、わかっているのですか?」
「う、うん。わかってるよ。ジークこそ、どうしたの? 顔こわいよ……」
ジークの体から沸き立つ怒りオーラにメルティアは慄いた。
「幼いころ、ご自分に何があったのかお忘れになったのですか」
「わ、忘れてないよ」
ジークの剣幕に押されてメルティアが一歩後ろにさがると、ジークも一歩詰めてくる。
ジークとの距離が近い。
普通ならときめきそうな状況だが、目の前に鬼のような顔をした男がいるのだから、そんなときめき思考も吹っ飛ぶ。
「ど、どうしてそんなに怒るの? ジークのお休みだって増やしてあげられるよ」
「俺は、休みが欲しいと言ったことなどないはずですが」
メルティアは口ごもる。
ディルにも言われたことだ。「ジークがそんなこと言うはずがない」と。
「で、でも」
「でも何ですか?」
「好きなときにお休み取れた方がいいでしょう? 二人いたら、ジークばかり無理する必要もないよ」
ジークは納得していないようで、怖い顔をしたままだ。
「俺が無理をしていると、あなたはそう思っていらっしゃるのですか」
「……」
無理をしているなんて、本当は思いたくはないけれど。
いつか、重荷になるかもしれない。
せめて、『メルティア様の騎士なんてならなければよかった』と、そう思われないようにしたい。
「また、あなたが傷つくかもしれないんですよ」
「……大丈夫だよ。もう昔とは違うもん」
「どうしてそう言い切れる」
「……」
根拠ゼロの言い分だから、そこを詰められるとメルティアには何も言えなかった。
黙り込んだメルティアに、ジークがさらに眉をつり上げる。
「みんな居なくなっちゃうって、いつも泣いてただろ」
メルティアは言葉に詰まった。
図星だったのもあるが、怒ってるからかジークから敬語が消えたのだ。
「また同じことが起きるかもって、どうして考えられない」
メルティアの脳裏に、幼いころの会話が思い浮かんだ。
昔、メルティアの護衛だった人が、メルティアが昼寝をしている間に手足を拘束して、どこかへ連れて行こうとしたことがあった。
結局、それはチーの起こした爆風と、その異変に気付いたディルによって発見された。
メルティアが起きたときにはぶち切れたディルが剣を抜いていて、部屋が血みどろになりそうだった嫌な記憶だ。
そのとき、メルティアははじめて家を抜け出してジークのところに行った。
泣きながらジークに会いに来たメルティアに、ジークは心底驚きながら、膝をついて慰めてくれたのだ。
『ジーク、あのね、みんなティアのとこからいなくなっちゃうの』
『ティア……どうした? 何があった?』
『ディルにぃにもおこられたの……』
『喧嘩か? ティアに甘いディルが珍しいな』
『ティアがね、その人いじめないでって言ったら、自分がゆうかいされそうになったのがわからないの!? って。ジーク、ゆうかいってなに?』
『……』
勝手に城から抜け出してきたことに気づいたジークがすぐに送り届けてくれたが、ジークから離れたくないとメルティアが泣くものだから、結局ジークは三日間城に泊まった。
「何か起きるたびに、ひそひそと噂されていたのも忘れたのか?」
「き、気にしてないもん」
「いつもしょんぼり肩落としてただろ」
「ち、ちっちゃいころの話だもん」
「だんだんと、あなたが何かしているのでは、なんて噂が立っていたんだぞ。またそうなってもいいって言うのか?」
ジークの語尾が強くなっていく。
メルティアは言葉に詰まって、視線を床に落とした。
涙をこらえるように黙り込んでしまったメルティアに、ジークが息をのむ。
そして片手で顔をおおって深く息を吐き、そのまま一歩後ろにさがった。
「すみません。頭に血が上っていたようです。不躾な真似を……」
「い、いいの。……本当のことだから」
「……申し訳ありません。メルティア様。何なりと処罰を」
「え!? な、ないよ。処罰なんて……あ、じゃ、じゃあ、騎士、増やしてもいい?」
「…………」
まったくめげていないメルティアに、ジークの冷たい視線が飛んだ。
「……もう決まったことなのでしょう?」
「う、うん。ディルにぃにも言ったよ」
「ディルはなんと?」
「ディルにぃが見繕ってくるって。お試しならいいって」
ジークがしばらく沈黙する。
やがて、諦めたように息を吐いた。
「わかりました」
「ほ、ほんと?!」
メルティアは安堵の息を吐く。ジークの怒りのオーラが鎮火したことにもほっとした。
まさかこんなにジークが怒るとは思っていなかったのだ。
「よかった。これでジークのお休み増やしてあげられるね」
「……」
ジークの「話を聞いていなかったのか?」と言いたげな視線が飛ぶ。
メルティアはその視線を無視した。
今はそうやって言ってくれるかもしれないけれど、きっと「あの時メルティア様が騎士を増やしてくれてよかった」と思うときが来るはずだ。
仕事を理由に大切な人を傷つけることもない。
「ジーク、お休みがほしいときはいつでも言ってね」
「……わかりました」
そんなやり取りから数日が経ったある日、ようやくメルティアの騎士が増えることになった。
代々王族に仕えている者が多い一家の長男だった。
もともと騎士団に所属していて、遠方まわりをしていたところを呼び出したのだとか。
「メルティア様、このたびあなたにお仕えさせていただくことになりました、エルダー・デモリットです」
メルティアより10歳、ジークより5つ上の26歳。明るく陽気で多くの人に好かれそうな人だった。
ジークとは雰囲気がまったく違ったけれど、メルティアは上手くやっていけそうだとホッと息を吐いた。
「こ、これからよろしくね」
しばらく待っても動かない。
メルティアは内心驚きつつも、おそるおそる呼びかけた。
「じ、ジーク?」
ようやく言葉を咀嚼したのか、ジークは動き出す。
眉間のシワをひときわ深くして、大股でメルティアの前まで歩いてきた。
そしてメルティアの目の前で止まったジークは、目尻を釣り上げたまま、怒りに瞳をギラつかせてメルティアを見下ろした。
「ご自分が何をおっしゃっているのか、わかっているのですか?」
「う、うん。わかってるよ。ジークこそ、どうしたの? 顔こわいよ……」
ジークの体から沸き立つ怒りオーラにメルティアは慄いた。
「幼いころ、ご自分に何があったのかお忘れになったのですか」
「わ、忘れてないよ」
ジークの剣幕に押されてメルティアが一歩後ろにさがると、ジークも一歩詰めてくる。
ジークとの距離が近い。
普通ならときめきそうな状況だが、目の前に鬼のような顔をした男がいるのだから、そんなときめき思考も吹っ飛ぶ。
「ど、どうしてそんなに怒るの? ジークのお休みだって増やしてあげられるよ」
「俺は、休みが欲しいと言ったことなどないはずですが」
メルティアは口ごもる。
ディルにも言われたことだ。「ジークがそんなこと言うはずがない」と。
「で、でも」
「でも何ですか?」
「好きなときにお休み取れた方がいいでしょう? 二人いたら、ジークばかり無理する必要もないよ」
ジークは納得していないようで、怖い顔をしたままだ。
「俺が無理をしていると、あなたはそう思っていらっしゃるのですか」
「……」
無理をしているなんて、本当は思いたくはないけれど。
いつか、重荷になるかもしれない。
せめて、『メルティア様の騎士なんてならなければよかった』と、そう思われないようにしたい。
「また、あなたが傷つくかもしれないんですよ」
「……大丈夫だよ。もう昔とは違うもん」
「どうしてそう言い切れる」
「……」
根拠ゼロの言い分だから、そこを詰められるとメルティアには何も言えなかった。
黙り込んだメルティアに、ジークがさらに眉をつり上げる。
「みんな居なくなっちゃうって、いつも泣いてただろ」
メルティアは言葉に詰まった。
図星だったのもあるが、怒ってるからかジークから敬語が消えたのだ。
「また同じことが起きるかもって、どうして考えられない」
メルティアの脳裏に、幼いころの会話が思い浮かんだ。
昔、メルティアの護衛だった人が、メルティアが昼寝をしている間に手足を拘束して、どこかへ連れて行こうとしたことがあった。
結局、それはチーの起こした爆風と、その異変に気付いたディルによって発見された。
メルティアが起きたときにはぶち切れたディルが剣を抜いていて、部屋が血みどろになりそうだった嫌な記憶だ。
そのとき、メルティアははじめて家を抜け出してジークのところに行った。
泣きながらジークに会いに来たメルティアに、ジークは心底驚きながら、膝をついて慰めてくれたのだ。
『ジーク、あのね、みんなティアのとこからいなくなっちゃうの』
『ティア……どうした? 何があった?』
『ディルにぃにもおこられたの……』
『喧嘩か? ティアに甘いディルが珍しいな』
『ティアがね、その人いじめないでって言ったら、自分がゆうかいされそうになったのがわからないの!? って。ジーク、ゆうかいってなに?』
『……』
勝手に城から抜け出してきたことに気づいたジークがすぐに送り届けてくれたが、ジークから離れたくないとメルティアが泣くものだから、結局ジークは三日間城に泊まった。
「何か起きるたびに、ひそひそと噂されていたのも忘れたのか?」
「き、気にしてないもん」
「いつもしょんぼり肩落としてただろ」
「ち、ちっちゃいころの話だもん」
「だんだんと、あなたが何かしているのでは、なんて噂が立っていたんだぞ。またそうなってもいいって言うのか?」
ジークの語尾が強くなっていく。
メルティアは言葉に詰まって、視線を床に落とした。
涙をこらえるように黙り込んでしまったメルティアに、ジークが息をのむ。
そして片手で顔をおおって深く息を吐き、そのまま一歩後ろにさがった。
「すみません。頭に血が上っていたようです。不躾な真似を……」
「い、いいの。……本当のことだから」
「……申し訳ありません。メルティア様。何なりと処罰を」
「え!? な、ないよ。処罰なんて……あ、じゃ、じゃあ、騎士、増やしてもいい?」
「…………」
まったくめげていないメルティアに、ジークの冷たい視線が飛んだ。
「……もう決まったことなのでしょう?」
「う、うん。ディルにぃにも言ったよ」
「ディルはなんと?」
「ディルにぃが見繕ってくるって。お試しならいいって」
ジークがしばらく沈黙する。
やがて、諦めたように息を吐いた。
「わかりました」
「ほ、ほんと?!」
メルティアは安堵の息を吐く。ジークの怒りのオーラが鎮火したことにもほっとした。
まさかこんなにジークが怒るとは思っていなかったのだ。
「よかった。これでジークのお休み増やしてあげられるね」
「……」
ジークの「話を聞いていなかったのか?」と言いたげな視線が飛ぶ。
メルティアはその視線を無視した。
今はそうやって言ってくれるかもしれないけれど、きっと「あの時メルティア様が騎士を増やしてくれてよかった」と思うときが来るはずだ。
仕事を理由に大切な人を傷つけることもない。
「ジーク、お休みがほしいときはいつでも言ってね」
「……わかりました」
そんなやり取りから数日が経ったある日、ようやくメルティアの騎士が増えることになった。
代々王族に仕えている者が多い一家の長男だった。
もともと騎士団に所属していて、遠方まわりをしていたところを呼び出したのだとか。
「メルティア様、このたびあなたにお仕えさせていただくことになりました、エルダー・デモリットです」
メルティアより10歳、ジークより5つ上の26歳。明るく陽気で多くの人に好かれそうな人だった。
ジークとは雰囲気がまったく違ったけれど、メルティアは上手くやっていけそうだとホッと息を吐いた。
「こ、これからよろしくね」
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