25 / 49
第二章 約束の場所
25夢か現実か
しおりを挟む
メルティアはなるべく火照った顔が見えないように、うつむきつつ振り返る。
目が合うと、ジークはハッと息を飲んで、素早くメルティアから手を離した。
「いえ。なんでもありません。……申し訳ありません、メルティア様」
「う、ううん。助けてくれてありがとう」
「……」
少しの気まずさを感じながら、メルティアはジークの膝の間から元いたジークの隣りへと移動する。
甘く感じた空気は霧散し、逆に重苦しい空気がただよった。
今のは、何だったのだろう。
妄想?
でも、たしかに引き寄せられたはずだ。
おなかにあった腕の感触は残っているし、耳元で囁くように呼ばれた名前が鼓膜にこびりついている。
背中にあたった温もりだって。
なによりも、心臓がドキドキしている。
顔の熱が、まだ引かない。
メルティアは資料を読むふりをしながら、横目にジークを見た。
ジークは黙り込んで、どこか放心したように自分の手のひらを見つめていた。
そうして、強く手のひらを握ると、目を閉じて深く息を吐いた。
まるで精神統一でもしているみたいだ。
ジークは今、何を考えているのだろう。
ジークには好きな人がいる。
その相手はメルティアではない、はずだ。
それでも、「もしかしたら」なんて淡い期待が過ぎってしまうほど、「メルティア様」と、そう呼んだ声は、とても大切な人を呼ぶ声のように思えた。
メルティアは少しだけ迷って、ジークが目を開けるより前に声をかける。
「じ、ジーク」
ピクっと小さくジークの手が反応して、ゆっくりと黒い瞳が顔をのぞかせる。
「……どうしました?」
「えっと、えっと。お、お昼、なに食べる?」
無鉄砲に突っ込んだ結果、ろくな質問にならなかった。
ジークは目を細めて「朝から食べものの話ばかりですね」とかすかに微笑む。
「街と街の間に食事処があるのでこちらで昼食の予定ですよ。そろそろ着くかと」
「そ、そっか」
メルティアはもじもじと手を合わせてうつくむ。
ジークの笑い方が優しいような。でも気のせいのような。
「着いたら起こしてぇ~とか言ってもたれかかったらいいだろ」
「うわぁっ!?」
「メルティア様?!」
急にチーの声が肩元から聞こえて、メルティアは飛び上がった。
緊迫感のある険しい顔でジークがメルティアを見る。今にも剣を抜きそうな勢いだ。
「あ、だ、大丈夫。チーくんが急に話しかけてくるから」
ジークがほっとしたように息をついて肩の力を抜いた。
「せっかくいい感じだったのにな」
「えっ。そ、そうかな?」
「そうさ。そのままイチャつくかと思ったぜ」
「な、し、しないもん」
だってあのジークだ。天地がひっくり返ってもない気がする。
チーは面白がるように目を細めて、チラリとジークを見てからニヒルに笑う。
「そりゃあメルはジークの顔見てなかったからな」
「え、何かあったの?」
「さぁな」
クックックと可笑しそうに笑ってチーはジークの肩に乗った。
もちろんジークには見えていないから重さも感じていないだろう。
それよりもチーの言葉が気になる。
チーから見たジークはどうだったのだろうか。そもそも、チーは知っているのだろうか。
ジークの好きな相手が誰なのかを。
「チーくんはさ、その……知ってるの?」
それだけで、チーはメルティアの言いたいことがわかったようで、ニタリと妖しく笑った。
「さぁ? どうだろうな?」
「……いじわる」
メルティアはむっと顔の中心にしわを集めた。
「そういうのはあれだろ? プライベートってやつさ。オイラにも言えないことがあるってわけよ」
「前は教えてくれたのに……」
ジークの結婚という情報は教えてくれたのに気まぐれな妖精だ。
ふてくされて視線を動かすと、パッとジークと目が合う。
メルティアはドキリとした。
今の会話は聞かれても大丈夫なものだっただろうか?
何か言われるかとドキドキ身構えるが、ジークはふとメルティアの頭越しに窓の外を見て「そろそろ着きますよ」と言った。
しばらくすると、ジークの言う通り馬車が停まった。
どうやら目的の休憩地点に着いたようだ。
先にジークが降りて周囲を確認し、メルティアに手を差し出す。
メルティアは大きな手に自分の手を重ねて、ゆっくり馬車から降りた。
そして、すぐ目の前にある大きなログハウスに興味が引かれる。
深い茶色の丸太を使用した外観と、周囲には色とりどりの花たち。綺麗に陳列して咲き誇っている。
そして、空を突くように飛び出ている茶色の煙突からは、白い煙が立ち上り、風に乗って香ばしい香りが漂ってきた。
メルティアは鼻を動かして匂いを嗅いで、未知の体験に瞳を輝かせる。
「街の外にはこんな素敵なお店があるんだね」
「俺たちがよく行く街は一応王都ですからね。交通の関係でこの辺りの店は繁盛するそうですよ」
メルティアたちの馬車を囲んでいた護衛兵たちも、馬を繋いで戻ってくる。
この店の利用客は多いのか、あちこちに馬車が停まっていた。
「空いてるかな?」
「おそらくは。急だったため事前連絡などはしていませんが……大丈夫でしょう」
目が合うと、ジークはハッと息を飲んで、素早くメルティアから手を離した。
「いえ。なんでもありません。……申し訳ありません、メルティア様」
「う、ううん。助けてくれてありがとう」
「……」
少しの気まずさを感じながら、メルティアはジークの膝の間から元いたジークの隣りへと移動する。
甘く感じた空気は霧散し、逆に重苦しい空気がただよった。
今のは、何だったのだろう。
妄想?
でも、たしかに引き寄せられたはずだ。
おなかにあった腕の感触は残っているし、耳元で囁くように呼ばれた名前が鼓膜にこびりついている。
背中にあたった温もりだって。
なによりも、心臓がドキドキしている。
顔の熱が、まだ引かない。
メルティアは資料を読むふりをしながら、横目にジークを見た。
ジークは黙り込んで、どこか放心したように自分の手のひらを見つめていた。
そうして、強く手のひらを握ると、目を閉じて深く息を吐いた。
まるで精神統一でもしているみたいだ。
ジークは今、何を考えているのだろう。
ジークには好きな人がいる。
その相手はメルティアではない、はずだ。
それでも、「もしかしたら」なんて淡い期待が過ぎってしまうほど、「メルティア様」と、そう呼んだ声は、とても大切な人を呼ぶ声のように思えた。
メルティアは少しだけ迷って、ジークが目を開けるより前に声をかける。
「じ、ジーク」
ピクっと小さくジークの手が反応して、ゆっくりと黒い瞳が顔をのぞかせる。
「……どうしました?」
「えっと、えっと。お、お昼、なに食べる?」
無鉄砲に突っ込んだ結果、ろくな質問にならなかった。
ジークは目を細めて「朝から食べものの話ばかりですね」とかすかに微笑む。
「街と街の間に食事処があるのでこちらで昼食の予定ですよ。そろそろ着くかと」
「そ、そっか」
メルティアはもじもじと手を合わせてうつくむ。
ジークの笑い方が優しいような。でも気のせいのような。
「着いたら起こしてぇ~とか言ってもたれかかったらいいだろ」
「うわぁっ!?」
「メルティア様?!」
急にチーの声が肩元から聞こえて、メルティアは飛び上がった。
緊迫感のある険しい顔でジークがメルティアを見る。今にも剣を抜きそうな勢いだ。
「あ、だ、大丈夫。チーくんが急に話しかけてくるから」
ジークがほっとしたように息をついて肩の力を抜いた。
「せっかくいい感じだったのにな」
「えっ。そ、そうかな?」
「そうさ。そのままイチャつくかと思ったぜ」
「な、し、しないもん」
だってあのジークだ。天地がひっくり返ってもない気がする。
チーは面白がるように目を細めて、チラリとジークを見てからニヒルに笑う。
「そりゃあメルはジークの顔見てなかったからな」
「え、何かあったの?」
「さぁな」
クックックと可笑しそうに笑ってチーはジークの肩に乗った。
もちろんジークには見えていないから重さも感じていないだろう。
それよりもチーの言葉が気になる。
チーから見たジークはどうだったのだろうか。そもそも、チーは知っているのだろうか。
ジークの好きな相手が誰なのかを。
「チーくんはさ、その……知ってるの?」
それだけで、チーはメルティアの言いたいことがわかったようで、ニタリと妖しく笑った。
「さぁ? どうだろうな?」
「……いじわる」
メルティアはむっと顔の中心にしわを集めた。
「そういうのはあれだろ? プライベートってやつさ。オイラにも言えないことがあるってわけよ」
「前は教えてくれたのに……」
ジークの結婚という情報は教えてくれたのに気まぐれな妖精だ。
ふてくされて視線を動かすと、パッとジークと目が合う。
メルティアはドキリとした。
今の会話は聞かれても大丈夫なものだっただろうか?
何か言われるかとドキドキ身構えるが、ジークはふとメルティアの頭越しに窓の外を見て「そろそろ着きますよ」と言った。
しばらくすると、ジークの言う通り馬車が停まった。
どうやら目的の休憩地点に着いたようだ。
先にジークが降りて周囲を確認し、メルティアに手を差し出す。
メルティアは大きな手に自分の手を重ねて、ゆっくり馬車から降りた。
そして、すぐ目の前にある大きなログハウスに興味が引かれる。
深い茶色の丸太を使用した外観と、周囲には色とりどりの花たち。綺麗に陳列して咲き誇っている。
そして、空を突くように飛び出ている茶色の煙突からは、白い煙が立ち上り、風に乗って香ばしい香りが漂ってきた。
メルティアは鼻を動かして匂いを嗅いで、未知の体験に瞳を輝かせる。
「街の外にはこんな素敵なお店があるんだね」
「俺たちがよく行く街は一応王都ですからね。交通の関係でこの辺りの店は繁盛するそうですよ」
メルティアたちの馬車を囲んでいた護衛兵たちも、馬を繋いで戻ってくる。
この店の利用客は多いのか、あちこちに馬車が停まっていた。
「空いてるかな?」
「おそらくは。急だったため事前連絡などはしていませんが……大丈夫でしょう」
116
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
王太子は妃に二度逃げられる
たまこ
恋愛
デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。
初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。
恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。
※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様
日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。
春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。
夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。
真実とは。老医師の決断とは。
愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。
全十二話。完結しています。
【完結】私は本気の恋だった
キムラましゅろう
恋愛
ミルチアは語って聞かせる。
かつて身をやつした最初で最後の恋の話を。
はじめて愛した人は、嘘偽りで塗り固められた人。
騙されていたと知ったとき、ミルチアは全てを捧げ、そして全てを捨てて逃げ出した。
だけど嘘から出た誠とはよくいったもの。ミルチアは偽りの関係からかけがえのないものを得る。
そうしてミルチアは流れ着いた港町にて一人で子を生み育てていた。
このまま親子二人で穏やかに暮らせていけたらと、そんなささやかな望みを抱くことも許されないのだろうか。
なぜ探したのか、どうして会いにきたのか。
もう二度とその双眸を見ることはないと思っていたのに……。
ミルチアが綴る恋の物語に、あなたも耳を傾けてみませんか。
小説家になろうで開催された、氷雨そら先生主催のシークレットベビー企画参加作品です。
(すでに期間は終了しております)
誤字脱字……( *ˊꇴˋ)ゴメンネ!
すでに完結している作品ですが、感想欄の管理のために数話ずつ投稿します。
だいたい1回の投稿につき5話ずつくらいです。
よろしくお願いいたします🙏✨
今回もプロローグと最終話に感想欄を解放します(。uωu))ペコリ💕
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる