【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり

文字の大きさ
45 / 49
最終章 帰る場所

45妖精の化身

しおりを挟む

 無事に退却したジークは、メルティアを抱いたままひたすら馬を走らせ、森へと入る。

「誰も追って来てないみたいだ」

 チーの言葉を聞いて、ジークは馬を止めた。大きな頑丈そうな木に手綱を巻き付け、いたわるように馬のおしりを軽く叩く。
 こんな戦地まで連れて来てしまったが、おびえたり暴れたりせずよく走ってくれている。

 ジークは持ってきていた火打石で手早く火を起こすと、自分の上着を脱いで地面に敷き、その上に眠っているメルティアを寝かせた。

 そしてチーに火の番を頼み、木の実や食べられる野草を広い集める。
 馬に餌をやり、見つけたキノコを日で炙る。メルティアの分も炙ったが、メルティアが起きる気配はない。

 ジークはメルティアを膝の上に乗せて、そのまま後ろから抱きしめるように包み込む。

「ご無事でよかった……」

 メルティアの頬を後ろから親指の腹でなでていると、メルティアのまぶたがかすかに揺れた。

「う、ん……」
「メルティア様。起きられましたか?」

 うっすらと目を開けたメルティアは、うつろな目で前の炎を見て、気だるそうにジークを振り返る。

「……ジーク、怪我してる」

 ジークは苦笑して、「大丈夫ですよ」と、メルティアの頬をなで続けた。
 気持ちよさそうに目を細めたメルティアは、ジークの頬にのろのろと手を添える。すると、ふわっと優しい白い光がジークを包み込んだ。

「メルティア様?」

 光が止むと、ジークにあったはずの傷が消えていた。
 ジークは自分の腕や足の服まで元通りになっていることに驚く。

「……治してくださったんですか? ありがとうございます」

 目尻を下げてほほ笑んだメルティアは、そのままゆっくりと目を閉じて、死体のように体重をジークにあずけた。

「メルティア様? メルティア様!」

 急に意識を失ったメルティアにジークは動転するが、勝手に野草を食べていたチーがなんでもなさそうに口を開く。

「寝ているだけだよ」

 ジークはピタリと動きを止め、細く長い息を吐いて胸を撫で下ろす。

「ただ、いつ目覚めるかは、オイラにもわからないけど」

 ジークはそっと視線を動かして、宙に浮いているチーを見た。

「……どういう意味だ」
「そのままさ。魂から力を引きずり出してるけど、相当無理してる」

 ジークはもう一度メルティアを見た。
 何も変わっていないように見える。髪も肌も長いまつ毛も小さな唇も、全部いつものメルティアだ。

 だが、さすがのジークも、一つの結論にたどり着いていた。

「……メルティア様は、妖精なのか?」
「今は人間だよ」
「それは人間になったってことか?」
「まあ、そんな感じ」


 ただ「そうなのか」としか思わなかった。

 もともとメルティアはふわふわした不思議な存在だった。

 人には見えないものが見えて、蜂の心もわかり、植物たちはとにかく長生きをする。
 独自の配合で新たな植物を生み出したりと、微妙に人間離れをしていた。

 メルティアが見ているという妖精の協力かと思ってもいたが、メルティア自身がもとは妖精だったというのも、言われてみたら納得だ。

「……妖精は、そんな簡単に人間になれるものなのか?」
「簡単じゃないよ。メルだって、無理してる。だから毎回、人間として生まれてくるときは、記憶がない」

 ジークはじっと眠っているメルティアを見下ろした。パチパチと火が爆ぜ、メルティアの真っ白の肌をオレンジに染める。

「まあ、それでも、毎回ジークに恋してるけど。……笑っちゃうよ」

 チーは遠い昔を思い描いているのか、何もない空間を見つめたまま目を細めた。

「いつ生まれてくるかもわからないジークを、何年も何年も、何十年も、何百年も待って、飽きずに人間になっているんだから」

 ジークは黙ってメルティアを抱きしめた。

 メルティアはジークに会うために人間になっている。
 そう言われても、あまり実感は湧かないが、メルティアははじめて出逢ったときから、ずっとジークにくっついて来た。
『じーく、じーく。ティアね』
 と、いつも話しかけてきていた。
 親の後をくっついて歩く雛鳥のようだった。

 なぜ愛想のいい兄ではなく自分なのかと思っていた時期もあったが、そもそもジークしか見えていなかったというなら納得だ。
 同時に、自分がメルティアにしたことを思い出して、ジークは顔をしかめる。

 まさかそんな大それた大恋愛だなんて露ほども思わず、これがあなたの幸せだと、そう言い聞かせてメルティアを袖にしていた。

 いつだか母に、「人の幸せを他人が決められるなんてことは絶対にない」と言われたが、その通りだったわけだ。


「今までの二人は、何も覚えていなくても、当たり前みたいに出会って、当たり前みたいに恋をしてた」
「……」
「でも、今回は違った」

 ジークはメルティアの薄い頬を指先でなでた。

「メルはもう、目を覚ますのがいやなのかもしれない。だから、起きないかも」
「……」
「オイラの想像だけど。死ぬまで眠り続けていれば、もう傷つくこともないし、傷つけることもない」

 ジークは自分がしたことを思い出してグッと奥歯を噛み締めた。

「まあ、メルがずっと寝てようと、そのまま死のうと、ジークはどうでもいんじゃない?」
「本気で言ってるのか」

 地を這うような声でジークはすごんだ。
 チーは冗談が通じないやつだと言いたげにひょいと肩をすくめる。

「そんなわけないだろ。オイラたちはメルとは違って、妖精なんだ。今のメルが忘れてたことだって、知ってる」
「……」
「ジークのことも」

 ジークは黙って目を伏せた。

「メルが人間のときに力を使ったのははじめてだから、オイラにもどうなるか分からない」
「……」
「目が覚めるのは三日後かもしれないし、一月後かもしれないし、一年後かもしれない」

 チーは言葉を切って、1度目を伏せてから、意を決したようにジークを正面から見据える。


「一生、目覚めないかもしれない」


 ジークは爪が食い込むほど強く拳を握った。手が細かく震えている。

 そもそも、こんなことになったのはあのとき、ジークがメルティアの手を振り払ったからだ。
 メルティアは何があってもめげずに、まっすぐジークに向かって手を伸ばしていたのに、ジークはそれを拒絶した。

 あなたの気持ちを受け取る気はないと、ハッキリそう伝えてしまった。


「このまま死んだとしても、メルは元の姿に戻るだけだよ」
「元の姿というのは」
「もちろん、妖精さ」

 妖精の姿に戻るだけ。そうは言われても、それは今のメルティアは死ぬということを意味している。

 しかも、ジークは妖精を見ることができない。
 メルティアが死んだら、それはきっと永遠の別れを示すのだろう。


 ジークはメルティアの口元に耳を寄せた。
 か細いけれど安定している呼吸にほぉっと息を吐く。そうして、宝物を包み込むようにそっとメルティアを抱きしめた。


「メルティア様、起きてください」


 ぐったりと眠り続けるメルティアの目元を、ジークはそっとなで続けた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

王太子は妃に二度逃げられる

たまこ
恋愛
 デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。 初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。 恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。 ※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

【完結】私は本気の恋だった

キムラましゅろう
恋愛
ミルチアは語って聞かせる。 かつて身をやつした最初で最後の恋の話を。 はじめて愛した人は、嘘偽りで塗り固められた人。 騙されていたと知ったとき、ミルチアは全てを捧げ、そして全てを捨てて逃げ出した。 だけど嘘から出た誠とはよくいったもの。ミルチアは偽りの関係からかけがえのないものを得る。 そうしてミルチアは流れ着いた港町にて一人で子を生み育てていた。 このまま親子二人で穏やかに暮らせていけたらと、そんなささやかな望みを抱くことも許されないのだろうか。 なぜ探したのか、どうして会いにきたのか。 もう二度とその双眸を見ることはないと思っていたのに……。 ミルチアが綴る恋の物語に、あなたも耳を傾けてみませんか。 小説家になろうで開催された、氷雨そら先生主催のシークレットベビー企画参加作品です。 (すでに期間は終了しております) 誤字脱字……( *ˊꇴˋ)ゴメンネ! すでに完結している作品ですが、感想欄の管理のために数話ずつ投稿します。 だいたい1回の投稿につき5話ずつくらいです。 よろしくお願いいたします🙏✨ 今回もプロローグと最終話に感想欄を解放します(。uωu))ペコリ💕

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

処理中です...