緑風荘へようこそ

雪那 由多

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夏休みは夏が終わってからが本番だ 1

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 海に行くことになった。
 修司さんの叔父さんの別荘に行くと言う。
 山か海かの二択でまだまだ夏だからと海が見える別荘に決定。
 俺達は単に海に飢えていただけだけどそれが何か?

「って、修司さんちってどれだけ金持ちなんだよ! 知ってたけど!」
 瑞己の足元が感情と言葉の勢いと同時に泡だらけになる。
「ですねー。普通に古い格安のアパートに住んで一緒にご飯食べてたから感覚鈍くなってたけど」
 ギャップはんぱなーいなんて笑う陽人。何か壊れかけている。
「あんなでかい敷地を持ってる時点で超金持ち以外ないよなー!わかってたけど!」
 俺も足元を必要以上に泡だらけにしてしまう隣で
「その割にはすごく庶民的ですよね」
 渉だけがのほほんとしていた。のほほん要素何処にあったっけと思うもそこはスルーしておく。

 営業終了後の銭湯のタイルをデッキブラシで磨き上げながら旅行の事で盛り上がる前にどんな所か紹介がてら写真も送ってきてもらったのでそれを見ての感想会。
 想像以上にカオスになった。
 主に銭湯が、だけど。
 ボキャブラリーも何もない。
 ただモップが普段より酷使されているのは言うまでもない。
 生まれが羨ましいとかどうのこうのなんて言うつもりはない。
 春からの付き合いとは言え修司がアパートの隣で一人山ほどの書類を抱えて仕事をしているし、それをこなす能力を身に着けてきた事も理解できるのでその恵まれた生活の対価として人生を捧げてきたから他人がとやかく言うのは間違っている事は理解してしまう。
 なのに混乱してしまうのは俺達と同じ感覚も持っている事に限る。
 正直金があるのならあんなオンボロアパートさっさと潰してマンションでも立てればいいのに、もしくは土地を売り払えばなんて何度も考えてしまう。
 なのに選んだ選択が残りわずかと言うアパートの利用期間だというのに不便な場所を整えて、原野にも近い庭を綺麗にし、なおかつ庭を再生し、畑まで作るという……

「どう考えてもしのさんに影響されすぎじゃね?」
「だね。もう信者だよね」
「そだね。
 今回の旅行しのさん、最初は都合がつきそうだって言う予定だったらしいけどやっぱり用事が入ったからってお断りされててめっちゃ落ち込んでた時の修司さん声かけづらかったー」
「ですね。だけどしのさんも一緒に行けたらよかったのに」
「普通に仕事が入ったからって当たり前のように断ってたね」
 
 いつの間にか渉もしのさんにしっかりなついているのはやっぱりあの無敵のプリントのおかげだろう。
 しのさんの解説付きのプリントは本当に分かりやすくって学校で教える教師って一体なんだろうと思ったのは言いすぎだけど、それぐらい基礎を学び直すことが出来るプリント、ほんとありがたい。
 
「だけど代わりに竜也だっけ、来れるんだろ?」
「ああ、なんか旅行とかたぶん初めてだろうから俺の代わりに一緒に行ったらってしのさんが言ってくれてさ」
「しのさん優しいです!」
「断られた時の修司さんには目も当てられなかったけど」
 陽人の言葉にみんな思い出して失笑。
 
「とはいえ別荘に海を眺めながらのプールがあるとかジャグジーあるとかほんと金持ちなんだな」
「お風呂は檜風呂でした!」
 
 今から楽しみと言うように渉のウキウキとした声にこれ以上ぼやくのは間違いだという様に浴槽からお湯を汲んで普段より二割増しアワアワになったタイルを敷き詰められた床を流していく。

「そういや竜也の学校は?」
 瑞己が高校生ならもう二学期始まってるだろうというも
「叔父さんもせっかくの機会だから学校ぐらい休んで行って来いって言ってくれてさ」
「叔父さんいい人だ!」
 陽人が謎の感動に目をウルウルとさせていた。
「どのみち大学進学とかは夢のまた夢っぽい成績だし」
「あー、あれだけ虐待してたら勉強なんて必要ないって?」
 苦々しそうに瑞己に聞かれたからそうだと頷き
「だもんでしのさんがそんなにも進学をしたいのなら手に職をって専門学校行く事を進めてくれたんだ。
 専門学校に行った先輩がいて今じゃ立派な社会人してる人がいるから何も大学に行くのが人生じゃないって言ってくれて、それを伝えたら考え出してくれてね」
「しのさんほんと良い人」
 目をウルウルとする陽人を皆で笑ってしまうも

「知り合いの人が入学したって言う書類だけで入学できるコンピュータの学校をお勧めしてくれたんだ。竜也も家からでも通える距離だから頑張ろうかなって考えてるみたい」
 
 そういった話が出来るようになった、竜也にはものすごく前進している事をつい誰かに話したくなってしまう俺はかなりのブラコンらしい。
 みんなよかったねーと暖かな目線をくれるあたり心配をおかけしましたという奴だが

「そういや持ち物に水着があったけど、海ってまだ遊べるのかな?」
「んー、9月だからクラゲいるよね。俺は釣りが良いな。ジギングで」
「普通に海沿いを散歩するだけでも楽しそうなのに」
「あ、花火とか買わないと」

 初のみんなと一緒の旅行に大はしゃぎだ。
 たとえ毎日同じアパートに住んでいるとはいえ、まったくの別物だと俺は思う中

「掃除終わったー?」

 どこで買ったのか銭湯開始という文字の書かれたTシャツを着た玲さんが様子を見に来た。因みに銭湯中、銭湯終了と言うTシャツがあるのも知っている。
 だけどそんなこと突っ込めないくらいに俺達はいつもより二割増しの泡に翻弄されていて、それを見て玲さんが呆れたように眉を顰める。
「気合入れてくれたのはありがとう、だけどしっかり泡を落とさないとあんた達が滑るから注意してね」
「そこはしっかりやらせてもらいます!」
 瑞己が一生懸命証拠隠滅と言うようにお湯をぶちまけて泡を流していく。もうばれてるのにこういう所可愛いよなとあっちにも泡が残ってるぞーと言って働かせておく。
「それにしても今日はなんか盛り上がってたけど何かあった?」
 玲さんも瑞己が置きっぱなしにしていたモップで泡の流し忘れがないかチェックに参加しながらもよほど俺達のおしゃべりの声が大きかったからか気になったのだろう。
 そこは俺達もバイトを休ませてもらうので素直に白状することにして
「今度修司さんが別荘に招待してくれるって話です。金持ちですねーって流れがありまして」
 古くからの付き合いならそれぐらい知ってるだろうと玲さんに言えば

「それねー。
 お婆ちゃんが亡くなった時ほんと改めて思い知らされたね」

 俺達が春休みの間に何かあったらしい。
 俺達は前大家さんについては後日でしか聞かされてなかったから詳しくは知らないが、当日葬式に参加した玲さんとご両親は改めてその力を見たという。
 力?
 力とは何ぞ?
 なんて疑問に思った俺達がバカだった。

「すごく立派なお葬式でね、出棺する時は普通火葬場に直行する物なんだけど、お婆ちゃんの時は嫁いでから過ごしてきた緑風荘に立ち寄ってもらったの。
 そしたらそれに続くおばあさんの親族とか会社関係の人とか友人とかも着いてきてね。
「へえ」
 人望あるんだななんて思ったこと自体間違いだった。
 どれもこれもみんな黒の外車ばかりで車の博覧会が始まったのかと思ったくらい高級車があの坂道を列をなして霊柩車に着いて行ってね……」

「へ、へえ……」

 死してなお影響力のある大家さんにたかだか20年そこそこの俺達はなんと言えばいいか全くわからなかった。
 
「みんな住んでるから聞いたこともあるかもしれないけど前は緑風荘ってあまり手入れが良く出来てなかったじゃん?
 結構近所から木の枝が、害虫がって言われてたんだけど……
 今じゃあのお婆ちゃんって実はどこかの組の愛人だったとか、その筋の人だとかそんな風に言われるようになっちゃってね」

 ウケるでしょ?なんて笑う玲さんだけど俺達は全く笑えない。
「確かに枯葉がどうのこうのって言われてたのは知ってたけど、そんな事になってたなんてしらなんだー」
「ってか何処の訛り?かわいいーwww」
「大学の友人の鈍りだけどどこだっけ?」
 瑞己があれ?と言うように首を傾げている中にさらに玲さんは最近の情報を俺達にくれる。

「今まではほとんど森に囲まれてるって言う状況だったじゃない?
 だけどこの春にしのさんが強剪定してくれてご近所の家が丸見えじゃない?
 そこにお葬式のあの件もあって皆びびっててさ。
 さらに働きもしてない若い男の人がやって来て、何言われるかわからなくって怖いから窓を開けれないって言ってるの!
 今までさんざん言っていて今さら言われるのが怖いってマジ笑えるんだけどwww」

 おなかを抱えて笑う玲さんに一体修司さんはご近所からどんな目で見られているのか不安になった所にさらに笑いを投下。

「しかも修司の奴仕事で英語使うでしょ?
 時々頭バグって自分が何の言語をしゃべってるかわからない状況になっててさ、たまたま前に文句を言ってた人が町内会でお邪魔した時にその状態になってて。しかも徹夜明けの状態でw
 町内会の人もうあの家行くの怖いってガチビビってるのマジウケるんだけどwww」

 ただ喋ってただけなのにありえなくない?! 
 裸同士の付き合いと言う防御力ゼロの銭湯でいろんなご近所情報が集まるすばらしさに正直俺達は笑えない。
 そして

「修司さんはそれ知ってるの?」
「知るわけないじゃない。面白いから黙ってるけ、もちろん黙っててよね?」

 玲さん結構いい性格だなと俺達は思うも、前大家さんへの陰でのそのもの良いに俺達は全員頷く。

「もちろん。
 勝手に一生ビビってろって奴だ」
「だな」
「当然!」
「ですね!」

 前大家さんを知らない渉まで頷くのだから、人の悪口は口にするものではないという意見に俺達は全力賛成とこぶしを突き上げた。
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