【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり

文字の大きさ
35 / 49
最終章 帰る場所

35わたしと

しおりを挟む
「……メルティア様、また街に行かれるのですか?」
「うんっ。ジークもはやく!」
「今日は天気が優れなそうですが」
「いいの。はやく!」

 早々に土いじりを終えたメルティアは、「はやくはやく」とジークを急かす。
 ジークは嫌そうに顔をしかめつつも、主人であるメルティアには逆らえない。

 けっきょく、いつものように馬車に乗り込み、街へと向かっていた。


「ここのところ毎日ですよ。毎回毎回、今日はこれが欲しい、あれが欲しいと、まとめて買えばいいでしょう」

 ゴトゴト揺れる馬車の中でジークの小言が飛ぶ。

「突然欲しくなっちゃうんだもん」
「本当に、どうされたのですか」

 ジークの追及するような小言もメルティアは無視した。
 ふんふん鼻唄を歌いながら窓の外を見る。

「あなたが楽しいならいいですが……」

 わがままな娘を愛でるようにジークは苦笑をした。

 街について、メルティアはいくつかの店を見たあと、すでに常連になったあの花屋に行く。
 最初は渋っていたジークも、あまりにも毎回行くものだから諦めたようだ。
 今は何も言わずに着いてくる。

 お店の扉を開けると、「いらっしゃいませー!」と元気な声が飛んでくる。
 そして、カウンターでラッピング作業をしていたらしいあの女の人は、顔を上げてメルティアを確認するとぱあッと瞳を輝かせた。

「今日もいらしてくださったんですね!」
「こんにちは」
「どうぞどうぞ。新しいお花も入荷してますよ。メルティア様がお好きそうなのは……」

 常連になったおかげで、すっかり仲良くなってしまった。
 人見知りのメルティアがあまり話すのが上手ではないのもちゃんと汲み取って、話すのを待ってくれたり、にこにこ聞いてくれたり、これですか? と提案してくれたりする。

 ジークが好きになった理由もすぐにわかった。

 気遣いを自然にできて、その場を明るくしてくれる。
 話していて楽しいのだ。

「このお花の色違いはありますか?」
「ありますよ。何色がいいですか?
「うーん。ピンクと青がいいです」
「わかりました。鉢植えでいいですか?」

 コクコクうなずくと「ちょっと待っててくださいねー」と言って裏へ引っ込んでしまった。

 メルティアは並べられているたくさんの花を見る。店員は愛想が良くて可愛くて、花は生き生きと咲いている。
 通わない理由を探すほうが難しい。

 しばらくすると、女の人かポニーテールを揺らしながら二つの鉢植えを持って戻ってきた。

「このお二つはどうですか?」
「わぁ! 可愛い!」

 差し出された花を可愛い可愛いと小さく手を叩いて褒めていると、ふと、女の人の指に指輪があることに気づいた。
 前からあったかもしれないが、いつもは話すのに緊張していて見ていなかった。

 細くて長い指に、キラキラ光る花の形をした石付きの指輪が嵌められている。

「その指輪、綺麗ですね」
「え? ああ、これですか? ふふ。ありがとうございます。婚約指輪なんです」

「…………え?」

 女の人が照れ臭そうに、でも大事そうに指輪の嵌まっている手を抱きしめる。

「……結婚、されるんですか?」
「はい! 幼なじみなんです」

 メルティアはゴォン! と浴びせられた力強い言葉の太刀に吐血しそうになる。

「お、おめでとうございます! いつ決まったんですか?」
「ありがとうございます。プロポーズはそうですね……たしか三か月くらい前だったかと」

 ジークが結婚を考え出した時期とぴったり重なった。

「式は一か月後なんです。メルティア様にも来ていただけたら嬉しいですが、さすがに恐れ多いですね」

 クスクスと可愛らしく女の人は笑う。
 メルティアは「行けたら行きます……」なんて、行く気のない人の返事をしてしまった。
 それどころじゃなかったのだ。

 小さな頭がフル回転していた。

 ジークが、好きな人がいるのに諦めている理由。
 幸せを願って諦めたという意味。
 急に結婚を進めている謎も、全部、全部、メルティアはわかってしまったのだ。

 好きな人には好きな人がいた。

 そして、両想いで、結婚することが決まっていたのだ。


 ジークは、失恋をしていたらしい。


 足りなかった最後のピースが、ピタッと嵌まってしまった。

 それから、女の人と何を話したのかもメルティアはよく覚えていない。
 頭の中でいろんなことを考えていた。

「もう帰りますか?」

 店を出ると、ジークが話しかけてくる。
 ジーク、さっきの話聞いていただろうか。聞きたくないことを聞かせてしまったかもしれない。

「あ、あの。ジーク……」
「はい。他にも見ていきますか?」
「う、ううん……帰ろっか……」

 メルティアは鉢植えを抱えたままとぼとぼと歩く。
 歩みの遅いメルティアを気にしているのか、ジークが何度も振り返る。
 「この短時間に何があった?」と言いたげな顔だ。

 チラリとジークの顔を見て、メルティアはため息をつく。

 ジークの恋は、絶対に叶わないものだった。
 あんなに幸せそうに笑う女の人に、「ジークと結婚して!」なんて言えるはずもない。

 じゃあ、どうしたらいいと言うのか。

 とぼとぼ歩いていると、空から雨粒が降り出した。
 ジークがさっと上着を脱いで、メルティアの頭にかぶせてくれる。

「急ぎましょう、メルティア様」
「う、うん」

 足を速めながら、だんだん強くなっている雨風を見て、メルティアは涙みたいだと思った。
 泣けないジークの代わりに、空が泣いているみたいだ。

 ポタポタと連続的に振り始めて、ジークは近くの裏道に入り、メルティアを屋根のある場所へと誘導する。

「通り雨のようですし、しばらく雨宿りしましょう」
「うん……」
「少し濡れてしまっていますね」

 メルティアの濡れた肩を簡単に払ってくれる。
 メルティアは買ったばかりの花を抱きしめた。

 ジークは、叶わない恋をしている。
 だから、諦めるために結婚をしようとしている。

 だったら。
 もしそうなら。


 相手はメルティアでもいいんじゃないか。


 それに、なによりも。

「……わたしだったらジークを悲しませないのに」
「……メルティア様?」

 メルティアはしばらく黙り込んで、険しい顔をしたまま顔を上げる。

「じ、ジーク!」
「はい。寒いですか? もう少しこちらへ」
「あ、あのね!」

 メルティアはジークに一歩近づいた。

「わ、わたしじゃ、だめかな」

 何の話だと言いたげにジークが頭に疑問符を浮かべる。
 しぼみそうになる勇気を振り絞って、メルティアは小さな唇を開く。

「わ、わたし……」
「……」
「わたしは、その」

 ありったけの想いをぶつけるように、メルティアはぎゅっと目をつぶった。

「わ、わたしは、ジークが好き!」


 小さく息をのむ音がする。

 伝わっただろうか?
 大事に大事に、ずっと大事にしてきた幼いころからの恋心。

 誰でもいいなら、わたしだって。

 そんな思いを込めて、メルティアはジークの言葉を待つ。


 しばらくの沈黙のあと、ジークが静かに礼をした気配がした。

「光栄です。あなたにそう言っていただけて」

 これは主人に対する言葉だ。
 感情が欠片もこもっていない。
 機械的な礼節。

 これっぽちも想いが伝わっていないと思ったメルティアは、慌てて目を開けて首を振る。

「ち、違うの! そうじゃなくて」

 視線を彷徨わせて、緊張にゆっくりとジークを見上げながら、メルティアはこの言葉しかないと思って、小さく口を動かした。

「わ、わたしと、結婚、しない?」


 ざあっと、雨の音が強く響いた。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

王太子は妃に二度逃げられる

たまこ
恋愛
 デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。 初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。 恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。 ※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

【完結】私は本気の恋だった

キムラましゅろう
恋愛
ミルチアは語って聞かせる。 かつて身をやつした最初で最後の恋の話を。 はじめて愛した人は、嘘偽りで塗り固められた人。 騙されていたと知ったとき、ミルチアは全てを捧げ、そして全てを捨てて逃げ出した。 だけど嘘から出た誠とはよくいったもの。ミルチアは偽りの関係からかけがえのないものを得る。 そうしてミルチアは流れ着いた港町にて一人で子を生み育てていた。 このまま親子二人で穏やかに暮らせていけたらと、そんなささやかな望みを抱くことも許されないのだろうか。 なぜ探したのか、どうして会いにきたのか。 もう二度とその双眸を見ることはないと思っていたのに……。 ミルチアが綴る恋の物語に、あなたも耳を傾けてみませんか。 小説家になろうで開催された、氷雨そら先生主催のシークレットベビー企画参加作品です。 (すでに期間は終了しております) 誤字脱字……( *ˊꇴˋ)ゴメンネ! すでに完結している作品ですが、感想欄の管理のために数話ずつ投稿します。 だいたい1回の投稿につき5話ずつくらいです。 よろしくお願いいたします🙏✨ 今回もプロローグと最終話に感想欄を解放します(。uωu))ペコリ💕

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

処理中です...