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譲れないプライドと欲しい言葉
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ヘトヘトで家についたはずなのに、あかりは寝られる気がしなかった。
心に引っかかっているのは、颯のこと。
颯の行動は理解できる。早野の言っている言葉もわかる。
それでも胸によぎるのは暗い感情なのだ。
(私が、「女」じゃなければ……)
自身が警察官で在りたいと望む以前に、女として見られる。
性別は変えられないし、今までだって女だからと舐められることもあった。逆に女だからとして分不相応に取り立てられることも。
だからモヤモヤしても仕方ないのに、気分が昂っているからか、あかりはうまく飲み込めなかった。
一人でグルグル考え込んでいたあかりは、ふと理貴のことを思い出す。具体的にいうと、理貴の言葉を。
警察庁になぜ入庁しなかったのか問いただしたあかりに、確か彼はこう言っていたのではないか。
――あかりちゃんに、自身が理想とする警察官でいて欲しいから。――
と。そして、続けてこうも口にした。
――同じ職場でも俺はあかりちゃんを同僚の警官じゃなくて好きな女性として見てしまうのがわかっていたから。――
あかりはスマートフォンを手に取ると、電話をかけ始めた。
※
『はい』
三コールで電話に出た理貴の声を聞くのは久しぶりだ。
『結論は出た?』
開口一番に聞いてくる理貴の言葉をまるっと無視したあかりは、聞きたいんだけど、と前置きして理貴に尋ねた。
「たとえばなんだけど、理貴が警察官で同僚の子と付き合っていたとするじゃん。で、職務中にその子と現場が一緒になってさ、もし彼女が怪我しそうになったら庇う?」
巻し立てるように話すあかりに少し戸惑った様子の理貴は、彼女を落ち着かせるようにゆっくりと口を開いた。
『それは昨日あった事件のような状況に置かれたらってこと? 朝のニュースでナイフを持った男から同僚の警官を庇った警察官が十針縫う怪我をしたって言っていたから』
ニュースになっているなら守秘義務は関係ない。あかりは、「そう」と短く答えた。
『庇うよ』
理貴は短く答えた。
あかりはため息をつく。
――結局、理貴も颯さんと同じだ。――
あかりの頭にその言葉がよぎったタイミングで理貴は口を開いた。
『だから僕は警察官にならなかった』
理貴の言葉にあかりは息を呑む。そして静かに理貴の続きの言葉を待った。
『あかりちゃんと同じ道を歩むことも考えたよ。当然のように。同僚になればいつもと違うあかりちゃんも見られる。同じ仕事だからって今以上に理解して支えることだってできる。けど……』
静かに、一言一言想いを込めた理貴。あかりは次に出る理貴の言葉を期待してしまう。
『あかりちゃんがどれだけ警察官に誇りを持っているのか、痛いほど知っているから。同じ職場にいたら僕はあかりちゃんを危険な目に遭わせたくなくて、必要以上に守ろうとしてしまう』
あかりは口を挟むことなく、理貴の独白を聞いていた。理貴も返事は求めていないのだろう。珍しく感情が乗った声で、思いの丈をあかりにぶつける。
『だから僕は、あかりちゃんが警察官であるためにこの仕事を始めたんだ。社長になればある程度時間も仕事も自分の裁量でできるからね。それにお金も欲しかった。あかりちゃんが昔言っていたことを鵜呑みにしたわけじゃないけれど、あって困ることはないからね』
一旦言葉を区切ると、ごめん、と謝って理貴の声が遠くなる。なにか電話の向こうで喋るようなやり取りが交わされた後、再び理貴の声がした。
『ごめんね、このあと打ち合わせが入っていて』
謝罪をする理貴の声はあかりがよく知っていたものに戻っていた。あかりは慌てて時計を見る。時計は昼の一時を指していた。
自分の都合で一方的に電話をしてしまったが、仕事をしているなら忙しい時間帯である。それも今日は月末の月曜日だ。
「ご、ごめん!」
謝るのは自分の方だと慌てて詫びたあかりに、理貴は笑いながら言う。
『さっきの話聞いていた? 僕はあかりちゃんの都合に合わせることが出来るからこの仕事にしたんだよ。気にしないで』
「でも……」
『でも、は無し。とはいえ、僕も今日の打ち合わせは外せなくて。中途半端なところで話切り上げてごめんね』
「いや、そんな……」
あくまでも下手に出る理貴にあかりはモゴモゴと返事をする。そんな様子にもう一度笑うと、理貴は電話を切る前に、と早口で言った。
『でもさ、本当はあかりちゃんと肩を並べて働いてもみたかったんだ。やっぱり同じ目線じゃないと見えないこともあるし、誇りを傷つけることになったとしても、あかりちゃんを危ない目に合わせたくない。だから、カッコ悪いんだけど俺、体を張ってあかりちゃんを守った元カレさんに今、すごく嫉妬してる』
それだけ言い終えた理貴は、本当に時間切れだったのだろう。彼にしては珍しく唐突に電話が切れた。
あかりはしばらく携帯を見つめながら、理貴の言葉を反芻する。先程のやり取りだけではなく、今までのやり取りを全部。
昔の――幼馴染のヒョロヒョロした理貴は頭から追い出して、再会してから今までの理貴だけを思い出す。
スルリとあかりの懐に入って欲しい言葉を自然と口にする理貴。
不規則な仕事のあかりなのに、できる限り時間を作って会ってくれる。そして何より、あかりの警察官への思いを尊重してくれるのだ。
先程の電話で、あかりが危ない目に遭いそうな時は颯と同じ行動をとると言っていたけれど、きっと理貴ならグッと堪えるはずだ。あかりの警察官としての矜持を尊重して。
あとで守れなかったことをめちゃくちゃ後悔したとしても。
それはあかりにとっては、理貴に想いを寄せるには充分すぎる理由になる。
幼馴染フィルターを外して考えた途端、理貴に対する自身の想いと、颯への残っていた感情を自覚したあかりは急に頭をかきむしって叫ぶ。
「あぁ! もう!」
あかりは顔を真っ赤にして、傍にあったクッションに顔を埋めたのだった。
心に引っかかっているのは、颯のこと。
颯の行動は理解できる。早野の言っている言葉もわかる。
それでも胸によぎるのは暗い感情なのだ。
(私が、「女」じゃなければ……)
自身が警察官で在りたいと望む以前に、女として見られる。
性別は変えられないし、今までだって女だからと舐められることもあった。逆に女だからとして分不相応に取り立てられることも。
だからモヤモヤしても仕方ないのに、気分が昂っているからか、あかりはうまく飲み込めなかった。
一人でグルグル考え込んでいたあかりは、ふと理貴のことを思い出す。具体的にいうと、理貴の言葉を。
警察庁になぜ入庁しなかったのか問いただしたあかりに、確か彼はこう言っていたのではないか。
――あかりちゃんに、自身が理想とする警察官でいて欲しいから。――
と。そして、続けてこうも口にした。
――同じ職場でも俺はあかりちゃんを同僚の警官じゃなくて好きな女性として見てしまうのがわかっていたから。――
あかりはスマートフォンを手に取ると、電話をかけ始めた。
※
『はい』
三コールで電話に出た理貴の声を聞くのは久しぶりだ。
『結論は出た?』
開口一番に聞いてくる理貴の言葉をまるっと無視したあかりは、聞きたいんだけど、と前置きして理貴に尋ねた。
「たとえばなんだけど、理貴が警察官で同僚の子と付き合っていたとするじゃん。で、職務中にその子と現場が一緒になってさ、もし彼女が怪我しそうになったら庇う?」
巻し立てるように話すあかりに少し戸惑った様子の理貴は、彼女を落ち着かせるようにゆっくりと口を開いた。
『それは昨日あった事件のような状況に置かれたらってこと? 朝のニュースでナイフを持った男から同僚の警官を庇った警察官が十針縫う怪我をしたって言っていたから』
ニュースになっているなら守秘義務は関係ない。あかりは、「そう」と短く答えた。
『庇うよ』
理貴は短く答えた。
あかりはため息をつく。
――結局、理貴も颯さんと同じだ。――
あかりの頭にその言葉がよぎったタイミングで理貴は口を開いた。
『だから僕は警察官にならなかった』
理貴の言葉にあかりは息を呑む。そして静かに理貴の続きの言葉を待った。
『あかりちゃんと同じ道を歩むことも考えたよ。当然のように。同僚になればいつもと違うあかりちゃんも見られる。同じ仕事だからって今以上に理解して支えることだってできる。けど……』
静かに、一言一言想いを込めた理貴。あかりは次に出る理貴の言葉を期待してしまう。
『あかりちゃんがどれだけ警察官に誇りを持っているのか、痛いほど知っているから。同じ職場にいたら僕はあかりちゃんを危険な目に遭わせたくなくて、必要以上に守ろうとしてしまう』
あかりは口を挟むことなく、理貴の独白を聞いていた。理貴も返事は求めていないのだろう。珍しく感情が乗った声で、思いの丈をあかりにぶつける。
『だから僕は、あかりちゃんが警察官であるためにこの仕事を始めたんだ。社長になればある程度時間も仕事も自分の裁量でできるからね。それにお金も欲しかった。あかりちゃんが昔言っていたことを鵜呑みにしたわけじゃないけれど、あって困ることはないからね』
一旦言葉を区切ると、ごめん、と謝って理貴の声が遠くなる。なにか電話の向こうで喋るようなやり取りが交わされた後、再び理貴の声がした。
『ごめんね、このあと打ち合わせが入っていて』
謝罪をする理貴の声はあかりがよく知っていたものに戻っていた。あかりは慌てて時計を見る。時計は昼の一時を指していた。
自分の都合で一方的に電話をしてしまったが、仕事をしているなら忙しい時間帯である。それも今日は月末の月曜日だ。
「ご、ごめん!」
謝るのは自分の方だと慌てて詫びたあかりに、理貴は笑いながら言う。
『さっきの話聞いていた? 僕はあかりちゃんの都合に合わせることが出来るからこの仕事にしたんだよ。気にしないで』
「でも……」
『でも、は無し。とはいえ、僕も今日の打ち合わせは外せなくて。中途半端なところで話切り上げてごめんね』
「いや、そんな……」
あくまでも下手に出る理貴にあかりはモゴモゴと返事をする。そんな様子にもう一度笑うと、理貴は電話を切る前に、と早口で言った。
『でもさ、本当はあかりちゃんと肩を並べて働いてもみたかったんだ。やっぱり同じ目線じゃないと見えないこともあるし、誇りを傷つけることになったとしても、あかりちゃんを危ない目に合わせたくない。だから、カッコ悪いんだけど俺、体を張ってあかりちゃんを守った元カレさんに今、すごく嫉妬してる』
それだけ言い終えた理貴は、本当に時間切れだったのだろう。彼にしては珍しく唐突に電話が切れた。
あかりはしばらく携帯を見つめながら、理貴の言葉を反芻する。先程のやり取りだけではなく、今までのやり取りを全部。
昔の――幼馴染のヒョロヒョロした理貴は頭から追い出して、再会してから今までの理貴だけを思い出す。
スルリとあかりの懐に入って欲しい言葉を自然と口にする理貴。
不規則な仕事のあかりなのに、できる限り時間を作って会ってくれる。そして何より、あかりの警察官への思いを尊重してくれるのだ。
先程の電話で、あかりが危ない目に遭いそうな時は颯と同じ行動をとると言っていたけれど、きっと理貴ならグッと堪えるはずだ。あかりの警察官としての矜持を尊重して。
あとで守れなかったことをめちゃくちゃ後悔したとしても。
それはあかりにとっては、理貴に想いを寄せるには充分すぎる理由になる。
幼馴染フィルターを外して考えた途端、理貴に対する自身の想いと、颯への残っていた感情を自覚したあかりは急に頭をかきむしって叫ぶ。
「あぁ! もう!」
あかりは顔を真っ赤にして、傍にあったクッションに顔を埋めたのだった。
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