【完結】濡れ衣聖女はもう戻らない 〜ホワイトな宮廷ギルドで努力の成果が実りました

冬月光輝

文字の大きさ
5 / 27

エルガイア王都へ

しおりを挟む
 カールシュバイツ邸の高級感溢れるベッドで極上の睡眠を頂いた私。
 恥ずかしながら、二分と保たなかったわ。私が睡魔によって眠りの世界に誘われるまで。
 気付いたら、もう明るかったもの。夢すら見ずに、一瞬で朝という感じで……。

 それにしても、実家を追い出されてからまだたったの一日しか経っていないのね。昨日のことを振り返ると早々と寝落ちしたのも仕方ない。
 とても濃い一日だったもの。まだ疲れが残っているかも……。

「はぁ、あれだけ修行を積んだのに、私もまだまだね」
「ミュー!」
 
 自嘲気味になりながら、鏡の前で独り言をいうとマルルが私の頭の上に飛び乗る。
 寝癖が酷いことになっているわ。今はもう、この髪をいてくれたアネッサもいない。
 一人で出かける準備をするなんて何年ぶり――。

「ルシリア様~、遅くなってすみませんねぇ。お着替えの手伝いをさせて頂きます」

「えっ? しかし、私は……」

「このサーシャめにおまかせを。旦那様の客人に何かご不便を感じさせるわけにはいきません」

 メイド長をしているというサーシャさんが半ば強引に私の着替えを手伝ってくれた。
 寝ている間にボサボサになってしまった髪の毛も一瞬できれいに手入れしてくれる。熟練の技というか、手際がとにかく良い。

「こうして、女の子の世話をするなんて久しぶりです。昔はエリスお嬢様がよくアークハルト殿下と共に遊びに来たものですが」

「エリスさん、ですか?」

「おっと、口が滑りました。……私から聞いたとは言わないでくださいね。アークハルト殿下の元婚約者、ですよ。一昨年、お亡くなりになりましてね。ここに来ていたのも療養を兼ねていたんです。ですが、病というのは怖いですね。若い命を容易く摘み取るのですから」

 どうやらアークハルト殿下はエリスという女性と婚約していたそうだ。そして、その婚約者を亡くしている。
 もしかして、ここに来たのは彼女との思い出の場所だから……。
 いえ、詮索するだけ野暮というものよね。第一、他人の私が踏み込んで良い次元の話じゃないわ。

「はい、終わりましたよ。旦那様があんなに楽しそうなのは久しぶりでした。また、遊びに来てあげてくださいね」

 サーシャさんに支度を手伝ってもらった私はアークハルト殿下の待っているという庭へと急ぐ。
 庭の花壇には立派なバラが咲き乱れており、甘い香りに圧倒された。
 カールシュバイツ邸は辺境伯の曾祖父が命懸けで創った芸術作品なのかもしれないわね……。

「やぁ、ルシリア。よく眠れたかい? 俺は何度もここに来ているから、慣れてるけど。ほら、時々いるだろ? 慣れないベッドだと寝付けないって人も」

「恥ずかしながら、熟睡してしまいました。そういった可愛らしい繊細さがなくて、たった今、後悔しています」

「はっはっは、結構なことじゃないか。健康的で。それだけで一財産さ。来てもらって早々に悪いが、早速馬車に乗ってもらう。なんせ、王都までは長旅だ。急がないとすぐに日が落ちる」

 健康は財産……、それはエリスさんを失ったというアークハルト殿下にとって大きな意味を持つのかもしれない。
 ここから王都に付くまで半日以上はかかると聞いていたので私は殿下の言葉に従って、エルガイア王室の馬車へと乗り込んだ。

「ミュ、ミュー!」
「へぇ、変わった生き物だな。精霊族の幼体……か。精霊族って、人には滅多に懐かないと聞いていたが。やっぱり、ルシリアには他の人にはない特別な力があるのかもしれないな」

 馬車に乗り、戯れるマルルを興味深そうに見つめるアークハルト殿下。
 特別な力……、そんなものがあれば私の人生も楽だったかもしれないわね。
 持たざる者と持つ者の差を幼少期から嫌というほど思い知らされてきた。
 話を聞いただけで何でも出来る天才を相手に私がどれだけの挫折を味わったか……。
 
 でも、頑張れる自分も嫌いじゃなかった。どうしたら、次のステップに進めるのか試行錯誤するのも楽しかったわ。
 だから、私は聖女になったあの日まで自分のことを不幸だと呪ったことは一度もなかったのに……。

「……リア、ルシリア。おーい、聞こえているか?」

「……はっ! し、失礼しました。ちょっと考えごとを」

「そっか。まー、不安にはなるのは分かる。慣れない環境だしな。困ったことがあったら、何でも相談するといい。宮廷ギルドには聖女という職業がないから、魔術師として“宮廷付きゅうていつき特務隊”に所属してもらうことになる。最近、魔物の数も増えてきて、人手が足りないんだ」

 そういえば、魔物の数が急増しているという話を教会からも聞いたような気がするわ。
 聖女の仕事は主に光属性の結界術によって魔物が通過できないような結界を張ることや、傷付いてしまった人に治癒魔法を施すこと、そして、町中に入ってきた魔物を退治することなど多岐に渡る。
 結界術とて万能ではない。魔物の数が増えれば増えるほど、結界は圧迫して効果が薄れてしまう。
 なので、魔物の数が一定値を超えれば結界は短時間で破られてしまい、また張り直さなくてはならなくなる。

 魔物退治に関しては「冒険者ギルドが報奨金を支払ってそれに応じて依頼を受けた冒険者たちが討伐の任務にあたる」か、「王宮所属の兵士たちが出動する」か、この二つのパターンが多いので、聖女の出る幕は少なかった。
 でも、教会からはこれからはそうもいかなくなるとも聞いていた。

 つまり、魔物の増加に関して言えば、近隣諸国全てが頭を抱えている問題であり、ここエルガイアも、故郷のアーメルツも対策を考えているところなのだろう。

「もちろん、我がエルガイアにも教会所属の聖女はいるから、いつかルシリアもそっちに配属出来るようにかけ合ってみるが、他国の聖女が入った前例がない。俺の一存じゃどうにもならないこともあるんだ。すまないな」

 そう。私はアーメルツの聖女であって、エルガイアの聖女ではない。
 この聖女としての証のブローチは世界中で認識されているが、どこの国の教会所属なのかまで見る人が見れば分かってしまう。
 つまりこのブローチの価値は、他国ではせいぜい聖女相当の力があることの証明程度にしかならないのだ。

「宮廷に仕えさせて頂けるだけでも恐縮の極みですのに。それ以上を望むなんて畏れ多いです」

「うむ。そう言ってくれると助かる。特務隊も、最近は出番が多くてね。ルシリアの働きに期待するよ」

 こうして、私はアークハルト殿下のはからいによって、宮廷ギルド内の一組織である宮廷付特務隊に所属することとなる。聖女ではなく、一介の魔術師として。
 しかし、このときの私にはそれがどんなことを意味するのか分からなかったわ。
 宮廷ギルドに入るということは、勉学、武芸、芸術など、何かしらの点で王宮が『一流以上』だと認めたことを意味していたのだけど、その待遇についても、私は何も知らなかったから……。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井ゆの花(星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2025年10月25日、外編全17話投稿済み。第二部準備中です。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる

ワールド
恋愛
妹のリリアナは私より可愛い。それに才色兼備で姉である私は公爵家の中で落ちこぼれだった。 でも、愛する婚約者マルナールがいるからリリアナや家族からの視線に耐えられた。 しかし、ある日リリアナに婚約者を奪われてしまう。 「すまん、別れてくれ」 「私の方が好きなんですって? お姉さま」 「お前はもういらない」 様々な人からの裏切りと告白で私は公爵家を追放された。 それは終わりであり始まりだった。 路頭に迷っていると、とても爽やかな顔立ちをした公爵に。 「なんだ? この可愛い……女性は?」 私は拾われた。そして、ここから逆襲が始まった。

堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。

木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。 彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。 そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。 彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。 しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。 だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

処理中です...